徐福ちゃんはそーゆー目で見られたい   作:人格分裂

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徐福ちゃんは何とか誘惑したい

 目が覚める。

 彼の布団に包まれていて、温い。

 まだ眠たい。まだ寝ていたい。その欲望が、冴えた眼と相反するように私の頭を支配している。

 何故か?

 ……うん。彼が手を握ってくれている。

 何故か?

 ……うん。

 だって──彼の屈託の無い表情を見る機会なんて、こんな時間しか無いからね。こう見ると案外、可愛い顔してる。可愛い。好き。

 

「……ん?」

 

 いや、好きじゃないけど。

 

「ふぃー。危なかったぜぇ……」

 

 危うく、思っても無いことを思ってしまうところだったな、と。

 考えて、訳もなく笑っている。私は。

 

「よいしょ、っと」

 

 そうして身を起こす。彼の顔がよく見えるように。

 彼は私の視線の先で、すーすーとのんびり眠っている。

 ……悪夢はもう見なくなっただろうか? 私はまだ心配してるんだけど、もしかして重いかな。私如きがそんなことしても、意味なんてないかもしれないし。

 ……私の夢とか、見ててくれないかな。

 

「……ねえ。どうなの?」

 

 唐突にリフレインするのは、昨日の夜の記憶。

 そういえば酷い醜態を晒したものだ。でもポジティブに捉えるなら、何と言うか、こう……印象に残ってて、それで夢にも見て、とか、そういう可能性も考えられるかも? ……でも、そうだったら──見てるのは、あんまり良い夢じゃないかも。

 それでも良いけど。

 私のことを考えてるなら、それで。

 

 視界がぼやけてるように感じる。

 ──彼の胸の中で泣き腫らしてたせいか、なんて、他人事みたいに思う。瞼、真っ赤だろうな。

 

「えい、えい」

 

 彼の前髪を弄る。

 彼の頬を軽く突く。

 ふにふにといじってみる。

 そう言えば、昔はよくマスターさんにほっぺをつねられていたなあ、なんて、思い出す。

 もうしてくれないのかな。してくれないだろうな。

 

 彼は私との距離感を測りあぐねているように思う。

 前のような気安い関係じゃあ、もういられないんだろうな。だって、彼は優しいから。

 

 あの日から、私と彼は変わってしまった。

 私達の性格に変化が起きた訳でも無いのに。

 何か、大仰に生き方を変える出会いをした訳では無い。何か、人生を、一変させるような出来事が起きた訳でも無い。

 触れ合った指先が暑くて。

 それで生まれた陽炎のせいで、目に映る貴方が、何処かしら歪んでしまった。ただそれだけのこと。

 

「マスターさん」

 

 甘えるように呼んでみる。

 その響きに、隠しきれない媚態が隠れていることに、私は気付いている。

 

 陽炎で、私の網膜に張り付いた硝子は、とっくに歪曲してしまった。

 もう二度と、元のように戻ってはくれないだろう。

 前みたいに、好きでも無いまま、友達のまま、なんて。無理かな。……無理だろうね。

 

 考えてみよう。

 普段の妄想癖を活かして。

 

 もし、私がマスターさんにお願いしたら。

「ねえ、全部忘れて、明日から普通に過ごそう?」って言ったら。

 

「…………そうだね」

 

 うん。

 ──きっと、彼はそうしてくれると思う。私が望んだ通りにしてくれると思う。

 

「……本当にそれでいいの?」

 

 だけど──他でも無い私の方が、それに耐えられない。

 きっとすぐに寂しくなってしまう。

 

 二番目に良いのは、前みたいに軽口を何も考えずに言う事ができるようになること。

 一番駄目なのは、それよりも関係が悪くなって、気まずくなって、目を合わせては逸らす、みたいな──そんな感じになってしまうこと。

 

 ああ。

 結局、そういうことね。

 

「……起きて」

 

 小さく、極限まで小さく。吐息と変わらない音量で、私は呟く。

 

「……起きて」

 

「キス、しちゃうよ?」

 

 ──彼は呑気に寝息を立てている。

 それで、覚悟は決まった。

 

 起きないのが悪い。こんなことをする女の子だと知らないで、無防備のままでいるんだから。つまり、マスターさんの自己責任ってことで、良いよね。

 そうやって、目一杯の言い訳を頭の中でぐるぐるさせながら。

 溜息を吐いて、彼の手を握ったまま。

 

 ……その頬に唇を寄せて、そっとキスをする。

 控えめに。小鳥がついばむように。

 

 少しの間、こーいうことするのよくないなって思ってたからやめてたけど、今はもうそれどころじゃ無い。もう、貴方を想ってはあげられない。

 だって、貴方は、我儘な私を抱き締めてくれた。

 その体温に、どうか、免じさせて欲しい。

 

「………………大好き」

 

 溢れた音が、なんだか不本意な言葉に聞こえたけど。

 今は気分が良いから、スルーしておいてやろう。

 

 

 よし。

 私は今、非常に気分が良い。

 ──とは言っても、私は彼に手を出せない訳で。

 私は彼を幸せにはしてあげられない。穏当に告白してハッピーエンドを迎える資格が無い。愛している、なんて、口が裂けたって言えない。

 というか、周りの方々のことを思うと、そもそも命の危険が危ないと思う。

 

 だから──そうだな。

 

「徐福ちゃん!! もう我慢できない!!」

「ま、マスターさん……!!!! 駄目だよ……っ!!」

 

 的な感じで。

 彼の方から手出させて責任取らせようかな。

 それが一番早いし幸せなんじゃないかな。

 そしたら、私の承認欲求とか自己肯定感とかも、何とかなる気がする。

 大体、一度目はそーいう感じの雰囲気で進行した仲なんだから、……ね?

 

 マスターさんは優しいし。そういうとこもだらしないなんてこともなく、ちゃんとしてくれると思うし。

「……徐福ちゃん。一生かけて幸せにするよ」

 とか、言ってくれそうだし。

「徐福ちゃん。もっとシたいんだけど、……いい?」

 とか、目逸しながら言われたりしたら、なんだかもう可愛いなあとか思いながら余裕の顔で抱いてあげたって構わないし。

 

 うん。

 それで良いのか、とか、思わないことはないけど。

 でも、このままよりはずっとマシかもしれない。いや、そうに決まってる。

 甘い蜜の味を知ってしまった私は、もう。

 

「……大好き」

 

 唇を押し付ける。

 仄かに湧き上がる暗い感情を押し付ける。

 ──こうして触れ合えるのが、私の特権。

 ──こうして貴方の寝顔を独占できるのが、私の特権。

 

 どーせマスターさんは、他の女とキスしたことも、手を繋いだことすら無いだろうし。

 初めてが私なんだったら、……ずっとずっと、私のものであり続ければ良い。じゃないと、あんまりにも妬けすぎる。

 

「こういうの徐福ちゃんが初めてだから、何というか……慣れないね」

 

「手、繋ぎたいな……いい?」

 

「徐福ちゃん、……えへへ。呼んでみただけ」

 

 ──うん、悪くない。

 

「ずっと俺の初めての相手だよ。……責任取ってね」

 

 とか言われたら、もうもう興奮しちゃう。

 

 そんで、一緒に毎晩寝る時も、今みたいな感じじゃなくて。

 もっと甘い感じで。

 

「徐福ちゃん、そんな声も出せるんだ?」

「ま、マスターさんもえっちな息吐いてたよ?」

「うそだー」

「嘘じゃないもん……」

 

「んーまっ♡」

「ちょっ。や、やめろよー」

「えー? ちゅーしたいちゅーしたいっていっつも言ってくる癖に。して欲しいんじゃないの?」

「そ、そりゃあ嬉しいけどぉ……」

「嬉しいんじゃん」

「えー。はーずーかーしーいーんーでーすーけーどー」

「恥ずかしがってる徐福ちゃんも可愛いよー? んーま♡♡」 

「じゃあ私もするー♡♡ ちゅっちゅっちゅー♡♡♡」

 

「あっ。今お胸触ったなー?」

「だめだった?」

「駄目じゃないけどーぅ。昨日もいっぱい触ったのにまだ足りないのー? ケダモノなんだからぁ」

「だってー。ねえ?」

「ねえ? じゃねえし。……ふへへ」

「喜んでんじゃん」

「喜んでますけどー?」

「……可愛いね」

「……そ、そーですか?」

 

 みたいな。みたいな。

 

「幸せ…………」

 

 ぐっ様で鍛えた止めどない妄想。

 彼女の中では確定となってしまった恋仲。

 何度も無意識の次元で行われるキス。何度も何度も唾液を押し付けて、善がり続ける。

 

「……徐福ちゃん?」

「はうっ……!!?」

 

 そんな具合に徐福の意識は彼が目覚めるまでトリップしたままで。

 妄想は留まるところを知らず、理性は帰ってこなかった。

 

 何が問題なのかというと、彼女の場合、妄想と言うものは大概が他に誰もいない空間で行われるものなのである。

 故に誰にも迷惑を掛けるでもなく、醜態を晒すでもなく、平然としていられたのであって。

 しかし、今は──その対象がまさに目の前に居る訳で。

 

「……おはよう」

「お、おはよう……ございます……」

 

 当の彼が瞼を擦りながら、寝転んだまま、徐福を見つめていたのであった。 

 

「い、いつから起きてたの?」

「さっき。……キスされたよね、俺」

「え、えと……その……」

 

「……ごめんなさい」

「あれ。今日はやたら素直ね」

「い、嫌だった? そんなことは無いよね?」

「良いけど別に。今更だしさ。……だけど、何と言うか……うん、照れる」

「……照れるんだ?」

「う。……はい。照れます。というか徐福ちゃんの方こそ照れてよ」

「……今更じゃない?」

「そんなことは絶対に無いと思うけど?」

 

 にへらと吊り下がりそうになる口角を慌てて隠して、彼女は悪戯っぽい表情を作り上げた。

 握った手はそのままに、もう片方の手で彼の胸元にそっと手を置いて、きゅっと身体を縮めた。

 

「ねーえ。もうちょっとだけ、時間あるでしょ。一緒に寝よう?」

「……いや、あの。ずっと一緒に寝てたでしょ」

「空気読めないなー。良いでしょ?」

「良いけど。……何なんだ」

 

 困惑気味に呟きながら、彼は如何にも気怠げに腕を伸ばす。徐福は楽しそうに目を閉じて、それに身を任せる。

 背中を優しく撫でる掌が愛おしい。

 

「……おやすみ」

「おやすみ、マスターさん」

 

 ▲▼▲

 

「……?」

 

 いやちょっと待て。

 普通に寝たけど。そのまま寝た上で今起きてシャワー浴びてるけど。熱いお湯を頭から被ったお陰でようやく頭が冴えて、それで気付いたけど。

 何を絆されてるんだ。

 このまま終わるとこだったぞ。綺麗に畳んでしまうところだった。

「……うーん」

 こういうところが駄目なのよね。

 これは私レベルの妄想能力の高さを持っている人には分かってもらえると思うんだけど、朝起きた直後の夢と現実がごっちゃになってるタイミングが一番妄想のテンションが高い。ちゃんと頭が回ってる時は「流石にこんなこと言ってはくれないよな〜」とか「流石に都合良すぎだよな〜」とか思えてブレーキがかかるんだけど、そういうことも朝に限っては全然無く。男の人は朝に……が……するとか聞いたことあるけど、何というかその延長なのか何とも言えないけど、とにかくそういう方向にも簡単に持って行ってしまえるというか。

 ぐっ様への妄想はぐっ様ぬいに全部ぶつけてるから良いけど。

 その勢いをそのまま慣れたように手元に抱き締めている物体にぶつけたらそのままマスターさんの方向へすっ飛んで行ってしまってこうなったという訳で。

 はい。反省してます。

 

 頭からじゃばじゃばとお湯を被りながら、やはり考える。

 

 普段の自分からは出ない発想というものは──なかなか、どうして。 

 

「マスターさーん」

「徐福ちゃん、今貴方裸なのよ」

「一緒にシャワー浴びる?」

「浴び……浴び……は? アビゲイル?」

「一緒にシャワー浴びる?」

 

 すっとぼけた表情を取り繕って、私は言う。繰り返す。

 頭にタオル巻いて。

 身体隠さず。

 

 ほっそくてつるっつるの身体を。

 半分くらい、ドアの向こうから見せつけながら。

 

「……なんで?」

「なんでも」

 

 それで、……まあ。彼がこれからどう考えてどうするのか、私はなんとなく分かっている。

 

「……良いけど」

 

 何か考えがあってのことだろう、と。

 彼は考えるのだ。

 

 私が何も考えていないとは知らずに。

 

「何を企んでるんだか」

「さあ?」

 

 この人、心理戦が非常に苦手。何故なら自分より相手の方が賢い前提で常に動くから。

 ただ何が凄いかと言うと、『相手は自分より考えていると思うので、ある程度は誘いに乗ります。その後に考えます』っていう、いっそ清々しいスタンスでいるところ。

 初見殺し性能は高いし完全に無しとは言わないけど、知られてるとこうやって利用されるようになる。

 というかそもそもリスクが高い。何というか、命賭けてるときにはしないでほしい。

 

「はぁ」

「何、急に。自分から誘ったんでしょうが」

「いや。関係なく、溜息吐いただけですけど」

「何よ」

「命知らずめ」

「命なんて分からんよ。死んだことないし、生きた心地もしないし」

「…………あのさあ」

「俺が生きてる瞬間っていつだろうね」

 

「私と一緒に居るときは、死んでるの?」

 

 手早く服を脱いで、全身にタオルを巻いて。

 なんだか女々しい彼はシャワーヘッドを手に取った。

 

「どうだろうね」

「私と一緒にいて、楽しい?」

「勿論」

「じゃあ、それで良いんじゃない?」

 

「そうだね」

 

 ▲▼▲

 

 顔を洗って、目を覚ますために水を浴びる。寝ている間の汗を流す。

 パジャマから普段着に着替える間に起こる、何かを考えるまでもない空白の行間。

 シャワーなんて、本来はその程度の行為なのだ。なのに、たった一人が介在しているだけで、こうも意味合いが変わるなんて──自分に溜息を吐きたくなる。低俗な意識の浮上を、しみじみと感じながら。

 ほら、そんなことを思ってぼーっとしてたせいか、気づかぬ内にシャンプーが掌に乗っかっているではないか。

 長期戦見越してる。

「へー、マスターさんって毎朝頭まで洗ってるの? 几帳面さんなのね」

「…………まあ、そう、だよ」

 全然嘘。

「マスターさんってなんか、いっつも色んなところで女々しいというか、何と言うか。男の人っぽさが薄いよね」

「……そうでしょうか?」

「なんで敬語なの。でもまあそういうとこもよね。あんまり乱暴な言葉遣いしないしさーあ」

「……まあ徐福ちゃんがそう思うなら、そうかも」

 半ば上の空になりながら、会話を重ねる。

 意識は身体を隠すタオルをそのまま保持しておくことだけに集中する。隣の美少女の方には、視線を向けないようにしておく。

「……」

「んじゃ暇だし、私も頭洗っとこうかな、と」

「はい、シャンプー」

「ありがとうございます」

 

 いつの間にか自室に持ち込まれていたボトルを手渡すと、彼女は何の警戒心も見せないでわしゃわしゃと泡を纏ってゆく。

 

 前に何度か言及したことがあるが、彼女はその精神性に似合わず、なかなかの長身の持ち主である。

 その為、少し隣を見れば、そこには当然のように彼女の貧しい胸板が慎ましく主張を見せているという状況にいるのだ、これを一体どう乗り越えろと言うのだ。

 

 

 

 

 

 めちゃめちゃ正直に言うなら、正面から舐めるように拝ませて頂きたい。

 生唾が止まらない。嚥下が止まらない。

 何が男らしくないねだ。少しでも目線を下げてみろ、バキバキに主張する男が見られるぞ。さぞかし滑稽だろうなあくそったれ。

 

 うん、死にたい。

 

「ねーえ」

「徐福ちゃん、近い」

 そう。徐福ちゃんはいつも距離が近い。昨日飲んでるときもすさまじい勢いでこっちに近づいてはぐいぐいと腕に胸を押し付けてくるといった狼藉を働いて下腹部の管理が大変だったというのに、まだその負担を強いると言うのか。というかそもそも日常的に徐福ちゃんはこっちに身体を預けるような姿勢を取っていることが多いのだ。怠惰で自堕落で自分で立つということが無いせいだ。少しでも目線を下げてみろ、本当にやめて欲しいと願っている主人のことなんて忘れたかのように勤勉にバキバキに立っているものが見られるぞ。さぞかし滑稽だろうなあくそったれ。

 こんなこと何があったって言いたくはないけど。

 本当に心の奥底から言いたくないけど。

 

 もう徐福ちゃんの胸の感触、二の腕だけで大体わかるようになったんだぞ。

 どうしてくれるんだ。

 掌で撫で回した感触ももう大体覚えてるんだぞ。

 もう四肢の内の半分が徐福ちゃんのおっぱいになっていると言っても過言では無いんだぞ。

 過言か。

 

「……ねーえ。マスターさーん」

「何よ」

「おしゃべりしよーよ。せえっかく裸の付き合いしてるんだしさー。ちょーっと勿体ないよ?」

「……裸の付き合いよりももうちょいレアな付き合い方をしていると思うんだけどね、俺」

「そう?」

「うん」

 

「おしゃべりしようよ」

「頑なだね」

「おしゃべりしないとつまんないよ。何か難しい顔ばっかりしてさーあ?」

「するだろ」 

「……色気づいてんだぁ? 口調?」

「こんくらいがデフォなのよね? 普通にね?」

 

「…………」

「…………」

「ねえ」

「なんでしょう」

「タオル、邪魔じゃない?」

 

 実際すごく邪魔。

 両脇で抑えたままの状態で頭を洗わなくてはならないのである。

 よって、側頭部をひたすらに撫で続けるだけの人になっている。

 苦悶の表情も相まって、何というか。

 不審者極まりない。そうならざるを得ないのだけれども。

 

「……だから何なの」

 

 薄く。

 薄ーく、視界にセルフでモザイクのフィルターを張って、彼女の方を見る。

 

「えーっとね」

 

 その向こう側で、徐福は。

 なんだかにっこりと笑ったように思えた。

 

「ちんちん見たい」

「お前は何を言っているんだ‼‼?」

「ちんちん見せて」

「お前馬鹿だろ」

「ちんちん見せて」

「徐福ちゃんさあ‼ あのさあ‼ たまにその性欲塗れのチンチラみたいになるの何なの⁉」

「ちんちん?」

「殺すぞ」

 

 怖い。 

 たまにこうなる徐福ちゃんが非常に怖い。

 

「ねーえ。私がタオル巻いてないのにそっちだけ巻いてるのおかしいでしょ?」

「おかしいのは巻いて無い方なのよ」

「もういい加減にしようよ。もうたってるの見えてるし。意味ないよ?」

「……なんで見たんですか」

「いや、見るでしょ?」

「不公平だと思うよ」

「見て良いよ?」

 

 なんかそれは違う。と、思う気持ちが半分。

 もう半分は全然言葉にならない叫び声を上げている。脳内で。

 

「何が目的なの?」

「別に。マスターさんともっと仲良くなれたらいいな、なんて思っただけ」

「……そうなの?」

「マスターさんなら、別にみても良いよ?」

 

「こういうの、良くないと思うよ」

「嘘でしょ?」

「はい。凄く見たいです」

「……素直になった?」

「だけど良くないと思う」

「素直じゃないなあ?」

 

「じゃあ、選んで?」

 

「私の裸見るのと、」

 

 

「私が身体使って、マスターさんの身体洗うの、どっちがいい?」

 

 ▲▼▲

 

「……で? 結局見たの?」

「見ました。その挙句に逃げられました」 

「知ってる。説教しといたから安心しなさい」

 

「まあ、良かったじゃない」

「エロかったです」

「それは聞いてないけど」

 

 結局、彼女に流されて──というよりも、自分の性欲に負けてしまって。

 目を見開き、彼女の全身を舐め回すように確認した。

 

 まず目に入ったのは彼女の胸元だった。うっすらと膨らんだ双丘に、蒸気の向こうで呼吸と連動して浮き沈みするその姿にはどことなく歴然とした生命の証が宿っていた。薄く浮いた肋骨の凹凸が形作った弓なりな地形を砂浜に見立てるのであれば、彼女のそれはきっと小さく浮かぶ無人島なのだ。濡れたそれはつるりと光沢を放っている。艶めかしく、自己主張を重ねている。

 

「いや。要らないから、解説」

「聞こえてました?」

「いや、表情がうるさいのよ。というかそれ以上言わないで。不愉快だから」

「言ってないでしょう」

「あのね。それ以上描写したら出禁よ出禁。というかいっちょ前に色ボケみたいな経験ばっか重ねてるの、妙に腹が立つわね」

「俺も困惑してます」

「……困惑、というか。お前にはただ、」

 

 部屋の中で、静かに声が響く。

 徐福がいなくなった男の部屋で、理由もなく彼女が残した丸いぬいぐるみを弄びながら、虞美人は無表情を浮かべている。

 

「覚悟が無かっただけでしょ?」

 

 ──相変わらず、彼女は彼に冷たい。

 目線を合わせず、感情のない声で、冷や水をぶつけるみたいに言う。

 常に不機嫌で、怒っているみたいで、手厳しい。

 

「……覚悟、ね」

「私が敢えて言わなくちゃいけないこととは思えないけど、一応明言しとくわ。昨日の今日で何度も何度もお前らに巻き込まれて鬱陶しいし。私、先輩だし」

「……怒られます?」

「さあ? 勝手に反省するならすれば良いし、無視したいならすれば良いんじゃない?」

 

 取り付く島もない。

 面倒見は良いけれど、やはりどこか嫌われている。

 そんな気配を感じる。彼女の方も、隠していないように見える。

 

「……徐福って、お前のこと好きでしょう?」

「……そうでしょうね。ぐっ様の方が好きでしょうけど」

「お前は?」

「…………」

 

「……悪夢を、見なくなりました」

 

「続けなさい?」

 

 それでも。

 拒絶だけは、しないでいてくれる。

 

「良いんですか」

「嫌だけど。それはそれ」

 

 ▲▼▲

 

 悪夢をよく見ていた。

 誰かに責められる夢。

 失ったものの夢。

 懐かしい夢。

 漠然とした恐怖への夢。

 

 けれど本当に怖かったのは、悪夢そのものなんかじゃ無かった。

 本当に恐れていたのは、部屋でいつも一人で、今日見る筈の悪夢はどんなものだろうと考える時間だった。

 

 それは、酷くみっともなく。

 なんとも惨めで。孤独で。

 

 外へ出れば誰かがいるのに。

 一緒にいてくれる人も、いるだろうに。

 

「……俺が嫌われているとは思わないけれど」

「私は嫌いだけど?」

「……一部を除いて」

「そうね」

「……なんというか。当たり前だけど、俺のこと一番好きでいていくれる人っていないんだろうなっていうか。それが、寂しい」

 

 大切なものを消費してでも、想ってくれる──そんな経験をしていないが故に。

 強欲に。貪欲に。惨めに。自分が嫌いな自分の厚かましさに辟易するくらいに、寂しい。

 

「卑屈ね」

「どうしても、どこかでそう思ってしまう俺がいて、それも嫌で」

 

 ……けれど。

 

「徐福ちゃんは、でも、一番好きなのが俺じゃなくても」

 

 

「それでも、傍にいてくれたから」

 

「多分、好きなんだと思う。徐福ちゃんと、一緒にいたいと思う、と、いうか」

 

 

「で、エロい目でも見てると」

「それもあるのが非常にややこしくてですね」

「めんどくさいわね。どうせこのまま不純な気持ちで番になるのは気が引けるとか言い出すんでしょう?」

「番って」

「何よ。違うの?」

「違わないですけど……」

 

「まあ、本当に私にとってはどうでも良いし、徐福にはやめとけやめとけって言い続けてるし」

「それは初耳なんですけど」

「普通の人間が聞いたら誠実だとか言うんでしょうけど、生憎私からしたら下手に取り繕って気持ち悪いとしか思わないし」

「それは本当にそうなんですけど」

「というかそれ言いだしたら徐福も徐福だし。何裸見せるって。男女逆にしたらセクハラじゃない」

「役得でしたけど」

「潔いわね」

「こういう時くらいは。はい」

 

「……そのくらいしたんだから、いい加減腹括ってあげて欲しいと思うけどね。私も一応女だし」

「……すみません」

「根性無しが」

 

 めんどくさい。

 全身からそのオーラを醸し出しながら、虞美人は溜息を吐く。

 男の癖にぐじぐじ悩んで。項羽様とは比べ物にならない。こんなのが良いだなんて言う徐福の気が知れない。

 目の前の彼の姿は、死ぬほど嫌っている男の面影が感じられてしまって、不愉快だった。

 何度も何度も考えても、それ以外に結論が出せないでいる。

 

「どうしても根性が出せないんだったら、言うけど。聞く?」

「当然」

 

 ただ、こういうところだけは妙に意思が強くて。

 それはそれでなんだか癪だけれど、じゃなきゃいいところなんて一つもない。

 

「……お前が見た光景が、これから先お前だけのものじゃなくなるかもってことだけ、憶えてなさい」

 

 

 

 

 彼は反応を返さない。

 代わりに、ゆっくりと顔を上げて、正面から視線を合わせる。

 

「……ごめんなさい。巻き込んで。ありがとうございます」

「本当よ。迷惑極まりないわ」

 

 

「ま、こんな話、私以外にはできないでしょうけど」

 

 

 彼が頷いたのを見て、もう一度溜息を吐いた。

 どれだけ嫌っていても、コイツの世話くらいは焼いてやっても良いと思ってしまうような、そんなところが。

 何よりも不愉快なのだった。

 

 ▲▼▲

 

「聞こえてた?」

「……はい」

「もう変な方向には走りません。復唱」

「二度と馬鹿なことはしません……」

 

「あの」

「何?」

「私の一番は、変わらずぐっ様です、から……」

「そう。ありがと」

「……」

「だけど、私には項羽様がいるから。アンタはアンタを一番大切にしてくれる奴を大切にしなさい」

 

 

 振られた。

 何回目かは分からないけど。

 

 何回目かは分からないけど、やはり振られるというのは非常に辛いものだ。

 胸が痛くなるし、涙は出るし。

 いや、そんな資格なんて無いけど。

 色んな意味で。

 

 

 

 人生は上手くいかないものだ。

 好きな人には好きな人がいて、それは自分じゃ無かったり。

 好きな人の嫌いな人が、なんだか嫌いじゃ無かったり。

 私のことを好きな人が、私の一番好きな人じゃ無かったりする。

 誰も彼もが掛け値なしに幸せになることなんてできない。そう都合よくはいかない。

 

 不老不死の薬なんて無かったし。

 人生賭けて好きな人の為に尽くしたのに、あんまり役に立ってなかったし。

 

 本当に、人の縁と言うものは。

 私に対しての当たりが強くて、嫌になる。

 

 私に意味なんて無いのかな、と。

 思ってしまうから。

 

「……盗み聞きとか、性格悪いね」

「徐福ちゃんこそ」

 

 ……そんな私の意味で、いてくれる?

 

「振られた」

「いっつもじゃん」

「そうだね。慣れっこだね」

 

「でも、辛いよ。とっても」

「分かるよ」

「嘘だ。私は振って無いもん、マスターさんの事」

「……そうだね。でも、」

 

「好きな人の一番になりたいって気持ちなら、痛い程分かる」

「……知ってる」

 

 

 言って。

 耳元で囁いた。

 慰めて欲しかった。だけじゃなくて──。

 

 

「好きだよ、徐福ちゃん」

 

 誰もいない廊下のど真ん中で。

 酒に酔ってもいない。朝だからって朦朧としている訳でもない。

 私ははっきりと、その言葉を聞いた。

 

 私に意味を与えてくれる、

 その声を。




読了ありがとうございます。ちょっとずつ距離が縮まっていく様子が伝わると幸いです。
感想、評価してくださると幸いです。
良いデートスポットとか知りませんか……?
ずっとマイルームいるのは流石に芸が無いというか……絵面が変わらなさすぎると言うか……。
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