『死神』、このトレセン学園にはそう呼ばれるトレーナーが存在する。
もはや蔑称ともいえる俗称で呼ばれる者の正体はミホノブルボンの担当トレーナーである。
新人トレーナーにして初めての担当ウマ娘であるミホノブルボンとG1級レース3つを含む7勝を挙げた今最も話題にあがるトレーナー。
これまでの功績を考えれば『若き天才トレーナー』などと呼ばれてもおかしくないが、それらの印象を跳ね除け『死神』と呼ばれている理由は主に2つ考えられるだろう。
1つは『顔の怖さ』だろう。高身長の男性の鋭い目つきで睨んできたら多くの人は恐怖を感じるのは想像に難くない。少なくとも私は怖かった。それに加えて驚くほど無表情のためさらに威圧感を倍増させている。ミホノブルボンも無表情なため2人が揃っているとバリアがあると錯覚するくらい誰も寄り付かなくなる。割り入っていけるのは元気溌剌学級委員長ぐらいだろうか。
まあこれまで顔が怖いということを連ねたがこっちの理由はあまり重要ではないと私は思う。顔が怖いという理由だけだったらあだ名は『鬼』とかそのあたりになっていただろう。だから重要なのは2つ目の理由、彼が『死神』の呼ばれるようになった所以。それは
『彼に話しかけられたウマ娘は必ず故障する』
という噂があるからだ。いや、噂というより傾向と行った方がいいのかもしれない。普段無口なのに直に故障するウマ娘に急に話しかけるのだ。
レースを走るウマ娘にとっての故障とは死に等しい。だから彼女達は畏怖し関わるべきではない存在として彼を『死神』と呼んだ。
そんな悪い意味でも良い意味でも有名な死神トレーナー。
今彼は始業式の中、壇上に上がり突然
「ここにアオハル杯の開催を宣言する。」
などと突拍子もないことを言い出した。
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ウマ娘、それは別世界の名前と共に生まれ魂を受け継いで走る、というのが1番有名な通説だ。人間とほぼ変わらない構造に反する想像を絶する筋力や実際に別世界を知覚できる者の証言がこの説を後押しさせた。
そして別世界の存在、いわゆる史実を盗み見る能力を俺は生まれつき持っていた。
例えば俺の担当ウマ娘ミホノブルボン、彼女を見るだけでG1級3勝を含む7勝と菊花賞の2着という情報を知ることができる。これは今のミホノブルボンだからということではなく、トレーナーとして担当になる前ジュニア級の初めてから全く同じ情報を知ることができた。だから得られる史実の情報は現状のステータスではなく名前に依存すると推測でき、ウマ娘は別世界の名前と共に生まれるというのは間違いではないのだろう。
これは担当ウマ娘にとどまらずどのウマ娘にも適用される。トレセン内のウマ娘を視認すればそのウマ娘の名が別世界でどのレースで勝ったのかわかってしまう。このせいで俺が『死神』と呼ばれるようになったことは今は置いておくとする。
問題はウマ娘の戦績は史実通りになることだ。
だからミホノブルボンは史実と同じように朝日杯を勝ち、
史実と同じようにクラシック2冠を勝ち取り、
史実を超えるために菊花賞に挑み、
史実に帳尻を合わせるかのように史実よりひどい故障を起き敗戦した。
だがミホノブルボンは故障で走ることを諦めるような柔な奴ではない。当然レース復帰を目指し、大阪杯に向けリハビリを開始した。しかしいくらリハビリをしても不可解なくらい怪我が改善しなかった。
俺が知っているミホノブルボンの史実は菊花賞で終わりであり、故障もあるせいでミホノブルボンの走ってる姿を見ることは絶望的かと思っていた。だが
「坂路一周完了しました。」
「足に違和感はないか?」
「違和感は検知出来ず。ステータス『良好』であると判断します。次のトレーニングの指示を願います。」
「そうか。順調に回復しているのは良いことだ。だが回復したとはいえ今負荷をかけすぎるのは好ましくない。今日のトレーニングはこれで終了にする。」
「オーダーを確認。撤収の準備を開始します。」
ミホノブルボンは急激に回復の兆しを見せ出した。
手詰まりからの急激な回復、これを引き起こしたのはアオハル杯の存在が大きな要因だろう。
1ヶ月も前俺はミホノブルボンの一向に良くならない状況を打破するため様々な書物を漁っていた。リハビリ、生態学はもちろんオカルトに足を突っ込んでいる書物に手を出すくらいには躍起になっていた。しかしどれも効果はなく取れる選択肢も確実に少なっていた。
そんな手詰まりな状況で見つけたのが昔開催されたアオハル杯についての書物だ。学園内で開催するチーム戦の大会、チーム戦という要素がウマ娘にあわなかったのかはたまたトゥインクルシリーズを重要視されたからか、次第に廃れて無くなったイベント。そんなことはどうでもいいだろう。重要なのは書物にトゥインクルシリーズへの復帰は絶望的とされたウマ娘がアオハル杯参加で急激な回復をした、等の文面がなっていたからだ。
そうなれば次にやることは簡単にわかった。理事長に話を通しアオハル杯を開催するだけだった。理事長からははなしをした瞬間に「許可」の扇子が開かれとんとん拍子にアオハル杯の話が進んだ。
そして今日始業式、大勢の学園生徒の前で開催宣言をすることで事実上アオハル杯が開始された。
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「マスター。」
「トレーナーだ。」
トレーニング後トレーナー室、ブルボンからの声掛けに間髪もいれずに返事を返す。
マスター、その言葉の重みを理解しているつもりだがだからこそ俺はその呼び方を許すことはできない。俺にその名で呼ばれる資格はないのだから。
「マスター。今行っている作業はアオハル杯にですか?」
だがこいつはマスターという呼び名を決して譲ろうとしない。これまで何十回も上記のやり取りを繰り返してきている。だがそれでもマスターと呼び続ける、これは良くも悪くも従順なミホノブルボンにとって珍しいことだ。そして毎回ブルボンに流されてしまっている。
「そうだ。アオハル杯の参加申し込みを確認しているんだが」
「5人」
「今日申し込まれたのが5人の1チーム、俺たちのチームも合わせて合計10人だ。」
現状2チームの10人。アオハル杯の開催が知れ渡ったのが今日だったから妥当な人数、むしろ初日に5人が申し込んでくれたことを喜ぶべきだろう。このまま多くのウマ娘が参加してくれれば嬉しいのだが
「ブルボンから誘える友人はいるか?」
「友人…、ファルコンさんとスズカさんはどうでしょうか?」
「…デビュー前、…難しいな。」
スマートファルコンとサイレンススズカ、度々ブルボンと話しているところを見るウマ娘。どちらも史実で素晴らしいでは収まらない成績をあげている。その2人が参加すれば盛り上がりに一役買うと思うが参加することは難しい。
アオハル杯の問題としてデビュー前のウマ娘の参加がある。
デビュー前のウマ娘のほとんどは担当トレーナーがいない。トゥインクルシリーズではないといってもレースはレース、怪我のリスクは付きまとう。その怪我のリスクを減らすのがトレーナーなのだが全員にトレーナーにつけるのは不可能だ。万が一にもアオハル杯で怪我をしてトゥインクルシリーズに出れない、などあってはならない。
「クラスの中でもアオハル杯は話題になっています。」
「何よりだ。」
「ですので参加人数は直に増えると推測します。それよりマスターは早く帰宅し寝るべきです。ステータス『寝不足』が続いています。」
「…」
図星により言葉が詰まる。ここ最近は年度はじめにアオハル杯の準備が重なり余り寝ていなかった。バレないように最低でも3時間は寝ていたのだが。しかしまだすべき仕事が残っている。
「もしまだ仕事するというのなら」
「いうのなら?」
「そのパソコンに触れます。」
「それだけはやめてくれ。」
それを引き合いに出されるとこっちの完敗だ。ブルボンは触れた機械を壊してしまうためもしパソコンに触れたら十中八九壊れるだろう。ハードウェアにとどまればよいがソフトウェアやデータまで破損するわけには行かない。
ブルボンも冗談で言ってあるだろうが脅しをかけるのは相当心配してくれているのだろう。担当ウマ娘にいらぬ心労をかけるのはトレーナーとして2流だろう。そう考えそそくさ仕事道具を片付ける。
「マスター。」
片付けの最中ブルボンから話しかけられる。
「あなたはマスター。たったひとりのとても大切なマスターです。」
宣言のような言葉をミホノブルボンはこちらを純真無垢な目で見つめながら発した。その言葉にはどんな意味が籠もり、その青い目には何が映って何を思っているかわからない。ただ俺はそれに応えれるように帰宅の準備を続けるのだった。
「持ち帰り仕事は禁止です。」
「…」
今日のブルボンには全てに置いて敵わない気がした。
小説書くの難しい、舐めてました