ダウナーTS干物少女はおっぱいが羨ましい   作:伝説の超TSスキー

5 / 8
第五話「デート」

 

 教室にあるアタシの机には、小さな穴が開いていた。

 

「平安の中頃、藤原道長の時代に摂関政治は最盛期を迎えました」

 

 以前、この席を使っていた生徒が開けたのだろう。

 

 錐を押し当てたかのような穴が、オリオン座の形で掘られていた。

 

「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば。これは摂関政治を象徴する藤原道長の読んだ句で」

 

 歴史のお爺ちゃん先生が、黒板に板書を取っている。退屈な授業の一コマ。

 

 ノートに板書を写しながら、ふと、窓から空を見上げてみた。

 

「この世には望月のように欠けているものなど何もないという、我が世の春を謳歌した藤原氏の────」

 

 雲の隙間から覗く太陽は、どことなく紅くなっている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「陰陽道ですか、良いですね」

 

 退屈な授業が終わったあと、アタシはオカルト研究部に顔を出した。

 

 部室には春鹿(はるか)先輩がもう座っていて、ニコニコとした笑顔で出迎えてくれた。

 

「恐らくこの日本において最もポピュラーなオカルト、それは陰陽道でしょう」

「そういうものですか」

「ええ。いわゆる『占い師』と呼ばれる職業は陰陽道────すなわち陰陽五行思想に精通し、その結果を以て相談者に助言を行います。現代の陰陽師といえるでしょうね」

 

 確かに、未だに占い師という職業は廃れていない。

 

 日本人は結構、占いが好きな民族だからだろうか。

 

「陰陽道といえば『悪霊を退治する』ってイメージが強いでしょうけど、本質は『人物鑑定』と『占い』なんです」

「なるほど」

「『今週の占い』なんてコンテンツを、ニュース番組で取り上げている国は珍しいんですよ。廃れてしまった西洋魔術と異なり、陰陽道は令和の時代においても『現役バリバリ』のオカルトなんです」

 

 春鹿先輩はそう言うと、部室に置いてあった五角形の図を取り出した。

 

「これが陰陽道における、五行図と呼ばれるものです。水金火木土の5つの属性を陰と陽に分け、分類しています」

「はえー、難しそうですね」

「そう思うでしょう? 実は簡単に出来ますよ」

「おお」

 

 春鹿先輩はそういうと、ニコっと笑ってスマートフォンを取り出した。

 

「アプリになってますから」

「アプリ!?」

 

 彼のスマホの画面には『陰陽道☆恋愛占い~』という謎のアプリが映っていた。

 

 巫女服を着た萌えキャラが、画面でパチっとウィンクした。

 

「今までは手動で占っていた内容を、氏名と生年月日を入力するだけでお気軽に占えます」

「は……はぁ」

「ありがたみも何もないですけど……、これも現代に対応したオカルトの形の一つです」

 

 陰陽道は歴史の長い、日本に土着しているオカルトだ。

 

 ただし、現代まで廃れず続いてしまったせいで、占いの手法自体が近代化してしまっていた。

 

「逆に言えば『現代まで生き残ったオカルト』である陰陽道にも、ちゃんと正当な儀式が存在するはずなのです」

「はい」

「僕は東洋魔術まで調べる余裕がないので、良ければ芦屋さんが探べてくれませんか」

 

 ……正直に言って胡散臭さは覚えたが。

 

 女子高生であるアタシが占いやオカルトについて調べるのは、あまり不自然ではないだろう。

 

 占い好きな女子高生なんだなと、周囲から見られるだけ。

 

「分かりました、じゃあ少し調べてみます」

「ありがとうございます。この部室にある本は、持って帰って読んでもらっても構いません」

 

 春鹿先輩はそう言って、どこか慈しむような表情でアタシに微笑んだ。

 

 絵になる人だ。窓に反射した灯りに照らされて、彼/彼女の瞳は煌びやかに輝いていた。

 

 ……本当に男だったのだろうかと疑いたくなるほど、穏やかで洗練された所作だった。

 

「では、僕はそろそろ帰りますので。部室のカギは職員室に返しておいてください」

「あれ、もう帰っちゃうんですか」

「今夜は、バイトがあるんですよ。……オカルト資料や素材は、けっこう金食い虫なんです」

 

 春鹿先輩はそう言うと、少し恥ずかしそうな顔で鞄を抱えた。

 

「面白い資料があれば、是非教えてくださいね。芦屋さん」

「お疲れ様です」

 

 そして髪を靡かせて部室から去る美しい少女を、アタシは手を振って見送った。

 

 

 

 部長がバイトで去った後。

 

 アタシはしばらく部室で一人、渡された本を読んでいた。

 

 ネットで調べられる範囲のオカルト知識は、浅いものが多い。

 

 詳しく深く調べるには、やはり書籍としてまとめられている資料がいいだろう。

 

「……陰陽道の基本的な話は分かったけど、いまいちピンと来ないな」

 

 部長に手渡された本は、陰陽道の成り立ちについて纏められた本だった。

 

 資料というよりは『娯楽』として読むものらしく、安倍晴明の活躍が面白(おもしろ)おかしくイラストでまとめられていた。

 

 それぞれの民俗伝承について詳しく知りたいところだが……

 

「うわ、通販サイトで安い中古でも五千円」

 

 そう言った資料は電子書籍でお手軽に読めるはずもなく、取り寄せようにもあまり安くはなかった。

 

 ……春鹿部長がバイトをするのも頷ける。オカルトはとてもお金がかかるのだ。

 

「多分デタラメな書籍も多いんだろうなぁ」

 

 さらに、本物の魔術が存在する一方で『オカルトで金儲け』しようとする業者も存在する。

 

 それっぽい内容をそれっぽく纏めて、オカルト好きに向けて販売しているハズレ商品もあるだろう。

 

 もし五千円も出して空振りだったら、立ち直れるか分からない。

 

「アタシもバイトしようかなぁ。でも、そしたらハクが飢え死にするかも」

 

 料理にはそこそこの自信がある。飲食店などでバイトをしてみるのも悪くはないだろう。

 

 しかし、家の食事当番はアタシがやることが多い。

 

 家族に負担をかけることを考えると、なかなかバイトに踏み切れない。

 

「どうするかなぁ」

 

 アタシは下校時刻まで、陰陽道の本を読み進めながら。

 

 これからどうやってオカルト研究部と向き合っていこうか、ジンワリと悩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねーみちるちゃん。ちょっと俺と良いトコ、行こうぜ」

「はあ」

 

 帰り支度を整えて、部室の鍵を返して下駄箱に向かうと。

 

 顔だけは良い金髪男が、いつかのようにアタシの帰りを待ち伏せていた。

 

 深水静香先輩、春鹿部長と『入れ替わった』頭の悪そうな男/女。

 

「後輩をナンパですか」

「この時間まで粘ったんだけど、誰も遊びに付き合ってくれなくてサ。諦めて帰ろうとしたところに、可愛い後輩を見つけたもんで」

「制服で遊びに出掛けるのは校則違反ですけど」

「そんなつまんないこと言わなくて良いよ。俺が奢るからさ、ちょっと喫茶店にでも」

 

 深水はそう言って、馴れ馴れしくアタシの肩に手を置いた。

 

 ……正直に言って、不快だった。

 

「結構です」

「そう言わず、制服デートもなかなか面白いよ?」

 

 しかし深水は、明確に拒絶したアタシにめげることなく迫り続けた。

 

 ナンパは、これほどメンタルが強くないとできないのだろう。

 

「それにほら、君の過去をちゃんと知ってる男は俺くらいだよ」

「……」

「性別が変わったって条件も一緒、君の気持ちを理解した上でまっとうに恋愛出来るとしたら俺くらいだよ? これって、運命の相手じゃない?」

 

 深水はそう言って、ニンマリとアタシを見下ろした。

 

 どれだけ冷たい目で睨み続けても、効いているそぶりはない。

 

「その理屈なら春鹿先輩を誘ったらどうです」

「誘ってるよん。つれないけど」

「でしょうね」

「あんだけ積極的にアプローチしたのに靡いてくれないんだもん、そりゃ気も移っちゃうってもんさ」

 

 深水はそう言って、少し拗ねたような顔になった。

 

 そういえば、部室でも春鹿先輩を口説こうとしてたなこの男。

 

 あ、もしかして。

 

「もうあんな薄情者は忘れて! 俺とデートしようよ、みちる後輩」

「……ははあ」

「大丈夫、絶対に楽しませてやるから。何せ、俺が行こうとしてる喫茶店は何とびっくり……」

春鹿(はるか)先輩のバイト先、ですか」

 

 アタシが言葉を遮ってそう言うと、深水は少し驚いた顔をした。

 

「あれ、春鹿が喫茶店でバイトしてるの知ってたの?」

「いえ、今知りました」

 

 ああ、何てことはない。

 

 この深水という金髪は、タチが悪い不器用なナンパ男というだけだ。

 

「まったく、しょーもない」

「な、何だよ。何がだよ」

「春鹿先輩がつれないから、アタシとデートしてる姿を見せつけようって魂胆でしょ」

 

 アタシがそう推測を突き付けると、深水先輩は言葉を失って黙り込んでしまった。

 

「……部室での態度を見る限り、どう見ても春鹿先輩に気がありますもんね。深水先輩」

「あ、いや、そういうわけじゃ」

「性別が入れ替わったアタシを当て馬にすることで、春鹿先輩を焦らせようとでも考えましたか? はぁ、本当にしょーもない」

 

 この金髪ナンパ野郎は、アタシに興味があるのではなく。

 

 春鹿先輩の気を引くための道具として、デートに誘いやがったのだ。

 

「ち、違うよ? 俺は単に、みちるちゃんと仲良くなりたくて」

「この時間まで他の女子をナンパしようと粘ってたんじゃなかったでしたっけ? 女の子を連れていけるなら誰でもいいんでしょ?」

「う、うぐっ」

「最低ですね」

 

 ジトーっと、白い目で深水先輩を見続ける。

 

 やがて深水はしどろもどろに、小さな声で、

 

「す、すまん」

「はい」

 

 静かに謝った。

 

 

 

 

「……はぁ。まぁいいですよ、別に」

「え」

「付き合いましょうか? 奢ってくれるんですよね、デート代」

 

 金髪男が素直に謝ったので、アタシは溜飲を下げた。

 

「良いのか?」

「春鹿先輩のバイト先、少し気になりますし」

 

 本当に春鹿先輩のバイト先で奢ってくれるのだとすれば、ついていくのは『アリ』だ。

 

 オカルト研究部を続けるならお金はかかる。アタシも、バイトする可能性もあるのだ。

 

 そうなった場合、春鹿先輩がバイトしている喫茶店は有力候補になるだろう。

 

 春鹿先輩は優しいし面倒見のいい人だ、いろいろと助けてくれるに違いない。

 

「その代わり、もうしつこいナンパはやめてくださいね。ウザいので」

「ああ、分かった。悪かったよ後輩」

 

 深水先輩はアタシの言葉を聞くと、ニヤっと笑った。

 

 そしてアタシに親指を突き立て、

 

「よし、だったらもう俺達はダチだ。敬語とから要らんぜ、仲よくしよう」

「え、そこはキッチリしておきましょうよ」

「いらんったら、いらん! こう、丁寧語で話しかけられるのムズ痒いんだよ」

 

 ウキウキとした顔でそう言った。

 

「俺のことは……そうだな。とりあえず大輔ちゃんでいいぜ」

「えー」

「さあ呼べ、我が名を。DAISUKE(だいすけ)と!」

 

 ……。本人が良いと言っても、年上の男の先輩を名前で呼び捨てはイヤだな。

 

 周りに勘違いされかねんし。

 

「大輔先輩」

「先輩はいらん!」

「タメ語とか強要されるなら、デート行きません」

「うっ、そんなに嫌? わかった、わかったよ」

 

 アタシはそう言うと、深水を置いて歩き始めた。

 

 金髪男が慌てて、アタシの後ろについてくる。

 

「あと制服で出かけるのは校則違反なので、着替えてきます。6時半くらいに再度集合で良いッスか」

「えー、着替えるの?」

「補導されたくないんで」

 

 二人並んで、帰る道。

 

 ……そういや、ハク以外と一緒に帰るのっていつ以来だろう。

 

「喫茶店ってどこにあるンスか、大輔先輩」

「駅前の裏通り。人気が少ないから、制服でもバレねえよ?」

「何を言われても制服では道草しませんー」

 

 普段、誰かと一緒に帰るのはあまり好きではなかった。

 

 しかし不思議な事に、深水と二人で帰るのはあまり嫌な気はしなかった。

 

 ……それはこの男が、春鹿部長に首ったけだからだろう。

 

 深水はアタシに対して好奇の目線を向けることなどない。ただ純粋に、先輩後輩としての関係だ。

 

「あ、そうだ。駅の本屋にもよっていいですか」

「ん、何か買うの?」

「ええ。陰陽道の本でも買おうかと」

「え、結構高いだろ。お金足りんの?」

 

 女になってから失った、裏のない人間関係。

 

 それは腫れ物を触るような対応ではなく、珍獣を見るような目でもない。

 

 もっと雑で適当で、低俗で何気ない関係。

 

「本屋もデートのうちッスよ、大輔先輩?」

「……え。まさか、奢れと?」

「じつはさっきアタシが当て馬にされかけた件、頼れるオカ研の先輩に相談しようか迷ってるんですけど」

「ああ分かった! 分かった、奢ってやる! それでいいんだろチクショー」

「ゴチっす」

 

 最初はやっかいで面倒くさいナンパ男としか思えなかったけど。

 

 案外こういう輩の方が、後腐れなく気持ちの良い関係が築けるらしい。

 

「ただし三千円までにしてくれ! マジで!」

「えー……。そこは何でも奢ってやるという場面では」

「すまん、頼む! 今月ピンチなんだ」

 

 アタシは深水先輩と二人、仲良く並んで通りを歩く。

 

 そして駅前に集合する約束をして、帰路に就いた。

 

 ────それは普通の、先輩と後輩のような関係であった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。