一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 黒川あかねが炎上した。

 

 初めは今ガチ視聴者内で留まっていた感じはあるが、黒川の謝罪投稿を機に一気に拡散。普段見ていない層も加わり、収集がつかない状態になっていた。

 

 ホーンズ効果で、一つ悪いところを見てしまうと、全てが悪く見えてしまう。今の黒川あかねは、不特定多数からは悪に見えているはずだ。さらには、一度悪いというレッテルが貼られてしまうと、その人に罰が与えられる事を見ることで脳にある側坐核と呼ばれる部位が活性化し快楽を生み出すようになる。そうなると自分は正しい事をしていると思うようになり、見ているだけではなくやがては行動に移すようになるのだろう。特にネットはそれをする時に相手の顔が見えない。それが余計に加速させ、悪循環を生み出している。

 

「黒川あかね、バチボコに燃えてるわねー。まあ、あの対応じゃ当然か」

 

 対面で座る有馬が、スマホを見ながらつまらなそうに呟く。

 

 始まりはいつだったか。本の貸し借りが始まって以降、不定期ではあるが互いのおすすめの本を貸し合うプチイベントができていた。事務所が同じだから持ち寄って、こうしてフリースペースで与太話でもしながら交換する。

 

「アンタ知り合いなんでしょ、励ましてあげたら?」

「メッセージ送ったが返答はないな。有馬からも言ってやれよ。お前こそ知り合いだろ?」

 

 電話をした方が良いのかもすればいい。でもどうにも最後の一歩が踏み出せなくてメッセージしか送れていない。

 

「アンタで反応ないなら、私なんて送っても無駄よ無駄。ほっんとうに仲悪いし、お互いにお互いが嫌いなのよ」

「そうなのか?」

「ええ、それはもう。何から何まで合わない感じ」

 

 有馬は口は悪いが決して悪い奴ではない。黒川も淑女的で、いかにも良い所のお嬢様って感じだ。有馬が言うほど険悪になるようには思えないが、どちらも俺が知らない一面を持っていて、そこが合わないのだろうか。同い年でどちらも天才女優だ、ライバル視から互いに強く意識しているのもあるかもしれない。

 

「いっそこれで潰れるなら、そのまま潰れて芸能界から引退しちゃえって思えるほどにね」

「おい」

「本気な訳ないでしょ。ただそれくらい嫌いってだけで、私だってそこまで性格悪くないわ。それに、これで勝手に落ちていったらつまらないじゃない。辞めるなら、私が引導を渡した時にして欲しいものね」

 

 最後の言葉は、なんとなく本心のような気がした。

 

「お前、面倒な奴だな」

「今更気づいた? 芸歴イコール年齢なんだから、ただの可愛い良い子ちゃんじゃないわよ」

 

 売れて有名になって天狗になって落ちて、そこから這い上がってアイドルも始めて。改めて有馬の変遷をたどれば、まだ十代なのにジェットコースターみたいな芸能人生だと思ってしまった。

 

「私がこの件について言えるのは、変な気を起こさないと良いな、くらいね」

「変なこと?」

「こういう炎上とかって初めてでしょうし、慣れてない十代の少女が初めてバカみたいな量の悪意に晒されてんのよ? キャラ作っているならまだしも、今は何者になっていない状態。何も信じられなくなって全部が敵に思えてくる気持ち、アンタにはわからないでしょうね」

 

 私だってその日の心境次第じゃ、死んでやるって思うこともあるわよ。

 

 その一言が、ひどく俺の中に入り込んできた。

 

 恋愛リアリティーショーは日本だけの番組ではない。世界各国で似たような番組が作られ、五〇人近くが命を自ら断っている。大半は今回のように誹謗中傷が原因で、国によってはカウンセリングが義務付けられているところもある。

 

 もっとしっかりと考えて言えば良かったのだろうか。黒川の性格を考えて、もっと立ち位置を考慮して、今みたいなリスクを想定して。

 

「そうだな。……ただ今回の件は、俺が余計なアドバイスをしたせいかもしれないんだ」

「アドバイス?」

「ああ。見てたらわかると思うが、今ガチで黒川は全く目立ってなかったんだ。どうやったら番組で目立てるかを聞かれて……賑やかし枠でも悪女枠でもやればって言ったんだ。求められる役がわかれば、黒川の演技力なら目立てると思って」

「なるほどねー。それで向こうは、それを馬鹿正直に鵜呑みにして悪女を演じてこうなったって? はあ? アンタ、自惚れるのも大概にしなさいよ。アドバイス送ったからって何? 何を言われたって最後に決めるのは黒川あかねだし、その結果炎上したのもアイツの責任。自分のことを過大評価しすぎなんじゃないの? あーやだやだ、思い込みの激しい男ってコワイワネー」

 

 思い返せば、有馬は干された事を誰かのせいにしている所を聞いたことがなかった。子供の頃の、まだ善悪も分別もつかない頃の過ちだ。大抵は親や周りの大人が嗜めるものだけれど、もっとちゃんと教えてくれたら、とは言わず、自分が調子に乗ったからだと言う。

 

 有馬と黒川は別人。バックボーンが異なるから、有馬の言葉がそのまま黒川につながるわけではない。それでも、その言葉は俺にとって救いだった。

 

「やっぱり男はああ言う感じが良いわけ? すぐに騙されるんだから」

「有馬」

「何よ」

「ありがとう」

 

 心のどこかで、俺のせいだと言われるのが怖かった。醜い自己弁護だとしても、お前のせいじゃないって身近な人間に言って欲しかった。

 

「……そう。さっきまでは変に思い詰めてた顔してたけど、少しは役に立てた?」

「ああ。本当に助かった」

「なら良かったわ。でもアンタ、どうするわけ? とりあえずは電話?」

「それもあるが、俺にできることなんて限られてるからな。周りの助けを借りようと思う」

 

 話して立ち直ってくれるなら、それに越したことはない。ただ、きっとそれだけじゃ何も解決しない。俺にできることは少ない。情けないが、助けを借りるしかない。

 

「今度ちゃんとお礼する」

 

 有馬を残して、まずは社長室へと向かう。主に炎上している場となっているのはアンダーマウント社が作ったプラットフォーム。今ガチもプロデューサーは鏑木さんで、会社はドットTV。拳願会所属企業ではないが、その母体となる企業は調べていないが、そちらは所属しているはずだ。

 

 社長室の前に来て、ノックをする。間延びした返事が返ってきたので勢いよく扉を開けた。ゴルフクラブを振る姿はいかにも社長っぽいが、少しイラッとする。

 

「おお、アクアか。どうした、そんな血相変えて」

 

 毒の一つでも吐いてやりたいが、そんな場合じゃないのですぐに頭をさげる。

 

「個人的なお願いですみません。力を貸して下さい」

 

 

 

 

 

 

「桐生刹那。以後、お見知り置きを」

 

 不思議な人だと思った。独特の空気感。美形だけど、どこか触れたらダメな、儚さとは違った危うさがある。思わず一歩下がってしまう。

 

「ごめんね、不安にさせちゃったかな」

「あ、いえ。別にそんなことは」

 

 ちゃんと否定できなかった。せっかく声をかけてくれたのに、失礼な事をしてしまった。

 

「いいよ、気にしないで。いきなり声をかけたから、警戒するのは当然だ。僕は違うけど、彼は警察官だ。誓って、君に危害を加えるつもりはないから安心してほしい」

「……警察官?」

 

 お父さんと同じ。見た目はちょっと怖いけど、警察官と聞くと少し安心してしまう一方で、まずい場面を見られてしまったとも思った。

 

「ああ。私は阿古屋清秋。第四四機動隊隊長を務めている者だ。非番故に警察手帳を持っていないため、身分を証明する事ができない事を許して欲しい」

 

 機動隊隊長ってことは、部隊規模によるけど階級は警部補から警視。

 

 今の私は、自殺しようとしていたように見えただろう。実際その通りだ。もう全部捨てて楽になってしまいたかった。

 

 でも止められて、自分が何しようとしていたのはっきりしてしまった。

 

 止めてくれたのはありがたいけど、そうなるとまた違った問題も出てくる。特にお父さんは警察官だから、せっかく昇進したのに迷惑をかけちゃう。

 

 兎にも角にも、自己紹介しないのも失礼。二人とも名乗ってくれたのに、私だけいつまでも身元不明の少女だと余計に怪しまれちゃうかもしれない。苗字も珍しいわけでは無いから、気づかない可能性だってある。

 

「私は、黒川あかね、です」

 

 できれば口頭注意くらいで終わって欲しいけれど、

 

「黒川……もしや君は、黒川警視監のご息女か?」

 

 だめだった。

 

「やはり。見覚えがあるとは思っていたが……。警視監からは君の話は伺ったことがある。優しく聡明で、自慢の娘だと。そんな君が、なぜこんな日にここへ?」

 

 どうしよう。どうにかして誤魔化せないか考えようとするけど、どうしても妙案が出てこない。

 

 阿古屋さんは膝を屈めて視線を合わせようとする。

 

「そうか、筆舌に尽くし難い思いをしたのだな。やはり、度し難いことにいつも虐げられるのは、君のような善良なる者達か。力になれず申し訳ない」

 

 私が言い淀んどいると、阿古屋さんは本当に申し訳なさそうに謝った。

 

「そうか、黒川さんも辛い思いをしたんだね。でも死ぬのはダメだよ」

 

 私がしようとしていたこと言い当てられると、心臓が跳ね上がりそうになった。

 

「わ、私は……」

 

 咄嗟に何か言おうとしたけど、うまく言葉にできない。

 

「黒川!!」

 

 覚えのある声に振り向いてしまう。

 

「……アクアくん? なんで……」

 

 無視してたのに、なんでここにいるってわかったんだろう。

 

「メムの奴から台風の日に外に出て返事がずっとないって聞いたんだ。お前の家から通える範囲を探し回って、とにかく無事でよかった」

 

 家の場所もメムちゃんから聞いたのかな。

 

 こんな日に外出るなんて何考えてんだって怒って良いはずなのに、何でそんなにホッとした顔をしているだろう。

 

「やあ。久しぶりだね、アクア君。随分と大きくなった」

「桐生さん……阿古屋さん。どうしてここに?」

 

 アクア君が桐生さん達と私を遮るように間に入る。

 

「本当にたまたまだよ。危なげな彼女見て、声をかけただけ」

 

 信用がないのか、アクアくんは私の方を見る。本当の事だから、私は首肯してそれを伝えた。

 

「そうですか。ありがとうございます。後は俺達が何とかしますので」

 

 この場からすぐにでも去りたいと言うように、会話を切り上げようとする。知り合いのような雰囲気だけど、あまり良くは思っていなそう。

 

 阿古屋さんも立ち上がると、アクアくんが来た事でその身長差がより明確になった。一八〇近くあるアクアくんを見下ろすほどに大きい。

 

「日向アクアマリン。駆けつけた貴様の善意は認めよう。だがそれだけだ。同情はするが、貴様が悪の芽である事に変わりはない。どれほどの善行をしようともーーー」

 

 悪の芽? どう言う事だろう。

 

「ストップ。彼は違うよ」

「何の真似だ、桐生刹那。貴様も私の邪魔をするのか?」

「君次第だよ。君とは共通の目的があるけど、彼は違うだろう」

「何が悪で何が正義かは私が決める。邪魔をするならば、貴様も悪だ」

 

 剣呑な雰囲気になってくる。お互いに怒鳴っているわけでもないのに、これまで見てきた人たちの誰よりも怖い。

 

「別に構わないよ。でも彼女を巻き込むつもり? 彼女は君の判定でも善のはずだけど」

 

 阿古屋さんが私を一瞥した。

 

「……そうだな。申し訳ない。君を怖がらせるつもりはなかった」

 

 阿古屋さんが私に頭を下げてくる。情報が多すぎて、ただでさえ回らないのにどう処理したら良いのかわからない。

 

「アクアくん、彼女を頼めるかな? 顔見知りみたいだし、僕たちといるよりも黒川さんも安心するはずだ」

「ありがとうございます。行こう」

 

 私の手を取るアクアくんの手は濡れていて冷たかったけど、上手く表現できないけど暖かさがあった。

 

 ゆっくり歩道橋を降りる。

 

 改めて振り返ると、二人は対照的だった。笑顔で手を振る桐生さんと、こちらを淡々と見据える阿古屋さん。

 

 アクアくんに手を引かれて歩く。

 

「もっと早くに駆けつけるべきだった。遅くなってごめん」

 

 だんだん引っ込んでいた涙が出てきてしまう。自分でも止められずに嗚咽してしまう。

 

 違う。アクアくんが悪いわけじゃないよ。

 

 そう言いたかったのに、涙が止まらなくなって私はちゃんと言葉にできなかった。

 

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