「ねぇーぇー、全然期待してないけどー、いちおー聞いたげるねー」
開く扉。
がさがさと白いビニール袋を乱雑に振り回し、マスターの部屋に侵入を果たした人影が一つ。
「聞ーこーえーてーまーすーかー?」
名は徐福。
すらりと縦に伸びた痩身と、短く切り揃えられた美しい黒髪が特徴的な少女。
「開口一番それか。のっけからここまで殺意与えられるのは才能だよね」
「えぇー、私の話聞きたくないのー? せぇっかくかまったげようってのにぃ。あ、アイス、チョコミントで良かったよね?」
気の抜けた声を漏らしながら、彼女はつかつかと室内を我が物顔で闊歩。
その足音は当然、デスクに向かって真面目に勉強をしている主人の背中に──向かっているものの、彼女の狙いはその実、彼ではない。
「……おい」
「何?」
彼に咎められても素知らぬ顔のまま、彼女は彼のデスクの上のコーラの瓶を掠め取ってゆく。
「……はぁ」
「へっへっへー」
呆れたような、疲れたような溜息。
返答の代わりに、彼女はにやにやと幼稚な笑みを浮かべて、手をひらひらと振る。そして、その足で、綺麗に整えられた清潔なベッドにばすりと飛び込んだ。
「というか、俺今日苺の気分なんだけど。そんくらいお得意の道術で察してくれていいのに」
マスターは、手元のタブレット端末に視線を落としながら、皮肉を吐く。
「うわ。そっちも大概鬱陶しいんですけど」
徐福が、ベッドフレームからはみ出した長い脚をばたつかせながら、減らず口を返す。
「ばーかばーか。横暴ますたー低身長ぉー」
「黙れ貧乳」
「すれんだーぼでー」
「せからしいにも程があるだろうよ。何がスレンダーだ精神年齢に胸囲が引っ張られてるだけのおこちゃまバストが粋がってんじゃねえ」
「すぅぅぅぅれんだぁ~、ぼぉでぇ~」
聞くに堪えない舌戦が、しかしそこで中断されたのは。
互いの気が済んだから──なんて理由な筈もなく、単に二人が同時にカップアイスの蓋を開けたから。
「……結局徐福ちゃんは苺なのかよ。一口寄越して」
「えぇ~……しょーがないなーちょっとだけだよ?」
「半分以上がお前の胃袋に入ったコーラの出処考えて喋れよ」
「あーきこえませーんきこえませーん」
キャスター付きの椅子を蹴って背後へと滑った彼の口の中に、徐福のスプーンが運ばれる。
そして、銀色の食器は、行き掛けの駄賃とばかりにマスターの手元のチョコミントアイスを抉ってゆく。
「やっぱり歯磨き粉だよねこれ」
「ぶっころ」
──閑話休題。
「ぐっ様って、何したら喜んでくれるかなぁ」
ごろごろと寝転びながら、恋する乙女の瞳の色を幾分か暗くしたような表情で徐福が呟く。
一番最初に言っていた聞いて欲しいこととはそのことだったらしい。けれど──その問いに彼が出せる答えなんて、たった一つだけだった。
「項羽様とイチャついてるとこを邪魔しない、とかかねぇ」
「やっぱりマスターさんって使えないね。死ねば?」
怠そうに身体を持ち上げて、徐福が変わらない調子で凄む。
ぎし、と、椅子の背もたれに全身を預けて、一方の彼が目線だけを彼女に向ける。
互いに覇気のない視線が交錯する。
「おう殺してみろやクソガキ」
「誕生日、血液型、性癖、初恋の女の子、昔書いてたポエム、名前。どれ使われて殺されたい? おすすめはポエムだね。長く苦しみが続くよ」
「社会的な抹殺は話が違うよね」
「私の日記読んどいてよくそんなこと言えるよね」
「なんで自分から地雷を足元に埋めるんだろうねこの娘はね」
今度は痛み分けだった。
「はぁーぁ。つまーんなーい。この部屋、他になんかないのー?」
「無いよ知ってるだろ」
──そんな具合で。
虞美人に対する盲目的な崇拝とは真逆の姿勢で、──尋常ではない程、ちょっとどうかと思うほどに。
フランクな態度で彼女は彼と接している。
「因みに。マスターさんは何してもらったら嬉しいとか、あります?」
「平穏な日常が欲しい」
「……マスターさんも地雷バラ撒いてますね?」
「……まぁ、どうでも良いんだけどな。そんなこと」
「そーですか」
だからこそ、というべきか。
その、特有の距離感が。
心地いいこともある。
「肩ー」
「揉めと?」
「そーですー。疲れたんでー」
英霊の、彼に対するスタンスは十人十色。
とはいえ、彼女ほど気安い者は珍しい。
まるで、対等な友人同士であるかのように感じるのだ。──それが仮に錯覚だとしても、それでも良いと思えてしまうほどに。
そんな彼女は、彼にはとって貴重な存在だった。
「アレならお胸も触って良いよ?」
「黙れ貧乳」
「顔赤いんだぁ。えっちぃなんだぁ」
「黙れや貧乳」
……イラっとすることの方が多い気もするけれど、
純粋にたまに殴りたくなるほどのふてぶてしさを兼ね備えてはいるけれど。
それでも。
「あー。上手になりましたねー」
「お陰様でな」
「うんうん。これも私がマスターさんを鍛えてあげたから。感謝せいー」
ほんとに殺したくなるくらいではあるけれど。
それでも、愛おしく思っていて。
気が安らいでいて。
「うそうそ。うそですよぅ。お礼はさせてもらいますからー。そんなにけちんぼな徐福ちゃんじゃないんですー」
「はいはい」
「怒った?」
「この程度で怒ってたら徐福ちゃんとは付き合ってらんねえですよ。今更今更」
「ちび」
「貧乳」
だからこそ。
「で。なんかやって欲しいこととかある~? 呪って欲しい人がいるとかぁ」
「そうねえ」
──ぽろりと。
「──悪い夢見ない道術とか、ない?」
何も、考えないまま。
その言葉が意味するものを、それがどう受け取られるかも考えないまま。
ごく普通に、何気なく、
「……徐福ちゃん?」
言葉を、口にしてしまっていた。
「……ごめん、忘れてもいいよ」
「……嫌ですけどぉ?」
彼女は、手元のぬいぐるみを抱き締めて、眼を伏せる。
その表情を見て、初めて、自身の失態に気付くほどに。
つまりは、彼は──その少女に、そこまで気を許していた。
▲▼▲
「あのね、マスターさん。私が言うのもなんだけど、何でもかんでも道術に頼るのは良くないのね」
夜。
夕食もシャワーも済ませて、いざ寝ようというタイミングで、再び彼女は彼の部屋を訪れたのである。
普段の霊衣とは違う私服。
白いシャツに、可愛らしい髪飾り。
自身より背の高い彼女が、けれど少しだけ幼く見える。
「というか、道術って夢の中身から未来を予測するとかそういう奴だからさぁ」
「使えないね?」
「あまーい。徐福ちゃん舐めんなー」
ふっふっふー。と、取り繕ったような静かな高笑いを一つして、それから徐福はいそいそと道具を懐から取り出した。
必要も無い筈なのに、シャンプーやボディソープの清潔な匂いがした。
「要はね、深い睡眠に入れば良いの。最近寝れてる? 遅くまで部屋が明るいって聞くよ? 私は知らないけどさ」
「寝てるよ。電気点けたままじゃないとちょっと眠れないだけで」
「ふぅん。めんどくさいね」
会話をしながら、部屋の四隅へかつかつと歩いて行って、手に持ったそれらを黙々と設置。
紫の煙が立ち昇る。独特の木の香り。高尚な雰囲気が部屋に充満して、視界が朧に揺れる。
「お香?」
「そうそう。いい香りするね」
「これは道術的にどんな機能があるの?」
「え? リラックスできるでしょ? アロマキャンドルでも良いんだけど、ってか絶対そっちのが良いけど、まあ中華系アピールしないとなーって。そんだけでーす」
平然と言ってのける彼女に呆れ顔を返しながら、けれど確かにその効果は覿面だった。
香の煙が効いたのか、既に少しだけ頭に靄がかかったような感覚を覚えていたからだった。
──怪しい紫煙の向こうで、彼女が、揺らいでいた。
「じゃーぁ、おねんねしますかぁ」
そうして。
珍しく口数が少ない彼女は、やはりのんびりと言って、それから掛け布団を捲る。
寝転がった身体の半分を埋めたまま、細めた眼で彼を誘う。
「……一緒に寝てくれるの?」
「そうだよ? そしたら部屋暗くできるでしょ、私がいるんだもん」
「……ありがと」
「あ、まだ終わりじゃないからー。すぐに寝たら駄目だよぉ?」
……それは本末転倒な気がする。
▲▼▲
ひんやりとした感触。
すべすべとして心地の良い手触り。
行っては返って、その繰り返し。
互いに少しずつ伸ばした手が、意味もなく触れあっていた。
「……案外綺麗なんだね。もっと傷だらけなのかと思ってたけど」
「……」
「寝ちゃったの? おきろよー」
「寝かせてくれる?」
布団の中で、目と鼻の先──より少し向こう側で、彼女は彼の手を撫で回している。
布団の下の方では、膝同士がくっついて冷たかった。青白い肌から分かっていたけれど、どうも彼女は基礎体温が低いらしい。
「寝たいの?」
「寝かせてくれるっていう話じゃなかったの?」
「私まだ眠たくないですしー」
「私利私欲に忠実過ぎる」
「今更よねー」
指先をふにふにと弄り弄りながら、ときどき細い指を絡めながら、彼女は会話を続ける。
いつも部屋でしているのと大差ない会話も、このシチュエーションでは少しだけ特別に思えた。
「マスターさんって、普段はこの時間帯だと何してるの?」
「まあ特段何かしてるって訳でもねえかなあ」
「私はー、……うん、ぐっ様ぬいを縫製してるよね」
「知ってるよ。もう何体目?」
「三千体、目指してがんばるぞー。って感じ?」
「もう一回村作ろうとしてない?」
「永劫幸せ、ぐっ様村」
「ぬい三千に女一人の村とか三秒で崩壊するだろ」
「不老不死……やっちゃう……?」
「こんなことでようやく本来の目的に……」
誰に見られているでもないのに、こそこそと、息を潜めて、声を殺して。
どちらからともなく、頭まで布団を被って。
二人だけで、
小さな、取り留めのない話。
「というか、寒くない? ちょっとこっち寄れよぉ。私冷え性なんだよね」
「いや、自分から寄って来なよ」
「えー、なんか懐いてる感じしちゃうしやだぁ。私ぐっ様一筋だし」
「はいはい」
壁側に寝転がる彼女の方へ、少しだけにじり寄る。
手を伸ばさなくても、触れ合うことができるほどの距離。今までで、一番近い距離。
見えないところで、そっと彼女が脚を絡める。
「……はい。これで多少はマシになった?」
「うえぇ。近くない?」
「もう距離感が分かんないよ俺」
「……ねえ、なんというか」
彼女は、そこで、にっこりと笑う。
楽しそうに──気の置けない友人に向けるような、そんな笑顔。
「マスターさんと二人きりでベッドの中とか、バレたら色んな人に怒られそうだね。私はどうでも良いのに」
「確かに」
「誤解されたらマスターさんが晴らしてよね。私怒られたくないし」
「徐福ちゃんが相手とか普通に何にも思われないだろ」
「まあ……そうよね。健全、健全」
「普段からこんな感じだしな」
「でも、ここまで距離近いのは初めてかも? 新発見とかあるかなぁ」
「どんな?」
彼女が、しぱしぱと瞬きをした。
こちらを覗き込んで、数秒。
「うーん…………あ、睫毛が思ってたより長い、とか」
「徐福ちゃんはそもそも睫毛長いでしょ」
「え? あ、私視点でマスターさんの新発見って意味だよ?」
「あ、そう。……睫毛ね、はい」
「…………え、な、何その表情」
「……」
「……」
「……なーんか不平等だしぃ? マスターさんも? 徐福ちゃんの新発見の一つくらい言ってみてくださいよ」
「はあ……」
「ほらぁ。舐め回すくらいの気持ちで探してくださいよぉ。あ、実際に舐められたらキレますけど」
「俺のことなんだと思ってんの」
期待に満ちた目に、辟易としながら、一方でくすぐったい気分になりながら、彼女を眺める。
「……特に何も無い」
「うわ。節穴だ」
「えっと……あ」
「お?」
「まあ、新しくは無いけど」
「なになに? 気になる気になる」
「髪、綺麗だよね。いつも」
しぱしぱと、徐福はもう一度、瞬き。
「あ…………。はい、そう、ですか……」
「……まあ、はい」
「……凄く今更なことだけど、変な気とか起こさないでよね」
「起こしてたまるか。自分のこと高く見積もり過ぎ」
「私に魅力が無いってかぁ。髪綺麗な徐福ちゃんだぞぉ」
「そもそもここまで堂々と部屋に侵入して堂々とベッド私物化してるの徐福ちゃんくらいだし。変な気起こすならもうとっくに起こしてるくらいのことはされてるから」
「……もうこの部屋来るのやめよっかな」
「冗談でもそんな眼でそんなこと言うなよ。自業自得だし」
「……なんか、変な雰囲気なんですけどぉ。どうしてくれるの?」
「知らんし」
「…………ねえ。キスとか、しちゃう?」
「して欲しい?」
「え、やだ」
「知ってたよ」
「なんだよもー。普通に会話できるんじゃん。心配して損したかな。心配してませんけど」
「だから別に忘れて良いって言ったのに」
「はっ。それもそうか」
「まあ、一人で何もせずに布団に入ってると、いろーんなこと考えちゃって眠れなくなるよね」
くぐもった、低い声。
元から虞美人が絡まないとダウナーな彼女のその声の仄暗さ、起伏の無さは──じわじわと精神を侵食する、毒に似ている。
他に目立った音の無いこの場所では、特に。
「ぐっ様のこととか」
「ごめん急に同意できない」
「なんでだよーぅ」
暗い視界の先で、彼女の橙色の瞳だけが浮かび上がっている。
穏やかに、安らかに、こちらを覗いている、彼女の瞳。
静かに、何も言わず、表情も崩さず、彼女が再び、手を取った。
対する彼は、ただ、為されるがまま。
「どう? 少しは、眠れそう?」
「まあ、多少はマシか」
「じゃあ私はこれで」
「えっ」
咄嗟に、自身に触れていたその手を握ってしまう。
微睡みが一瞬で消えてしまうほどの焦燥を勝手に抱えた挙句の行動。
そのせいか──暗闇の中ですら分かりやすすぎる程に、彼女の口角が吊り上がって。
浮かべている表情が、あまりに厭らしい。
「冗談でーす」
「……そういうことするタイプだっけ」
「そうじゃない?」
「……そうか。そうだな……」
「そぉんなに私のこと、近くに置いときたいんだ」
「……どう答えても角が立つ質問を用意しないで欲しいよ俺」
「ふぅーん」
彼女は、そこで、急に黙ってしまう。
数秒。考え込むように視線を外して、物憂げに俯いて──けれどすぐに、とぼけた顔で切り出した。
「寝ちゃう前に、ちょっとしたいことがあるんだけど」
「良いよ」
「……目ぇ瞑って。ね?」
「……何?」
「ちょっとした遊び。手借りるよ」
──言われたまま、目を瞑る。
そわりと音がする。自身に向けて鳴る衣擦れの音。それに隠れた、小さな小さな吐息。
手首を掴むのは、微かに温い、柔らかくて小さな手。何故か、脈が速い、ような気がする。その振動が誰のものなのか、分からない。
ふわりと柔らかいシャンプーの匂いが、焚かれたお香の香りと混ざって、心がすっと穏やかになる。
見えるものは、暗い闇。
指先が、柔らかなものに触れる。
すす、と、勝手になぞられてゆく。絹のような、ひやりとした、脈打つなにか。
「ふひひ」
「……徐福ちゃん?」
「静かに」
妙に艶っぽい声で、囁く吐息。生暖かいそれが、優しく鼓膜を揺らす。
いつの間に、ここまで近くに彼女が来ていたのか。彼には分からない。その感触の他には何も、知ることを赦されていない。
彼女の腕が導く通り、ぺたぺたと、すりすりと、滑らかなそれを撫でる。
小さく起伏があって、確かに感じられる脈動があって──。
「徐福、ちゃん」
「なんですか?」
「……何触らせてるの?」
「何だと思います? 知りたかったら目開けても良いよぅ?」
反射的に、目を開いてしまう。
掛け布団の下、薄暗い視界。
けれど、暗闇に慣れたその網膜は、
──悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女を映していた。
「……何やってるの?」
「さあ。私には生憎分かんない。残念、残念」
「……徐福ちゃん?」
「マスターさん?」
彼の右腕は、彼女の服の中へ。
それはまるで、捕食されているかのように。
「えへへ。……肋骨の辺りでしたとさ」
「……」
「お顔、赤いですけどー? えっちなこと想像したのぉ? だめなんだぁ」
「……徐福ちゃんの情緒が分かんねえ。酔ってるの?」
「そんな感じ……? なのかな……?」
第二問。
彼女は、そう言った。
手は、未だに離さない。
「参加したかったら目ぇ閉じろー。じゃなかったら帰るー」
「せめて選択肢をください」
「いやだって……自分の身体触らせてそれ拒否されて、そのままでいたくないし……」
黙って目を閉じる。
ほう、と、安堵したような吐息が聞こえた。無駄に。
「はーい。じゃあ、集中ぅー」
するり。
衣擦れの音。
必死に意識を集中させるのも何かが違う気がして、けれど、視界が途切れているせいで否応なく他の感覚が鋭くて。
その肌触りも、体温も、脈も、窪んだ場所と滑らかな肌も──全てを、克明に刻み付けられている。
「わかるかなぁ? 私の、どこをお触りしてるのか……」
「なんっ……な、なんでちょっとエロい言い回しにするの……?」
身体が跳ねる。
彼女が操る右腕とは違う手が、すりすりと胸を撫でていた。
細い指で、撹乱するように。ゆっくりと、こしょこしょと。
「えー? えっちな気分だから?」
細い太腿が脚を挟んで、動けなかった。
耳元で、あわや唇が触れそうなほどに近い吐息が、囁いていた。
くるくる。彼女が身体を撫で回す。
胸を弄られて、くすぐったい。
さわさわ。彼女の手が導く通りに、身体を撫で回す。
くぽくぽ、と、そこにあった窪みに中指を入れる。引っ掛ける。そのたびに、わざとなのかそうじゃないのか、ふっ……♡ と、吐息が首筋にかかる。
無言の、なのに艶っぽい時間が、横たわっている。
いつまでも続けば良いのに──なんてことを、ふと、思ってしまう。
「はい、正解は?」
ぱん、と手を叩く音。
「…………おへそ」
「じゃあ、自分の目で確認してね」
ゆっくりと開けた視界。
目の前には、潤んだ瞳でこちらを覗く、可愛らしい女の子がいる。
少しだけ、逃げる様に目線を下げて、手の伸びる先を見る。
そこには、青白い肌。
胸の手前まではだけたシャツから露出して、呼吸に合わせて動いている、細い胴。
「だいせーかーい。ぶい」
鼻同士が触れ合うほどの距離で、ウィスパーボイスが囁く。
普段と変わらない筈の彼女が、酷く妖艶で、酷く愛おしくて、……酷く────。
「徐福ちゃん」
「なーに?」
「あんま自制利く方じゃないよ、俺」
「わぁ。こわぁい」
くすくす、と笑って。
それから、照れたように下を向く。胎児のように縮こまった体勢、彼より身長が高い筈の彼女が、今だけは小さく見える。
「……私、何がしたいんだろ」
「徐福ちゃんって俺のこと好きなんだっけ?」
呟きに、何故か少しだけ震える声で返す。
「全然。ぐっ様とぐっ様の好きなもの以外興味無いよ」
分かっていた筈の返事に、何故か息が詰まる。
「……何がしたいの?」
「えっちなこと、その真似事」
「嫌じゃ、ないでしょ?」
「……どう答えても角が立つのはやめてって」
「立ってるのは違うところだよね」
ぼやけた頭に、誘惑が良い具合に混ざって、甘い香りがする。身体が熱くて、ぼうっとする。
それで、そのせいで──勝手に身体と心が、都合の良い方に流されようとしている。
きっと、それは彼女も同じだ。……そうであって、欲しい。
「……徐福ちゃんって」
「なーに?」
そこでふと気付いて、呟く。
彼の視界の先には、当然、徐福だけがいて、
その彼女が──。
上目遣いに、こちらを見ている彼女が。
その整った顔立ちと、潤んだ瞳が。
──その、初めて見る、名前の分からない感情を宿した表情が。
「よく見ると、凄く……可愛い、ね……?」
「…………ぁ、ぅ」
「……何かしら突っ込みを入れて欲しかった」
「な、なんで急にそんな事言いだしちゃうわけ? ケダモノぅ。変な気起こすなって言ったのに」
「……ごめん」
「い、いや、怒っては無いけど……」
「でも、何というか……朝起きてどうなっても知らないよ。二度と私と喋れなくなっちゃうよ」
「徐福ちゃん側もそうじゃないの」
「私がこの程度で揺らぐとか思わないでよねぇ?」
怪しい呂律で彼女が返す。
恥ずかしそうに俯いたかと思えば、
半目で睨んできたかと思えば、
焦って、慌てて、
伏せた眼で、それでもこちらを伺ったり、
躍起になったかのように不貞腐れたり。
一言ごとに、その調子がころころと変わる。
「で? 続き、やるの?」
──そして、最後に彼女が選んだのは。
普段通りの挑発的な口調と、
「というか、やりたいんでしょ」
「……うん」
その奥に、小さく怯える光を宿した、瞳。
「…………」
不思議な感覚。
眠たいのに、脳の奥が冴えて、とても眠れそうにない。
それは目の前の彼女も同じようで、どこか不安そうにこちらを見ている。
「……やろっか」
「うん」
互いに絶妙な空気を嚙み殺して、第三戦。
マスターが目を瞑る。
徐福が、その手首を優しく握る。
「……はい、どこでしょう」
「……」
「…………」
ふにふに。
ふにふに。
ふにふにふにふに。
「マスターさん」
「何」
「さ・わ・り・す・ぎ」
「うるせえ」
ふにふにと、掌に収まる柔らかなもの。
心臓が近い。どくどく、どくどくと、早くてうるさい脈動が、手へと伝わってくる。
知らない感触なのに、妙に妖艶で、エロチックな。
「ねえ、も、もーいいよね。ねえ、正解発表フェイズに入ってもいいよね?」
「あー、いいんじゃない?」
「じゃあ取り敢えず手放してよ」
「やだ」
さっきまでの雰囲気は、完璧に消えていた。
「ねえ、なんでそんなに必死になって揉むの? あの、ほら、セクハラで訴えるからね?」
落ち着いた口調が崩れて、上擦った声。
とても分かりやすく、彼女は焦っている。必死で訴えかけている。──しかし、それでも、彼は目を開かない。
「徐福ちゃんが持ってった訳だしそれは無効」
「は、恥ずかしがってるとこが見たかったのに‼ 無言で揉み続けるなんて、お、思わないじゃん……」
──本人はきっと気付いていないけれど、彼の指の動きに合わせて、徐福は吐息を漏らしている。
その反応を見て、彼女の弱い場所をなんとなく理解できてしまっている自分が妙に嫌だった。けれど、もっと彼女のその声が聞きたいような気もして、結局、静かに彼女の薄い胸を撫でる以外の行動ができないでいる。
「徐福ちゃんだってさっき俺の胸触ってただろ」
「それはいいでしょ。減るもんじゃないし」
「だったら徐福ちゃんの胸もそうだろ」
言いながらも、彼の右腕は止まらない。
無心に、ある意味必死に、撫で回して、揉みしだいている。
まるで、掌にその感触を刻み付けるかのように。
その甘い吐息を抱き締めるように。
「減りはしないけどぅ……じゃ、じゃあ垂れたらどうしてくれるの?」
「垂れる程の大きさすらないだろ」
「だぁかぁら、そんなこと言いながら揉み続けるのやめてってぇ……」
ふ……♡
あ……♡ ん……♡
低い彼女の声。
少しだけそれよりも高い、彼女の嬌声。言葉の隙間と隙間に混ざり合っている、艶やかな吐息。
無意識に媚びているような風に見えてしまう──浅ましくて可愛らしくて愛おしい表情。
今まで知らなかった、徐福の一面。
「それとこれとは話が別なんだよ」
「うう、うぅ……。私……ほんとにマスターさんのこと嫌い……」
対抗するように、上気した息で絞り出すように呟きながら、徐福も彼の胸を撫で回し始めた。
静かに指先の曲げ伸ばしを繰り返す彼とは違い、揃えた指先で円を描くように手首を回す。
「別って言われてもさぁ……。マスターさん、私にずっと貧乳貧乳貧乳って言ってたじゃん……」
「それは俺の身長弄られた時だけだし」
「揉む? って普段聞いたときも、恥ずかしそうだったよね……?」
「一回触れたらこうなるって分かってるもんだと思ってたよ」
「あー言えばこー言うなぁ!! というか、なんでそんなに冷静なの、腹立つぅ……」
──涙声にも似た、その言葉に。
「徐福ちゃん」
ようやく、薄っすらと、その目を開く。
「……何だよぅ」
白いシャツの上に手を置いている。不自然に、皺が寄っている。
同時に、彼女の細い指も、自身の胸元に置かれていた。
互いの距離は酷く小さい。──最初は互いに手を伸ばして触れ合っていたのに、今や肘を曲げて、眼鼻の先の互いの胸をまさぐり合っている。
「……正直今俺全然冷静じゃない。どうしたらいいか分からない」
「普通にやめればいいじゃん。そうしてって言ってるじゃん」
「だから自制利かないって……この手を放したら、俺はもう二度と……」
「最低な葛藤やめて?」
彼女の胸に手を置いたまま、見つめ合う。
徐福の指先のひやりとした感触が、胸に残り続けている。
徐福は動かないで、ただ、名状しがたい色の瞳を向けている。
多分、彼女から見た自身もそうなんだろうな、と、漠然と思う。
「……そもそも、好きでもない男に胸揉ませるのも大概だろ。逆セクハラと言っても過言じゃない」
「好きでもない女のお胸揉みしだいといてよく言うよね。ケダモノ。性欲の権化。女だったら何でも良いの?」
「……」
「…………な、なんで否定してくれないの?」
一瞬だけ、彼女の瞳が揺らいだ──気がした。
「どう答えても角が立つから……」
徐福が、俯いて。
彼も、小さく、苦い息を呑んだ。
すう、と。
静かな布団の中では、
彼女の震えた一呼吸すら、鮮明に聞こえた。
「……私のこと、ほんとに好きじゃないの?」
「……どう答えて欲しい?」
「ばっきゃろー。んなこと聞くなよぅ。モテないよ?」
「言われなくてもモテたことないわい」
「……徐福ちゃんは俺のこと嫌いでしょ」
「嫌い」
「でしょ」
「……でしょ、じゃねーし」
「何急に」
「あのさーあ。嫌いな相手が眠れないからってわざわざ一緒に寝てあげる? ふつーに考えてさーぁ」
「元はと言えば悪い夢見ない道術無いか聞いただけだし」
「そんなのどうでも良いから」
「……じゃあ、俺のこと好きってこと?」
「………………嫌い」
「その貧乳揉んだろうか」
「もう一生分揉んでるし。ほんとにさいてー」
「俺に、どんな感情で胸揉ませてたの」
「……死ぬほどどぎまぎするのかなー、的な。いつも通りだよ? 別に?」
「まあ……実際はオーバーフロウしたんだけど」
「……ほんと?」
「ねえ、マスターさんって、好きな人いるの? もっと言えば、こう……付き合ってたり、する?」
「俺はみんなが好きだよ」
「そういうのじゃなくて。空気読んでよね」
「……そうだなぁ」
こしょこしょ話が、そこで一度、途絶える。
もぞもぞと動く衣擦れの音が少しして、それ以外は無音。
徐福が無言のまま、犬のように擦り寄ってくる。
その手を引いて、──そう遠くもない距離を、彼女を、招き入れる。
「……いないかな」
「ぐっ様のこと好きじゃないとか正気?」
「ここでパイセンの名前言える訳ないじゃん。項羽様もいるだろ」
「じゃあ、好きじゃないんだ」
「これこそどう答えても角が立つって奴だよ。分かってやってるくせに」
「……」
「……あのね」
「うん」
「なんか、そういう気分になっただけだよ?」
「……そうですか」
「なんだよぉその敬語ぉ」
「……もうこの際言っちゃうけどさあ?」
「うん」
「髪綺麗とかさぁ、可愛いとかさぁ。ズルいよね」
「俺も割とそういうテンションなんだよ。じゃなきゃ徐福ちゃんの胸なんて揉まないし」
「あーそういうズルい言葉で逃げるんだ。というか他の女の子のお胸は触るのに、私のお胸が嫌なんだ。あんなにもみもみしたのに」
「さっき徐福ちゃんなんて言ったよ?」
「女だったら何でも良いの?」
「そこじゃないし……」
指先同士でつつき合う。
互いに、両手の指先が小さく蠢いて、何度も触れ合っている。その度に、ちゅ、ちゅ、と、小さく徐福が呟いているのが聞こえてくる。真正面にある小さな唇が、切なげに揺れている。
首筋に、可愛らしい顔が押し付けられている。ゼロ距離。ふわりとした甘い香り。重量。温かい吐息と、とくん、とくん、と、聞こえてくる拍動の音。いつから、彼女はここまで近くにいたのだろう。寄っていたのだろう。それとも、俺が抱き寄せていたのだろうか。絡まった長い脚はとっくに体温を移して温かった。さっきまで触っていた細くてしなやかな胴が、今は身体に押し付けられている。ぴたりとくっついて、手の中に収まってしまうほどに小さくて、潰してしまうのではないかという変な発想を抱いている。
「ねぇ」
明確に。
これは明確に、徐福が、彼女から、
その五本の指を、きゅっと折り畳んだ。
彼の指を絡め取って、掌を合わせた。
──恋人繋ぎ。
「マスターさん」
「……火遊びでもするつもり?」
「……そう、かも」
そっと、目を逸らす。駄目だった。それが駄目ではないと思っていながら知っていながら、けれど勝手に駄目だと思っていた。
「私、マスターさんのこと、……ほんとは、そんなに嫌いじゃないよ」
「譲歩してそれかよ」
「えー。……じゃあ、好きだよって言って欲しい?」
「……ズルいね、それ」
「そうだよ。答えられないでしょ? やっと分かった?」
「…………言って欲しい」
「……え?」
「言って欲しいってお願いしたら、徐福ちゃんは聞いてくれる?」
「……良いよ。言うだけなら。今日だけ、今だけだからね?」
ずい、と、彼女が顔を上げる。
乗り上げるように、寄りかかるように、──再び、耳元に唇を寄せる。握った手はそのままに、温かい吐息が漏れて、静かに背筋を凍らせる。
「……愛してるよ。マスターさん」
「ねえ、マスターさん」
そのままの姿勢で、少し舌足らずに、徐福は囁く。甘く蕩けるようなウィスパーボイス。
──その表情は、見えない。
「マスターさんは、私のこと、……好き?」
彼女の小さな耳が、口元にあった。
彼女の目が見てみたかった。──きっと、今の彼女は──。
「……好き、だよ」
「それだけ?」
「……マジで?」
「私も言ったんだもん。いいでしょ?」
彼女の鼓動が聞こえる。
どきどきと、高鳴っている乙女の心臓。
「死んじゃわない?」
「恥ずかしいの?」
「違う、徐福ちゃんの方。心臓ばっくばくじゃん」
「マスターさんも人のこと言えないよ?」
そう言って、ふふ、と、おかしそうに笑った彼女が。
彼にはどうにも、愛おしかった。
「俺も」
「俺も?」
「……好きだよ」
とす、と、枕のもう半分のところに、頭が降ってくる。
口角が上がるのを無理矢理堪えているような、満足げな表情の徐福。
「……ふーん。まあ、今日のところはこれで勘弁してあげようかな」
「明日になったらもう言わねえよ」
「私も言われたくないからね」
いつの間にか離れてしまった手を、彼女はとても大切そうに握り直す。
「……今日だけだよ?」
「哀しくなるから何度も強調しないで。明日からどう生きればいいか分かんない」
「…………ん?」
「マスターさん?」
「もう喋るのやめる。寝る。そういう話だったしそもそも」
「やぁだぁ。もっと火遊びしようよぅ」
「俺は良い子なんだよ」
「あんなに私のお胸触っといてよく言えるよね、そういうこと」
「……もうちょい揉んどけばよかったかもって今も思ってるけどね」
「あ、ほんとにそういう経験無いんだね、マスターさんって」
「無いって言ってるだろ傷付くぞ」
「だって動揺してないようにも見えたもん。傷付いたのは私の方だからね?」
「え?」
「違いますけど?」
「まだ何も言ってないけど? 徐福ちゃん?」
「……やっぱ嫌い」
「愛してるんじゃなかったの」
「口先だけだから。気持ちは乗ってないから」
「ごっこ遊びね。はいはい」
「扱いが納得いかない……」
「徐福ちゃん」
「何?」
「キスとかしよっか」
「わー、やっぱケダモノだった」
「……ねえ、正直に答えて欲しいんだけど」
「良いよ」
「……初めて?」
「うん」
「…………じゃあ、良いよ。目瞑ってくれるなら、良いよ」
「……徐福ちゃんも」
「分かってる分かってる」
「すごく目が合ってるんですけど。ねえ、マスターさん」
「徐福ちゃんが瞑ったの確認してからじゃないと、ほら、ね」
「マスターさんこそ」
──。
────。
「……」
「……」
「……マスターさん。その……恥ずかしいっ……から、何でも良いから喋ってくれる?」
「……うん。ごめん……」
「…………次、舌入れて良い?」
「……それやったら俺、明日絶対後悔する気がする」
「そうだけど、でも……しなかった方が後悔するから……多分……」
「……俺も同じこと思った…………」
「だっ、だよね。ここまで来たらどうとでもなれ、明日なんて気にすんない!」
──。
──。──。────。
「……」
「……」
──────。
▲▼▲
「ねえ、後輩」
「どうしましたか」
「……昨日。いや、今日の深夜かしら」
「……はい。なんで……しょうか……」
「何してたの?」
「火遊びです」
「……はぁ?」
朝起きると、そこには誰もいなかった。
誰かを抱き締めていたかのような、それを喪ったような寂しさが腕に残っていて、けれど、毎朝のように感じていた──薄い自殺願望に似た脅迫観念は、何処にも無くて。
つまるところ、久方振りの清々しい目覚めというものを経験していた。
──昨晩のことは、いやに鮮明に、全てを覚えていた。
それが夢か現実かは、彼にとっては定かでは無かった。
けれど──部屋の四隅には、確かに、お香の燃え痕が落ちていたのだ。
その日はすぐに過ぎて、気付けば夜になって、就寝時間になっていた。
記憶は曖昧で、けれど、髪は濡れていたし、腹は膨れていた。
──ただ、ひたすらに目が冴えていて、
その日一日、部屋に徐福は現れなかった。
「徐福ちゃん、昨日はごめん。絶対何もしないし腕縛ってきたし要望があるなら猿轡もするからせめて一緒に寝るのだけして欲しい俺が寝付いたらすぐ帰っても良いから」
「……あ」
扉が開いた瞬間に、考えてきた台詞を最高速度で口にしながらその部屋に入った彼は、見た。
虞美人の姿をデフォルメしたぬいぐるみが溢れんばかりに敷き詰められた部屋。
その中心で、その部屋の主が、ミシンを稼働させているのを。
「……だっ、だめだめだめだめだめ‼ 入って来ちゃだめ‼ こっちこないでっあっぎうゅっ……」
「ほんとに反省してるけどこのままだと俺寝れなくてひいては人類がうわだいじょう……ぶ……」
高速詠唱を発動させながら寄ってくる彼。
それを押しとどめようと立ち上がり、そのまま倒れ込んだ徐福。
その身体を咄嗟に抱き留めて──。
同時に、ころりと地面に落ちたぬいぐるみに二つの視線が集まって──。
「……あ、う……あうあうあああ……」
それは。
黒い髪に、白い戦闘服を着た、──つまり。
「じょふ」
「うぁ……ちがう……ただの……気の迷い、うあ……ああ……」
「……えっと。……今日も一緒に寝てくれる?」
「………………引いてない? 気持ち悪いとか思ってない? 思ってるよね、だって昨日だけって……昨日だけって……言ったの、に……」
「思ってない思ってない全然ほんとに思ってない。寧ろ嬉しい」
過呼吸を起こし、涙と全身の震えと汗で一気に壊れかけている徐福を必死に押し戻す。
うあ、うあ、と呻きながら、ぐるぐると回る焦点が、徐々にピントを結ぶようになると、今度は一気に顔が赤くなる。
「ほん、と?」
「ほんとだから。大丈夫だから。ね、一緒に部屋来て一緒に寝よう。今日は俺も反省して」
「じゃあ、今日も、手、握って……いい……?」
「…………ぃ、ぁ。は?」
今度はマスターが呻く番だった。
しかしテンパった様子の徐福はそれに気付かないで、矢継早に言葉を繰り返す。
「こいびと、つなぎ……ちゃんと、したいし……ほ、ほら、お胸、触る……? や、やっぱり、私のには、もう興味、ない……?」
「徐福ちゃん、今凄いこと言ってる自覚ある?」
「べ、」
「徐福ちゃん」
「べろちゅー……して……いい……?」
「……忘れて」
「無理」
「……お酒飲む?」
「ほんとに無理」
「…………えと、私は……飲んじゃ、だめ?」
「それでなかったことにされるなら絶対許さない」
「……他の女の人だったら誰でも良いんじゃなくて、私が良いってことで?」
「酔ってんのかお前胸揉むぞ言って欲しいだけだろ」
「言って欲しいだけだけど何か悪い? あとベッドの外で言う様になったら終わりだからね、それ」
「……じゃあ、……うん、今日はこっちで一緒に寝る?」
「……うん」
「じゃあ……話は、こっちで、しよっか」
互いに浮ついた瞳を、ぎこちなく動かして、ふと目が合って、同時に笑う。
──ぱちん、と、電灯が消えた。
もぞもぞと、衣擦れの音がした。
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