──思えば。
私と誰かの関係って、なんだか偏っている。
例えば。──当然、ビッグラブぐっ様。愛してるとかそういう騒ぎじゃない。ただひたすらに見目麗しい、黄金律なフォルム。魂の底から純粋に気高き有り様。愛しております敬愛しております。ぐっ様の為なら死ねます。
例えば。マイプレシャスマシュちゃん。語呂が良いね。え、そうでもない? ──良いなあ。私にとっては手の届かない憧れなんだよねえ。
私のそれは、自傷癖に近い憧憬。
自分は塵芥で構わないと断言できるレベルの、純情ハイテンションリスペクト。
あとはまあ、始皇帝サマは怖いよね。いや、怖いというか申し訳ないです。ごめんなさい。反省はしてるよ。後悔はしてないけど。……うーん、こう考えると、反省はやっぱりしてないかも。
蘭陵王は……まあ、うん……もうちょい構ってくれてもいいんだけどね? 趣味は合うんだからさあ? え? 合わない? そんなぁ。
みたいな。
ほんと、そのくらいよね。
特定の誰かに入れ込んでて、それ以外はどうでもいいと言うか。
波長が合う、みたいな人と出会ったことは無いのよね。ぼっちじゃないけど、友達はいないというか。
人はそれを孤独というのか。
でも生憎私の価値観はぐっ様にブッ潰されているのでモーマンタイ。ばーかばーか。
私はそれで幸せだった。
誰にも文句は言わせない。
嫌がらせじゃないとしたら、多分、そんなだから男性って言われたんだろうね。
結婚相手とか子供とかいないし。淡白だし。
愛してはいても恋してはいないからね。
まあ、そういうこともあるか。くらいで気にしてないけど。──なんだか、人とズレてるんだなって、悩む……とは違うな、なんだろう。
うん。
自覚してる、くらいかな。
──だからね。
「徐福ちゃん、一緒に食堂行こ」
──あのね。
「周回行くよ、着いてきて」
──ねえ、マスターさん。
「……おやすみ」
私は、どういう表情で貴方と接すれば良い?
目の前で彼は眠っている。
紅い紋様を刻んだ手を私に握られながら、赤子みたいにすやすや。背中を撫でられて安心しているのかな。
一度、その場のノリで、火遊びをしたの。
ちょっと危ないことして、深夜テンションで盛り上がって、それで二度と思い出さない、みたいな。
でも、なんか。
仮にも科学者の真似事してる立場なんだから、忘れちゃ駄目なことがあったのに──当時の私は、すっかり忘れてたのね。
火ってのは、簡単に引火して燃え広がって、色んな物を焼き尽くしてしまうことがあるってこと。
だから、そういう例に漏れず、……私の心も。
「……マスターさん」
──私たちはどうしていいか分からなくて、アレ以来はただ手を握り合って眠るだけになっているけれど。
マスターさんはそう思っているけれど。
「……っ」
私は、あの感触が懐かしくて。
文字通り、比喩でもなんでもなく。
……ちゅ、と。
眠る貴方の唇を奪っている。
「っ。……♡ ♡♡♡♡♡」
閉じたままの歯列を、舌でなぞる。
下腹部のずきずきを、必死に彼の膝にへこへこと擦り付けて紛らわせる。
熱い吐息を漏らしながら、……罪悪感と背徳感で、肺の大きさが半分になってしまったみたいな気になってしまう。
どろりと溶けた目で、鼻先が触れ合うくらいのすぐ近く、彼を見つめる。
見つめ続けて、そして、また唇が蠢いて。
「ああ…………ううう…………」
──呻き声が絶えず溢れ出てしまう。なんかもう、なんかもう、毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回、我に却って死にたくなる。殺してください。無理です。
いやもうほんとに……。
「ううう……」
呻き声が彼の布団に吸い込まれてゆく。
「好きじゃない好きじゃない好きじゃない好きじゃない好きじゃない好きじゃない……私は好きじゃない……」
嫌いってわけじゃ、勿論無いよ?
友達としてもまあ、悪くないと思いますし。
だけど──そういう目で見てるか? となると、そんなことはない筈なんです。ほんとです。ない筈なんです。ほんとに違うの。信じて、お願い。
「マスターさん……」
というか? 呑気に寝息を立ててるんじゃないよ、って思うのは当たり前、当然だよね。
隣で女の子がわちゃわちゃしてるんだよ?
ちょっとは意識して起きてちゃちゃっと準備して出て行ってくださいよ。……今は午前三時くらいだからまあ朝っちゃ朝でしょ。ねえ。
「…………マスターさん」
なんだよなんだよ、安心したみたいな顔で眠っちゃって。
手もこんなに強く握っちゃって。
私のこと、どんだけ好きなんですか?
ばーか。私は好きなんかじゃないもんね。
……好きじゃないもん。
じゃあ、マスターさんはどうなのかな……。
「あったかいね……」
隣の女の子はヤバい娘だぞ。
眠ってるところにちゅっちゅしてくる淫魔だぞ。
身体に顔を埋めてめちゃ匂い吸ってるんだぞ。
すううううううってやってるぞ。今みたいに。
「…………ごみ……」
私は何をやってるんだ。
ね、私、何やってるの?
死にたいの?
なんかもう、殆ど死んでるみたいなもんだよ?
「…………」
触って欲しいな。
鎖骨。おへそ。お胸。
抱き締められたい。
あの優しい目で慈しまれながら、抱き締められたい。
甘えたがりの猫みたいな、とろけた顔で、甘えて欲しい。あの時みたいに。
あの時みたいに。
手を握るだけじゃ、……全然、物足りないから。
「…………うう」
……むらむらする。
なんだか凄く、身体が甘くうずく。
ぐっ様には抱いたことのない感覚。
情欲。愛欲。
顧みられたい、なんて──あんまりにも、不純じゃないか。そんな風に思っているのに、抑えられない。
多分、それは。
貴方が、一度だけだとしても。
私に触れて、確かに頬を赤らめていたから。
私にも、ちょっとくらい……可能性があるんじゃないかって、思っているから。
なのかな。
「好きじゃない……」
きっと、そう。
「好きじゃない……」
多分、そう。
そう思ってる。言い聞かせてる。
なのに。
「…………すき」
こっちを向いて眠る顔を、横目にちらりと覗き見ながら。
思い浮かべてしまうもう一つの感情は。
消えてくれないし、
ずっとそこにあるし、
「……すき」
なんか、もう。
口に出すだけで小っ恥ずかしいのに。
それでも。
「すき」
握り返す手の力を、少しだけ強くした。
……細い指と指が絡み合っているだけで、何かを感じている。
薄い身体を見下ろして。
長い前髪越しに見透かして。
それ以上の言葉は、唇と一緒に噛み殺した。
▲▼▲
「おはよう、徐福ちゃん」
「……むにゃむにゃ」
「起きろ。よく隣に男が寝てる中でそんなに安眠できるよね。いつものことだけど」
「……ふぁい。起きました起きました」
「目を開けてから喋ってくれ」
「今喋ってるんですけど」
寝起き一発目から生意気な口を叩く少女に溜息を一つ吐いて、彼は渋々布団から這うように出て行った。
「シャワー浴びてる間にちゃんと起きてよ。一緒に朝ご飯食べに行こう」
何の配慮もなく寝巻きを投げ捨てて、ガラスで仕切られた洗面所へ彼は歩いてゆく。
その後ろ姿を薄目で見送って、必死に釣り上げた瞼が落ちそうになるのを堪えるのに彼女は精一杯。
まあ当たり前な話で。
彼が眠ってから暫くは眠ったままの彼の身体を眺めたりいじったりしながら過ごして眠れない彼女の睡眠時間は、もうそれはそれは短い訳で。
「…………うう」
それと。
「しにたい……」
起きた後もしばらくは、こうして悶える時間が必要になってしまうというのもあって。
そんなこんなで、
「……いつまで寝てるの」
「……ちゅーで起こしてよね」
「……眠り姫か何かなの」
「蝶より花より丁寧にあつかえー……ってね?」
「死なすぞ」
こうなってしまうまで、結局彼女は布団から出られないのだった。
▲▼▲
「ぐ、ぐっ様……」
「何?」
「少し、聞きたいことがあって……」
溜息。
違和感。
あの厚かましくて図々しい徐福が、かつてないまでにしおらしく目の前にいる。
「……な、何よ。あんまり変なことは聞かれても答えないわよ」
「……ぐっ様は、その」
その……。
うう……。
元から大きくもない声が、猶更縮こまっていく。
目は泳ぐ。指先がもじもじと絡みつく。
そのまま、数秒が経過。
沈黙。
「何よ、聞くだけは聞いてあげるから取り敢えず言いなさいよ気持ち悪いわね‼」
やはり人間──人間? の性なのか、押して駄目なら引いてみろ、みたいな感じになっているのだが。
まあ、それほど今の彼女は様子が違っていて。
虞美人の中で、警戒心よりも、ますます心配が勝っていく。
……その辺り、やはり性根が出ているが。
「あう」
「はい、何‼ 早く言う、321ハイ!」
「あっあの、その、こ……」
「こ?」
「項羽様を、好きになった時……ど、どんな気持ちでしたか……?」
「色を……知ったの……?」
「……色?」
「い、今まで、今まで一度も……お前から項羽様の名を聞いたことは無いから……」
「そ、そうですけど……癪なので……」
「癪って何よ癪って。……どういう心境の変化? なんで私に聞いたの? お前まさか、」
「ち、違うんです」
「違わないでしょ。まさか好きな人でもできた? 蘭陵王……では無いわよね、流石に」
「あわわ」
「え、そうなると他に無いんじゃない?」
「あわわわわわ」
「始皇帝? アレはやめときなさい?」
「んなわきゃないでしょう‼ ますたー……」
「……」
「……」
「違うんですうううううううう‼ ぐっ様のばっきゃろおおおおおおおおお‼」
「……放っておいた方が良いわね、これ」
▲▼▲
ばっきゃろーって言っちゃった……。
言うに事欠いてぐっ様に言っちゃった……。
言っちゃった……。
勢いで色々言っちゃった……しかも聞きたいこと聞けなかった……。
「徐福ちゃん?」
「はっ」
「なんでいるの?」
「ここ俺の部屋だよ」
「……」
羅針盤か。
身体がもう自動的に彼の部屋に向かってるのか。
馬鹿すぎる。我ながら。
「……何か悩んでる?」
「いや、別にぃ? 私は何ともないよ?」
「……そう。なら、良いんだけど」
ああ。会話が繋がらない。
「徐福ちゃん」
「……なに?」
「……いや。別に」
気まずい。
「……マスターさん」
「何?」
「……やっぱり、なんでもない」
うん、多分、彼もそう感じてるのよね。
……今までは、何も考えずに喋れたのに。とか。
思ってるんだろうな。だって私がそうだし。
いろんなことがぐるぐる頭を掠めていく。ちゃんと言葉を作れない。
彼のぞんざいさも気にかかる。何も変わっていない筈なのに。
……そう。何も変わってない、筈なのに。
くそう、もやもやする。
こういう時はどうすればいい。
いや、こういう時はマスターさんの布団に入って一旦落ち着くのが良いよね。毎晩そうしてるわけだし。
「眠たいの?」
「……うあ」
何やってんの?
昼じゃん、今。
「最近寝れてないの?」
「そ、そういう訳じゃ……無くて……」
そこで、不意に。
身体に乗っかっていた暖かい重力が剥がれて、目の前に、おもむろに、彼が横たわった。
「……徐福ちゃん」
「なにさ」
神妙な面持ちで、彼が傍にいる。
「徐福ちゃん、最近俺に冷たくない?」
「……そうかも」
「だよね」
「ねえ」
「……なに」
暗い。
ぱちんと、静かに手を伸ばし、彼が部屋の電気を消したから。
「徐福ちゃん」
「なに?」
そんな暗い部屋で。
暖かな布団の中で。
微かに、仄暗い影の向こう。見える目を細めて、彼は呼びかける。
唾液を呑み込む音が小さく聞こえた。
……彼も、言葉を選んでいるのかもしれない。
そうしてくれたら、嬉しい。
いっぱい悩んでくれたら、嬉しい。
というか、そうしてくれないとあんまりにも割に合わない。
「……徐福ちゃんって、俺のこと嫌いになった? ……それとも、惚れたとか、……そういう方向だったり?」
そんな私の思考なんて知っちゃいないだろう彼は、遠慮がちに問う。
その表情を見ただけで、正直──ちょっとだけでも満足してしまうくらいに。
「……それ聞いて、どうするつもり?」
「別に。……まあ、それによっては、距離感とかは考え直そうかなって」
「ふーん」
「答えてよ」
「……やだ」
「嫌いなんだったら、しょうがないと思って、自分から話しかけるのやめるから」
「それが一番やだ」
「もう分かって言ってるでしょ?」
「……なんとなくね」
「嫌ってる訳ないじゃん」
「まあね」
「……やっぱり嫌いかも」
「めんどくせえな」
「今更よね」
「マスターさんには、好きな娘とかいるの?」
「俺は皆が好きだよ」
「……」
「舌打ちはやめなさい行儀が悪い」
なんだか、懐かしいような会話だ。
確か、少し前までは──私たちはこうだった。
くだらないことを語って、くだらないことで言い合って、互いにたしなめ合って、……そんな、例えば私のこれからを記した伝記が発売されるとしたら、全部全部カットされてしまうだろう、そんな会話。
でも、きっと、私はそれを愛してる。
傍目にはつまらなくても、愚かに見えても。
「……」
「徐福ちゃん?」
「はーあ」
前までの私は、きっと、「居心地が良い」とか、「楽しい」とか、そういう言葉を選んだんだろう。
あーあ。
あれだけ好きじゃないとか言っておきながら、愛してるなんて言葉を選んでしまった。
愛してるなんて、……愛してるなんて、ぐっ様以外に言ったこともないのに。
「愛してる、よ」
微かに瞳孔を開いた彼を目の前にして、唇が紡いだその言葉が、妙に馴染みがあって。
ああ、そういえば──前に一度、言ったんだったと思い出す。
忘れてた。身体を触れさせるだけじゃ飽き足らず、言葉で──心でも、触れていたかったんだろう。
あの頃は、ただの冗談で済ませるつもりだったのに。
あーあ。
本気にしないでって言ったのに。
私が本気になって、どうする。
でもね。
……私は、嬉しかった。
私を、選んでくれたこと。
「……徐福ちゃん、は」
野暮な唇が言葉を紡ぐ。私の名前を紡ぐ。
「」
小さな水音で、それを堰き止めた。
両側の頬を手首で押し上げて、そっと、慣れた仕草。湿った唇を、押し付ける。
「マスターさん、愛してるよ」
「嬉しいよ」
「まあ、……身体には自信は無いけど、初めて胸揉んだ相手と思えば愛着も湧くでしょ。顔も、そこそこ可愛い方でしょ? ……愛してくれて、良いんじゃないかなって思うんだよ」
「なんだその自己肯定感が高いのか低いのか分からん発言は」
「マスターさんって、前のこと、どのくらい覚えてる?」
「……だいぶ鮮明に覚えてるよ」
「私のお胸触ったり、ちゅーしたり、したよね」
「……したね」
「嫌だった?」
「嫌、……じゃ、ないけど」
「ねーえ。……マスターさんは、私のこと、好き?」
「……分かんないけど」
「あう……でも、ちゅーは嫌じゃないよね? しても良いってことだよね?」
「びっくりするほど性欲に塗れてるの何なの? 乙女の純情を弄ばないで、俺は乙女じゃないけど」
「性欲とか、それこそ乙女の純情を汚してるんじゃないんですか? えーっと、……その……」
「まあ、好きになる要素は確かにないけど……」
「……哀しくなってきた」
「……でも好きだよ? マスターさんのこと好きなんだもん良いでしょ? ねーえ。ちゅーしようよ。ちゅっちゅっちゅってーえ。ねーえ」
──徐福は気付いていない。
マスター側から見た彼女は、どちらかといえば発情して下腹部を飼い主の手に擦り付けているチンチラに近いという事実に。
▲▼▲
「……抱き潰したい」
「……何か怖いこと言った?」
「いや別に」
彼女の細くて長い脚は、布団の下でぎゅうと絡みついた上、小さく腰をへこへこと動かしている。
上気した熱い吐息。潤んだ瞳。
小動物に似た、可愛らしくて小さくて、手応えの薄い彼女。
英霊の癖に、色恋と性欲の差も分からんのかと思ってしまう反面、恋情が本当だったらと期待してもいる。浅ましい。
自然、手が伸びる。彼女の首筋をなぞって、更に近くに抱き寄せる。抵抗は無かった。なされるがままなどころか、自分から目をつぶって何かを待っている始末。
眠り姫か何かだと思っているのか。自分のことを。
相変わらず、自己肯定感が高いのか低いのか。
「……ちきんなんだー」
「やかましい」
釘付けになった視線の先、唇が蠢く。
今ここで誘惑に負けて良いのか。
不純ではないか。
不誠実ではないか。
「それでいいでしょー。別に」
「嫌だよ」
「……嫌なの?」
「嫌じゃないよ」
彼女の声は小さい。
耳を傾けて、ようやく聞き取れる。
彼女に合わせてしまう。どうしても。
五感を、生き方を。
「好きだよ、マスターさん」
「俺も別に嫌いだなんて思ってないよ」
彼女は退廃的でえろい。
脚は長いし肌は綺麗だし睫毛は長いし黒髪も綺麗だし、泣きぼくろなんてえっちで仕方ない。
幼女みたいな言動と、──その好意が向けられる先が自身じゃないという事実だけで、どうにか、こうにか。
「……」
あの日。
彼女は暖かくて、知らない顔で笑っていて。
どうにも可愛らしくて、端的に言えば困ってしまった。
「……」
だって、そんな経験なんて無いのだ。
誰かにここまできちんと触れたことなんて無いのだ。
こんなに暖かくて、愛おしくて、そんなの知らなかった。
よりにもよって、こんなに身近な彼女にその熱が宿っているなんて。
「はーやーくー」
「覚悟決めるまで待って」
「日が暮れちゃうよ?」
「そうなってくれよ、今は深夜じゃないんだし……」
「……深夜じゃないマスターさんに、キスして欲しいんだけどー」
「……」
困惑していないと言えば嘘になる。
嬉しくないって言っても、……やっぱり、嘘になるんだろう。
「……何が目的?」
「なんでもいいでしょ? らくーに、きもちよーく、なれたらいいじゃんって」
何を求めている?
純粋に好きだと言ってくれているならそれで良いのに。
態度が。
身体を優先的に求めているみたいな言葉が。
「……やり方が分かんないの? しょーがないなー」
ちゅ。
脳まで響いた小さなリップ音。
何かが弾けるような感触が、頭蓋を反響してゆく。
「……はい。同じみたいに、してみて?」
がばりと身体を起こして、薄目で待っている彼女を押し倒すみたいな形になってみる。
少しでも勇気が出てくれることを祈っている。
薄目の彼女は、やっぱりまだこちらを誘っている。
「……ねーえ。前もしたじゃん。そうでしょ?」
「そうだね。……うん」
うるさい鼓動を抑える。
「するよ」
不慣れに、静かに。
少女へと、落ちて行く。
震えて、不格好に、情けない口付けを。
▲▼▲
「……ほんとにしてくれるんだ」
「あんだけ催促してたら……そりゃあ、ね」
「……嬉しい、です、よ」
「そうですか……」
すりすり、と、肩口の近くに突いた腕に頬ずりをした。
浮かない顔の彼とは真逆で、自分でもびっくりするぐらい、自分でも苦々しく思うくらい、幸せで胸がいっぱいになっている。
「……ねえ、もっと近くに来てよ」
無言のまま、彼は私の隣に寝転がる。
真っ赤な頬に、無造作にまたキスをする。
「好き。好き、……好きだよ、マスターさん」
「徐福ちゃん」
「あのね。……私のこと、嫌いじゃないんだったらね、……私もどうしたら良いか分かんないけど、好きになってくれなくても良いから、いっぱいちゅーして、いっぱい触って欲しいのよね」
「……精神性がメンヘラ」
……それは、割と図星な発言だった。
「なんでそーいうことゆーの」
「……身体で繋ぎ止めるみたいな発想は、良くないよ」
「今更常識を語らないでくださーい」
「……だって」
「手握ってるだけじゃ、寂しいんだもん」
指を絡めて、足を絡めて、囁く。
爛れているくらいがちょうどいい。
もっといっぱい触れたい。
愛されたい。
──そういう言い訳で、
好意に向き合ってもらえないように誤魔化している。
好きという言葉を濁らせる。鈍らせる。
そんな私を、やっぱり彼はじっと見つめている。
あんまり見つめないで欲しかった。見透かされているみたいでなんだか怖かった。
「……徐福ちゃん」
「なーに?」
「……似合わないね、そういうの」
「知ってますけど―?」
だんだん、身体が、心が、刺激に慣れてゆく。
手を握るだけではもう駄目だった。
今はキスで済んでるけど──いつかはそれでも足りなくなるのかもしれない。ゆくゆくはえっちなことをして、それにも慣れたら、頬を殴ってもらうくらいのことはしてもらわないといけないのかも。
愛したことはあっても、愛されたことがないから。
そういうことが、私には分からない。
愛され方が分からない。
貴方に愛されたいのに、どうしたら愛してもらえるか分からない。
愛されることは、ちょっとだけだけど、怖い。
愛されてみたいのに、なんだかそれが怖い。
「……好きだよ、マスターさん」
私にできることなんて、所詮──身勝手に愛を伝えることだけなんだから。
ぎゅっと、何度目か分からないけど、彼の手を握った。
納得しきれない心の澱が、目の端から溢れて、シーツに沈んでゆく。
……キスばっかりせがんで、明確に告白もしないで、それどころか、寝ている間にキスしてるような女が、気持ち悪くないわけ無いのに。それが、間違ってない訳も無いのに。
困らせるような、中途半端な、「好きだよ」ばっかりで。
肝心なことは何一つ、伝えられない。
もっとちゃんと人と関わってれば、こういうときどうすれば良いか分かったんだろうけど。
ぐっ様、どうすれば良いか教えてください。
マスターさん。
……こんな私だけど、……だけど、貴方のことが好きなのはほんとだから。
好きになって欲しい。
愛して欲しいよ。
それが言えたら良いんだって、本当は分かってるの。
だけど、……やっぱり、それだけは言えなかった。
▲▼▲
腕の中で、彼女は俯いたまま固まってしまった。
さて、どうしたものか。と、考える。考えて、でも結論は出ない。
「……」
無言のまま、抱き締める。
気の利いた台詞の一つでも言えれば良いのに。
好かれる性格ではあると思う。
少なくとも嫌われることはない。
──ただ、誰かに恋愛的に愛されたことは多分無いものだから、彼女を持て余してしまう。
そういう理由で、どうして良いか分からない。
徐福ちゃんは魅力的で、可愛くて、……愛らしい。
ずっと傍にいてくれる。
──好きだと言ってくれている。
それにどう応えるべきなのだろう。
「……徐福ちゃん」
「……」
「俺も、……好きだよ。徐福ちゃんのこと。いつも俺の傍にいてくれて嬉しいし、寂しいって思わなくなったのは、徐福ちゃんのおかげだし……」
言いながら、声が痩せ細っていくのが自分でも分かる。必死に言葉を紡いだところで、それでもなんだか、上手く内心を伝えられている気もしない。
ちゃんと応えてあげたいのに。
ちゃんと、好きだって教えてあげたいのに。
驚いたけど、嬉しかった。
「……嬉しいんだよ」
「……」
もし、ここで。
彼女の、可愛らしい額にでも、キスをしてやれれば良いのかもしれないけれど。
その勇気は出なかった。
読了ありがとうございます。
感想、評価してくださると幸いです。