WIND BREAKER IF DARK SIDE 作:nijions
彼の名は
彼は小学生だというのに、行動力と確固たる芯を持っていた。その姿の異様さと、そのはっきりとした子供らしからぬ意志により、他の不真面目な子どもからは忌み嫌われる部分もあるが、それでも、彼に助けられた者にはちゃんと好かれている。
彼は、彼なりの美学を持っていた。それも、小学生の頃から、漠然と。
その美学に沿わないものは、「カッコ悪いやつ」そして、その美学に沿ったものが「かっこいいやつ」、子供らしいと笑われるかもしれないが、事実彼はまだ子どもだ。そして、彼は常にその美学から外れないようにと生きていた。
彼にとって小学校という場所は、唯一の癒しだったのかもしれない。
大人というものは、色々なことを知っている。それは、汚いとこから、綺麗なもの、簡単なものから、難しいものまで。それだけ知っている分、大人は子供にまで、あらぬ邪推の数々をしてしまう。
そのせいか、彼は学校から帰ると、直ぐにどこか家から遠い場所に出掛けていた。自分を見る、周囲の大人の目線が、彼にとってとても気持ち悪かったのだ。
中学にもなると、子ども間の社会も成長し、より複雑化する。
不良と呼ばれる、反抗的な思想を持つ少年少女が現れ、中には、外部の反社組織と関わりを持つものもいる。
彼らは、自分の持つ暴力という力を振るい、暴力を振るわないものを脅し、暴力によって支配している。桜はそういった人間を「カッコ悪い」とし、力による制裁を行なってきた。
彼の両親は、そんな彼の理性のある暴力とそれに伴う気象の荒さを知って、彼にあった環境を用意した。
それが、この中学、この地域だった。
自分とは似ても似つかぬ、そして、これまで見たことがないほどの異様な容姿。それに加えて異常な身体能力と、己の心情を第一とした暴力の躊躇の少なさ、親としては、それは恐怖するべきものだったのかもしれない。
故に、親は彼の元から離れ、治安の悪い環境での一人暮らしを強いた。
しかし幸運にも、彼の適応力は凄まじく、そんな環境でも決して挫けなかった。
それどころか、その環境でもなお、彼なりの価値観で、「カッコ悪い」やつを次々と薙ぎ倒していった。
日頃からそういった野蛮な人間に搾取されている人間は、皆彼を英雄視した。
彼は、桜遥は今までにない充実感に満たされていた。
見た目だけで差別されず、ちゃんと、自分の成果を認めてくれるこの環境に、安心感と快感を覚えていたのだ。
だからこそだろう。彼は自分の美学とも言える芯はより強固なものへとなってしまった。
自分本位の美学であったはずの価値観は、様々な人間との出会い、経験を経て、いつしか心情を貫くのみの暴力は、弱者救済の非正義的暴力となったのだ。
彼は成長する過程で自分の拳を正義だとは思わなくなった。
それでも暴力を振るうのをやめなかったのは、この街があまりにも理不尽な暴力に溢れているせいだろう。
彼の弱者救済は度を超えた。
ある日、桜は、学校の友達が複数人、反社組織との関わりを持っていることを聞いた。
当初それに怒っていた桜だったが、その友人たちは、何も自らの意思で反社組織と関わっていたわけではなかったのだ。
それは、親の都合。親がその反社組織に所属していて、幼い頃から違法薬物の取引などの犯罪行為に目を瞑ってきた。
一度だけ、親に反社組織と関わりたくないという意思を伝えたところ、実の親に暴力を振るわれ、他にも到底人には言えない虐待をされ、それ以降、何も行動を起こせないままでいるらしい。
桜はそれを不快に思い、友達の親たちに直訴しにいった。
友人たちはそれを二度制止したが、結局は彼を止められなかった。
それは、口では無理と言いつつも、桜遥という英雄にすがりたくなってしまったのだ。彼の抱えた、子供には重すぎる信条に、希望を見てしまったのだ。
桜は宣告通り、彼らの親を一か所に集め、全員を糾弾した。
「てめえらの都合に、ガキ巻き込んでんじゃねえよ!!」
その熱い叫びに、親たちは返答を持っていなかった。その日は一日中、桜はその親達に怒りの感情を、子供達の代弁をぶつけていたが。親たちは、そんな桜を相手にはしなかった。
挙げ句の果て、黙って帰ろうとする親たちに、桜は殴りかかった。
不意打ちで、親のうち一人を文字通り殴り飛ばすことに成功したが、しかし体格が違う、数が違う。桜は一瞬にして親たちに取り囲まれ、集団リンチにあった。
結果は、親たち数名が顔面に怪我を負ったが、それも極めて軽傷、それも当然、桜はあくまで喧嘩をしようとしたのであって、友達の家族を本気で傷つけようとは考えていなかったのだから。
でも、親たちは違った。反社組織、ヤクザなどと呼ばれる者に組みしていた彼らは、桜をその暴力で思うがままに蹂躙した。
頬が変形し、たんこぶにより、おでこは山脈のように凸凹していた。歯は数本かけており、正面から見るとまるでピアノの鍵盤のようにも見えるだろう。
瞼は青く腫れ、唯一の黒目も、忌み嫌われる金色の瞳も、腫れて垂れた瞼により隠されている。
その日、桜はこの街から姿を消した。
それから、数日間、桜は学校にこなかった。
桜が行方不明になってから、四日がたったある日のこと。
桜の人望により、桜に対し、信仰とも言える感情を持っている街の人々は、警察に依頼をした。
桜が行方不明になってから、一週間後。
警察はすぐに動き、桜の居場所を調査した結果、廃墟街の奥の奥、今は使われていないバイク屋の廃屋で、監禁された桜を救出した。
それから数日経ったある日、桜は学校への登校を再開した。
その時の桜はとてもまともに見える状態ではなく、頬は痩せこけて、足首から首に至るまでを黒で隠し、マスクと手袋をしていた。
それはまるで、何かに怯えた子供のようにも見えただろう。
彼に相談した件の友人たちは、彼の姿を目に映すと数人が後ろめたそうに目を逸らし、しかしちゃんと筋は通すべく、桜に感謝の言葉を述べた。
感謝の言葉を述べた後、友人のうち数人は、逃げるように桜に別れを告げ、離れていった。
桜は、何故逃げて行くのかと、残った友人のうち一人に聞いた。
友人は答えた、「彼らは、親に怒られたくないから、桜と自分は無関係と言ったのだ」と。
桜はそれに対し、不思議と怒りは抱かなかった。むしろ共感さえも覚えた。そりゃあ、あんなおっかない連中相手ならそうなるよな、という達観と客観だ。
桜は、逆に逃げなかったお前らは何なんだ、と聞いた。
すると彼らは、目を主人の前のイヌのように輝かせて、胸を張りながらこう言った。
「俺たち、あいつら相手でもビビらない桜に感動してさ」
「俺らも戦ったんだよ、あいつらの顔面を、こう、こうしてさ」
「ま、結局ボコられちまったけどな!」
そう言って笑い合う彼らに、桜は振り絞るように怒った。
「何、やってんだよ、危なすぎるだろ、やめろよ、俺が、こんなになってまで、お前らを、だって、あいつらは、やばいんだ、どうやばいって、そりゃもう、あんなの、人にすることじゃねえ、な、なあ、わかんないだろ、お前らはよ、だから、やめてくれよ」
堰き止められた蛇口の残り水のように紡がれる言葉は、彼らを底なしの恐怖へと駆り立てた。
かつて、無敵にヒーローのように見えた桜が、今では、こんなにも弱っている。
太陽のような目は、あの時から変わらない、それでも、その言葉にはまだ恐怖が残っている。
怖い者なしの英雄は、実際はただの少年だと、この時ようやく気づいたのだ。
「だから、もうやめてくれ、俺はもう、
この時の桜の微笑みは、彼らにとって一生、脳裏に刻まれきえやしなかった。
この瞬間、この街の英雄は死んだのだと、悟った。
それから、桜は以前のようなヒーロー活動は、しばらくしなくなっていた。
それでも、桜は体を鍛えることをやめなかった。何またあんなことになった時、絶対に負けないように。何よりも、体を鍛え、訓練する時間だけが、あの日々を忘れられたから。
その時は突然に来た。
あのヤクザたちが、とうとう学校の外でたむろし出したのだ。
すでに複数の生徒が被害に遭っている。その報告が桜の耳に遅れたのは、気を遣われたのか、それとももう英雄としての信用がなくなったからか。
校舎の窓から、昼間から正門前で集まる大人たちを見下ろして。
桜遙は、その瞳に炎を宿した。
翌日、桜は通学路の途中で一人の野蛮な男たちに絡まれた。
全員が全員、なかなかに前衛的なファッションをしている。
「おいおいおいおい〜!?こりゃあ、驚いた。昨日の今日で家から出てくるなんてなァ?」
「また、俺たちの
桜は止むを得ず足を止めた。
そして、俯きながら小さな声でこういった。
「通学路ですから」
少しの間があった。
「おい、こいつなんて言ったよ」
「通学路、だってよぉ」
「ンンン〜舐めた口聞きやがって、ぶっ殺してやろうかァ!?」
桜の言葉に、大人たちは異常な程の反応を見せる。
これは、単純に怒りだけでこのテンションになっているわけではなく、桜への威嚇。ペットとして完全に調教された桜への威圧なのだ。
事実、今桜はこの男たちを正面から見れるほどの余裕はない。
ダンッダンッと、大袈裟な足音が鳴り、男たちの群れの奥から一人の男が現れる。
彼は顔全体に包帯を巻いていて、桜を見てこういった。
「テメェ、どのツラ下げてここにいやがる。まあいい。
昨日はよくもやってくれたな、ちょうどいい、あいつらへの手土産だ。ぶっ殺してやるぜ」
この男は昨日、学校の前で屯っていた男のうちの一人だ。
「よぉ、オッサン。お友達は元気かよ」
「あ゛あ゛?クソガキが、テメェのせいで、"たっちゃん"と"ようちゃん"はもう目を覚まさねえかもしれねえんだぞ!」
我慢できない、まるでそういうように顔を怒りで染めた。
その声を聞いて桜はとうとう顔を上げた。まるで、我慢できない、そういうような顔だった。
「ずいぶんと虫がいいなぁ、一体何人がテメェらの餌食ななってると思ってんだよ!」