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「うし、みんなお疲れ。今日も良いライブだったな」
「物販もいつもより人入ってましたもんね」
このメンバーでバンドを始めてもうすぐ一年。上手くいかなかったこともあったけど着実に知名度は上がってきてるし、見に来てくれるお客さんも増えてきている。良い傾向だ。
「じゃ、反省会といくか。えーと……『トゲナシトゲアリ』っと」
ここ最近ライブ後はこうしてSNSで反応を見て反省会をするようになった。本来はエゴサなんてするものじゃないけど、自分たちのパフォーマンスを振り返るにあたっては割と役に立つ。批判的な意見もバンドとして改善できるものならしていくべきだろうと、私たちだけでやっていくことにしたときに決めた。その代わりメンバー個人に関するエゴサは禁じている。個人への批判なんて基本的に改善できるものではないからだ。
『トゲナシトゲアリ初めて聞いたけどかなり良かった。全員の主張が強くて耳が五個欲しかった』
『今日もトゲトゲは変わらず最高だった! 仁菜ちゃんの歌で悩みも吹き飛んだ! #トゲナシトゲアリ』
『ルパ様今日も神でした。トゲトゲちゃんの新しいタオルも買えたし満足! #トゲナシトゲアリ #ルパ様』
『仁菜ちゃんの歌やっぱり魂込もってて最高過ぎ~ すばるちゃんも可愛かったしトゲナシトゲアリのおかげでまた一週間頑張れそう! #トゲナシトゲアリ』
『このどこかガールズバンドらしくないノリが好きだ。俺らも負けてられないって毎回思ってる気がする笑 #トゲナシトゲアリ』
『井芹仁菜、あの小っちゃい体のどこからあの声が出てくるのかが永遠の謎 #トゲナシトゲアリ #井芹仁菜 #正論モンスター』
『やっぱりトゲトゲはボーカルが最強すぎるな 他も良いが魂の咆哮を一番感じるのは間違いなく仁菜だわ #トゲナシトゲアリ』
『智チャン……今日も可愛いね…… #トゲナシトゲアリ #トゲトゲ #海老塚智 #智ちゃん可愛いよ智ちゃん』
『トゲナシトゲアリ、噂よりもトゲトゲはしてなかったという感じ。ただかなり好みではあった。何よりボーカルが良い。』
『桃香(@ momokan1209)はやっぱりどこで演奏しててもカッコいいわ トゲナシトゲアリの次のライブっていつだっけ? #momokan』
「ま、いつもとそんなに変わらないな」
「仁菜みたいなのがいるのもいつも通りね。変なハッシュタグまでできてるし」
「私ここまで気持ち悪くないでしょ? ……ねえ、なんか言ってよ智ちゃん!」
ニーナたちの茶番には付き合わずに否定的な呟きを探して画面をスクロールする。最近そのような意見が結構少なくなってきているのはこの反省会の効果を実感できて嬉しいところだ。それでもなくなるわけはない。ガールズバンドってだけで批判したがる人もいるくらいだし。お、見つけた。
『インディーズではちょくちょく噂を聞くトゲナシトゲアリを聞いてきた。各々の主張が強すぎて微妙に演奏が合っていない。ガールズバンド界隈に一石を投じることには成功したかもしれないが長く続くかは微妙なところというのが正直な感想。』
「どっちかというと主張が強いっていうのは私たちにとって褒め言葉だな」
「でも演奏が合ってないっていうのは正直どうにかしないといけないと思うわよ」
「編曲の仕方を変えるか? でもなあ……編曲できるの現状私と智だけだし、結局似たり寄ったりになりそうなんだよな」
私たちも協力できるようになればいいんだけど、桃香さんと智とは違って私たちは”音楽家”ではない。楽器を演奏して歌が歌えるだけ。音楽的素養は圧倒的に劣る。
「時間はあるんだし、私の家にある本で勉強してもらうか。仁菜は勉強得意だろ?」
「いや別に普通ですけど。でもいずれできるようにはなった方が良いと思うので今度本借りに行きます」
次。
『トゲナシトゲアリのボーカル(ニナ?ニーナ?)は声そのものと伸びは良いんだが高音をところどころ外してた印象。ライブだから多少仕方ないのかもしれないが。バンドとしての完成度は想像以上だった #トゲナシトゲアリ #ライブ』
「これももう感想の中で完結してるね。ライブ中なんて思い通りの声を出し続けられるわけないんだからニーナが気にする必要はないよ」
「そうですね。仁菜さんの歌声の完成度はCDを聞いてもらえればすぐわかることですし、一部音が外れるのもライブならではでいいじゃないですか」
「まあでも仁菜も自分で感じてるとは思うけどファルセットを綺麗に出すのは今後の課題だろうな。大きいライブに出るほど耳の肥えた客は増える。当たり前のことを当たり前にできるようにならないとこういう感想は減らないどころかむしろ増えていくかもしれない」
「頑張ります」
そうこうして三十分ほど経った辺りで今日の反省会は終わった。
その後桃香さんたちは飲みに行って、智はストッパーとしてついて行って、私はニーナを誘って家に帰った。
ニーナはよほど疲れていたのか、私の家に着くなりソファに転んで寝息を立て始めてしまった。
ニーナの頭を膝に乗せ、膝枕の体勢で頭を撫でる。少し力加減をミスすれば壊れてしまいそうなほどに繊細なニーナの頬に手を添え、もう片方の手の指を髪に通す。ライブ直後で少し汗ばんだ、しかしサラサラとした感触を失わない柔らかな髪。
いつまでも触っていたい。しかしこのままだとニーナが起きてしまいそうなので、最後に一撫でだけしてそっとベッドに寝かせ、私は自分の汗を流すためにお風呂に向かった。
私がお風呂から上がった頃には、ニーナの寝息はすっかり深くなっていた。そろそろ日も跨ごうかという時間帯。私はまだ眠れそうにない。眠れないからといって何をするわけでもなく、ベッド脇の椅子に腰かけてニーナのほっぺを軽く突く。
反応が一切返ってこないのを良い事につんつん突きながら眼下に広がる夜景を眺める。このうちの一つに桃香さんたちのいる居酒屋もあるのだろう――――そんなことを考えていると不意に何者かに腕を掴まれ、引っ張られた。
「ニーナ?」
「すばるちゃんもおいでよ……そんなとこにいたら寒いでしょ……」
「寝ぼけてるのか……っておい! えっ、力強っ」
思いのほか強かったニーナの腕によってあっという間に布団に引きずり込まれ、そのままニーナの胸に抱きかかえられるような恰好になる。布団の中は、ニーナの子供体温のおかげもあって少し暑く感じるくらいだ。折角お風呂に入ったのに、また汗をかいてしまいそうだと考えたところで、ふと鼻腔をくすぐるフローラルな香りを知覚する。私自身の匂いではないため、必然、ニーナから発せられる匂いということになる。
体温の上昇とか汗に反応するタイプの香水だろうか。強い芳香に頭がクラクラしそうになる。
「すばるちゃん」
「っ!?」
早鐘を打つように暴れ出す私の心臓を知ってか知らずか、ニーナは私の頭をさらに強く掻き抱く。ニーナの柔らかな身体。心地よい体温。さらに強くなる香り。沸騰しそうなほど熱くなった脳はしかし、ニーナの声を聞き逃すことはなかった。
再び私の名前を呼ぶ声。しかし今度は先ほどとは違い、どこか縋るようで消えてしまいそうなくらい震えていた。
「どうした、ニーナ? 怖い夢でも見たか?」
ニーナは何も答えない。顔も見えない。でも私の髪を濡らすその涙が、鼻をすする音が、状況を正確に教えてくれる。
私も何も言わない。話したくなればニーナの方から話してくれるはずだから。
「私、怖いの」
背中をさすること五分ほど、ようやくニーナが口を開いた。私は手を止めず、何も言わずに先を促す。
「夢が怖いんじゃない。怖い夢を見たわけじゃない。でもただ怖い。私のせいでこのバンドがどうにかなったりしたらって、いつも考えちゃうの。感想を見ても私への批判が一番多いし、活動歴は私が一番短い。みんなに迷惑をかけてるんじゃないかって……」
少し震えているニーナを優しく抱きしめる。先ほどまでとは逆の関係になるように、背中と頭を撫でる。
ニーナは普段は強がってるだけで本性は繊細で傷つきやすい。そのくせ自分の評価は気にするからエゴサはしたがる。ライブ後の反省会はそれをやめさせるために私が提案したものだった。
だから私は知っている。ニーナがどんな気持ちで生活しているのか、どんな悩みを抱えているのかも。
「この前智が言ってたこと覚えてる? ニーナの歌声が好きだって。私も大好き。桃香さんもニーナの歌声に惚れたからバンド誘ったって言ってた。ルパさんも、あの性格だから何も言わないってことは好きなんだと思う。私たちみんなニーナの歌が好きだから集まってる。お客さんも、ニーナの歌声が嫌いっていう感想は見たことない。ニーナに対する批判が一番多いのはフロントマンとして目立つからってだけ。実際称賛の声もニーナに対するものが一番多い。それが答えだよ」
私なんて自分への感想を探す方が難しい。今日の感想を見てもついでみたいに書かれているだけで演奏に対する具体的な感想はほぼない。私が目立つときはリズムが崩れた時だけ。そんなライブをしたら私への感想が結構出てくる。もちろん悪い意味でだけど。
「こう言っちゃなんだけど、批判なんて真正面から受け止めない方が良い。こういう意見もあるんだな~くらいに思ってれば良いの」
「私には難しいよ」
「だろうな。でも思い出してみなよ。ニーナへの批判を見たところで桃香さんたちの態度は変わった? 解散しそうな雰囲気になった? なってないでしょ。ニーナは難しく考えすぎなんだよ。私たちはみんなニーナが好き。ファンの人たちも含めてね。批判してくる奴らなんて全体の1%にも満たないんだから気にするだけ無駄無駄。それでも気になるようだったらいつでもこうして忘れさせてあげる」
今のニーナに必要なのは同情などではない優しさだ。自分がどれほど周りから愛されているのか、ニーナはまだ理解しきれていないのだろう。言葉にして、行動にしてきちんと刻み込んであげないといけない。
「……ありがと」
そういって私の胸に顔を埋めていたニーナが不意に顔を上げて私を見つめてきた。
「どうした?」
「いや、すばるちゃんちょっと汗臭いかも」
「なっ! こんの……私がせっかくいい感じの雰囲気にしてたのに台無しじゃん!」
本当に雰囲気ぶち壊しだ。先ほどまで消え入りそうだったニーナの声も全然そんなこと無くなってるし、顔も私を揶揄うようにニヤニヤしているような気がする。ムカついたから両手でほっぺを引っ張ってやる。
「
こいつ……年頃の乙女のくせにそのあたりのデリカシーというのが全然無いんだから困ったものだ。そもそも汗をかいちゃったのはニーナが布団に引きずり込んできたせいだし、私はもともとお風呂に入ってさっぱりしてたはずなのに。
「はあー。まあいいや。お風呂入ってくるからニーナはもう寝てていいよ。時間も遅いし」
「え~。せっかくだから一緒に入ろうよ~。私も汗かいてるんだしお風呂入りたかったんだよね」
「じゃあニーナ先入っていいよ。私後でも大丈夫だから」
「一緒に入ろうって言ってるでしょ。別々に入るより一緒に入った方が水道代も電気代も節約できるよ?」
「なんでそんな頑なに一緒に入ろうとする?」
「……今、一人で何かするのが不安なんだよ」
「嘘つき。ニーナ嘘下手すぎ」
「うぐぐ。ねぇ、どうしてもダメ?」
絶っっっっ対、自分の顔が良いのを自覚してる。上目遣いなんてそうじゃないとできない仕草だ。
「……はぁぁぁぁ。良いよ。言い争ってる時間も無駄だし」
そう言って風呂場へ向かう。自分で言うのも何だが、ここは割と良いタワマンだから脱衣所も浴室も浴槽も一人で使うには持て余すくらい広い。
二人で入るのが丁度良いだろうなと思いつつ、まさか本当に二人で入ることになるとは思ってもみなかった。
「俳優ってみんなすばるちゃんみたいにスタイル良いの?」
「あんまジロジロ見んな。ホント、デリカシー無い奴だな。俳優なんて大体私なんかよりもっとスタイル良いよ。努力量も違う。まあ私はもう俳優目指してないし気にもしないけど」
身長も私はそれほど高くないし、筋肉がついてるせいで身体が少し太く見えたりするし、私はニーナが思っているほどスタイルが良いわけじゃない。ニーナと比べればまあ良い方だろうけど。
せっかくだからと久々にお湯はりボタンを押して浴室に入る。湯舟がいっぱいになるまで十五分程度。体を洗っていればすぐだ。
シャワーは当然ながら一つしかないのでニーナ優先で使わせる。私は一応先ほど入っているし、その後も少し汗をかいたくらいだから念入りに洗ったりはしない。
ニーナが体を洗っている間、手持ち無沙汰なのでニーナの頭を洗ってやることにした。と言ってもニーナの髪はかなり短い上に指が通りやすいから思いのほか早く終わってしまった。となれば次は――――――
「じゃあすばるちゃんの頭は私が洗ってあげるね」
「優しくしてね?」
ニーナも女の子だし大丈夫だとは思うけど一応ね?
しかし私の僅かな心配すら全くの無駄だったことはすぐに分かった。
「ん、結構気持ちいいな」
「でしょ? それにしてもすばるちゃんの髪やっぱり綺麗。こんなに長いのに……努力の賜物?」
「まあね。髪は女の命だって聞いたときからずっと大切にしてきた」
「手入れ相当大変じゃないの?」
「うん。でも俳優目指してるうちはこれ以上切らないようにしてた。黒髪ロングってお清楚な感じがするでしょ? 人付き合いが楽なんだよね」
昔のおばあちゃんと同じような髪形。容姿が似ていることも相まって、過去からタイムスリップしてきた安和天童なんじゃないかと言われたこともあった。
嬉しかった。純粋に俳優を目指していた昔は。今までこの髪型を続けているのは単純に声がかかりやすいから。テレビにとって安和天童というブランドの少女時代にそっくりな私は使わない理由がなく、惰性で俳優業へ向かっていた私には都合が良かった。
でもそんな事情ニーナは知らなくて良い。知らないままでいてくれた方がよほど良い。それに私はもうこの髪型をやめようという決心がついた。ニーナの髪を洗ったのがその決定打になった。
「まあそろそろ短くしようと思ってる。もったいないって? それはそうかもしれないけど、ロングって夏には向いてないし、何よりドラム叩いてる時にバサバサして鬱陶しいんだよね。ケアにも時間かかるし。それにもう私俳優目指してないから。一生バンドで生きてやるんだって決意も込めて、ね?」
ニーナが何か言う事は無かった。多分最後の一言が一番刺さったんだと思う。
「一生……」
「ニーナが言ったんでしょ? 絶対にやめないって。ほら、コンディショナーもさっさと流しちゃって。お湯冷めちゃうから」
ニーナは自分のせいでバンドがバラバラになるんじゃないかという不安をもっていた。でも違う。ニーナのせいで私たちはバラバラになれない。ニーナが健在である限り、トゲナシトゲアリは分解しないだろうと漠然と思う。
髪を梳くように滑るニーナの指を感じる。お湯の温度はいつもより少しだけ低いように感じた。
他のガルクラ短編はpixivにおいてます