転生ゆうむす、あと三年   作:多部キャノン

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第十一話 一念、鋼が通す

 

────お前、何しにココに来タんダぁ!!?

 

 

きっかけは、いたぶられる私に向けられた、メナトロールのこの言葉だった。

 

メナトロールの罠にかけられて、頼るなと言われていた付け焼き刃の新技でモノの見事に失敗して。

激痛と恐怖でまともに身体も動かせないままゴブリンたちに削られ続ける。

もはや自分がどういう構えを取っているかもわからないぐらい朦朧としたまま、それでもなんとか本能レベルの反射で抵抗していた私を、悪意だけで煽ったはずのこの言葉。

 

それは、身体が跳ね上がるような衝撃とともに、自分でも不思議なほど胸にストンっと落ちてきて。

私は戦いながら深い思考に身を落とすことになった。

 

(そう、だ……私、どうして……なんのために、こんなこと、やっちゃってるんだろう……)

 

最初は、父の願い通り。

この先も平和に生きていけるために、三年後の災厄で死なない力を身につけようとした。

だから、私はあくまで父がもたらした平和な日常が好きなんだと、そう思っていた。

 

でも、そうだとしたら、本当に平和な日常だけが好きだったのだとしたら。

それが崩れさり自分も死ぬなんて災厄を示されて、その日のうちに前向きに動こうなんて出来るだろうか。

短い時間とはいえマルティロに課された拷問じみた鍛錬を完遂したり、当たり前のようにすぐの実戦に乗り出したり出来ただろうか。

そんな違和感は、レクタと出会ってメナトロールと戦うことになった後もずっと、ずっと自分の中にあって。

 

そして、心身ともにギリギリの苦境に追い込まれた今。

メナトロールに投げつけられた言葉が、よけいな理性やしがらみ無く、私の中に染み入った。

 

(あぁ……そっか、私は……最初から……)

 

 

やっとわかった。

 

 

何も出来なかった前世の私をカタチ作った、様々なマンガやWeb小説。

その素敵な世界の中で本当に憧れたのは、ヒーローに助けられて幸せを掴んだ人たちじゃない。

 

私は、人々を幸せにして回っていた、ヒーローの方になりたかった。

 

シンデレラじゃなくて、魔法使いに憧れた。

 

今まではそれに気づかず……いや、自分への自信の無さや、平和に生きてほしいという父の願いを理由に、蓋をしていた。

 

レクタを助けたときに思った、『あの日の私と同じだから』だとか。

一度助けた以上、最後まで彼女の問題を解決するべきだとか、全部、全部後付けの理屈だ。

私は出会った時点から、最後まで助け切ることを、心の底ではちゃんと決めていたんだ。

 

……今になって思えば、最初からそうだった。

初めてこの災厄の神託を聞かされて家から出たあの日、私を見たおじさんがすごい顔をしていた理由も今なら分かる。

 

だって、あの日。

ずっと大事にしていた平和という幸せが崩れて、三年後に死ぬなんてひどい現実を告げられた最悪の日だと、しょうがないと家を出たはずなのに。

 

本当は、あの日あのとき、私は。

 

 

────────笑ってた。

 

 

(…………あぁ)

 

ミスったなあ、惜しいなあ……やらかしたなあ。

 

もっと早くこの気持ちに気付けていたら。

この年齢になる頃にはもっとずっと強くなったり、それこそ父と一緒に旅に出たり出来たかもしれない。

ただ、それを悔いていても仕方ない、今はやるべきこと……本当にやりたかったことをするだけだ、と。

 

そう、改めて目の前の状況に意識を戻す。

 

 

「────────っ」

 

驚いた。

うっかり声が出そうになった。

 

あれほど朦朧としていた視界は、初めて景色に色がついたと錯覚しそうなぐらい鮮明に映り。

これまではノイズまみれの世界で生きていたんじゃないかと思えるぐらい、周囲の音がクリアに聞こえ始める。

 

この世界で私が本当に求めた幸せが定まったことで、初めて世界と噛み合ったような、世界に受け入れられたような。

そんな、これまで感じたことのない万能感が身体を包んだ。

一時的な高揚によるものか、さっきまでの呼吸すらままならなかった苦痛も、和らいでいるようにすら思える。

 

こうして晴れ渡った思考で現状を見直したとき、私は思った。

 

 

────あれ、今のこの状況ってチャンスなのでは? っと。

 

 

メナトロールと対峙することも出来ず、ゴブリンにいたぶられているという、誰が見てもそうと分かる苦境。

ただ、指示のせいか私の反撃を警戒してか、ゴブリンはなかなか致命的な一撃を放つ様子を見せない。

先程までならともかく、思考が一気に拓けて落ち着いた今なら、ゴブリンの動きもよく見える。

 

(…………なら)

 

「ギギィッハァ!!」

 

側面から膝を壊そうと、棍棒が振りかぶられたのを視界の端に収めた私は、ちょっぴりだけ身体の向きをずらし、当たる瞬間にわずか脚を上げ、固いスネで受ける。

 

(大丈夫……いや、痛いは痛い! ……けど、これならっ……!)

 

そんな風に出来るだけ少ない動きで致命傷を避けながら。

 

(────ここっ!)

 

刀が届きやすい位置で隙を晒したゴブリンは、ギリギリのいっぱいいっぱい、という動きを装い倒すことで数を減らす。

今ので、最初に倒したトロールから数えて4体目。

この、無力で必死な少女の演技をメナトロールに悟られないよう繰り返して全滅させられれば、もう一度メナトロールと戦うことも出来る、と。

 

……もちろん、こんなことを続けていて、悪意に聡いメナトロールに最後までバレないとは思えない。

あと一体、良くてニ体倒したぐらいで違和感を覚えられるだろうし、そのまま一斉にかかられる可能性も高い。

だから、そのギリギリのところを見極めて出来るだけ一気に……特に、鉱病にかかったメナゴブリンだけは先に倒しておきたい。

 

「…………っ!」

 

そう考え、顔を伏せながらの横目でメナゴブリンを探した私の背中に、再び緊張の汗が流れる。

残ったゴブリンが振るう粗雑で殺傷力の低い武器とは違う、精巧なナイフをむき出しの悪意で覆ったメナゴブリンが、私の背中に回り込むのが見えたからだ。

対応を間違えれば、致命傷は確実。

そして無力な演技を投げ捨て、全力での対応が成功したとしても。

残ったゴブリンと激昂したメナトロール、どちらも相手にすることは避けられないだろう。

 

(仕方ない……やるしか、ない……! 怖いけど集中、集中っ……!)

 

そう、背後のメナゴブリンの気配に全力で意識を割いたのと同時。

 

 

私の後ろで怯えていたはずの少女の、地を震わすような叫びと、メナゴブリンの断末魔が響き渡った。

 

 

(────────ここ、だっ!!)

 

最高の機会をくれたレクタの勇気に応えるために、溜まっていた鬱憤を晴らすために。

私は、この世界に来て一番激しく、軽やかに。

飛び跳ねたのだった。

 

 

そして、今。

 

 

「────きさ、キサ、マ、キサマラ……ッッ! 一体、何をッ…………!!」

 

いまだ混乱冷めやまぬ、一体残ったメナトロールのもとへ。

私は歩みながら、内なる熱を放出するような想いで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「メナトロール……あなたは言ったよね。『なんだキサマは』って。『何しにきたんだ』とも言った。だから、両方いっぺんに答えるね」

 

 

紡ぐ言葉は、"私自身"。

この世界で、今この時になって。

初めて地に足をつけられた一人の少女を、メナトロールだけでなく、世界に見せつけるように高らかに。

 

 

自分が……アッセロが何者であるかを、宣言した。

 

 

「私はあなたを倒して、レクタも村も救って。……もっともっと強くなって、三年後の災厄だって止めてみせる……! そんな、超っ! カッコイイヒーローに、なりに来たんだッッ!!!」

 

 

★★★

 

 

「鋼ぇっ、一刀ォッ!!」

「ぐゥ、うオぉ────ッ!?」

 

気焔とともに打ち込まれた、最初の接敵から数えて二度目となる大上段をかろうじて受けたメナトロールは、殺しきれなかった衝撃にうめき声をあげる。

 

これを出させてはまずい、と頭では分かっており、実際一度少女に痛撃を与えたような大振りではない、小さく堅実な攻撃に終始していたメナトロール。

にもかかわらずこの大上段を使わせ、受けてしまった理由……自分の背後から感じる刺すような重圧に、悪意とともに張り付いていた余裕は完全に崩れていた。

 

(クソ、クソっ! あの、ガきがッ……!!)

 

重圧の主は、彼自身が恐怖を与え追い詰め続け……この場の誰もが予想しなかった形で爆発した村の少女、レクタ。

復活したアッセロに一度寄っていき、一言二言何かをボソボソ吹き込まれた彼女は今。

常に戦っているアッセロの対角線上……つまり、執拗にメナトロールの背後に位置するポジションを取り続けていた。

もちろん、メナゴブリンを一撃で仕留めたナイフは手に持ったままで、だ。

 

 

その脅威を、先程の雄叫びとあわせて肌で感じ取ったメナトロールは必然、目の前のアッセロだけに集中して戦うことが出来ず。

そしてうかつに背後に気を回せば、即座に最も危険な大上段が飛んでくる、そんな状況に陥らされていた。

 

一体どうしてこうなった、とメナトロールは歯噛みする。

 

思えば、最初の大上段を受けた時からだ。

あれを受けたあと、メナトロールは何の迷いもなく突きを打たせる罠を戦術とすることを選び。

そして、罠が成功したあとは彼女のもとに寄ろうとして……そして溺れそうな恐怖と苦痛の中、未だ刀を落とさず向けられる彼女の視線に、足を止めさせられた。

 

本来の『恐怖を与え、その表情を観察する』という幸福を追求するならば、特等席で見られる近接戦を続ければ良かったし、事実今まではそうしてきたのだ。

 

(あの場で、詰めラレてイたらッ……! なゼっ、オレはゴブリンなどにトドめを刺さセようとッ……!!)

 

窮地に陥った今、思考を回したメナトロールは自分が最も大事にしていたものに対し、"ブレ"ていたことを自覚し。

そして、そのブレをもたらしたものを必死で探る。

 

(そうダ、なぜといえバこの目の前のガキッ……! こイつが、こいツが一番わけがわカらないんだッ!!)

 

「ゼェーッ、ゼェーッ! かひゅっ、ふぅ、ハァアアッッ!!」

「グゥゥ……こ、ノ……ッッ!」

 

最もメナトロールを混乱させたものは、今も甚大なダメージを抱えながら、どういうわけか開戦当初を超える剣戟で抗い続ける少女、アッセロだ。

罠にはめ、一撃を食らわせるまでの時点では大上段にさえ気をつければ問題ない、格下の素人。

事実、恐怖という感情に人一倍の執着を持つメナトロールは、彼女が感じていたそれが演技でない芯からのものであることは、今でも間違いなかったと確信している。

なのに、そんな状況から勝手に復活しては晴れ晴れと……苦痛の中に一種の楽しさすら混じえ、キレの増した刀を振るう彼女は、すでにメナトロールの理解を外れつつあった。

 

わからない、わからない。

わからないものは……気持ち悪い。

そして、気持ち悪いものは────

 

「────グゥォォッッ!!」

 

脳裏に浮かびかけた"とある言葉"を、無理やり噛み潰すように唸ると。

彼は自身の悪意を愉悦でなく、勝利のために働かせる。

 

メナトロールが考える、最も勝利に必要なものとは、相手が一番嫌がることを見抜く力だ。

その意味で、目の前の少女が選んだ戦い方……自身のダメージも深い状態で無理をせず、基本的には防御や牽制に専念しておきながら。

時折ちらりとメナトロールの背後に目配せし奇襲を匂わせては、動揺や隙に大上段を狙うという戦術は、彼からしても忌々しいほど有効なものといえた。

 

(なら、ソのくダらン小細工を命取リにサせてやる!!)

 

そこでメナトロールが目をつけたのは、先ほどアッセロが切った啖呵「レクタを救ってヒーローになる」だ。

彼女が開戦当初からレクタを守る立ち位置を続けていたこと、そしてこの戦いに臨んだ理由も考えると、レクタが心の拠り所の一つなことは間違いない。

 

ならば、決めた。

 

目の前の少女に全力を使うフリをして、レクタの奇襲を誘い。

その瞬間、渾身のフルスイングを後ろに向かって放ってやる。

チャチなナイフでの防御など通用しない、当たれば村の少女など確実にミンチになる一撃だ。

当然、後ろに攻撃した瞬間大上段が飛んでくるだろうが、来ると分かっている攻撃なら、寸前で身体をずらすなりすればなんとか耐えられる公算は高い。

それに、先にレクタを肉塊に変えてやれば、このヒーロー気取りの心も乱れ、ブレた太刀筋になることは想像に難くない。

 

……いける。

 

「ゴァァァァアァッッッ!!」

「────ッ!?」

 

じわじわと神経を削られる戦いに()れ、激昂し勝負を急いだ。

誰もがそう捉えるような、事実確かに覚えていた強い怒りを乗せた咆哮とともに、メナトロールは猛攻を仕掛けた。

目の前の少女を叩き潰すことが全てと見せかけながら、頭の中では冷徹に勝機を伺う。

 

────来い。

 

あと一つ、懸念点があるとすれば、レクタが実際にこの命を張った奇襲が出来るか、ということ。

常識で考えれば体躯も実力もはるかに劣る、戦闘経験も皆無の人間の子どもが出来るようなことではない。

しかし、メナゴブリンを仕留めたときのあの凄まじい気迫。

あの狂乱は、自分に対しても変わらず行使されるのは間違いない、とメナトロールは予測していた。

 

────まだか。

 

あいつは、ヤる。

あのガキは、ヤりに来れるやつだ。

 

なら、なんとしてもその蛮勇の代償を支払わせてやる、と。

全身に固く力を入れながら、猛然と攻め込みながら。

彼は、その時を待ち続けた。

 

 

…………そして。

 

 

「────────今ッッッ!!」

 

 

これ以上攻め込ませたらアッセロ自身が持たない……そんなギリギリの際になって、彼女は満を持して大声で合図を送り。

 

「カァアアァアァァッッッッ!!!」

 

集中しきっていたメナトロールは、自分でも信じがたいほどの反応速度でその巨腕を全力で後ろに振る。

 

 

「────────アッ……?」

 

 

その勢いのまま回転したメナトロールは、高速で回る世界の中。

 

目標にしていた少女レクタが、ナイフが届くはずもないはるか後方にいるのを目撃し。

 

 

(??????)

 

 

空振った腕の振りに引かれ、身体が再び正面に戻ると。

 

すでに大上段の振りに入っていた少女に、目で語りかけられた。

 

 

────────やらせるわけ、無いだろう、と。

 

 

「鋼ぇっ、一刀ッッ!!」

 

 

------------

 

 

「ゴ、バ、ガ、グゥ……ッッ!!」

 

生存本能によるものか、あるいは偶然の奇跡か。

想定外の空振りで泳いだ腕の振りは、勢いが流れるまま無意識レベルですでにニ度、命を守った構えへと吸い込まれ。

間一髪で挟まれた棍棒は、アッセロが振るう鋼一刀の直撃を防いだ。

 

しかし、不十分な体勢により受けきれなかった一撃の余波は、メナトロールの胸元から腹にかけて大きく切り込みをいれ、浅くないダメージを与える。

 

「ガァァァァアッッ!!!」

「ぐ、ぁっうぅっ!!」

 

その激痛を自覚すると同時、メナトロールは棍棒を使った攻撃ではない、必死で何かを振り払うような粗雑な動きで腕を振るった。

これまでなかった動きということもあり、鋼一刀を振るった直後のアッセロの顔は弾かれ、華奢な身体は地面を転がる。

見た目の勢いこそあれ、ほとんど体重も力も入っていない手なりで弾かれただけのそれは、大きな傷にはなりえない。

 

……だが。

 

「がっ……げ、っほ! がふっぐっ、ぅうぅっ!」

 

転がるも立ち上がった少女は、弾かれた顔ではなく、横腹を抑えながら血を吐く。

高揚感で一時的に麻痺……というより無視出来ていた肋骨あるいは内臓へのダメージが、地面に転がされた衝撃で再び牙を剥き始めたためだ。

 

「グゥゥウ……! ────っ、ググ、ふ、フッ……!」

 

その様を見て、作戦の失敗と負ったダメージによって正気を失いかけていたメナトロールに、勝利への光明が差し込む。

 

そうだ、今の攻防で仕留めきりたかったのは、すでにボロボロのこの女も同じ。

そういう作戦だったのだろう、もはやレクタの手出しも気にする必要はない。

自分と同じかそれ以上のダメージを抱えたこの女を、このまま押し込んで仕留められれば。

この気持ち悪い……そして"──い"女との戦いもようやく終わる、と。

 

そう、何かに急き立てられるようにメナトロールは間合いに向け一歩、踏み出す。

 

 

「…………ふへっ」

 

すると、突如。

 

心の底から安心したとでも言うように、目の前の少女が笑ったかと思うと。

そのまま、糸が切れたように前のめりで倒れるという光景を目の当たりにした。

 

「……ッ」

 

一瞬、状況が理解できず固まる、が。

それに遅れついに、ついに忌々しい女が力尽きた、とメナトロールの心中を歓喜が満たそうとし────。

 

 

「────アッセロッッ!!」

 

同時に、少女の名を呼ぶ聞き慣れない男の声と、どかどかと続く複数の足音が耳に入った。

 

「ナ、にッ……!?」

 

複数の足音の正体は、彼が恐怖で押さえつけ、縛り付けていたはずの村人たちのもの。

ナイフ、弓、農具……彼らが皆、一様に思い思いの武装をしていたこと。

そして、先頭を行く見知らぬ男が少女の名を口にしたことでメナトロールは事態を理解し、怒りと憎悪に顔を歪める。

 

(別働隊……こコで増援だトッ……!? 村のトロール共はやラれた……!? このガキは、こレを見た安堵デ気絶シたのか……!!)

 

そうして突きつけられたのは、メナトロールにとって勝利への条件が全てひっくり返されたような、絶望的な状況。

 

 

(…………だガっ、まダだッ!!)

 

しかし、どこまでも生にしがみつく悪意の権化の本能は。

この期に及んでなお、確かな勝機を見出していた。

 

(先頭の中年男……! どうヤってカス共を焚き付けタか知らンが、見るかラにフラふラだ……! トロールに手一杯だったラしイあいツが中心なら、ちょうドいい!

即刻アいつ一人をくビり殺し、カス共の希望を絶てばもう一度……いや、今まで以上の恐怖で押さえツケられる、それデ今度コそ終わりだッッ!!)

 

ゴブリンだのトロールだのはまたいくらでも増やせばいい。

この"恐怖"という絶対の武器さえ持ち続けられたなら。

自分の幸福が崩れさることは、決してない、と。

 

 

「────────ゴォォォオオオオアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 

即断、速攻。

 

心の底からの恐怖を与えんがための、身体に残った最後の力を振り絞った咆哮。

それとともに、村人たちと彼らを率いる先頭の男へと行進する。

負ったダメージのせいで全力で走ることは出来ないが、地面を揺らしながら確実に歩を進める姿は、十分すぎる圧力を伴う。

 

「────ヒィッッ!?」

 

 

一歩、二歩、踏み抜くような力強さで迫る異形は、その時確かに、村人の誰かが漏らした悲鳴を聴き。

 

自分が取った最後の選択の正しさを確信する……と、同時。

 

足元に一筋の棒のような黒いもの……遅れて、ようやく影だと認識できたそれが差すのを目のあたりにする。

 

 

(あ……っ? なんデ、影……?)

 

 

ふっ、と、不思議とほとんど思考を介さないままに。

 

ごく当たり前のように振り向いてしまったメナトロールは……

四つ、理解した。

 

 

その影が、天へと掲げられた刀のものであることを。

 

刀を振り上げたのが、待ち望んだ援軍を見て、ついに力尽きたばかりのはずの、少女であることを。

 

倒れたのは『限界を迎えて終わった駒』と見せるためで……彼女はどこまでも、大上段を自分にぶち込むことしか考えていないということを。

 

……そして、彼女と戦い、初めて大上段を受けてから、ずっと。

じわじわと自身の脳裏を侵食していた、感情の正体。

 

それが…………"恐怖"であったということを。

 

 

「ぁぁっ、がぁ、ねえぇぇ……!!」

 

すでに目の焦点もあっていない血まみれの姿で。

幾度防がれようともなお信じた技名を、呪詛のように口から漏らす半死半生のナニカを前に。

 

 

(化ケ……物ッ……!?)

 

 

メナトロールの正気は、今度こそ吹き飛んだ。

 

 

「ヒッ……ヒィィィイイイイイッッ!!? ウアアァァアァアアアッッッ!!!!」

 

 

それでも、それでもなお。

メナトロールは震えが止まらない腕をこびりついた生存本能で振り上げ、棍棒を頭の上に掲げる。

 

今度もまた主の命を救うために差し込まれる、すでに三度、鋼一刀を防いだ悪意の具現に。

 

 

────四度目は、無かった。

 

 

「一ッ刀ォォォォオォッッッ!!!」

 

「ギィィィィアァァアァァァァ!!!???」

 

地の底から響き渡るような断末魔とともに。

 

積み重なった衝撃に耐えきれなかった棍棒ごと、体内に仕込まれた胸当てごと、アッセロの大上段はメナトロールに終わりを突きたて。

悪意と恐怖を振りまき生きた異形は、恐怖を抱いたまま、沈んだ。

 

 

「────────っ」

 

それを見届ける、と同時。

ガグンッと身体が揺れたのを、アッセロは刀を地面に突き刺し無理やり耐える。

 

「おいアッセロ、無事か!?」

「アッセロさんっ!!」

 

そんな彼女の元へ駆けつけてくるマルティロとレクタ。

彼らを見たアッセロは薄く笑い……そして、続けた。

 

「マル、ティロ……げほっ、無事で、よかっ、た」

 

そして。

 

「そっちは、どう? 異変っ、とか、なかっ、た……? "敵、あと、何人いそう"……?」

 

「────っ」

「お前……っ」

 

息も絶え絶えなままのアッセロが口にした質問に、レクタは絶句し……マルティロは一つ、理解した。

 

アッセロが考えていたのは、最初からずっと変わらない。

メナトロールに鋼一刀を打ち込むことでも、魔物を倒すことでもなく……どこまでもレクタを、村を救うことだけだということを。

もし、仮に敵が残っていると返されたり、それこそメナトロールがこの場にもう一体現れたとしたら。

彼女は再び救うための刀を、躊躇なく手に取るだろう、ということを。

 

…………だから。

 

「…………いねぇよ、もう敵なんて。戦いは終わりだ。…………お前の、勝ちだ」

「そうだよ! アッセロさんもういい! ううん、もし敵が出ても今度はあたしたちが戦うから! だからもう、立たないでいい……休んで……っ!」

 

それぞれがかけた言葉に、アッセロは少し驚いたように目を丸くし、力なくつぶやく。

 

「……ん、へへ……それ、なら……安心、かな……ごめん、マルティロ……後のこと、ちょっと、お願いできる……?」

 

彼女の言葉に短く「ああ」とだけ返したマルティロと、涙目でアッセロを心配し、見上げるレクタに最後に笑いかけると。

 

 

「────────寝ぅ」

 

 

そう言い残し、彼女は今度こそ全身の力を抜いた。

 

崩れ落ちる前に手で支えたマルティロは、安心しきったように腕の中で目を閉じた少女をしばらく見て。

ため息とともに笑い……天を仰いだ。

 

 

「…………よぉ、どこかで見てるかよ、アイゼン。……おめぇ、よくこんなやつを今まで大人しくさせてたもんだな」

 

彼が今、想起したのはかつて共にあった……民に勇者と呼ばれながら、時には化け物のように敵に恐れられていた、一人の男。

思えば、アイゼンに限らず強大な魔物相手に結果を出せていたものは、"そういう"共通点があったもんだな、と彼は息をつく。

 

 

「お前の娘も、ちゃんと化け物やってるぜ」

 

 

そんな彼の言葉が、もはや耳に入るはずもなく。

 

今も童女のような無垢な表情で少女はただ、眠りこける。

 

 

そして今日、この日。

 

イドナ村から、魔物の脅威は消え去った。

 

 

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