エピローグ
全てを凍てつかす白い風が吹き荒れる。
彼らを守る力があるにも関わらず何も出来なかった、自身への怒りを込めながら。
フォルトは彼女の絶叫と涙を感じ取り、きゅっと唇を噛み締め、その淡い海の瞳が…恩師へ向けられる。
「ケルシー…僕は─」
「…Mon3tr」
フォルトが、何かを伝えようとした。けれど、それは今ではない…今は聞きたくないかのようにケルシーは、敵意を向ける。
そして、彼女の背後から合図で飛び出したMon3trがフォルトを押さえつけようと、その巨体でのし掛かる。
すんでの所で後方へ飛んだフォルトの瞳が暗く沈む。そして、凍てつく瞳で刺々しい殺気を込めケルシーを見た。
今は、敵として…戦うために…心に蓋をするために。
Mon3trはその隙を逃さない。
一気にフォルトとの距離を詰め、爪を振り下ろした。
コンクリートが粉塵となって舞う。その砂煙でフォルトは姿を隠した。
当たったとは考えられない、フォルトの本来の戦い方はわざと攻撃を誘い、隙を作り仕留めるものだからだ。
怪訝そうな鳴き声を挙げたMon3trに、白銀の刃が突き刺さる。
だが、Mon3trの身体はそう簡単には傷が付かない。
何故…ナイフを?
その疑問は直ぐに解消された。
ナイフの白銀を掻き消すように、紅く染まるその光景で。
「Mon3tr…吹き飛ばせ」
Mon3trはその指示で、身体をイタズラに振り回す。
突き刺さったナイフは、その勢いに耐えきれず床へと転がる。
そして、それは突如、爆発を伴う火炎となった。
確かに、フォルトは何時も声という媒介を使って詠唱していた。
それは、敵にどのような攻撃が…どれぐらいで来るか教えていた…そして人の言葉での詠唱は、フォルトの訓練を手伝っていたケルシーには筒抜けだった。
だから、フォルトは媒介を声ではなく武器に刻んだ文字にした。
悪魔たちは、常に彼を見ている…そして、代償さえ払えば何だってする…だからこそ出来るイレギュラーな行為。
それに気がついたケルシーは、はっと周りを見渡した。
今さっきここにたどり着いたロドスとは違い、迎え撃つ準備をする時間があった彼らはその罠を仕掛ける時間があった筈だ。
そして、相手はscoutが誉めるほどの暗殺者、偵察者としての才能が突出したフォルトであるならば…この戦場は彼のものとなる。
その瞬間、ドクターの真下で爆発が起きた。
それは人を殺すほどのものではないが地面を割り、人を気絶させるだけの威力はあった。
それ故、ドクターを…彼を大切に慕っているアーミヤが咄嗟に手を伸ばしてしまう。
だが、その感情をよく知っているフォルトがそのような油断を許すわけがない。
ドクターの足元のその下の更に奥に仕掛けられたピンクの煙がアーミヤの顔にかかる。
それは、フォルトが仕掛けた色欲の悪魔による催淫剤だ。
適度に興奮させ、頭を狂わせる。指揮官とCEOの彼らに戦うための理性的な考えを行動を取らせないための罠だ。
その光景にAceが思わず舌打ちする。
指揮官は気絶し、ブレイズの他にフロストノヴァのアーツに対抗できるアーミヤまでもが戦闘不能に陥った。
戦況は一気に彼らへ傾いた。
「ブレイズ!後ろへ飛べ!」
白兎と熱量の押し合いをしている最中にAceの忠告が飛んだ。
それに反応してわざと一部だけ押し負け、その力を利用して後方へ飛ぶ。
その横を先の潰れた矢が過ぎ去る。
もし、あのまま気づかなかったら、側頭部へ当たっていた。
随分勢いは弱いものの一瞬意識を刈り取るには十分なものでその1秒や2秒の隙は戦闘において致命的になり得る。
相変わらず、嫌らしい狙い。
ブレイズの口が獰猛に笑う。
どうして、フォルトがscoutのお気に入りだったのか思い出したからだ。
戦闘には向かないほどの華奢な肉体、幼い子故の精神の不安定さ。
だが、それすらを上回るほどのセンスと敵への徹底的な殺意
─scout、フォルト…ほんと、戻ってきたら覚悟してね?
更に燃え盛る炎が冬を淘汰しようと襲い、その援護にAceは挟み撃ちの形でフロストノヴァへ迫る。
そして、グレースロートの矢が彼らを襲う結晶を撃ち落とす。
ロドスという刃がフロストノヴァに突き刺さろうとする。
だが、蔑むように笑うフロストノヴァの顔に彼らは足を止めた。
何かがくる。エリートオペレーターとしての勘が二人を動かす。
気絶しているドクターと何か毒のようなもので正常ではないアーミヤを守るために。
歌が響いた。ひどく悲しい歌が、怒りと不甲斐なさで自らを責める歌が。
流れ込む感情に胸を苛まれ、フォルトの罠のせいで興奮して暑くなっている身体が酷く凍える。
もう、息もつけない。もう、止まることはない…置いていかれた彼女はもう、ここにいる意味がないのだと。
フロストノヴァの怒号に、アーミヤはそう勘づいた。
ダメと口に出したかった。それをして、死んでいった彼らが喜ぶものかと怒りたかった。
けど、極寒の冬はその言葉すら語ることを許さない。
ブレイズとAceによる守りがあったとしても、それを越える怒号がロドスを、この世界を許さないと叫ぶ。
雪は積もり、歌は呻き声すら聞こえなくなった戦場でただ一人嘆き続ける。
その命が尽きる、その時まで…その筈だった。
だって、彼らと約束したフォルトがそんな結末を許すわけがないのだから。
「隊長…もう終わり」
苦痛に顔を歪ませながら…フォルトはフロストノヴァの前に立った。
もう危険だと告げるカナリアのように、真っ白な顔をしながら。
「まだ、まだ終わっていない。なぜ私はあの場にいられなかった?なぜ私はこんなにも弱い?なぜ私は止められなかった?なぜ、私だけ生き残った?フォルト、君もこの気持ちが分かるだろう?」
降りだした雨のように、彼女の言葉は止まらない。
だけど、涙は落ちない。涙など、彼らの死を汚すものだとドクター達が来る前にフロストノヴァはいった。
でも、この声は…俺に問うこの言葉は涙ではないのか?
何もかも上手く行かず、道半ばで倒れ崩れることとなった彼らと自らの…レユニオンの涙だろう。
─それに、今の彼女は…昔の、いや今の僕と一緒だ。何もかも失って、守りたいと思っていたものがするりと手のひらから溢れていって、一人だけ置いていかれた。僕と。
─だからこそ、僕は口を出せなかった。
でも、俺は…この感情を、怒りを嘆きを乗り越えてそして、死んだ俺は、口を差すことが出来た。
「分かるよ…経験したから、でも…その嘆きを抱えて…生きるんだ。例え、後少しの命だとしても、君は…まだ生きているのだから…死者と違い、考えることも、夢を見ることも、死者の彼らの、想いに答えることも…出来るんだから。君だって、フォルトへ…そう言ったよね」
死者には、意識も…未来もない。
過去ですら消えていく。そして、いつの日か全てから消えて、何者かにもなることはなく、大地に還る。
そんな死者が、託して、残していった想いを…生者が答えないのは、卑怯なものだから。
「フロストノヴァ、ここで死ぬことは、俺が…スノーデビル小隊に、貴方を…託された俺が…許さない。たとえ、君が死ぬことを望んでも、絶対に」
「だけど、生きたくないと、思うしかないほど…その想いが重いなら…俺も持つから、明日へ行こう?」
差し伸べた手は、ケルシーとの戦いで傷だらけだったけれどだからこそ、明日へ行けるのだ。
まだ、ここにあるのだから。
だけど、その差し伸べた手は振り払われた。
フロストノヴァの、冷たい手によって。
「…君は、ロドスだ。君が行くのは、悪人である私たちが行く道ではない。私の行ける場所は、あの凍原だけだが、君には、帰る場所があるんだろう?」
今までにないほど、冷たい瞳が突き刺さる。
敵意ではない、殺意ではない。ただ、相容れることができないとそう告げた。
「まだ、私はロドスに負けていない。ならば、君の手を取ることも、君の願いを叶える必要はないのだろう?」
「私はスノーデビル小隊のフロストノヴァなのだからな」
今まで、彼女の側にいても寒いと思ったことはなかった。
それは、アーツを使っていたからもあるのだろうけど、彼女が無意識に俺を冬に閉ざすことを避けていたからのだと今、知った。
ならば、今彼女は…俺を敵だと言った言葉は…本当なのだろう。
「フロストノヴァ…!僕は、貴方に死んで欲しくない!彼らも、そう望んだ!お願いだから、話を聞いてよ…」
その言葉は、極寒の冬とかした彼女には届かなかった。
ただ、その返事として、彼女の肌から産み出される結晶がこちらを見た。
刹那、彼女の目からキラリと光る何かが地面へと落ち、結晶が俺へと降り注いだ。
だけど、それは何者かに防がれた。
黒と緑の鉱物で作られた、可愛らしい者に。
ギャアと鳴く声が俺を呼ぶ。
ここで諦めていいのか?
そう、問ってきた。
良いわけがないだろう、俺は、死者は…生者が苦しんでいるのに止まっていて良い筈がないのだから。
「Mon3tr、彼女を、フロストノヴァを…止めよう」
それに答えるようにMon3trは、フロストノヴァに緑の光線を打ち出した。
結晶と氷の壁に防がれていくそれに、注意が逸れたフロストノヴァの背後に回る。
燃えろと刻んだ刃を2枚投げつける。
その一つは彼女のアーツで凍りつかされ、もう一つは結晶に阻まれた。
だが、青白い炎が立ち上がり、周囲の熱を奪う。
パキッと小気味いい音がなる。
それは、彼女の氷が、結晶が割れた音だった。熱の操作を奪われたそれが形を維持できなくなったのだ。
Mon3trの光線がそれらを貫く。
そして、フロストノヴァを貫こうと迫る。
だが、それは…彼女がアーツの詠唱を行い熱の制御を取り戻しながら、作り出した新たな結晶に止められた。
でも、もう長くはない命で…詠唱を繰り返した彼女はゴホゴホと咳き込みながら、何が砕け崩れ地へ伏せた。
ギリギリ、その身体を支える。
その時、肌に触れてしまったアーツを使わずに。
なのに、冷たくなかった。人としての温もりが俺の腕の中の彼女にあった。
それは、彼女が死に際でオリパシーの症状が無くなったことを意味していた。
「…フロストノヴァ、これで…満足なの?」
雫が彼女の綺麗な白に落ちていく。きっと、俺は今…酷い顔をしているのだろう。
それほど、彼女はイシンの、フォルトの心に刻まれたのだろう。
「…まさか…フォルト、ここからは…死者の戯れ言だと思ってくれ…」
ゆっくりと開くその瞳には昔見たダイヤモンドダストように輝いていた。
敵意ではなく、好意で染まったその目で彼女は、嘆く
「…私は、彼らの死を汚したのだろう。彼らが君に託したその想いすらも、踏みにじって…すまなかった。だが、私には…もう生きる理由などないのだ。タルラを、あの狂ったものを止めることもできなかった私には…そも、生きる資格などない」
「だが…君たちは、違う。ロドスは、あの子ウサギは、理想を成すために生きるのだろう、狂うこともなく…誤ることがあってもそれを修正し先に進むのだろう。そして…いつの日かその理想を叶えるのだろう…。私には、眩しすぎた」
「なぁ…フォルト、君は…何を成す?その志は何を見ている?」
母のように、フォルトの選択を見守るように微笑みながらそう問ってきた
「僕は…手に届く全ての人に…幸せと救いを。その為に、ある全ての犠牲も…防げるだけ、防ぎたい。それだけ…」
「…君は、優しすぎる。いつの日か、その優しさが…甘さが君の身を貫くぞ…?」
冗談を言うように笑いながら、でも…力強いその声は忠告をしてくれていた。
それは、まるで…最後の別れのように。
「…それは、分かってる。でも、それでいいんだと思う…。ねぇ、フロストノヴァ、約束…覚えてる?」
「あぁ」
俺は、ロドスが来る前に約束したその言葉を絞り出す。
「もし、もし…君が死ぬなら…それを僕は…許しはしない」
「…だが、もう…私には─」
懐から、ケルシーから奪ったそれを取り出す。
黒く濁った指輪…それは、今の制御型のアーツユニットではなく…イシンがある日拾ったオリジナルのアーツユニットだ。
あの日、アーツが暴走してイシンの意識が暴食に喰われた日使っていたものだ。
それ故、それで用いたアーツは…重い代償の代わりにこの世の理すら無視する。
「まさか、フォルト…それは…ダメだ…そんなことして何になる!Mon3tr、彼を止めろ!」
後ろから悲痛に叫ぶケルシーの声に微笑み返し、願う。
全ての悪魔よ─俺の、エディドヤの記憶をやる。
その代わり、彼女を救え。
「フロストノヴァ、生きて…また会おうね?もう、置いていかれるのは…嫌なの」
俺ではないフォルトの声が酷く歪に笑いながらそう告げた。
闇が、人の形をしていた。
大切な人がその前で、祈りながら首を跳ねられ死んだ。
友人も、恩師も…助けた人々も。
俺は、幸せだった。それまでは…だけど、全てがその闇に呑まれた。
だが、最期に…救いを見た気がした。追い求める星を見た気がしたのだ。
そして、意識が閉じる。
何も残さずに。
「んんっ…?ここ、は?」
暖かな日の光が差すそこで目が覚めた。
でも、その途端…自分に何が足りない気がしてくる。
大切な何かを失ってしまったのに、それが何かも分からない。
心に空いた穴は誰を求めているの?身体に刻まれたこの痛みは誰を失った痛みなの?
分からない、分からない。
「僕は…誰だっけ?」
その言葉を誰かが聞いていたのだろう。
パリンと何が割れる音がした。
「…君は、何も覚えていないのか?」
揺れる猫のように鋭い緑色の瞳が僕を見た。
懐かしい気がする。大切な人だった気がする。
それなのに、塗りつぶされたかのように名前が出てこない。
「…僕は、何?」
ということで…第一章完!
ここからが…この作品の救いのためにの本当の始まりです。
全てを失ったフォルトが一つ一つ歩んで思い出し皆の、自分自身の救いのために奔走する…その果てに何を得るのかそんな物語が次の物語です。
何者でもなくなった彼が何を背負い、どんな想いを持ち成長していくのか…楽しみですね!