TS転生したので理想のチョロインロールやってみる 作:まよねえず
夜の宿。
なんてことのない、ただの一室。その部屋から漏れる灯りがそこに二人の人がいることを周囲に証明している。
おおよそ一般的な男性ほどの人影に、まだ恐らく成長しきっていない子供のような人影。
「なあ、ハル。俺ってリーダーとしてちゃんとできてるのか?こんな情けない質問、あいつなんかに聞けるわけないんだ」
「……私には聞くんだ。ハヤトは頑張ってる。気にしないでいい」
二人分の人影の正体はハヤトとハルであった。
既にハルがこのパーティーに加わってから一週間が過ぎていた。
この一週間ハヤトとユイ、そしてハルの三人組で旅を続けていた。寝床を一緒にすればなんとやら、すっかり三人には信頼しあえる絆というものが生まれていた。
ハルが来てから一日目は怖くて眠れないからとハルがハヤトの部屋に行ったり。
三日目にはハヤトが不可抗力ながらもハルの成長しきっていない胸に手を押し当ててしまったり。
それを見たユイがキレながらもなぜかハヤトに体を寄せていたり。
至って普通な毎日を過ごしていた。
ハヤトにとっての日常であった。
「そっかぁ……ありがとう、救われたよ」
「ん、仲間だし。……それに」
「それに?」
「やっぱ何もない」
「一番気になるやつ……」
出会った当初から変わらない無表情は何を考えているのか分からないが、ハヤトはそんなハルを見て優しく微笑んだ。
そしてハルはというと微笑むハヤトからサラッと目を逸らした。しかしながら、その頬は桜色に染まっている。
「……このまま私が」
「……?何か言ったか?」
「気のせい。幻聴だからもう少し休んで」
「えぇ……。まあうんそうするよ」
「ん」
そして宿の外から二人の影を見守る存在があった。
「……ぬぎぎぎぎぎいいいぃ。何あれ、二人して夜に何話してるんですか?なぜハルちゃんは顔を赤くしてるんですか?なぜハヤトはあそこまで顔をだらけさせてるんですか?あばばばばば」
嫉妬の言葉しか発せなくなっていたユイである
ハヤトユイハルのパーティーは基本的に女子部屋と男子部屋に別れている。
夜遅く偶然起きてしまったユイはあたりを見回すといつもいるハルが居なかった。
おかしいなと思い探すとこの様である。
ハルはなぜかこんな遅くにハヤトの居る男子部屋を訪ねているし、ハヤトもそんなハルを追い出さないで楽しく話している。
「……怒りました。もう口なんか利かないし。元はといえばハヤトが──」
好きな人を独占されて夜悲しく二人を見ているユイ。
いかにも悲劇のヒロインの様だ。
「この話はユイには内緒な」
「分かってる」
「──聞こえてますが?バリバリのめちゃくちゃに聞こえてますが?」
少女の嘆きは夜の街に虚しく響いていった。
◇◇◇
「……」
「その、ユイ。僕何かした?何か悪かったら謝るからさ」
「……」
「……えっと」
「……最低」
「……えぇ」
チョロインは総じて、主人公にすぐ惚れて、すぐ抱き着いたりしてしまう。
けれどもそんなチョロインも一応人間の女だ。普通の感性は持っている……はず。
だから俺はここで演じる。
──主人公と他の女が仲良く会話しているのを見て嫉妬で頭が可笑しくなっていそうで主人公に対して不機嫌な態度をとるめんどくさいチョロイン。
完璧だ。無駄の一つもない。俺は俺を信じる。チョロインを演じると決めた俺を!!
ふふふ、ちょっといい気になっていただろうハヤト君よ。旅を始めてからずっと自分に懐いていてくれた女の子が初めて不機嫌な態度を見せたんだ。
へへへ、チョロイン舐めるな。
「ごめん!僕には思い当たる節がないんだけど、嫌な気持ちになってるなら謝るよ」
「……大体何ですか。ハルちゃんには口調が砕けているのに一か月もたつ私にはまだ出会った時と同じなんて」
「えっそれはユイも同じ……」
「うるさいです」
「アッハイ、ゴメンナサイ」
「私だって、私だってぇ……うぅ」
「……」
自分でも思う、なにこの面倒くさい女。ごめんなハヤト。あ、でももうちょっと愉悦に浸らせて。普段なにも困らないような主人公がたまに見せる困り顔は貴重だからね。
さ、そして今軽くお願いしたのだが聞き入れてもらえるだろうか?砕けた口調にしてくれるだろうか。
俺が丁寧語で喋っているからなのか、ハヤトも俺に少し合わせているような気がする。俺の状態が何であれ、背中を向けて一緒に戦う仲間には違いないのだ。もう少し距離を縮めて関係を深くしていきたい。
「うーん……これでいいのか?ユイ」
「っ……悩みあるなら一人で抱えないでよ」
「……もしかして、聞いてたのか、昨日の」
「……うん」
やばい!聞いてたらダメだったのかなぁ。ハヤトに捨てられたらどうしよう!『いいよもう、盗み聞きとか最低だな』なんて言われてパーティーを追放されてしまうかもしれない。
何て言うバカみたいな考え方は心の隅に置いておいて、無事に砕けさせることに成功したとともに秘密を暴いてしまったぜ。
ハルちゃん以外にはそのこと喋ってないもんね!もうちょっとチョロインのユイを信頼してもいいと思うんだけど?あ、でもお触りはNGで。何事もほどほどにね。
……いや一人で何やってんだ俺?
「恥ずかしくて聞けなかったんだが、俺ってリーダーとして居られてるかな。自信が持てないんだ。俺が二人を導いていかないとっていう責任感が重荷になってるんだ」
「……なれてますよ。私たちに合わせなくてもリーダーですから道を選んでくださいよ」
「そっか。ハルも言ってくれたよ、同じようなことを」
「なんで他の女の名前出すんですか」
「え、ダメだった?」
鈍感野郎。
ハヤトがラノベ主人公みたく鈍感なのはまあいいとして、こいつもなかなかに悩んでいるようだ。
確かに、ハヤト視点凄そうだもんね。
学校からの帰宅中に異世界に飛ばされて教団ぶっ潰してこいなんて不運の塊じゃんね。
ましてや命もかかるような世界で、地球のように文明も発達していないし治安もすこぶる悪い。さらにそこから女の子二人の命を守っている。これはプレッシャーかかりますわ。
「……」
「ごめん、俺にはユイの気持ちは分からない。けど……俺にとってユイは大切な仲間なんだ。何か悪いことがあったら謝るよ」
「……仲間。一言余計ですけど、まあいいです。私が伝えたいのは、何で悩みを一人で抱えるんですかって話です」
「……」
「一緒に戦ってきたじゃないですか。……そんなに私の事信用できないですか?」
「……信頼できる。できるに決まってるじゃないか。……そっか、ごめん。ユイ、俺はもう少し仲間に頼ってもいいのかな」
「どんどん頼ってくださいよ。なんのための仲間ですか」
というわけでチョロイン兼メインヒロインとして我らが主人公ハヤト君を救ってやった。うんうん、心にもう少しゆとりを持った方が良いと思うぞ。
俺だってこんな風に心を気遣ってくれる女の子にはすぐ惚れていた。だからハヤト君も惚れてくれるだろう(本音)
これからもハーレムメンバーを増やしていくのだろうが、俺は絶対にメインヒロインの座は譲らない。
ハヤト君は俺に告白して振られる運命なんだ。そのためのチョロインロールなのだし。早くその絶望した顔を見ていきたい……おっと失礼。
まあその最高のエンディングを迎えるまでも困難な道だ。仮にハヤトが主人公で主人公補正がかかっていたら死なないが、俺にも補正がかかっているのかと聞かれたら答えは微妙だ。一番最初の仲間だし、変な様にはならないと信じていたい。
それと、この世界は現実だ。普通に人がバタバタ死んでいく。さっき主人公補正だとかなんとか言ったが、そんなのはないかもしれない。
チートスキルがあってハヤトや仲間は死ににくいというのは恐らく事実だけれど。
「うん……仲間か。もう少し頼ってみるよ」
「どうぞどうぞ、ジャンジャン頼ってください」
「そうする。じゃあ今日の予定だけど──あれ?ハルは?」
「……ハルちゃんなら、用事があってちょっと出かけてるみたいです」
「そっか。いやでも町に一人っていうのはちょっと危ないかも──」
「──大丈夫そうです。ハルちゃんだって予定があるらしいですし、邪魔をするのは違うと思います」
「そう?なら帰ってきてから今日の予定について話そうか」
察しの良い人なら気づいていると思う。この主人公大好きチョロインの俺が夜に二人で話していたハルちゃんをそのままにするわけないだろう。
嫉妬に狂った者は怖い。
ハルちゃんは、大好きなハヤトと話していた罪で今頃ご飯をいっぱい食べている頃だろう。
正直ハルちゃんは子供にしても痩せ過ぎの部類だと思うので『……もう食べれない』と言うくらいまで食べさせてやる。
悪と言えば俺、俺と言えば悪。ハルちゃんがなんと言おうがご飯をもぐもぐ食べてもらおう。
女の子に体重に関して言うのは失礼だがもう少し太れ!
決して俺がハルちゃんを健康にさせようとかではない。太らせようとしている。体重増えるの嫌そうだしね。
うーん、完璧なまでの悪だ。大好きなハヤトと話していた罪は重すぎたかもしれぬ。
「そういえばさ、ユイ」
「はい?どうかしました?」
「──ところでハルは」
「だから町に用事があると言ってるじゃないですか」
「そうなのかな……ユイがそう言ってるし」
「ハルちゃんにも一人になりたい時間があるんですよ」
「……うん。それもそうだね」
俺よりこいつの方がちょろいだろ。
翌日。
昨日はご飯の食べ過ぎで部屋から出られなくなっていたハルちゃんも、無事に今日には動けるようになっていた。いやーよかったよかった()
意図せず昨日一日が休みになってしまったが、あれはあれでよかった。人間休みを取らないといつかぶっ倒れてしまう。
ハヤトもハヤトで転移してからというもの頑張り過ぎな気がする。なんたって毎日剣の素振り何千回やってるらしいっす。『僕がみんなを守らなきゃ』じゃねえよ、休め。
「それじゃあ今日の事なんだけど、ギルドの掲示板を見てたら古代遺跡の探索というのがあったんだ。報酬もそれなりだし、なによりディストピア教団に関することがあるかもしれない」
「ディストピア教団……」
「うん、昨日夜に酒場で情報を集めてたんだけど、どうやらここ最近この遺跡で怪しい人影がよく見られるようなんだ」
「……」
「俺は少しでもディストピア教団の情報が欲しいから受ける気でいる。二人はどう思う?」
「ハヤトが言うなら私たちもついていきますよ、仲間!なんですからね」
「……同じく」
ついに来た。俺には今未来が見えている。
つまりあれだな、ハルちゃんを仲間にして初のイベントみたいな。
ハヤトと出会って一か月、何もないとは言えないが大きなことは起こらないまま日常を過ごしていた。
確かに仮にこれが物語だとしたら内容が薄すぎると考えていた今日この頃。この遺跡探索がどのように響いてくるのだろうか。
ワンチャン仲間の覚醒とかで俺にスーパー強化が入ったり?前世からの夢の異世界チート無双ができたり?
しちゃうんじゃないですかねぇ。
楽しみの楽しみである。
それにしてもなんか……。
「ハルも怖かったら無理しないで言ってよ」
「……大丈夫、私にはハヤトがついてるもん」
「絶対に守れる自信はないんだけどな……」
「ん。ハヤトは強い。私の事も助けてくれた」
「……そこまで言ってくれるなら頑張ろうと思えるな。ありがとう、ちょっと自信もついたかも」
「別にいい、だって仲間でしょ?」
「……うん」
距離近くないですか?いやまあ俺は本気でハヤトの事が好きなわけじゃないし何とも思わないが、それにしても。ねぇ?
ハルちゃんの顔見てみ、ほら。無表情で何も考えて無さそうに見えて一番考えてるよねあれ。完璧なまでに恋する乙女の顔してるよね。
まあハヤトのハルちゃんへと向ける顔は妹とかに向ける顔なんだけどもね。厳しいと思うよハルちゃん、ハヤトはロリコンじゃないんだ。
あとマジの本当にごめん。ハヤトの純情は俺が弄んでる。
うんここでチョロインの俺がやるべき行動は一つだな。
ギュッ
「えっえぇ!!?ユイどうしたの?!」
「……私だって仲間なんですし頼ってくださいよ。何で一昨日もそうですがハルちゃんと二人で話すんですか?昨日はあんな事言ってホントは私の事まったく信用してないんですよね?だいたいハヤトと一緒に居る時間が多いのは私だしハルちゃんよりもはっきり言ってハヤトについて詳しいと思いますし私の方がす……ですし本当に信頼してるんです。……だから……はい」
頭が軽そうなチョロインならではのキレ方だ。失礼、俺の理想のチョロインの話だった。全国のチョロインの皆さんすいません。
なお、現在の状況について軽く説明いたしますと俺の胸をハヤトの腕に押し当てる様に抱き着いてます。
俯きながら恥ずかしそうに『もっと信頼してよ!』と言ってくるチョロイン。
……いいな。
「そっか……」
「……?」
さわさわ
「……?」
さわさわ
「……?」
さわさわ
「……え」
ふわぁ暖かい手……じゃねえよ。
ふむふむ、これがなでなでというものか。
じゃ一旦いっときますか。
ポッ
「ななななな」
チョロイン伝家の宝刀、『ナデポ』。
チョロインロールを始めた時から一度はやりたいと思ってた。今まで抱き着いてきたりとかは結構あったんだが頭をなでなでされるのは初めてだ。
ポッと頬を赤らめ耳まで赤くする。依然俯いたままなのでハヤトに顔は見られないが周りからはバレにバレまくっているであろう。
……気持ちいい、気持ちよすぎる。俺今過去一チョロイン演じてるかもしれない。
多分ランキングトップレベル。
よし、自分のレベルの高さに惚れるのは一度置いておいてハルちゃんへ牽制もしておこう。ここは欠かさないヒロインなんで。
「……ふっ」
「……ぐぬぬ」
可愛いかよ。『ぐぬぬ』て。実際声に出して言うやつがいたのね。
しかしまあやっぱり俺ことユイがメインヒロインってことで。うし、このままのルートで進めば無事にハヤト君の心を弄び続けることができるぞ。
さわさわ
さわさわ
さわさわ
……ちょっと撫で過ぎねハヤト君。いくら俺がチョロインだと言ってもここまで撫でて良いとは言ってないよ?
無理矢理にでもハヤトの手を掴んで頭の上に持ち上げる。……まだ撫でる気ですか。そうですか。
「ユイ……そろそろ手、放してもらえるかな……」
「え……?あっ……」
……いやないだろ。俺は男だぞ。
いくらチョロインを演じてても俺は男である。
ちょっとチョロインが板につきすぎていたか?
うん、よくわからないがメス堕ちはしたくないということで切り替えていこう。
死んだ目をしてしまったハルちゃんには申し訳なく思っておきます。
「その!行くなら行くでさっさと行きましょう!時間を有効活用していきましょうね」
「うん、ユイの言う通りか。ハルも──大丈夫?」
「……目の前でいちゃいちゃ。うっ」
「……ふ」
「???」
ハルちゃんが死んだ目をしていた。いいだろ、昨日夜にハヤトの部屋で二人きりで仲良く距離近くお話して笑顔を向けられて照れて顔をハヤトから外したんだから。
もういいだろという意味を込めてハルちゃんに目を向ける。
「……ひ」
怖がらせてしまったようだ。ハヤトに手を出したらどうなるか分かったようだ。
ハヤトは俺のものだ。誰かにあげてたまるもんか。
……ここで爆弾投下したらどうなるだろうか……?
「ハヤトが良かったらこれからも……その、頭、撫でてくれませんか」
「え、は、え」
「……そのぐらいなら」
「本当ですか!?……お願いします」
「え、は、え」
「早速?まあ大丈夫だけど」
「ふぁ……」
「え、は、え?」
ハヤトの手は温かかった。