なかよし部顧問 作:中上健三郎
「あのぉ……なにしてるんです? とりま通報した方がいいですかね?」
「しない方がいいです。中に入っていいか不安なんです」
「いやダメでしょ!」
場所……聖テレサ女学院。
一応俺はお呼ばれしてやって来ているのだが、正門前に出迎え一つ寄越していない。お嬢様学校が聞いてあきれるぜ、なんて偉そうに正門前でしばらく佇んでいると、放課。多くのお嬢様たちがキャッキャウフフオホホモホホと下校を始めたものだから、先ほどから突き刺さる視線の数々。
不審者を見るような目から、ごみを見るような目まで、基本的に好意的なものが一切ない。
「一応呼ばれてきたんだけど、俺。出迎えがないもので困ってるんだよ」
「ああ、なるほど納得です! ……で、実際誰のストーカーなんです?」
「納得してないじゃん」
「だって、見た感じ年齢タメくらいじゃないですか? 父兄でもお偉いさんにも見えない系男子にしか見えないんですけど」
「いやあ、俺だってなんで呼ばれたのかいまいちわかってないんだけれど、とりあえず特別講師? になってほしいのだとかなんだとか」
「ああ! なるほど納得です! もうちょっとまともな嘘つきません?」
「納得してないじゃん」
しばらくそんな視線に耐えていると、髪がピンク色の話を聞いてくれそうな女子生徒が近づいてきて。しかし彼女は開口一番に、通報したほうがいいかと聞いてきたのである。
先ほどから通報の危険を感じてはいたが、ここにきていよいよ現実味を帯びて来た。
「まぁ……お聞きになりまして? ストーカーですわ」
「恐ろしいですわ……」
「羨ましいですわ……」
と、辺りからも俺を恐れる声が聞こえ始め。
「おや……おやおやまあまあ、こんなにも早く来てくださるなんて」
そこにやってきた救世主は、いかにも女子高の小うるさい学年主任の先生みたいな、おば――マダム。というか普通に面識がある。
「ごきげんよう、マザー・ヒルダ。前回の……何というんでしたか、ともかく会議以来ですね」
以前呼ばれてお話を伺ったが、あれは殆ど雑談だった。一応聖テレサ女学院についての話し合いという名目だったとは思うが。
「ごきげんよう……えっと……こほん、特別外部講師の方」
前に話した時からそうだったが、この人は全く男の名前を憶えない。イラっとしながらも、まあいうて、名前など所詮肉体に付随した記号に過ぎない。このくらいで態度を崩すのは三流のすることだ。
「シンヤです。それで、お手紙を拝読しましたが、えっと……聖テレサ女学院の、女学院の特別講師? あの、私は男ですが」
そりゃあ、女学校だろうが男性の職員や教師はいるだろう。だが、この伝統息づく名門聖テレサ女学院に男性職員はいない。
「あら? お話していませんでしたかしら……この間の会合でお伝えしたと思っていましたが」
言われて、あの日の会話を脳内で再生する。待ち合わせた場所についてから、時折話が脱線しつつ、男女共学化を視野に入れているという話。あとは追って手紙で伝えると言われ。
俺の家に届いた手紙には、特別講師のことについて詳細が決まったから来て欲しいということが書いてあり。
「失礼ながら、具体的な内容についてはお聞かせいただけていないようで。私の記憶違いでしたら申し訳ありません」
と、言いつつも俺が記憶違いを起こすことはあり得ない。
「まあ、どうぞ一度教室へ。ちょうど職員会議がありましてね。そこでお話いたしましょう」
場所、聖テレサ女学院の中、職員室。
内容、割愛。
というかこれまでに聞かされた内容からも十分推測できることだ。まあ、とりあえず端的に換言しよう。
男女共学化に伴い、特別に男子生徒が一人編入してくる予定がある。その前に、少し距離の離れた位置の男性として教師を雇おう、それも若い人がいい。ということになった。
そこで最近話題の俺。聞けば格安で講演をしているとのことだから、いっそのこと特別講師になって貰おうぜと。
「それを受けてここにいるわけだ。分かったかユニ博士」
改めて、場所……象牙の塔。
膨大な書物と、後はよく分からない何か。雑然と……いや、端的に言って汚部屋と化している。そこでだらしなく寝そべりながら本を読んでいた、一見幼い女の子な見た目のユニ博士。橙の頭髪を可愛らしく三つ編みにして、案外そういうところはちゃんとしている。
俺を見るなり目と口を大きく開き、どういう理屈か寝そべっていても落っこちていなかった制服の帽子がずり落ち、今にも叫び声を上げようとした。慌てて俺が女学院の中にいる理由を話し、一応は納得してもらえただろうかと……
「たわけが。たとえ貴様が聖テレサ女学院の講師になろうがこの国の王になろうが、象牙の塔は理系の踏み入れて良い場所ではないのだよ。分かったかね。分かれば今すぐ土産を置いて理系の野に帰りたまえ」
「いや、前にも話したが僕は理系でも文系でもないからね。君だって数字で遊ぶくらいはするだろう? 学問が高度に発展した今、そもそも理系文系という垣根を超えた視野を持とうよ」
「ええい詭弁を弄しおってからに! そも、文系を理系より先に言いたまえ。文系理系だ…………むむ、待て……その手に持つ古びた本は!?」
「ユニ博士がここにいるのは分っていたからな。土産として『碧の深淵に関する古文書』を持ってきておいた」
「ほわー!? ぼくが欲しかった奴!! 欲しい欲しい!! 早く寄越せ!」
「うむ、少し待ちたまえ」
「な、なんだ……!? はっ、さてはその本の見返りにこのセクシーユニの身体を――」
「えっと。この本と、後はこれか……」
「おい。少しは何か言いたまえよ。折角このぼくが慣れない小ボケの為に身をささげたと言うのに、完全に道化じゃあないか」
「この本借りてくよ。明日には返すから」
文句を言いたげなユニを無視して、さっさと象牙の塔から撤退する。
■
場所……変わらず聖テレサ女学院の中。
もしかしたらユニ博士の推薦でもあったのだろうかと思ったが、あの様子ではないな。前からそれほど仲は良くなかったし。一応お互いに能力は認めている……いや、あの子が俺を認めているかは分からないから、少なくとも俺は認めていると言うべきか。
「さて、と。あとは……やばい酒場に行くか」
場所、すぐに変わり、場末の酒場。
客層はあからさまに悪く、そこらのテーブルで違法賭博が行われ。給仕として働いているのは、たまにこの店に来る俺にとって見慣れた少女。金色の髪を可愛らしくツインテールにした、エルフの少女だ。
「らっしゃっせー……って、あんたか」
「や、給仕のクロエおねーさん」
「あんたさぁ。まーいけど別に。でも――」
「あ、あぁぁ!? し、シンヤだ!? シンヤが来た!!?」
「ほらこーなった」
パニックを起こした荒くれものたちは、あっちへ逃げ回り、こっちへ逃げ回り、何人かが店を出ようとしたところで、そいつらの肩を押して止める。
「まあまあ、今日は賭け事に参加しないからさぁ。のんびり呑ませてくれ。そこで睨んでる店長も、良いだろ?」
以前賭けに誘われるまま参加したら、その場にいた人間の全財産を奪って。それ以来俺が来るとパニックを起こす奴が出るようになった。一応もう二度と賭けには参加しないようにしているんだが、店長としては俺がいるだけで皆が盛り下がり、店の売り上げが減ると嫌われている。その分チップ出してやってんのに。
「チッ……おいクロエ。そいつ見張ってろ!」
「えー……業務内容に賭場荒らしの監視は入ってなかったンすけど」
言いながらも、クロエは俺がいつも頼んでいる麦しゅわを手に、席に座った。
「ん、ここ座れー」
「いつもありがとう。最近ちょっと行きつけの酒場に年齢バレちゃってさ」
「まー、別にあんたが何しようとあんたの勝手だけど」
勝手だとしながらもクロエは何か続けようとしたので、先にこちらの要件を話す。
「俺、聖テレサ女学院の特別講師になってさ」
「――は?」
「いやーびっくりだよね」
「……それで? 何すか? その特別なんちゃらになってすぐここに来たってことは」
「説教もしないし、俺は見なかったことにするよ。だからほら、代わりにこうやって分かりやすい弱みを握らせてんだ」
麦しゅわマジでうまい。これは年齢制限いるわ。
俺が一気に麦しゅわを飲み干すのを呆けた様子で見ていたクロエだったが、「ぷー」と大きく息を吐いて。
「んで? なんでまた
「向こうから選ばれちゃってさ」
「あー、あんた一応有名な人なんだっけ? それが評価されたわけだ?」
「いや、あまり具体的な選考理由は分からない……先公だけに……んだけど……まぁ、俺が講師になったのは、言ってしまえばお嬢様がたの男慣れみたいな? 若い男に慣れさせようぜと。俺みたいに若くて先生出来る人がいなかったんじゃない?」
「あー、ねー……うちの子ら、特級天然記念物に指定されそうなくらいにピュア散らかしてるし」
「そう、だね? ピュア……?」
何か今日、ピュアじゃない人とばかり出くわした気がする。
俺のそんな疑問を、クロエは自分のことを言われていると思ったみたいで。
「あ? どこに目ぇつけて乙女の純情疑ってンだ? せんこーならぬ名誉毀損教授かよ」
「聞こえてたなら笑ってよ、俺のギャグ」