龍門のビルの影に隠れるように、レユニオンの一団が走る。
この中、一人の少女は…去り際にWから貰った通信機を眺める。
これは、ある一人にしか通じない通信機。
彼女にとっては、守るために命を賭けてくれる英雄であり…彼女もスカルシュレッダーも守ってくれた白馬に乗った王子さまのようなあの少年だけに繋がる大切な、赤い糸だ。
「…フォルトは元気かな」
あの時、私たちを安全に逃がすためにたった二人で足止めをした彼らの安否を知ることはなかった。
それでも、彼女は彼は絶対に無事だと思っていた。
だって、どんな窮地でも必ず生きて彼女も、彼女の大切な者も守ってくれたから。
それに、ロドスの裏切り者だとしても、短時間でスカルシュレッダーが率いるレユニオンを制御した彼を、彼女は尊敬しているのだ。
皆を説得するために前にたった彼の瞳に見られた者はその瞳から目を離せなくなる程のカリスマがあり、彼の発する声の全てには従ってもいい…いや、従わなくてはいけないと感じる程の重みがあったから。
それは、彼女にとって初めての体験で彼を特別視するには十分なものだった。
だからこそ、彼女は彼を英雄だと感じた。彼は恐怖で怯える私とは違う。彼ならなんだって出来るんだと、甘い甘い妄想を噛み締めるほどに。
だが、そんな時間は長くは続かなかった。
何故なら、休憩をしていた時にある一人のレユニオンの兵士の様子がおかしくなったからだ。
確か、彼はスカルシュレッダーと仲の良かった人だった筈だ。
そして、人一倍仲間を大切にしていた筈なのだ。それこそ、仲間に武器すら向けれないぐらいには。
なのに、今では理性を失い仲間へと襲い掛かろうとしていた。
「おい、どうしたんだよ…イワン…やめろ、やめろぉ!」
「うあぁ…!」
「イワン…!くそっ、メフィストのアーツか…!…済まない」
スカルシュレッダーは悲しそうに、武器を向ける。
それを苦しみ呻きながら何処か嬉しそうにイワンは、襲う。
「…だめ!」
その声は届くことはなかった。爆発の破裂音に書き消されてしまったから。
「…そんな。ねぇ、スカルシュレッダー?彼に何が、何があったの?」
「…メフィスト。レユニオンの幹部の一人だ。あいつがイワンをこんなことにしたっ!…許さないっ」
冷静さを欠いて壁へ拳を叩きつけるスカルシュレッダーにビクッと身体が震える。
彼なら、あの人も守れたのだろうか。彼なら、苦しそうにするスカルシュレッダーに何か声をかけれたのだろうか。
頭の中は彼の事で一杯で。自分で何かをするなんてことを考え付かない。
「スカルシュレッダー!他の部隊にも通信が繋がらない!もしかしたら、俺ら以外はもうすでに…」
「大丈夫だ。こんな簡単にレユニオンが負ける筈ないだろ。脱出ポイントまではもうすぐだ。お前達、急ぐぞ!」
その声は何時もの覇気はなかった。スカルシュレッダーだって不安な筈なのに必死に前を向く。
だけど…だけれど。それだけで生き残れるほど現実は甘くなかった。
脱出ポイントに近づく程、彼らは増えていった。
それに伴って被害者であろうレユニオンの死体が増えていく。それに、黒装束の兵士が感染者を狙っているらしい。
私達も無事では済まなかった。一人、また一人と彼らの黒装束に襲われて死んでいく。
皆は必死に抗っているのに、私は何も出来なくて。
…私の目の前で守ろうとした一人から血が吹き出した。
…それを守ろうとしたもう一人が彼らに押し倒されて悲鳴だけが木霊した。
何が、何が起きているんだろう。レユニオンは感染者のために戦ってるんじゃないの?
なのに、何でレユニオンの彼らが狂わされて皆を襲っているの?
分からない、分からない…!
「ミーシャ!こっちだ!早く!」
恐怖で怯えた私の手を引っ張る。暖かくて、それでも私より小さな手に頼ることしか出来ない私は何なのだろう。
スカルシュレッダーだって、手が震えているのに。不安だろうに、皆を率いるためにそれを覗かせない。
「ごめん、スカルシュレッダー…」
「いいんだ、ミーシャ。君が無事なら」
建物に逃げ込んだ私達は身動きが取れなくなった。外に出たら彼らに襲われるから。
周りの皆は恐怖で色んなことを言っていた。
帰りたいと嘆く人。死にたくないと泣く人、何でこうなったんだって怒る人。
そんな人たちを落ち着かせるためにスカルシュレッダーは声をかける。
でも、その声は届かない。私も…何か、力になれないだろうか。
なにか、なにか…。
そんな中、キラリと光る通信機が目に入った。
そうだ…彼に助けを求めればいいんだ。彼なら来てくれる。彼なら全て助けてくれる。
「フォルト、助けて!皆が死んじゃうの…お願い、助けて…」
少しの砂嵐音の後、分かった。とその一言が聞こえた。
その一言だけで、私は驚くほどに落ち着けた。だって、彼が来てくれるんだから。
私の英雄が…来てくれるのだから。だから、もう怖くない。
突如なった通信はミーシャの助けを求める声だった。
「フロストノヴァ…ごめん、用事が出来た。直ぐに戻るから、別行動をしても…いい?」
「分かった。だが、無茶だけはするな。怪我をしたら彼らから私が言われてしまうからな」
笑いながらそう言ってくれる彼女は、本当にいい戦士でいい指揮官なのだと分かる。
彼らが姐さんと慕う理由がこれなのだろう。
「直ぐ戻る。それじゃ…」
風を切り裂く。ただ、今は彼らの安全を祈ることしか出来ない。
だけど、その道のりにあったのはスカルシュレッダーの部下であろう死体と、変異した感染者の死体。それに、民間人の感染者の死体だった。
ますます嫌な予感が走る。急がなくては─彼らの灯火が消えてしまう前に。
そして、数多くの死体の跡を辿り着いた建物に入る。
だが、そこには戦闘の跡と血痕があった。まだ、暖かい…数分前に流れたものだろう。
すると、奥の部屋から破裂音が聞こえ、黒い煙が部屋から漏れる。
これは、スカルシュレッダーの…!
奥の部屋へ走る。…そこには黒い装束を着こんだ兵士が2人いた。そして、それらからミーシャを守ろうと立つのがやっとなスカルシュレッダーと血を流しながら倒れている彼の部下の死体があった。
「フォルト…!コイツらを倒してくれ!」
叫ぶスカルシュレッダーの声で俺に気が付いたそいつらに、矢を放つ。
だが、その矢は当たらず空を切った。
そいつらは身軽に空へ舞ったのだ。そして、そのまま俺へ斬りかかる。
持ち変えたナイフでそれをいなしながら、詠唱をする。
「憤怒!彼らを炎で燃やし尽くせ!」
彼らの死、そして守れなかった怒りに飛び出した激しい炎がそいつらに降りかかる。
それは、そいつらが避けてもついていく。
それに、合わせながら斬りかかる俺の刃を躱しながら炎から逃げる彼らは歴戦の戦士なのだろう。
だが、だからこそ彼らは俺を殺すことは出来ない。
染み付いた死の匂いが彼らの行動を教えてくれるのだ。
投げつけられたナイフも切り裂こうと振る刃も、その全てが黒い霧と共に目に見える。
「■■■■■、切り裂け」
目標を短縮した詠唱は、全てを切り裂く。それは俺自身にも降りかかるが、透明なそれがなにか分かっている俺と何一つ知らない彼らでは天と地の差がある。
だが、彼らは勘でそれらを切り払う。だけれど、幾つかは見逃し、彼らの身を傷つける。
追撃しようと詠唱を唱えようとした瞬間、嫌がるように建物から逃げていく黒装束を追いかけようとしてしまう身体を、落ち着かせて二人を見に行く。
そこには、血が滴る音と、黒い、黒い霧が二人を覆っていた。それは、まるで死ぬことが決まっているかのように。
「二人とも…ごめん」
「フォルト…いるの?…やっぱり来てくれたんだ…ねぇ、スカルシュレッダー、言った通りでしょ?」
「ああ、そうだな…」
…ミーシャは俺を見ない。いや、見ることが出来ないのだろう。
だって、彼女の瞼が切り裂かれているのだから。
多分…彼女の瞳はもう、開くことがないのだろう。
スカルシュレッダーも、身体に幾つもの切り裂かれた後があり、流れ出る血から助かることがないのだと分かってしまった。
「…約束、守られなかった。君たちを、助けるって…言ったのに」
「そんなことないよ…ちゃんと来てくれた。スカルシュレッダーも、私も…守ってくれたよ」
「…僕、守れてないよ。ごめん、ごめんね。ミーシャ、スカルシュレッダーは…もう─っ」
「─言うな…フォルト、ミーシャを連れていってくれ…頼む」
俺の口を手で抑え、スカルシュレッダーは彼女に聞こえないようにそう、懇願した。
「スカルシュレッダー…分かった。ミーシャ…僕の背中に乗って。君を治せる所へ行かないと」
「分かった。ねぇ、フォルト…何時も私を…何で助けてくれるの…?」
「僕は…人の死が嫌いだから。それに、友達に…死んで欲しくない」
…暗い、暗い道を…少しずつ前へ進む。
周りはこんなにも光輝いているのに、ここにだけはその光を覗かせない。
それに、彼女の暖かい身体からどんどんと奪われる熱で彼女が長くないことが理解できる。
だけれど、助かると…そう思いたかった。
─僕の、したことが正しいと思いたかった。
「私にとって…フォルトは英雄なんだ。私が、襲われてるときも、スカルシュレッダーが死にそうな時も助けてくれたから。…でも、自分の、ことを考えないのは…良くないと思う…アーミヤだって、悲しむよ?」
「そっか、英雄…僕には、荷が重いかな。それに、自分のこと、大切にしろって良く言われる…けど、皆を守りたいの。その為なら…自分の命なんて─っ」
「もう、そんなこと、言ったら…ダメ、だよ?フォルトのこと、大切な人は、一杯いるんだからね?私も、フォルトが傷ついたら、悲しいから…あの時も…怖かったんだから─」
「ミーシャ…。分かった。もう、悲しませない。僕は、自分の命、大切にするって約束する」
「ほんと?…それなら、よかった─。…ずっと一緒だよ、私の英雄─」
それを境に彼女の声は聞こえなくなった。
そして、徐々に感じなくなっていく背中の感触とキラキラと輝き空へ舞う結晶が俺の手から、溢れ落ちていく。
天へと吹かれていくそれを、離したくなくて手を伸ばしても掴むことは出来ない。
だけど…冷たい風が、俺の頬を撫でる。堪えきれず流れていく涙を拭き取るように…。