一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 黒川の自殺未遂。言葉にすれば簡単だが、その決断をするほどに追い詰められていたと考えると、俺は我が身可愛さに行動が遅れた事に自分自身が嫌になる。いや、実際には間に合っていなかった。なぜあの二人が一緒にいたのかは謎だが、桐生さんと阿古屋さんが黒川に声をかけていなければ間に合っていなかった。

 

 黒川を苺プロに連れて行き、メムに無事という事と居場所を伝えれば、夜も遅いと言うのに今ガチメンバーがすぐに駆けつけた。鷲見ゆきが駆けつけ一番に黒川の頬を叩いてその身を心配するのを見て、当人間ではやはり例の件は問題にはなっておらず、外野が煽り立てた事を改めて実感した。

 

 黒川も仲が良い友人に叩かれ、改めて色々な感情が溢れてきたのだろう。子供のようにしばらく大泣きしていた。

 

 まだ一七歳。多感な時期で、多くの間違いをして当然の時期だ。常に正しい奴なんて、大人だっていない。本来なら大人が守ってあげなければならないはずの年齢にも関わらず、製作陣は誰一人として手を貸さずに、むしろ数字を取るために利用した。ネットの連中も、真実を確認しようともせずにストレスの捌け口にちょうど良いとでも言わんばかりに好き勝手に叩いた。

 

 いや、炎上してすぐに助けようと動かなかった俺も、そちら側に分類されるのだろう。それこそ、阿古屋さんが言っていた悪だ。俺に彼らを糾弾する資格なんてないのかもしれない。それでも腹が立ってしまうのは、俺が自分を正当化したいからなのだろうか。後ろめたさを隠すために、黒川のため、という大義名分を掲げているだけなのだろう。今更しゃしゃり出ても、陰で後ろ指を指されるかもしれないが、俺は俺にできることをすると決めた。

 

「この時間は誰も使わないから、しばらくは好きに使ってくれて良いよ。俺は出てすぐのところにいるから、何かあったら声かけてくれ」

「アクたんはどうするの?」

「別に何も。部外者の俺がいても邪魔だろう。落ち着くまで側にいてやれよ」

 

 メムもこの状況で引き止めるようなことはせず、俺は早々に部屋を出た。少し歩けば椅子はあるが、もし出てきた事を考えれば出入り口近くにいるのが良い。廊下の壁にもたれかかり、そのま体育座りをした。頭も壁につけて天井を何気なく見る。

 

 今は待つことしかできないのがもどかしい。

 

 タオルが俺の顔にかかった。

 

「意外とひっかかるもんだね。ちゃんと拭いとかないと風邪ひいちゃうよ」

 

 黒川には渡したが、そういえば俺も濡れてたな。カッパを着ていても頭とか濡れるところは濡れる。 

 

「ありがとう。母さんは仕事か? ルビーは?」

「私はレッスンしに来てただけだよ。ルビーはケイと一緒にいるよ。マッサージしてーって駄々こねてたから、今頃してもらってるんじゃないかな」

「そうか。遅くまで大変だな」

 

 頭から水気をある程度とり、少し冷えたタオルを首にかけた。

 

「アクアもね」

「俺は別に何も」

「台風の中探し回ったんでしょ? 中々できることじゃないと思うけどなー」

「本当は、もっと早く手を差し伸べられたはずなんだ……。自己保身で行動が遅れて、ギリギリになった。助けられたのだってたまたまだよ」

「そんなに自分を責めなくても良いのに。動けない人の方が多いんだから、実際に行動したアクアは偉いよ」

 

 母さんが視線を合わせるように屈んで、手を俺の頭に乗せた。家族内で一番小柄な事もあって、随分と小さい手だ。それでも、安心する暖かさ。

 

「頑張ったね、アクア」

 

 その一言が嬉しかった。

 

 幼子をあやすように撫でられるのは恥ずかしいが、母さんに褒められるのは嬉しい。

 

 至福の一時ではあったが、ふと今の自分がどのような状況かを理解した。家ではない。第三者の目が届く場所で、母親に頭に撫でられ悦に浸る男子高校生。いや、母親であって推しでもあるのだからこれがどれほどファンにとって垂涎物であるからファン全員にアンケートを取るまでもなく答えは分かりきっているが、第三者の目に留まれば色々と誤解を生みかねない。

 

 振り払うなんてことは当然できずに、短く礼を言って立ち上がる。これで少しは撫でにくくなるはずだ。周囲を軽く見渡して、誰も見ていない事に安堵する。

 

「あらら、そーゆーお年頃かな」

「……そんなんじゃない」

「ルビーみたいに甘えても良いんだよ?」

 

 脳内にその絵が浮かぶ。あれを俺にやれと。転生したと自覚してから、紳士たるべく務めてきた俺には到底無理だ。

 

「いや、さすがにあれは」

「そっかー。アクアももう思春期だもんね」

「ちが……もう良いや、それで」

 

 母さんと話していると、不思議な事に気持ちが軽くなっていく。母親の力はすごいと言うことか、それとも、俺が単に推しに癒されているだけなのか。

 

「この後はどうするの?」

「社長経由で、アンダーマウント社にはメンテナンスっていう名目で、一時的にSNSを停止するように交渉してもらっている。炎上って言っても、何も黒川が憎くてやっている訳じゃない。ただ叩ける奴がいるからストレスの捌け口に叩く、くらいの連中が大半だろ。一時的に停止すれば注目度は下がるし、その間に別の話題を出してそいつらの注目を移す」

「別の話題?」

「不祥事ネタなんて、その辺に隠れているだけで転がっているだろ? こっちは烈堂さん経由でアポとって、ちょうど今朝、滅堂爺さんに会って頭下げてきた」

 

 日本政財界の首領だ。その手の話は山ほど持っているだろう。

 

 ただ、ここは賭けだった。俺に差し出せる物なんて多少稼いだ金程度だが、向こうと比べれば米粒みたいなもの。ただ頭を下げるしかない。いくら身内でも十分に断られることもあり得たが、俺の目を見た後、懐かしいと呟いて俺の願いを聞き入れてくれた。

 

「うわー、えげつないことするね」

「一七のガキ捕まえて寄ってたかってネットリンチして、もしかしたら死んでいたかもしれないんだ。正直、腹が立ってしょうがないんだよ」

 

 週刊誌にリークしても良かったが、現状では大した対策にはならないし、まだ知らない層にも黒川の炎上の件を知らせることになる。注目度が上がれば引き下がる奴もいるし、それでも新しい火種が来たと喜ぶ奴らもいる。黒川のメンタル次第では、今回のケースの二の舞になりかねない。

 

 ただ、俺のやっていることは全て他力本願。他を炎上させようとしているのだから、今黒川と叩いている連中よりもひどいかもしれない。別にそれで良い。身近な人間がそれで助かるのだから。

 

「そこまでするなら、テレビの方にもやるんでしょ」

「ドットTVの大株主は拳願会の企業ってのはわかっているから、そっちから圧力かけてもらうつもり」

 

 この辺りはあいつら次第。

 

 もし続けたいと言うのであればそうなるようにするし、辞めたいと言うのであればそうなるようにする。どの業界でもそうだが、ここは特に信用と貸し借りが大事だ。信用があるからスポンサーがついてテレビ局は番組を作ることができるし、スポンサー側もその番組を通じて知名度を上げる。タレントも番組に出してもらった恩を、有名になっていくことで借りを返してく。有名になればCMなどでスポンサー企業をさらに有名にする後押しもできる。好循環を生み出せば、誰も損することなく利益を得ることができる。

 

 けれど、この土台は全体がクリーンな場合だ。

 

 スポンサーが、テレビ局が、タレントが不祥事を起こせば、それと関連していることでマイナスイメージが付きまとう。仕事が減り、対処を謝り続ければ最悪のケース破滅。

 

 ドットTVは今、黒川の件で爆弾を抱えた状態。炎上はしていることは周知されていても、自殺未遂の件はまだ公になっていない。拳願会に所属しているテレビ局と苺プロはもう長年の付き合い。俺ではなく、業界大手の苺プロから出た情報であれば信ぴょう性も上がり、局側も対応をせざるを得ない。

 

「そっか。じゃあもし仕合になったら、ケイに頑張ってもらわないとね」

「そうなったら肉でも奢るよ」

「じゃあ皇牛苑が良いなー。ご馳走様!」

「母さんには奢らねえよ」

「えー、ケイに奢るなら私とルビーに奢っても一割分とかだよ」

「ルビーの分もかよ。まあ、良いか」

 

 母さんの言う通り、父さんに奢るのであれば母さんとルビーの分を足しても誤差かも知れない。

 

「楽しみにしてるね」

「帰るのか?」

「ルビーとケイのところに戻るだけだよ。上の階にいるから、終わったら声かけてね」

 

 母さんが戻ってすこし経った後、黒川達も部屋から出てくる。黒川は散々泣いたのか泣き腫らした目だが、スッキリした顔をしているように見えた。

 

「アクア君……その、ありがとう。助けてくれて」

「気にするな。無事で良かった」

 

 俺の言葉に、黒川が頷く。

 

「それで、これからどうしたい?」

 

 続けるか、辞めるか。契約書は読んでいないが、未成年者の命が脅かされた以上、監督責任が問われる案件。仮に辞められない契約でも諸々の圧力を含めれば容易に降りれるはず。続けるにしても、そのまま何食わぬ顔で番組を作るだろう製作陣も気に入らないからやる事はやるつもりだ。

 

「続けるよ。また出て叩かれたらって思うとすごい怖い。怖いけど……でも、このまま辞めたくない」

 

 言わされているわけではなさそうだ。それが本心なら、俺はできる限りサポートをするだけだ。

 

「そうか。頑張れよ」

 

 方向は決まった。用意していた二通のメールの内、黒川が続ける前提で書いたメールを社長に送る。

 

 返答はすぐ「了解。ちゃんと働けよ」と来た。俺も単に頭を下げただけじゃない。この件でかなりの借りを作ったから、これから俺のギャラはしばらくゼロ。NGも無しだから、来た仕事はダブルブッキングでもしない限りは受けることになる。馬車馬のように働くことになるが、まあ安いもんだ。

 

 黒川達をタクシーでそれぞれ家まで送り届けた後、表向きは何も変わらなかったが、水面下では変化があった。

 

 アンダーマウント社はメンテナンスの体で一時的にサービスを止めることには合意。ただし、時間に関しては難航。急遽二日後に仕合にて決める事となった。

 

 生贄という表現が適切だろうか。黒川の代わりに標的になるのは、とある大物議員ではなく野党の末端議員の汚職になった。処分は数ヶ月の定職処分となっており、すでに落とし所も決まっている。

 

 そして二日後。仕合会場では、いつも以上に色々な人から絡まれた。

 

「聞いたで坊。男見せたやないか」

「彼女のために体張ったんだって? やるじゃん」

 

 大久保さんや光我さんだけじゃない。ほぼ全員から生暖かい視線が向けられ、過去最高に居心地が悪い。どこで何を聞いたらそうなったのか美談に仕立て上げられ、彼らの中では黒川は彼女になっているらしい。そういう関係じゃないと言えば、照れんなよ、とまともに取り合ってもらえず、俺は否定するのも面倒になって適当に返事をすることにした。いちいち相手にしていたら俺のメンタルが持たない。

 

 仕合に関しても、無駄に張り切っていた父さんが開始早々に相手を沈めて一瞬で終わる。おかげで仕合に一瞬だけ注意が向いたが、またこちらに戻ってきてしまい、逃げることができなくなった。

 

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