しがない武偵の戦い   作:穂洞卿

1 / 1
プロローグ

 武装探偵。通称『武偵(ぶてい)』。

 銃やナイフといった人間を容易に死に至らしめる凶器が、漫然と蔓延するこの世界。日常に潜む犯罪もまた凶悪化の一途をたどる中、その流れに逆らう為に生み出されたものこそが、この国際資格である。

 社会の治安や安全を維持するために公的に組織された集団を警察とするならば、武偵とはいわば『民間の警察』みたいなものである。ただし、『民間』である以上、非営利組織などの慈善事業ではなく、立派な営利目的の集団だ。

 警察に準じる権力を持ち、武装を許可され、逮捕権を有し、武偵法の許す限り、報酬によってどのような仕事をも請け負う。その性質上『警察』としての機能より、『便利屋』としての側面の方が遥かに強い。

 この武偵のルーツは、百数十年前に実在していたとある探偵にある。その世界一優秀な頭脳をもって、ありとあらゆる謎を解き明かしてきた実績は、今日日(きょうび)小学生であれ知らぬ者はいないだろう。その名探偵のなかの名探偵こそが、世界に無数にいる武偵の唯一無二の根源なのである。

 

 おれこと水野藻太もまた、武偵という社会の歯車を構成する一人であったりする。個人的主観からいえば、報酬のために切った張ったの命がけの遣り取りを行う、世界で最も馬鹿で愚かな面倒くさい人種のお仲間と言うわけだ。

 なぜ武偵を目指したのか、それを語るのに意味は無く。おれがどう藻掻き、どう死んで行くのか、そこにもまた意味は無い。始まりと終わりが虚無に彩られているとしたら、一体どこに人の生の意味なんぞあろうか。然り。意味を見出だすとするならば、まさにその過程こそにある。いや、過程にしかない。

 人は皆、始まりに夢を描き、半ばにこそ生き甲斐を見出だし、そして終わりに絶望を抱く。

 故におれが語るのは、いずれ神なる奇石を巡る争いの中心となる少女と、その渦中に飛び込んで行くことになるヘンタイ少年の物語、その壮絶な運命の片鱗だけ。

 

 

 これはやがて訪れる、神と人との交錯を、最も近い蚊帳の外で目撃することになる、しがない武偵の話である。

 

 

 

 

 カチン、カチン。

 空は漆黒の闇に包まれ、ぼやけた灯りだけが照らす薄暗い空間を硬質な音が、幾重にも幾重にも木霊して満たしていく。音の発生源は、中腰に銃を構える男達。一昔前の嫌に分厚い防弾ベストを着込た奴らは、手にする武器は拳銃から、短機関銃、と種類も何もバラバラだ。奴らは全員が銃を抱えて、その銃口をおれへと向けている。その顔は例外なく焦燥の色に染まっており、奴らの指は銃の引き金を一心不乱に引き続けている。まるで壊れて不良動作を起こす機械(ロボ)のように、その動作を繰り返しているが、その鉄のかたまりから鉛の弾丸が射出されることはない。

 それもそのはず。なにせ、奴らはたった今、その大事な弾を使い切ったのだから。

 

 一目で倉庫であろうとわかる程度には、広く、雑多にものが転がっているその場所が、一体何処にある、何の為のものなのか、おれは詳しくは知らない。ただ、奴らを追いかけ、追いつめ、奴らが逃げ込んだ場所がここであったというだけのこと。それ以上の情報は、おれにとってはあってもなくてもさして変わりはしない。おれがやるべきことは、奴らを逃すことなく、徹底的に痛めつけて、その敵対心を折ることだけだ。

 倉庫のど真ん中という開けた場所で、かすり傷一負うことなく佇むおれに、奴らは未だカチンカチンと音を鳴らしながらも、戦きの視線を寄越している。

 一体、彼らはどうして不自然な動作を繰り返しながらも、その実一歩たりとも動けずにいるのか。簡単だ。思考回路がショートするほど、おれに恐怖を感じているのだろう。

 

 息が詰まるくらいに硝煙の臭いが混ざった空気を軽く吸い込みながら、おれはついさっき訪れたばかりの、昨日の出来事を思い返す。

 

 そもそもの発端は、今よりも数時間ほど前、まだ午前0時を過ぎる前のことだった。おれはとあるお屋敷のとある客室の一つで、周囲に散らばる私物を選別し、不要な物をゴミ箱へ、必要な物を一抱えもあるスーツケースの中に無理矢理に詰め込もうとしていた。小一時間近くかけて、どうにか力づくの詰め込み作業が終わり、一息つこうと備え付けのソファーに身を沈めた時、その電話は鳴った。

 ここ数ヶ月で聞き慣れた低いバリトンボイスで電話の主がおれに告げたのは、いつも通りの荒っぽいお仕事。単刀直入に言って、どこぞの犯罪組織を壊滅させる依頼だった。

 

 今回の獲物は『S&S』通称『スパイシー・スパイダー』。おれは聞いたことすらない組織名だったが、そいつらがアメリカのテネシー州にある寂れた田舎町、そこにある廃工場を中心とした建物群で集会を開いているとの情報が手に入ったのだそうだ。バリトンボイスの連絡役が言うには、『S&S』とは、違法とされる銃器の密輸から、麻薬、人身売買など、なんでも手広く、しかし、浅く扱うのが特徴なのだそうだ。そして、その組織の名前は、つい一月前までは明るみにさえ出ていなかった。とても巨大で、謎に満ちた組織だったから、というわけではない。むしろ、その逆。そこまで中規模というよりも小規模で、ほそぼそと活動をしてきた組織だからこそ、その名前が知られていなかったみたいだ。そんな犯罪組織がなぜ、こうも大々的に名が知れ渡り、おれら武装探偵に摘発されるに至ったかといえば、大本の原因はおれら、いや正しくはおれにあるのだろう。

 

 ここ3ヶ月ほどの間、おれはとある現地のお偉いさんに頼み込み、特別にある種類の依頼を優先的に回してもらっていた。ちなみになんのお偉いさんかと言えば、アメリカではそこそこ知られた民間武偵会社のお偉いさんだ。

 その依頼内容とは、ほとんどが凶悪犯罪組織の殲滅。そして、おれはそのすべての依頼を請け負い、すべてを解決してきた。この短期間におれが潰した組織は、一つや二つでは到底きかない。

 

 簡単に言うと、大した力を持たないはずの弱小組織が台頭してくる程度には、力を持った有名どころの犯罪組織を概ね潰してしまったということだ。概ね、とはいっても、さすがに『アメリカ全土』というわけではない。アメリカの一地方という限定的な範囲において、犯罪組織の力関係(パワーバランス)を崩壊させてしまったというのが正確なところだろう。

 力によって無法者を抑える頭がいなくなれば、抑えられていた奴らは当然無秩序に暴れだす。この『S&S』も、そういった、いなくなった頭役の代わりに、新しくその立場を手に入れようとした組織の一つなのであろう。その結果、彼らは派手な動きを起こすに至った。

 だが、それも詮無きこと。無闇矢鱈に派手な動きをすれば、武偵であれ、米軍であれ、優秀なアメリカの情報機関は即座に彼らの動向を察知し、その拠点を瞬く間に探り出す。そうして、彼らもまた、殲滅されていった組織同様、破滅の道を辿っていくのだ。それも今回もまた、おれの手によって、だ。

 

 連絡を受けてから、すぐに送迎用のヘリを出してもらって現場に着いたおれは、そのまま休むことなく『S&S』の基地に強襲を開始した。

 空は暗く、まだ夜の帳は上がっていなかったが、時間帯は深夜というよりも、丑三つ時をすぎたばかりの早朝少し手前といった時刻であった。

 人々は寝静まり、哨戒についている人間でさえ気が弛み始めている、強襲するにはまずまずの条件。もう少しすれば、日が昇り、空が白み始めることを考えると、一休みなどしている暇はない。そう判断しての行動だった。

 

 そこからは容易だった。急な敵襲に慌てふためき逃げ惑う彼らを、迅速に、かつ、正確に打ち倒していく。如何にも銃を持っただけの素人といった連中を問答無用で昏倒させていき、強襲から10分と経たずに、50名を超える大所帯は、たったの数人にまで数を減らされていた。

 

 仲間の大部分がもの言わぬ肉人形として横たわる中、未だに元気に走り回る数人の構成員達は、この錆びた鉄臭い倉庫のなかへと必死に逃げ込んでいった。

 彼らが倉庫の中に消えていくのを見た瞬間、おれは一目でその目的が待ち伏せであるとわかった。だが、おれは一切躊躇することなく、奴らの後を追い、倉庫の中に入っていった。入り口は一つしかなく、間違いなく彼らはここに潜んでいる。しかし、広々とした倉庫内は4割りほどがコンテナで埋め尽くされており、ぱっと見では彼らが何処に隠れたのかわからない。

 

 鋼鉄のジャングルのなか、息を潜める猛獣たちは、ツメやキバよりも余程凶悪な武器を持っている。普通ならば、張りつめた緊張に精神が参りそうになるところ、おれは散歩でもするようにすたすたと迷いなく進んでいく。その行動は、彼らにとっても思いがけないものだったのだろう、明らかに動揺する気配が伝わり、それは逆に彼らの位置をおれに教えてくれるものとなる。

 ゆっくりと確実に歩を進めるおれが、遮る物がなにもない倉庫の中心に辿り着いた時、彼らは物陰から身を乗り出し、その手に持つ銃を一斉に火を噴かせる。

 

 

 四方八方から降り注ぐ銃弾に襲われたおれは、当然ハチの巣になるーーーーーーこともなく、無傷でその場に立っている。これこそが、彼らが恐怖に打震える元凶というわけだ。

 

 

 何をそんなに驚くことがあるのだろうか、おれとしてはそちらの方が断然疑問である。なにせ、おれがやったのは、技術とも言えない技術。初歩中の初歩にして、種も仕掛けもありはしないもの。ただ、避けるという動作を行っただけ。そして、全ての銃弾を避けただけなのだ。だが、彼らの反応を見るに、彼らにとっては信じられないことだったのだろう。

 

 素直に銃を手放し、その手を上げて(ホールドアップ)くれれば、楽なんだがな。

 そう思いながら、一歩を踏み出そうとすると、耳に付けたインカムから雑音が流れ込んできた。

 

『おい!ソータ!聞こえているなら、返事をしやがれ!』

「・・・・・・」

『黙りんまりしてんじゃねぇよ!聞こえてねぇわけねぇだろうがっ!これでも返事しないっつうなら、盛大なゲップでもくれてやろうか!?ああ!?』

「・・・・・・なんだよ?」

 

 黙っていれば静かになるかと思いきや、より悪化する気配しか伝わってこない為、仕方なく応答してやる。

 

『やっとでたかよ、ソータ。なら、まずは状況を説明しろ。今どうなってやがる?というか、オレは待機を命じただろうが!』

 

 耳元から低いだみ声、しかもなまりの相当きつい英語が流れ込んでくる。まさにうっとおしさ2倍、いや3倍だ。おれは何も気にしていないかのように会話に応対しつつ、その実未だ動く気配を見せない敵に細心の注意を払う。

 

「今回の目的は不当に罪を犯す組織を完全に壊滅させることだろう?おれはその為に最も確実な手段を取っているだけだよ」

 

 おれが真実思っている本当のことを言ってやるが、こいつは納得なんかしないだろう。そう半ば理解しつつも、おれが返せる言葉はこれしかない。

 そして、予想通り、最高に不機嫌だと言わんばかりの悪態が耳をつんざく。

 

『クソッタレ!!それが単独強襲(ソロ・チャージ)だってのか!?オレたち仲間をなんだと思ってやがる。だからてめぇと組むのは嫌なんだ。なんでもかんでも一人で突っ走りやがって!いつも言っているがよぉ、こんなことなら初めからオレたちなんか招集せずに、てめぇ一人で勝手にやってろって言うんだ!』

「そうだな。いつも言っているが、全く以てその通りだよ、ミスター・ステーキ。おれも常々そう思っているんだがな、上はおれひとりだけに任せるのは不安らしい。その不安を解消してやる為に、おれは毎度行動で示してやっているんだけどな」

『はっ。バカか、てめぇは。逆効果以外の何でもねぇだろうが。なぁ、どうしてだ?戦場にいくのはいつも一人。共に戦う仲間はいらないときた。どうしててめぇは一人にこだわる?どうしててめぇは犯罪者どもを追いかける?』

「・・・・・・」

 

 ミスター・ステーキことマイクがおれに、おれの心にその真意を問いかけてくる。それはたった三月ほどの、しかも便宜上のものとは言え、今の今まで共に同じチームだった仲間としての言葉だったのだろうか。マイスの仲間を思う真摯さが痛いほどにわかる、けれど、それを聞いて何の意味があるのか、おれにはよくわかなかった。それにこんな悠長な問答、いくら膠着状態になっているとはいえ、戦闘中にするようなことではない。故に無視する。圧倒的な戦力差があろうと、一つの油断が悲惨な事態を引き起こすこともあるのだ。

 

『どうしててめぇは武偵なんかをやっている?』

 

 再びマイクの耳障りな声がおれの脳に届いた。くだらない質問だ、そう思ったから、相手にするつもりなどなかった。わかりきっている問いだから、戯れ言だと聞き流すつもりでいた。なのに、気づけばおれの口は、おれの意志を外れて勝手に音を紡いでいた。

 

「そんなの決まっている」

 

 知らぬ間に声に、目に、力が籠っていく。そんなおれの様子に反応したのか、金縛りにあっていたように固まっていた男たちが急に動き出した。

 今の状況を理解できていないのか、それとも、まだ活路があるとでも言うのか、奴らは弾の無くなった銃をがっしりと握りしめている。恐怖を煽り、投降を勧めるために、徹底的に力の差を見せつけてやったというのに、奴らはまだ諦めていないとばかりに目をぎらつかせておれを睨みつけている。

 

 ああ、めんどくさいな。

 おれがそうため息をつくと同時に、奴らは飛びかかってきた。

 小物みたいな悪者ほど往生際が悪いのはどうしてなのかな、と内心呆れつつ、おれは奴らをすっと見据える。

 

 雄叫びを上げながら銃を鈍器として振りかざす男の懐に潜り込み、顎を一撃。脳を揺らされ崩れ落ちるそいつを無視して、次に目を向ける。銃を放り投げ、素手で殴り掛かってきた男の手首を右手で掴み、相手の勢いを利用するように腰を捻りながら、左手で敵の頭をコンクリートの大地に叩き付ける。そのついでに右足を背後に跳ね上げ、後ろから鉄パイプを振り下ろそうとしていた男の手元を蹴り抜き、鉄パイプを跳ね飛ばす。得物を失い狼狽した男の隙を逃さず、そのまま回転しながら、側頭部に蹴りを叩き入れてやる。

 

 あっという間に3人を沈めると、真横からがらがらと重たげな音を響かせながら、つやつやと冷たい光沢を放つ立方体の荷物を乗せた台車が突っ込んでくる。おれは慌てず一歩後ろに下がり、余裕を持って突進を躱すと、台車を押していた男が目の前を通り過ぎようとするときに合わせ、その足を払う。バランスを崩し、前のめりに倒れかけるところで、腰を据えた拳を腹に一発入れ、うめき声一つ漏らす間も与えずに気絶させる。

 

 これで4人。

 あと3人。

 

「ば、化け物がっ!死にやがれっ!」

 

 おれの背後に潜んでいた3人の内1人が、苦し紛れに手に持つ缶の栓を抜いて、おれへと投げつけてくる。それと同時に、奴らは反転して入り口目がけて走り出した。

 おれも奴らを追いかけるために走り出そうとして、その足を行ったん止めた。

 放り投げられ、地面に転がった缶から、視界を覆うほどの煙が排出され、瞬く間におれと彼らの間に分厚い煙の防壁が出来上がる。紫色の煙は、如何にも有害そうで毒々しい。

 毒ガスか、はたまた発煙弾(ダミー)か。

 一瞬迷うが、頭を巡る思考は意味を持たず、おれは自然な動作で懐から銃を取り出すと狙いも碌に定めずに二度発砲する。

 

 どちらにしろ、おれには関係ない。

 

 二発の銃弾により、乱れた煙の隙間を見逃すことなく、おれはくるりと回りながら前進する。周囲の空気を巻き込んで、身体の表面を風が流れるようにして、煙が肌に触れないように煙の幕を通り抜ける。ガスの散布域はそれほど広くはないようで、三歩も行かないうちに煙の外にでる。

 そして、今まさに白み始めた空のもとに飛び出そうとしていた3人の背に右手の銃を向けると、無造作に引き金を三度引いた。

 瞬間、三度の轟音とともに掻き消えそうな小さな叫びが三つ重なって響く。後に残るのは、周囲に広がる声ともとれぬうめきだけ。

 数秒の沈黙の後、インカムから先ほどの話の続きをするように、幾分声のトーンを落としただみ声がささやいてくる。

 

『・・・・・・・それで?答えはなんだ?』 

「才能があったからだ」

 

 おれの口は再び勝手に動くと、間髪入れずにその言葉を吐き出した。それは、やはりわかりきっていた答えだった。

 

『バッカヤロウ・・・・・・。やっぱ、てめぇにゃ武偵は向いてないぜ』

 

 インカムからは変わらぬだみ声が、悔しそうに、悲しそうに何かを言っていたが、おれは聞こえない振りをした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。