パチパチと薪が爆ぜる音が聞こえる。
校庭の中央で薪に火がつけられたんだろう、後夜祭の始まりだ。
昔はもう少し派手に、丸太なんかを用意してもっと大きいキャンプファイヤーをやっていたらしい。
毎年規模が縮小していき、今年は無くなるのではないかと言われていたが専門の人を招き安全を確保する事で無事に開催出来たようだ。
司会を務める生徒が囃し立てるように声をかけ、明るい音楽が流れ出した。それに合わせて火の周りにいた男女が手を組み踊り始める。
火に照らされて大きくなったり小さくなったりする人影。
私はそれを屋上からぼんやりと眺めていた。
「はぁ……」
何も踊る相手がいないと言うわけではない。自慢じゃないが、そこそこモテる方だ。
顔は美人な方だと思うし、背中の中程まで伸びた黒髪は手入れを欠かしていない。太っているわけでもないし、肌のケアもしっかりと行っている。
ただ一点、発育が悪いのだけは玉に瑕と言ったところだろう。
そんな私が何故屋上で黄昏ているかと言えば、単純に呼び出されたのだ。冷たい秋風が吹き荒ぶ中、屋上なんぞにこの私を呼び出すとは生意気な話だ。
長い付き合いでなければもう帰っていただろう。
「…………寒い………」
というか、本当に寒い。制服の上にマフラーをつけて、タイツまで履いた万全の体制だと言うのに身体が震えてくる。
……来ないし、帰ろうかな。
カイロの入ったポケットから渋々手を抜き腕時計を見ると約束の時間まで10分もある。時間が過ぎていれば容赦なく帰れたのだが。
早めに来たのは失敗だったな。
そう考えた時、後ろの扉がギィと金属の擦れる音を立てて開く。
振り返るとそこには男が一人たっていた。
待ち人来たる、と言うやつだ。
「うおっ寒……って10分前だぞ、なんでいるんだ……」
「ふん、サッカー部のエース殿を待たせると女子から顰蹙を買うからな」
振り返った先にいたのは背の高い、がっしりとした男だ。髪は短く刈られ、いかにもスポーツをやってます、と言う風情を醸し出している。
顔もまぁ、悪くはない。
そいつは扉を閉めると私の横に並んで校庭を見下ろす。何をするでもなく、じっと校庭を見下ろしている。
暫くそうしていると一曲目が終わったのか別の曲がかかる、今度はアップテンポの激しい曲だ。選曲に趣味を感じる。
チラリと横目で様子を伺う。何を考えているのか、真剣な顔だ。
校庭からの光に照らされて、毎日見ている見慣れた顔も少し違って見える。
…まぁ、やはり悪くないな。彼女ができないなんて信じられん。見る目がないんじゃないだろうか。
というか呼び出したんだから早く用件を言って欲しい、寒いし、何より見上げていると首が痛い。
昔は私よりも小さくて、ちょこちょこ後ろをついてくるカルガモみたいなやつだった。
中学入学で抜かれて、高校入学では大差をつき、その頃から妙に強気な言葉遣いになり、生意気な奴だと憤ることも多くなった。
「あー………その………」
こちらに向き直り、目と目が合う、何かを言おうとしてためらっているのか言い淀んでいる。
ああ、最近はそうでもなかったが…こういうやつだったな。こういう時は私が尻を蹴飛ばさなければ有耶無耶になるのだ。
本当に、いつまでも世話を焼かせる。
「はぁ……寒いんだから早く言え、10秒以内に言わないなら私は帰るぞ」
「うぇっ!ちょっ…ちょっと待ってくれ!」
「待たない、じゅう、きゅう、は 「言う!すぐ言うから待ってくれ!」 …………最初からそうしろ」
無事に覚悟を決めたようだ。不安げに四方八方に飛ばしていた視線が定まり、しっかりと私の目を見つめ返す。
胸に手を当て、大きく深呼吸。大袈裟すぎる、何を言う気だこいつ……顔なんてトマトみたいに真っ赤だぞ。
訝しげに見ていると、覚悟が決まったのか深呼吸をやめ、一拍置いてから口を開いた。
「お前が好きだ」
一瞬、思考が止まった。
たった三文字が理解できない。
お前が、なんだって?
ありえない。
だって、私とこいつはそんなんじゃない。
そういうのはダメなんだ。
そう、ダメだ、絶対に、許されない。
そうか、きっとこういうことなのだろう。
「あぁ、私も好きだよ。ペットのみけ子と同じくらいな」
唇の端を釣り上げ、ニヤニヤとしながらそう返す。
親愛の感情というやつだろう。成る程、納得だ。
わざわざ口に出す事もないが、普段から世話になっている感謝を込めて、と言ったところだろう。
つくづく納得だ、腕を組みうんうんと頷く。
「しかし、可愛い事を言うじゃないか。生意気になったと思っていたが、悪くないぞ。その調子で私を敬うといい」
本当に可愛い奴め、今度欲しがっていたスニーカーを買ってやろう。
だが言い方が悪いな。勘違いする者も出るかもしれない、そこは減点だろう。
「こいつ、わかってねぇな……」
「なんだボソボソと、はっきり言え。今の私は機嫌がいい、欲しい物を言ってみろ、出来る限り聞いてやろうじゃないか」
そう言ってチラリと顔を見ると、先程までのガチガチに緊張したトマト面はそこにはない。覚悟を決めた、と言うよりも若干苛立っているような顔だ。
何故だ。
「あー、欲しいものを言えばいいんだよな」
「う、うむ。……あ!あんまり高いのはダメだぞ、具体的には一万以下だ」
こ、コイツまさか言質を取ったとばかりに高い物を要求する気か?!
可愛くない、やはり生意気なやつだ!
一歩こちらに踏み込み、絶対に逃さないと言わんばかりに腕を掴んできた。
見上げる私と目線を合わせて、顔を近づけてくる。
それこそ、互いの息が掛かるほどに。
「お前が欲しい、俺と付き合ってくれ」
そう言って、掴んだ腕に力を入れて私を引き寄せる。
「ずっと前から好きだった、我慢してたけどもう限界だ」
うまく頭が回らなくて、引き寄せられるままに抱きしめられる。
何が起こってるんだ?
分からない、コイツは何を言ってるんだ。
分かってない、私達は、そう言う関係にはなれない。
「お前が誰かのものになるなんて考えただけで吐きそうだ。だから、俺のものにする」
当たり前のことだ、お前だって、いずれは私以外のものになるだろう。
だから、私もお前のものにはならない。
それにしても暑い、顔から火が出そうだ。
きっとコイツの体温が高いんだろう、汗臭いし。
まったく、体育会系の奴はこれだから。
同時に、私が全く動けない事もコイツの馬鹿力のせいだ。そうに決まってる。間違いない。
本当に体育会系はどうしようもないな。こうやって狙った女を手込めにしているわけか。どうしようもない奴だ。
大体この後どうする気だ、気持ちは嬉しいが、ちがう、そうじゃない。
「もう一回言う、今度は真面目に聞いてくれ」
思考が空転する。
そんな事を考えている場合じゃない、考えるのはどうやって断るかであって、
嬉しいとか、心臓がバクバクと脈を打ってる、頭がクラクラする、顔が熱い、ダメだ、聞いちゃダメだ、言うんじゃない、今ならまだ引き返せるから。
「好きだ。俺と付き合ってくれ、姉貴」
私達は、姉弟なんだぞ。
馬鹿は言うだけ言うと私を離して逃げるように去っていった。
『返事は家で聞く、考えといてくれ』
そう言った時の馬鹿の顔は身体中の血が顔に集まってるんじゃないかと思うほど真っ赤で、きっと私も同じような状態だっただろう。
身体から力が抜けて、ペタリと座り込む。
校庭に流れていた音楽は止まっていた、今頃後始末をしている頃だろう。
なんとなく、アイツの気持ちは分かっていたのだ。
数年前からアイツは私の事を姉と言わなくなった。おいとか、お前とか、同時に名前も呼ばない。
ふらふらと力の入らない身体で立ち上がり、扉を開けて階段を降りる。
予想通り校庭ではキャンプファイヤーの片付けをしていた。
純愛、書けるようになりたいすなぁ