緊迫した空気に圧倒されながらも遮蔽物に隠れながら先程の奇襲で乱れた息を整える。
アーツの使い方を覚えてないせいで手元に残ったのはたった一つのペイントが付いたナイフだけになった。
敵は変わらず4人残っていて警戒が解ける気配もない。
この絶望的な戦力差を覆す方法を模索する。
この壁を越えれなければ、戦場に出ることは許されないのだから。
高台を抑えて周囲を警戒しながらパゼオンカは少し熱をもった身体を冷ます。
「さっきの奇襲。記憶はなくとも腕は落ちていないようですわね。わらわはお三方の援護がなければ倒されていましたわ」
「そうねぇ、ただこれだけならフォルトに勝ち目はないけれど…。まぁ、勝つために抗う時のフォルトは何をするか予測も付かないから気を付けないとねぇ~」
「ちょっと、フランカ…警戒を緩めないで。そもそも私達はフォルトさんが戦場に出ないように圧倒するのが仕事なんだから…隙を作らないで」
「もう、リスカムは堅くなりすぎなのよ~?それのせいで一回フォルトに出し抜かれたこともあるんだからねぇ~?ほら、リラックスリラックス~」
「えっ、フォルトさんってリスカム先輩に勝ったことあるんですか!?」
「うん、あの時はアーツの知らなかったのもあるけど…。やっぱり一番はフォルトさんの戦闘センスの高さかな。ジェシカもフォルトさんからは学ぶこと多いと思うから…っ!フランカ!」
そのリスカムの叫びに皆の視線が集まる。
そこにいたのは…いつもとは目の色が変わったフォルトであった。
緑色のその瞳はただ茫然とリスカムを見つめている。まるで他の三人は警戒する価値もないと告げているような、そんな視線を奪うようにフランカが切り込んだ。
「ちょっと、私達もいるのよ~?リスカムだけ見ていたら、すぐ倒されるからっ!」
だが、その刃はフォルトに届くことも、その視線を奪うことも出来なかった。
それでも、距離は詰めれた。それを嫌がるようにフォルトは動き出す。
「邪魔…」
「あら、褒めてくれるの?それじゃもう一撃っ!」
だがその一撃も容易く避けられた。それは昔の、記憶のあった時のフォルトなら反応するのがやっとな一撃だった。
何か様子のおかしいフォルトに警戒して一歩下がった瞬間、フランカの視界からフォルトは消えた。
「っ、何処に!?」
そのフランカの背後をフォルトはそのまま何もなかったかのようにリスカムへと駆けていくフォルトに矢と銃弾が襲い掛かった。
三人とパゼオンカのタイプライターも織り混ぜたクロスファイア。それは避ける隙間もない筈だった。
だが、その矢も銃弾もフォルトに当たることはなかった。
まるで未来を見えているかのようにフォルトはその全てを避けていたのだ。
「っ!なんで、当たらないのっ!?」
「これは予想外ですわね…。リスカムさん、援護は致しますわ!少し耐えてくださいませ!」
そのまま駆けるフォルトは二人の射手からの援護も見ずに躱し続け、リスカムの目の前へと詰め寄っていた。
だが、フォルトの振り上げたナイフはリスカムに届くことはなかった。
その一撃は盾で防がれた。
だが、そこで見つめあったフォルトの目の色が再び変わる。
それは、桃色の瞳でそれに見つめられたリスカムは自身のアーツを使った時のように硬直する。
「…僕を守って。リスカム」
静寂の中、リスカムの耳元で呟いたフォルトの言葉はリスカムの思考を埋め尽くす。
電流のような快感に従ってはいけないと頭で分かっているのに、その身体はその指令を受け入れたかのようにフォルトへ飛んできていた銃弾と矢をリスカムは防ぐ。
「なっ!ちょっとリスカム!?どうしたのよ!」
「…?私は、何をして…」
「リスカム、他のことは気にしなくていいの。今は僕の…言葉に従って?」
「…っ?分かりました…。フォルトさん…」
フランカの声で自らの行動に疑問をもったリスカムだったが、再び桃色の瞳で囁くフォルトの言葉に操られたかのように頷く。
「そんな、リスカム先輩?どうして…」
「あれは、色欲のアーツですわ。きっと今頃リスカムさんの脳裏では…っごほん。でもまさか、記憶が無くてもアーツをあれ程扱えるなんて…流石はフォルトさんですわね」
「…はぁ、リスカムってば油断したわね…?皆、早く決着をつけましょ。このままじゃ皆操られて終わるわ」
そのフランカの言葉に頷き、パゼオンカとジェシカの攻撃がリスカムを襲う。
だが、その全てを盾で受けきりながらリスカムは反撃で銃弾を放つ。
それらは誰にも当たらなかったものの、皆の注意を引き付けることには成功した。
その狙いに気が付かない三人ではなかったが気が付くのが遅かった。
フォルトはとうに気配を消し、周囲を見渡しても見つけることは出来なかった。
だが一先ずはリスカムを倒すことにしようと駆けるフランカの背筋にぞっと冷たい何かが流れる。
それは、恐怖と絶望を混ぜたかのようで思わずそれから逃れるために後ろへ飛ぶ。
その瞬間、フランカが先程いた位置が捻れて抉れた。
きっとそこにいたら今頃…。そんな恐怖に耐えながらそれを起こしたであろう元凶を見つめる。
それは緑色の目と赤い目をしたフォルトで、その視線はフランカへと向けられていた。
「次の狙いは私ってことね。二人とも、リスカムのことは任せたわよ」
そう告げたフランカは二人の返事を聞くこともなくフォルトへ走り出した。
今のフランカは死の恐怖と相棒を操られたことによる怒りに支配されていたのだ。
その様子を面白そうに微笑むフォルトへ、フランカの刃は向けられた。
これは、一体何が起こっている?
フォルトとリスカムらの戦闘を見守っていたドクターはその疑問に頭を埋め尽くされる。
始めの奇襲には確かに彼の暗殺者としてのセンスが光っていた。誰も仕留められなかったもののパゼオンカにその刃は届きそうだったし、四人の攻撃からも難なく逃げ切れていたから。
だけどそれだけだった筈だった。
でも次の瞬間、フォルトはほぼ動いていないのに戦況が崩れていたからだ。
そもそも急に何もない所へフランカは切りかかる時点で違和感を感じていたが…。
フランカが背後を向いたときには三人も何もいないところへクロスファイアを実行していた所で幻覚に見せられていることを理解した。
だが、どうやって幻覚を見せた?
その直前までフォルトは動いてすらいなかった。
ただ、自らから白い羽を引き出しただけだった筈なのに。彼は易々と戦況を翻した。
そして、そんな混乱の中、フォルトはリスカムへと近づき魅力したのだ。
今もフォルトは堂々と戦況を見ながら立っていても誰にも見られていない。
「…フォルト。君は一体何者なんだ…?その力は記憶がある時には使っていなかった。いや、使えることすら知らなそうだったのに…」
彼は、本当に悪魔なのかもしれない…そんな思いは彼の次の行動で翻された。
ボヤけ、ほぼ見えなくなった視界の中、自身が引き起こした光景だけは酷く鮮明に写された。
魅了され、仲間同士で戦うリスカムとジェシカ、パゼオンカ。
怒りを引き上げて、幻覚に殺意を向け刃を振り続けるフランカ。
その全てが何故か、何故か僕の心を締め付ける。
まるで、誰かに罰せられているかのように。
その痛みはやがて僕を砂のように崩していくだろうと理解できてしまう。
だから、何かに救いを求めてしまった。
そして、運悪く何か達は僕の側にいた…いや、いてしまったのだ。
それらは、慈愛の笑みを浮かべながら白い羽で僕の頭を撫でて痛みを取ってくれた。
そしてそれらは、崩れ落ちながらも僕へ吸い込まれて新たな力を授けた。
人の身には強大すぎるその力は僕の身体を壊してしまいそうだったが、淡く光った指輪が力の吸収を補助してくれた。
25の分類の奇跡、英雄を救うためのその力を一つ口で奏でた。
「主よ、迷える子羊を…導きたまえ。そして、彼らを惑わし、魅了する影を沈め、彼らに祝福を捧げたまえ…!」
その奇跡は大きく広げられた六枚の白い羽と共に眩い光を周囲へ広げた。
そして、広がった光はやがて4つの塊となってリスカム達へ吸い込まれた。
その瞬間、リスカム達は正気を取り戻した。
だが、その代償に僕の身体を歪めていく。
それは、僕の中にいる何かと喧嘩することなく僕の身体を作り替えていく。
止まることのない苦痛から出る呻き声にリスカム達が近寄るのを静止しようとして、僕の意識は途絶えた。
目が覚めると、そこには見知った顔があった。
だけれど、その顔は僕が知っている時よりも苦痛に歪んでおり、自らの無力を嘆いているようでもあった。
だから、僕は寝ている彼女へ手を伸ばした。
白い髪は少し傷んでいて、彼女の瞳は腫れていた。
その光景に何処か見覚えがあった気がしたけれど、その記憶は僕にはなくて、痛んでいく心が彼女の暖かさで絆されていく。
「何故、何故君は…自らを、傷付け続ける…。私は、ただ君に…居てくれるだけで…いいのに…」
「猫さん、心配してくれたんだ…。ごめんね、無茶して」
その言葉は彼女へ届くこと無く、宙へ消えていく。
それでも、彼女は何処か満足そうに顔に落ちた影を消していく。
「また、お前は無茶をしたのか。はぁ、ケルシー医師はお前が全然起きなかったから心配していたんだぞ」
急に覆われていたカーテンが退かされて、冷たい声が響いた。
そこにいたのは、真っ白なウサギだった。
でも、アーミヤのように柔らかそうな雰囲気はなく、鋭く凍てついてたかのような雰囲気があった。
「…そっか。やっぱり起きてからも、謝らないと。…それで、貴方は誰?」
「…っ、やはり覚えていないのか。まぁ、いい。そうだな…私はお前に救われた、フロストノヴァだ」
フロストノヴァはそう言いながら、一瞬綺麗なその顔を歪ませた。
彼女がその顔の下で何を思っているのか、それは僕には分からなかったけれどやっぱり記憶がなくなっていることが誰かを傷付けてしまうことは分かってしまう。
だから、その分僕はそんな人たちに尽くそうと思う。
だってきっとそんな彼女達を守るために昔の僕は絆を紡いで無茶してきたのだから。
「フロストノヴァ。うん、覚えた…よろしく」
「…そうか、なら今度は忘れないようにしてくれ。これでも私は寂しがり屋だからな」
そう、冗談を言うフロストノヴァの顔にはまだ影が張り付いていた。
多分、僕は彼女を救うときに何かを失ったのだろう。
そして、彼女はそれを重りとして持ち続けてしまっている。
だから、それを僕は下ろしてあげないといけない。
もう、その罪を背負う必要もその罪を覚えているものも彼女以外居ないのだから。
「…うん、忘れない。ねぇ、フロストノヴァ。僕は君を救ったって言ったけど、きっとそれは違うよ」
「きっと、きっとね。僕は、君に救われたから、君に愛を持っていたから、それを返しただけなんだよ」
「だから、背負わないで。僕の過去を、僕の犠牲を背負わないで。それを、僕は望んでいない。きっと、ね」
だけれど、その言葉は更に彼女の顔を歪ませるだけだった。
「…あぁ、そうだな。確かにお前は記憶があったとしてもそう言っただろうな。だけど、これは私が背負いたいものなんだ。お前を傷付けてしまった罪を私は永遠と忘れないし、忘れる気もない」
「私は私が望む最期のためだけにお前達の幸せを奪ったも当然なのだからな。それに、お前に言われてしまったんだ」
「なんて…?」
「一緒に明日へ行こうと…そして、置いていかないでと…な?」
クスクスと笑いながらこちらを見つめるフロストノヴァは、月夜に照らされ光輝いてまるで女神のように見えた。
だけど、それと共に何処か幼くも見えたの。
そして、その顔を見ているだけで僕は心が沸騰しそうになった。頭はぐるぐるとその光景を焼き付けようと回った。
あぁ、きっと…僕はこの人に惚れてしまったんだ。
昔の僕もこの強くて可憐な彼女の生きざまにきっと、きっと引かれていたんだ。
そう、思わせる程に彼女は魅力的だったから。
あぁ、だからまた、僕は罪を重ねる。誰かの…彼女の救いのために。
フォルト覚醒&フロストノヴァ登場回です。
この調子で1週間に1話程度で書いていきますのでゆっくりと待っていただければ幸いです。