金属の扉が開いた時、大きな緑が輝る庭園から多種多様な声が響いた。
辺りを見渡すと太陽に照らされ、呼吸をするように動く子や溢れ出す滴にその緑を輝かせる子が悠々自適に生きていた。
そのどれもが美しく愛情に溢れていて、眩しかった。
「フォルト、私たちは君の容態をドクターへ話さなければいけない。君の言う彼女たちと話しながらここで少し待っていてくれ。それに、ここに来る者達は君の過去を思い出す良い機会になるだろう。これからの事を考えれば交友を深めておいた方がいい」
「うん、分かった。またね、アーミヤ、猫さん」
その眩しい光景に目を凝らしていると、ケルシーとアーミヤは、煌めいたこの場所から離れていった。
ここに来るまでに彼女たちから、僕のことについてと今のロドスの状況を少しは聞いた。
ただ、僕のことになるとケルシーもアーミヤも何かを誤魔化しながら話していた。特に、僕がここでどんな役割だったのか聞いている時、それは躊躇に現れた。
きっと、語りたくない何かがあったんだろう。
だけど、パフューマと僕の関係性については色々と聞けた。
僕がここで彼女たちをパフューマの許可を取って世話をしていたことも、パフューマが作ったお香が僕の安眠グッズだったことも。
あと、色々僕がやらかしてパフューマを心配させていたことも。
─ただ、僕はどんな顔して会えばいいんだろう?…しょせん、今の僕は今までの、皆が知っている…フォルトじゃないのに…。
何て言えばいいの…?
そんな、疑問を投げ掛けてもエディドヤは言葉を返してはくれない。
きっと、もう、彼は消えてしまったのだろう…。なんとなく、そんな気がする。
─僕は…ひとりぼっちだ。身体だけが、皆覚えているのに、頭の中には何一つ残ってない。顔を見ても、声を聞いても、痛む心以外何もない。
みんなの中には僕だった人がいるんだ…だから、
「僕、生きる理由も…ここにいる理由も…今はアーミヤ以外ないんだ…ねぇ、君たちは、僕のこと、フォルトだと思う?記憶がない僕を、それでも…フォルトって言える?」
ざわざわと様々な声を投げ掛ける彼女たちを触りながら、心の奥にある独り言を漏らす。
一瞬静まった彼女たちは、寄り添うように、葉を…花を向けて言った。
貴方はフォルトだと。だって、記憶がないだけでその心も顔も全て、フォルトなのだからと。
そして、忘れてしまった過去なんて皆が教えてくれるから気にしないで心の向くまま前へ歩きなさいと。
その言葉は優しく、暖かった。多分彼女たちは、僕をずっと、ずっと見守ってくれてたんだって…そう思った。
「うん、うん…分かった。…ありがとう」
流れ出る涙が彼女たちへ降り注ぐ。それが、彼女たちを汚しているようで、拭おうとした。
でも、後ろから抱きつかれ、回された手で許されなかった。
それが誰かは分からなかった。でも、落ち着く匂いと、この人なら大丈夫だと、囁く身体に身を任せた。
それから、どれぐらいの時間が経っただろうか、分からない。
でも、止めどない涙が枯れ、積み重なった想いがほどけた頃に、その小さな暖かさは僕から離れた。
だけど、それが寂しくて振り返って手を伸ばした。そこにいたのは茶色の髪と瞳に、少し大きいコートと白いワンピースに包まれたもふもふの耳を持つ優しい笑顔を浮かべた人だった。
多分、彼女がパフューマだろう。
「おかえり、フォルトくん…。少し、あっちで話さない?」
その顔は涙で腫れた顔だったけど、微笑んだ彼女は、タンポポのように小さくて、でも力強く咲いていた。
「うん、ただいま…パフューマ。僕も、話したいこと…いっぱいあるんだ…」
僕を連れて歩き出すパフューマの背後から、応援するように彼女たちの声が投げ掛けられた。
それに、背を押されて僕は…歩き出した。きっと、今の僕には足りないものがいっぱいあるだろうけど、でも、きっと…未来にそれは手に入れられるから。
庭園の一端にある温室にパフューマは案内をしてくれた。
そこには、二人分の椅子と机があって、それを囲うように色々なお花が咲いていた。
ここの子達は外の子達と違って一段と華やかだけど、細々に輝いていた。
パフューマに案内された席に着くと近くの子が花弁を揺らし匂いを届けてくれた。それは、今さっき抱きつかれたパフューマの匂いに酷似していた。
「フォルトくん…また、傷ついて帰ってきたのね…?お姉さん悲しいわ…」
花を眺めていた僕の後ろで紅茶を用意していたパフューマはしくしくとわざとらしく泣く演技をしていたが、その顔を拭う振りをする手から覗かせたパフューマの顔には、悲痛の色が見えた。
きっと、心配してくれていたんだろう。ケルシーが言うには僕は、問題児らしいから。
「…ごめんね、パフューマ。でも、帰ってきたから、許してほしい…」
「もう、帰ってくるのは当たり前なのよ?…でも、フォルトくんは、頑張ったって聞いたから許してあげる。それで、聞きたいことってなにかしら?」
ぷくっと頬を膨らませ、僕を責めるようにジト目で僕を見たけれど、直ぐにその顔を優しい笑顔に変えて僕へ質問を促した。
「…聞きたいことは、えっと…その、いっぱいあるの。…でも、一番始めに聞きたいのは…僕とパフューマーって、どんな関係だったの?」
「うーん、関係を言葉にするのは難しいわね…。でも…そうね。私とフォルトくんは、一言で言えば調香師とその匂いに釣られたお客さんって感じかしら」
「…確かに、パフューマの香りって、落ちつく」
「ふふっ、それは嬉しいわ。実は今の香りは昔、フォルトくんが育て方を教えてくれたこの子から出来たものなのよ?それに、フォルトくんの為に調香したものだから、そう言ってくれると私も頑張った甲斐があるわ」
ふんわりと微笑むパフューマは、近くにあった植物を撫でた。
愛おしいように、懐かしむように…。
きっと、その時のことを思い出しているんだろう。それが、空白な僕の心を痛めつける。
でも、僕について知ることが出来た。きっと、僕は彼女のその笑顔が見たかったんだろう。
だって、僕の胸がこんなにも…揺れているのだから。
「ねぇ、パフューマ…昔の僕は、どんな子だった?」
「…そうねぇ、初めて見たときは本当にここにいるのか不安になる子だったわ。なんだか、目を離した瞬間何処かへ行っちゃいそうな儚さがあったわね」
「でも、話している内に優しい子なんだって分かったわ。それこそ、これまでの起きた不運を全部自分のせいにしちゃう程で心を病んでしまう程にね?」
「それに、やんちゃな子でもあったわ。私やケルシーさん、scoutさんがしちゃ駄目って言ってるのに隠れて危ないことをしちゃったりね~?」
「それを踏まえてフォルトくんを表すとしたら、そうね…幼く世話のかかる子だけど、その分…咲き誇った姿が美しい子だったわ。あ…でも、今の君だってそうよ?結局記憶がなくても君は君だもの」
真剣に考えて、パフューマは答えてくれた。日差しに細めた瞳で、僕をしっかりと見ながら。
「…そっか。ありがとう…パフューマ。ねぇ、少し相談しても、いい?」
彼女なら、信頼してもいい…そう、空っぽな僕も思えた。
だから、聞いてみたかった。この、身体に残ってるこびりつく痛みについて。
「僕、記憶はないのに…胸を縛り付ける何かがあるの。それは、曖昧に姿が見えてるけど…触れることが出来ないの。これは、何かパフューマなら、分かる?」
「…そうね、私はそれについて…あまり詳しくは言えないわ。でも、一つだけ言えることがあるの。それは、そんなこと忘れて今を楽しく生きなさいってこと。辛いこと、苦しいことなんて気にしていると心を傷つけるだけだもの」
「…でも、消えてくれないの。ずっと、ずっとここにあるんだ。だけど、分かった。気にしないようにしてみる」
これは、幸せに感じる程痛みを増していく。だから、きっと完全に忘れることは出来ないと思う。
でも、パフューマのその心配そうに覗く言葉を信じよう。
そう、心に決めた時…温室の扉が開いた。
そこにいたのはスラリとした筋肉と黒の衣装に包まれた血生臭い悪魔だった。
「パフューマー、頼まれていた選定は終わった…ほぉ、お前もいたのか」
その手に抱えられた子は、彼を恨みながらも感謝していた。きっと、選定とやらは、彼女を生かすために一部を切り落とす事を言っているだろう。
「…パフューマ、あの人は、何て言うの?」
「エンカクって言うわ。それと、エンカクくん、ありがとうね?ここで少し休んでいって?」
「エンカク、よろしく…僕、記憶失っちゃったの。良かったら、色々話を聞かせて欲しい…」
キョトンとした顔でこちらを睨み付けるように見ていたエンカクは、その言葉を聞いて獰猛に嗤った。
「そうか、ドクターと同じくお前は死んだんだな。まぁいい、今までのお前は無意味で愚かだったが生き様だけは評価出来た。…お前も選定されたんだろう?なら、過去に縋るな。強くなるために前へ進め。俺が言えるのはこれだけだ」
嘲笑いながら無責任で自己中な発言にも感じられたそれに、反感を少しは持った。
だけど、彼が言いたいのはきっと、過去ではなく今を見ることで僕が成長できるってことなんだろう。
「分かった。ねぇ、エンカク?僕が…エンカクに鍛えて欲しい、って言ったら手伝ってくれる?」
「面倒だ。それに、もっと適任がいるだろう。だが、命のやり取りをしたいというのなら、手伝ってやる」
「エンカクくん?フォルトくんをそんなことに誘わないで」
「…冗談だ。パフューマー、やることがないなら俺は部屋に戻る」
─多分だけど、絶対に冗談ではなかったよね…?
そんな疑問を口に出す前に、エンカクは温室から出ていった。
その背中を眺めながら、今さっきの言葉について考える。
僕が選定された…それは、記憶という枝を切り落とされたから言っているのだろう。
つまりは、僕にとって過去の記憶はエンカクにとっては足枷にしか見えなかったって事なのだろう。
そう思える程に昔の僕は、過去に囚われていたのかも知れない。
前へ進め…か。今の僕ならきっと、前に進めるのだろう、後ろを振り替えることが出来ないのだから。
でも、寂しく感じる。だって過去が、その時に抱えた想いが人を作って行くのだから。
輝かしいこの場所が愛情に溢れているのも、今、パフューマが僕の悩みを感じ取って頭を撫でてくれてるのも、きっと過去があったからなんだ。
だからそれがない僕にとっては、それが眩しくて、欲しいと願ってしまう。
だって…そうじゃないと、空っぽな僕はフォルトに…皆が見てる彼になれないから…。
今回は描写の勉強のために書きました。フォルトの幼さ故の悩みなどが伝わると嬉しいです。
後、お気に入り400人突破ありがとうございます!1年前には思いもしない程の方々に読んでいただけていて驚きと嬉しさが溢れてます。
また、感想など返信が出来ていない所もありますがしっかりと読ませていただいてます!やる気が出てくるので…!
それでは、これからもゆっくりと更新していくので暖かい目で見守っていただけると幸いです。皆さんに、心からの感謝を。