転生ゆうむす、あと三年   作:多部キャノン

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自己肯定感がヤバめな女の子が
努力と根性とちょっぴりの知恵で戦いぬいて
最終的になんやかんや幸せを掴む話がみたいみたいみたい


第一章
第一話 終わりの言葉、始まりの試し


★★★

 

一人の少女と、一人の中年男性が向かい合っていた。

 

ぼさついた茶髪に無精ひげをたくわえた男マルティロは、普段の酒にゆるんだ表情とは打って変わった真剣な眼差しで、投げ渡した刀を持つ少女を見下ろし。

両手のひらに刀を抱えた少女は、緊張と困惑の入り混じった表情で彼を見上げている。

 

少女の名は、アッセロ。

 

見上げるその顔は、まだ幼さを残しながらも十四という年齢以上に大人びた整った作りで、しかし今は紅玉色の瞳が所在なさげに僅か揺れており。

髪は艷やかな黒曜色に染まり、編み込まれた後ろ髪が華奢な右肩に乗せられている。

服装は黒を基調としつつ赤を差し色とした上着とスカートに、黒いタイツ、茶色のブーツと、彼女の内向性を表すように露出を避けたものだ。

身体は極端な凹凸は無いにしろ成長期の起伏を感じさせるもので、目にした大抵の者が、将来彼女が十分、美女と表現すべき存在へと成長を遂げると疑うことがないだろう。

 

 

『────今から三年後、世界を絶対なる災厄が覆います。

そして、勇者アイゼンの娘、アッセロ。

抗う力を持たぬあなたは、確実に命を落とすこととなるでしょう』

 

この日、十四の誕生日に『神託』と呼ばれる超常の予言を受けた彼女は。

年が離れながら唯一頼れる可能性がある友人の、マルティロに相談する。

 

 

「あの、名指しで死刑宣告受けた……」と。

 

 

彼女の父、勇者アイゼンの知己を名乗りながら、古傷により村で特に何かをする様子も見せずブラブラしていた彼も。

これまでただ平和に暮らしていた少女が、強くなって旅に出て、災厄をなんとかしたいなどと言い出したなら、さすがに顔を引き締めざるを得なかった。

 

そうして今。

マルティロはスペースが有り人目も無い、ということで移動した少女の家の庭で、鋭い眼差しのまま告げる。

 

渡した刀で、この場で殺す気で自分と戦え、それでなんの資質も見られなかったら何も教えない……

それどころか、何が何でも絶対に旅になど出さない、と。

 

その理由は一つ、危険すぎるからだ。

 

 

アッセロは神託を信じず、気楽に構えているというわけではない。

かつて彼女と同じように神託を受け、巨悪を討ち滅ぼしたとされる偉大なる勇者アイゼン。

そんな彼の影響からか神託を悪事に利用する者も増え、信憑性すら危ぶまれる昨今にあって。

人に任せたりせずなんとか自分で解決したい、と彼女は言った。

 

────落ち着きすぎだし、話が早すぎだ、とマルティロは思う。

 

(三年で死ぬって言われてんだぞっ……)

 

大抵の人間は死の運命を告げられ、その対策の具体性も無いという状況に追い込まれたなら、もっと取り乱したり絶望に叫んだりしそうなものだ。

ましてや、この年頃の娘が三年と短い余命を告げられたならなおさら、自暴自棄にすらなっていてもおかしくはない。

まさかこの箱入り娘に、"一度死の淵を見てきた経験"などがあるわけでもあるまいに。

 

そうなると考えられるのは、信じてこそいるがまだその実感がおぼつかない、ふわふわとした感覚のままでいる、ということ。

そして、もしそうだとするならば。

そんな芯の入らない心のままに旅に出るということは、危険だとかいう話以前、ただの自殺行為に他ならない。

 

ならば、止めなければならないだろう。

マルティロとしては、この試験は半ば形だけのもので、アッセロがよほどの才覚を見せなければ、頑なに旅立ちを止めるつもりだった。

たとえ神託が本物であったとしても、生半可な覚悟の一般人以下の小娘を旅に出すよりは、他の手段を探したほうがよほど良い、と諭すべきだと考えていた。

 

 

「よ、よし……っ」

 

慣れない手付きで刀を鞘から取り出し、柄を握り構えるアッセロを見て、マルティロは内心安堵する。

 

案の定というべきか、手に取ったときに重さにグラつきかけた体幹から見ても、おっかなびっくりというべきな不確かな握り方一つを見ても。

彼女がこれまで真剣を手に秘密の猛特訓を積んでいた、というわけでもなさそうだったからだ。

これなら気兼ねなく不合格の烙印を押すことが出来るだろう。

 

と、この時点で半ば結論は出ていたが、とりあえずアッセロにも納得はさせる必要がある、とボリボリ頭を掻きながらマルティロは伝える。

 

「あ~、じゃあ開始だ。こっちからは手出さねえから、どこからでもかかってこい。……一応言っとくが、遠慮すんじゃねえぞ? 今の俺でもガキ一人の刀を受けるぐらいなんてことねえ」

「……む、分かった。私だってここで止まるわけには行かないから。全力で行くよ、マルティロ」

 

言葉とともに、早速。

アッセロはその剣戟をマルティロに繰り出した。

 

 

------------

 

 

「ふっ……せぇいぁっ!」

 

(ほう……)

 

 

初めにマルティロが抱いた感想は、存外悪くない、というものだった。

 

時折目に入った村の子供たちの修行の様子を真似たか、自分で考えたものか。

アッセロが取る若々しい、刀を突き出すような構えはもちろん斬りも突きも、まだまだぎこちない素人のもの。

 

しかし、そんな中でも出来る限り背筋を伸ばし、腕だけでなく腹筋や腰といった部位も使って振ろうと努力する様は伺える。

単調にならないよう何度かフェイントを使って当てに来たりと、手を変え品を変えな工夫も見られた。

何より、仮に修行をしていたとしても多くのものが陥りがちな、『突然手にした真剣に臆して身体を動かせない』などという事象とも無縁のようだ。

……マルティロの急所や動かない右腕などは意図して狙わないという、"余計"な心遣いも持ち合わせてはいたが。

 

さすがに、如何に過去の怪我で身体機能が大きく低下しているとはいえ、実戦経験を持つ上防御に専念したマルティロに刃を届けることは叶わない。

ただ、初見でこの動きが出来るならば、順当に育てば一流どころの剣士となる可能性は十分にある、という印象を受けた。

 

……だが。

 

 

「────まだ、足りねえな」

「とっわっ……! むぐ……!」

 

ぎぃん、と強めに刀を弾くと、アッセロはたたらを踏んだ。

そのまま息を切らす彼女を見ながら、マルティロは冷徹に評価を下す。

 

確かに彼女が振るう刀は彼女なりの才覚も見られる、行儀の良い太刀筋だ。

彼女の目的がただ強くなることだけだったならば、何の問題もなく伸ばせただろう。

 

しかし、彼女にこれから降りかかる苦難は、神託によって告げられた災厄。

神託が本物だとしたならば、彼女が行く先はそれこそ勇者アイゼンが辿った道筋か、それ以上に苛烈なものになりかねない。

故に、勇者アイゼンほどとは言わなくとも、それに準ずるだけの何かを、アッセロは今この場で見せる必要があったのだ。

 

ならば、もういいだろう。

今の自分の身体では、仮に共に行くにしろ、旅に付いていくのが精一杯だ。

強靭な魔物を相手に長時間の戦いなどとても無理であることを、マルティロはとうに悟っている。

降りかかる苦難から守りきれる確証も当然無い以上、彼女を旅に出すのはやはりリスクが勝ちすぎた。

 

……彼女がもし、ここ最近になり発見され出したあの『妙な力』に目覚めていたなら、もしかしたら話も別だったかも知れないが。

少なくともこれまでの様子を見る限り、彼女にあの力の適性は無い、と考えていいだろう。

 

無論、神託に対して何も手を打たないわけではない。

落とし所としては、最低限の自衛が出来る程度に教えてやるとして、本格的な解決はやはり別の手段から探すべきと諭す方向になるか。

 

そう、内心で結論付けたマルティロは、最後の区切りをつけてやることにした。

 

「────よし、次が最後だ。悔いが残らねえように、思いっきり好きに振れ」

「最後って……! ……いや……うん、分かった」

 

時折、年齢不相応に(さと)い面を見せる彼女には、ある程度マルティロの意図が伝わったのだろう。

覚悟を決めたかのように神妙に頷いた彼女は、先程までと同じ構えを取り、ゆっくりと近づく。

 

その動きはさながら、この刀を振るう時間との別れそのものを惜しんでいるかのような緩慢な速度だった。

そうして、彼女の人生という道行きを決めるかも知れない、その最後の剣戟をこれまで以上の気合をもって振るおうとした────

 

 

────と、その時だった。

 

 

「……ん……あれ? 待って、そういえば……」

 

と、アッセロは突如、なにかに気づいたかのように小声で呟く。

 

なんだ、と訝しがるマルティロも置き去りにして、彼女はそのまま自分に向けるように言葉を続けた。

 

「ああ、そうだ……マルティロからは手出さないって分かってるんだから……こんなんじゃなくて……そうだ、そうだ……! バカみたいだ、なんでやらなかったんだろう……"私にはアレしかなかったのに"!」

「…………?」

 

まるで紡がれる言葉に引きずられるように、彼女が纏う雰囲気が変わっていくことをマルティロは知覚する。

ただ、彼女の言葉が意味するところまでは分かるはずもない。

そうしてただ、困惑を深めるマルティロに。

 

俯きながら思考にふけっていたアッセロは、ガバっと面をあげると。

急激にこざっぱりした顔で口を開いた。

 

「……ごめん、ほんとごめん!! マルティロ。この戦いの今まで、全部無しで!!」

「はぁあぁ!?」

 

当然、マルティロは訳がわからない。

そもそも事実として実力を見せた以上、無かったことにするなど傍若無人な真似許すわけが────

と、そのような言葉を返そうとして、これまでと打って変わったアッセロの力強い表情を前に。

開きかけた口を閉ざす。

 

「────今度こそ、『思いっきり好きに振るう』」

 

そう言いながら、アッセロはスタスタと庭の"とある一点"を目指して進み、その場所で立ち止まると。

何事かとそんな彼女に着いて前に立ったマルティロを、何の迷いもない顔で見据えた。

 

そして、今度は防御だの、反撃に備えるだの、村の子供がやっていた基本の型通りだのといった余計な思考に囚われることも無く。

 

まるではじめからこうあるべきと決まっていたように、すぅっとなめらかに、欠片の逡巡も淀みも見せず。

 

たった一つの、構えを取った。

 

 

「────なっに……!?」

 

……構えを見たマルティロは、今度こそ我が目を疑いながら見開き、驚愕の声を漏らす。

 

 

よく真似ている、だの似てる、だのという次元の話ではない。

 

柄を力強く握った右手とは対照的に、ふわっと柔らかく開かれた左手を柄に添えながら、刀を大上段に掲げる独特の構え。

シンプルでいてどこまでも真っ直ぐに、ブレること無く在るその堂々たる立ち姿。

 

決して折れず、決して砕けず。

そんな、芯の入った鋼の如くと例えられたこともある姿は、彼が知る男……すなわち、勇者アイゼンが最も得意とした構え。

それと寸分の狂いも無い、"全く同じ物"であったのだから。

 

この構えに至るまでの、儚さも危うさも弱々しさも、微塵も見せないその体勢のまま。

勇者の娘、アッセロはやはり迷うこと無く、未だ混乱覚めやらぬマルティロに向け、刀を振り下ろす。

 

「────────は、あぁっ!!」

 

元より握られていた右手の力、振り下ろすその瞬間握り込まれた左手の力。

その力を十全に乗せた鋼はゴォッ、という力強い轟音をもたらし。

今はもう喪われたはずの、この世界に、確かに生きた冒険者の。

 

勇者の一太刀を、繰り出した。

 

一筋の光のように流麗に。

振り下ろされたその軌跡は、とっさに構えたマルティロの剣を。

技巧も何も挟む間もなく、断ち切ったのだった。

 

 

★★★

 

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