あなたはシャーレの先生だ   作:テンメンちゃん

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姫木メルと、真夏の即売会へ ―①

 × × ×

 

 

(あなたがシャーレで仕事をしていると、つけっぱなしになっているテレビから、気になるニュースが聞こえてきた)

 

『はーい、こちらクロノス報道部の風巻マイです! 本日は、年に二度開かれるコミックの祭典、「コミックショップ」の会場の前に来ております!』

 

『ここ「コミックショップ」──通称「コミショ」では、あらゆるジャンルの漫画が一同に会し、さらにはファンたちの間では同人誌の即売会も開かれるということで、毎年たくさんの人が訪れる、大人気のイベントになっているんですね!』

 

『さあ、見えますか皆さん! いや~~~~すごい行列ですね、人、人、人! この暑い日差しの中、先程から、皆さんじっと耐えながら、会場が開くのを今か今かと待っておられます!』

 

『では、ちょっとお話を聞いてみましょう……こんにちは、クロノス報道部です! トリニティの生徒さんですか? ……え? 違う? いやいや、そんなはずは……その小さな頭の羽はトリニティの──』

 

 サングラスとマスクで顔を隠した謎の生徒が、あたふたしながらインタビューに答えているのをぼんやりと眺めながら、あなたはこういうイベントに興味がありそうな生徒の顔を思い出していた。

 レッドウィンター連邦学園の2年生、図書委員会「知識解放戦線」の1人──姫木メルだ。彼女は、同人誌の創作をしていたはずだが……もしかしたら、彼女もこのイベントに参加しているのだろうか?

 なんとなく気になって仕方がなくなり、あなたはタブレットを手に取って、メルにモモトークを送ってみた。

 

〝『メルリー先生はコミショには参加してるの?』〟

 

 ピンクの背景に、シュポッという独特の効果音で、先ほど打ち込んだ文字がフキダシで表示される。

 待つ時間もなく、メルはすぐに返事をくれた。

 

 『してるよ~~』

 『あ、サークル参加じゃないよ』

 『知識解放戦線のための買い出しね』

 

 買い出しということは、モミジやタカネは一緒にいないのだろうか。レッドウィンターからD.U.地区に来るなら、旅費もかなりかかるはずだ。まして常に金欠気味のレッドウィンターの生徒なら、誰か一人に買い出しを頼むことも多いのかもしれない。

 今は夏もピークの時期だ。嵌め込みの窓の外は、強烈な日差しが照りつけている。ここは高層階だから聞こえないが、外ではセミが騒々しく鳴いているだろう。

 あなたは少し考えてから、返信を打ち込んだ。

 

〝『今、テレビですごい行列をやってたよ』〟

〝『メルも並んでるの?』〟

 

 『そうだよ~~』

 『も~暑くて溶けちゃいそう』

 『レッドウィンターの外がこんなに暑いと思わなかった~』

 

 あなたは思わず、顔を赤くしてプリンのようにとろけているメルの姿を想像する。

 レッドウィンターは、一年を通して厳しい寒さに包まれていて、夏でも厚手のコートが手放せないほどだ。コンクリートが日光を照り返す、D.U地区の夏には不慣れだろう。しかもメルは、かなりのインドア派だったはずだ。

 まさか、涼しい恰好をしているとは思うが……。

 

〝『体調には気を付けてね』〟

 

 少し間が空いて、メルがメッセージを返してくれる。

 

 『ありがと』

 『気を付けてるから大丈夫だよ』

 『先生は何してるの?』

 

 あなたは、思わず周囲を見回した。今日は当番の生徒がいない。広いシャーレの執務室を、独り占めしている状態だった。

 

〝『こっちはシャーレで仕事してるよ』〟

 

 『い~な~』

 『すずしそ~~』

 

 モモトークから、羨ましそうなメルの声が聞こえてくるようだった。

 確かに、この部屋はクーラーがしっかり効いていて、とても過ごしやすい。

 が、しかし──目の前にはうず高く、未処理の書類の山が積まれている。やってもやっても終わらない気がするし、一緒に仕事をする生徒がいるならまだしも、一人ではやる気も減っていくばかりだ。たとえ、それが必要な仕事だと分かっていても。

 …………。

 あなたはメルにメッセージを送った。

 

〝『うーん……』〟

〝『なぜか手伝いに行きたくなってきた』〟

 

 『ええ……』

 『頼まれてる漫画も結構多いし』

 『正直、手伝いに来てくれるならすごく助かっちゃうけど……』

 『大丈夫? 仕事じゃないの?』

 

〝『大丈夫大丈夫』〟

〝『生徒を助けるのが先生の役目だからね』〟

 

 『そのセリフ、絶対今じゃないよね?』

 

 メルのメッセージをよそに、あなたはモモトークを閉じた。

 先生は〈責任〉──暑くて大変なメルの元に今すぐ向かわなければならないという、大人としての義務──を感じ、すぐにパソコンをシャットダウンした。座椅子から立ち上がると、なぜかこれまでになく元気が湧いてくる!

 タブレットを手に取ると、あなたは速やかに行動を開始した。

 シャーレを出るまで、誰にも、特にリンちゃんにだけは見つかりませんように──!

 

 × × ×

 

 

(会場に着くと、列に並んでいるメルの姿を見つけた)

(淡い緑色をした特徴的な髪の毛と、二つの歯車の形をしたヘイローが、長い列の中でもはっきりと目立っている)

 

 あなたは列の間からメルに近づくと、すかさず、持参したクーラーボックスから、棒付きのソーダアイスを2本取り出す。メルが熱中症になっていたらいけないと思って、道中で買ったものだ。他にも、冷たいペットボトル飲料や塩の飴など、思いつく限りの品物は用意してきていた。

 

〝お待たせ、メル。〟

 

 背後から声をかけると、メルの小さな背中が嬉しそうに跳ねる。メルはマスクで口元を覆っていたが、あなたの顔を認めると、「ぷはっ」と暑苦しそうにマスクを外した。

 

〝はい、差し入れ。〟

 

 マスクを顎につけたまま、にこにこ笑顔で、あなたからソーダアイスを受け取る。

 

「助かったっ! さっすが先生!」

 

 メルは勢いよくアイスにかぶりつくと、「生き返る~~!」と大げさに喜んでくれる。

そんなメルの姿に持ってきた甲斐を感じながら、あなたは、メルに続いて、もう1本のソーダアイスをいただくことにした。

 さすがに少し溶けてしまっているが、爽やかな甘さが口内に心地いい。

 列はなかなか動かず、しばらく、二人で無言のままアイスを齧るだけの時間が続く。

 メルの服装は、いつもの白いコートではなく、薄手のノースリーブのシャツ、大きめのキュロットの下にタイツという、とても夏らしい恰好だ。背中を覆っている長い髪も、アニメグッズのヘアゴムで、ポニーテールの形にまとめられていた。

 いつもの黄色い鞄のほかに、手にはスポーツドリンクが何本も入ったコンビニのビニール袋が提げられている。どうやら暑さ対策は心配しなくてもよかったようだった。

 が、しかし……。

 ふだんは部屋に引きこもっているせいか、真夏にも関わらず、メルの肌は雪のように白い。それが、惜しげもなく外に晒されているのだ。そのうえ、だるそうに何度もシャツで胸元を煽いだりして、かなり隙も多い。メルの身長が低めなせいで、あなたから見える部分が多く、とても目のやり場に困る状態だった。

 あなたはつい注目してしまいそうになる視線を外し、大人としての意地で、努めて気にしないように心がけた。

 そんなあなたの努力にはまったく気付かない様子で、メルはアイスの棒を噛んだままぼやいた。

 

「いやぁー、ほんと参ったよ。こう暑いと、スケッチしようにも出来なくてさ……ほら、タブレットにすぐ汗が落ちちゃうでしょ? ノートでも同じだしさ……。おかげで何度良いタイミングを逃したことか……っ!」

 

 メルは悔しそうに拳を握り込む。

 

「そうだ先生、ちょっと影になってくれない? 列が動かないうちに、ささっと描いちゃうから!」

 

 その場にしゃがみこむと、あなたを期待の目で見上げてくる。

 先生はそんなメルの姿に、わずかに感動を覚えた。慣れない気候をものともせず、自分の好きなことを追い求めようとしている。

 あなたが先生をしていてよかったと思うのは、生徒がこんな姿を見せてくれた時なのだった。

 

〝メルは、いつでもメルリー先生なんだね。〟

 

「当たり前でしょ!」

 

 あなたの言葉に、メルが少し怒ったように言い返してくる。

 

「いつどこにネタが転がってるか分かんないんだよ! もしネタを見逃しちゃったら、そのネタはずっと誰にも見つけられないままなんだから!」

 

「あっ、そうだ!」

 

 メルは何かを思い出すと、自分で座ったのに、せわしなく立ち上がる。 

 

「それよりも先生、手伝ってくれるなら『作戦』を立てないと! とりあえず先生が来るまでに、私の方で一通り考えてみたんだけど……」

 

 メルは自分の鞄から、厚いカタログと、何かのリストが書かれた紙を取り出す。リストの方は、買う漫画や同人誌をまとめたものだろう。作品名に丸がついていて、『モミジ 絶対』とか『カエデ 2番希望』とかメモが書いてある。カタログにも、いくつも付箋がついていたり、鉛筆でルートが書き込まれたりしていて、レッドウィンターの生徒の皆で、何度も話し合ったことが想像できた。

 メルが会場の全体図のページを開いて、あなたに手渡してくる。そのままあなたに身体をくっつけて、真剣な表情でページを指さし始めた。

 

「まず、私が絶対に欲しい同人誌はこの東2ホールっていうところに固まってるんだけど、ここは並ばないと絶対に買えないような人気作家ばっかりなんだよねぇ。だから最初は東2ホールで二手に分かれようと思うの」

 

「んで、ここからが重要なんだけど、先生は13時が近くなってきたら、予定の同人誌が全部買えてなくても、西4ホールに行ってほしいんだよね。っていうのも、13時から限定版の販売が始まる漫画があるんだけど、これだけたぶん在庫が少なくて──」

 

「あ、もちろんお金は私が出すよ。このために皆で貯金したからね! それで、その漫画が買えたら、一度東3ホールの入り口で合流しよっか。ここからは一緒にゆっくり回れると思う。ここは頼まれてる本は少ないんだけど、色んなジャンルの作家が集まってるエリアで、もしかしたら面白いものがあるかも──」

 

〝ちょ、ちょっと待って……。〟

〝もう一回言ってくれる?〟

 

(それから、メルの『作戦』を注意深く聞きながら列を待った)

(もしかすると自分は、かなり過酷なイベントに参加してしまったのではないかと、内心で不安を覚えながら……)

 

 × × ×

 

 

(会場に入ると、すぐにメルとは別れて──)

(その後、なんとか頼まれた本を全部手に入れて、合流場所に到着した)

 

 あなたはまだメルがいないことを確かめると、手近な柱の近くに腰を下ろした。

 

〝疲れた……。〟

 

 合流場所には、あなたと同じように、魂の抜けた表情で座り込むロボットや獣人、生徒たちがたむろしている。会場内はエアコンが効いていることだけが救いだった。

 もっとも、いざポイントを回っている間は、人混みの熱気で、とてもエアコンがあるとは思えない蒸し暑さだったが……。

 館内放送で、今流行りのアニメの主題歌が流れている。以前から観たいと思っているが、シャーレでの激務に追われて、いまだに観られていないアニメの曲だ。

 なんとなく、じっくり曲の歌詞に耳を傾けてしまう……。 

 すると、ちょんちょん、と誰かに肩をつつかれた。

 振り返ると、マスクをつけたメルが、手にアニメ柄の紙袋を提げて立っている。メルはマスクを外すと、いかにも楽しそうに歯を見せて笑った。

 

「おつかれ~、先生! どう? ちゃんと一人で買えたぁ?」

 

 どうやらメルは、まだまだ元気いっぱいのようだった。

 あなたは、持っている紙袋をメルに渡す。すると、中の戦利品を見て、メルは目を丸くした。

 

「えっ!? すごいすごい! 全部買えてるじゃん!」

 

〝そんなにすごいことなの?〟

 

「すごいよ! 私は結局回り切れなかったんだから!」

 

〝たまたま、目的のサークルの一つに知り合いの生徒がいて……。〟

〝それで特別に買わせてもらえたから、その分早く回れたんだよね。〟

 

 もちろんその本だけは、メルの分とは別に、自分用も買ってある。

 

「はえ~~……さすが先生! 人脈が無駄に広い!」

 

 メルは上機嫌にあなたの肩を叩いてくる。

 

〝なんか無駄に貶された気が……。〟

 

「褒めてるんだからいいの。いや~、これなら相当余裕が出来たよ!」

 

 言ってから、急にメルはなにかを思案し始めた。

 それから突然、かわいい営業スマイルになって近寄ってくる。

 

「あのぉ~……せ・ん・せ・い? 時間が出来たから、すこ~しご相談したいことがあるんですが~……」

 

〝駄目です。〟

 

「なんでさっ! コスプレブースに寄りたいだけっ! 困らせるようなことは何もしないから! いいでしょっ!?」

 

 雑なノリにも、メルはぷんぷんと全力で怒ってくれる。だが──。

 …………。

 

〝……コスプレブース?〟

 

 あなたはその言葉に、甘美な誘惑の囁きを聴いた。

 普段は制服姿、良くても水着姿を見ることしか出来ない、トリニティ、ゲヘナ、百鬼夜行、ヴァルキューレ、様々な学校の生徒達──。

 そんな彼女たちが、それぞれ思い思いに、可愛いアニメキャラのコスプレをしているとすれば──? 

 

〝さっ、行こうか。〟

 

「いいねいいね、先生もノってきたね~! さあてと~あっ、地図見せてよ地図。サンキュー! えっとね~、ここが2階の東3ホールでしょ? だから~……」

 

 あなた達二人は身を寄せ合って話しながら、人でごった返す『コミショ』の会場を歩いていった。

 その姿は、先生と生徒にはまるで見えず──ただの二人のオタクのようであった。

 

 × × ×

 

姫木メルと、真夏の即売会へ――②に続く

 

 

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