「………………フフゥー、フフゥー」
明らかに疲労を感じさせる様子で座り込むルブラさんと、その周りに立つ私と、合流してきたマルティロとフラウデさん。
御者の人がここから少し離れた位置にいるのは、魔物がいる遺跡には近づきがたいが、一人で馬車で待つのも怖い、という考えだろうか。
「それで……その、"これ"は結局何だったの……?」
素顔が見えない程度に兜を上にずらし、死ぬほど暑そうにパタパタと手であおぐルブラさんのことも大変気になりはしたが。
目下の緊急性が高いだろう事案は、このカラコ種の魔物が使ってきた謎の兵器だ。
彼らが人間から奪った剣や道具を使うという情報は聞いていたが、謎の文様が刻まれたこの大筒は段違いで強力だった。
正直、この世界で今まで見てきたモノと比べても、"浮いている"という違和感すら覚える。
「それは────」
「それは
「流物……?」
いつものように説明しようとしてくれたマルティロを、フラウデさんの普段より力強い語調が引き継いだ。
聞き慣れない言葉をオウム返しした私に、フラウデさんは続ける。
「なぜそれがここにあるのか、誰がどうやって作ったのか。どういう理屈で機能しているのか。
誰にも判別がつかないながら、確かにこの世界にあるそれらは、ここでは無い"どこか"から流れ着いた物……流物と呼ばれています。
流物の数自体はそれほど多くありませんが……中には世界の均衡すら崩しかねない物もあると聞き及んでいます」
「そんなものが……」
「一応付け加えておくが、流物の大半は大した害も益も及ぼさない程度のものだ。
握ったら一時的に少し暖かくなる袋だとか、変な弱い光がついたと思ったらそれっきり動かなくなった板、てな具合でな。
だから今回使われたこの大筒は……相当の例外となるだろうな」
「…………」
マルティロの補足に、フラウデさんも難しい……というより苦そうな顔をして黙り込んだ。
が、気を取り直したように首を軽く振ると、彼女はもう一度力強く口を開く。
「仰るとおり、流物の多くはそのままでも問題が無いもの。
ですが先ほども言いました通り、中には使い方次第で世界を一変させかねないものがあるのも事実。
……今回遺跡に参ったのも、その……ここで流物らしきものが見つかった、という報告が入ったためで……」
「…………なに?」
おーなるほど、と特に疑問も無く納得していた私だったが、マルティロはそうではなかったらしい。
どうしたんだろう、と思う間もなく、彼は言葉に若干の険しさを乗せて返した。
「待ってくれ、フラウデさんよ。護衛の依頼として俺たちが受けたのは、王都に向かいつつ遺跡に寄る、というところまでだ。
……遺跡に流物があるかもしれないって情報が伏せられていて、今アッセロのやつに危険が及んだのは……こちらの情報精査が甘かったせいと目を瞑ってもいい。
だが、このさき流物の回収までを目的とするってのなら、話は全く変わってくるぞ」
「……マルティロ……」
「……っ、それは……」
私が小さく呟くと同時、座り込んでいたルブラさんから同じぐらい小さい、くぐもった声が上がるが、二人ともそれ以上何も言えなかった。
……まだ冒険者の流儀や依頼の正しい流れみたいなのは私にはよく分からない。
多分、一人だったならそのまま「よし、じゃあ張り切って流物の回収もがんばろう」なんて、無邪気な声を上げていた気がする。
だから正直なところを言うなら、そこまで
それに、深い関わりではないにしろ依頼を通して仲良くやれていた……と思っているフラウデさんを責めるような形になるのに、胸がきりきりするような痛みも覚える。
……でも、その上で多分、マルティロが言っていることは正しいと、私は信じられたからただ見守る選択を取った。
「……その、通りですね。申し訳ございません。
噂があるとはいえ、信憑性がかなり怪しいものだったこともあり、共有を怠りました。
……私の不徳のいたす限りです」
「フラウデ…………」
沈鬱な面持ちで頭を下げるフラウデさんに、言いたいことはあるけど言いづらい、そんな様子のルブラさんが声をかける。
(こ、この空気……きつい……戦ってる時のほうがよっぽど楽っ……)
「もちろん、流物があることが確定した以上、先程の大筒の分も含め、追加の報酬は用意いたします!
差し当たっては金銭はもちろん、見つかった流物の所有権についても────」
「────っ」
そう、フラウデさんからかけられた提案に。
そういえばこの大筒のような流物がどういうものなのかちゃんと見てないな、と意識を向けた直後。
ビリっと痺れが走るような、何かに見られている気配に、私は危機感を覚えた。
(どこ、だ……っ?)
「あそこだ……っ!」
首を振ってその出どころを探していると、言葉とともにルブラさんが指を差す。
そうしてみんなが視界を向けた先は、とある岩山の上。
堂々と私たちを見下ろしていたのは、成人男性かそれ以上の大きさを誇る、二足の狼だった。
体はしなやかに張り詰めた筋肉で覆われ、毛並みは荒々しくも滑らかに光を反射している。
特に目を引いたのが脚の筋肉で、強靭な太さを誇るそれは、いかにしてあの岩山を登ったのか、をあまりにも簡単に私たちに想像させるものだった。
「……ッ!」
旅に出てから見てきた魔物と比べても明らかに、と本能からの警鐘が鳴った私は、すぐに刀を抜いて構える。
「待て、まだ手を出すなアッセロ!!」
「ら、ライカン種……! なぜこんなところに……!」
「ぁ……ぅぅっ……」
そんな私の行動を、マルティロは鋭い口調で抑え。
フラウデさんはライカン種、と言うらしい魔物の名称をつぶやき、ルブラさんは明らかに狼狽した声を出した。
「ま、マルティロさんの言う通り……
ら、ライカン種は、こちらから手を出さなければみだりに襲うことは少ない……はずです。
っ、ふぅ、まずは一旦、刺激しないようゆっくりと……」
マルティロの言葉に同調したフラウデさんが、方策を私たちに共有し始めた、その時だ。
岩山の上にあった狼の姿がブレた、と思うと。
気づいたら私たちの中心に、当たり前のように立っていた。
「なっ……! ぃ、づっ!?」
次の瞬間には私は額に強烈な打撃を受け、地面を背中が撫でていた。
転がりながら見ると、立っていたみんながほぼ同時のタイミングで、ライカン種の暴風のような攻撃に弾かれている。
かろうじて反応し受けられたのはマルティロだけだ。
(く、そっ……!)
しかし護衛の依頼として受けた、フラウデさんたちにまで危害を及ばせた悔悟に、私は歯噛みする。
マルティロたちの発言と違い、積極的に襲ってきた理由はわからないが、こうなった以上覚悟を決めて戦うしかない。
「ぐっ……!」
見れば、フラウデさんも歯を食いしばった攻撃的な形相で、ふんわりとした服の懐に手を入れていた。
彼女にも何か手があるのかもしれないが、それを確認している暇はない、と。
私は、何故か攻撃の手を止め何かを探るようにスンスン、と鼻を鳴らすライカンの魔物に斬りかかろうとし。
(は、速っ……!?)
直後。
だぁんっ、と地面をえぐる勢いで跳躍した魔物が、再び崖の上に戻っていたのを目の当たりにする。
古さにより地盤が安定していないのかグラグラと地面が揺れるが、私たちはそんなことよりも、と目の前に迫る危機への対処に、全神経を注がされる羽目になった。
なぜなら、崖の上から見下ろす魔物がその手に持っていたのは、先程の奇襲と同時に私たちから奪った、大筒の流物で。
魔物は今まさに、それをこちらに向けようとしているところだったからだ。
「お前ら、散────」
そうマルティロが口を開くのと同時、私たち4人の中心の地面に向けられた、大筒の轟音が鳴り。
「っ……!!」
次の瞬間、私たちの足元から、"大地が消えた"。
------------
「……ん……んぅ、ぅっ……」
数時間か、あるいは数分かそこらか。
時間の感覚こそ全く無かったが、少しずつ意識が戻ってきた私は、まどろみのなか状況を考える。
────もぞもぞ、もぞもぞ。
ライカン種が使った大筒の流物により、古い地盤が崩れ、私は地中に落ちた。
思ったよりも広いスペースとなっている薄暗いそこは、おそらく遺跡の地下なのだろう。
身体は……最初に落ちた背中がちょっと痛い。
とはいえ、今のところ動けないようなものでは無さそうだ。
ただ、周りに話し声なども聞こえないことを考えると、私は一人な可能性が高い。
もしかしたら立ち位置的に、四人がバラバラに落ちた可能性もある。
────こしょこしょ、かさかさ。
ぼんやりとしていた思考が、こんな風に考えられるほど急速にはっきりしだしたのは、先程から腕をくすぐるようなナニかの感覚のせいだろう。
一体これはなんだろう、と。
ようやくその感覚に意識が向くほどの余裕ができた私は、特に考えなしに視線を回し────
「ッ!! ~~~~~~っっっっ!!!」
次の瞬間飛び跳ね起きた私は、無言のまま全力で両腕両脚をぶんぶんと振るった。
眠り娘を起こしてくれたのは、元の世界でも馴染みたくないが馴染みがある、黒くて小さくていっぱいいてよく動く
(最、悪っ……!)
ことさら虫の
ゴシゴシゴシ、と強く服をこすってその感触を上書きさせると、私の防衛本能は意識して別の、もっと大事なことに思考を回すことを選んだ。
(そう、だ……こんなことしてる場合じゃない……! みんなは、どうなってる……? おんなじように、落ちちゃった……!?)
あの場にいたのは私と、過去の怪我の影響が重く残るマルティロに。
あとはただでさえ重そうな鎧を着ている上に、ライカン種の魔物にやけに狼狽していたルブラさん。
そして、そもそも戦えるのかどうかも分からないフラウデさんだ。
誰一人として、確実に大丈夫だろう、と楽観できる状況ではなかった。
そしてさらに、追い打ちをかけるように。
今私がいるこの空間に関してもまた、個人的な問題が一つのしかかる。
「ぅ……やっぱり、こういうところ、ちょっと……ダメだ……早く出たいっ……」
一人になった今、ポロリと漏れたのは私の胸中。
実のところ私は、こういう暗くて狭い塞がってそうな場所に、可能な限り近づきたくない、という忌避感を持っていた。
無力なまま流された前世で、母の言うことを聞けなかったときに、一度フスマの中に押し込められたときの記憶。
そして、前世の最期を迎えた時の、あのどうしようもない、と示されたような暗い路地裏の行き止まり。
それらの経験が、今を生きる私にも残る閉所恐怖症……というよりは。
狭く暗い行き止まりに苦手意識を覚える、言うなれば『
マルティロをはじめ、他の人と一緒なら前世とは違う、とある程度耐えることも出来るが、一人でこういう空間に取り残された今はそうではない。
直前に見た魔物の脅威や、目覚めのアレで削られた神経の問題もあり、どんどん心が弱っていく感覚を私は覚えていた。
「だめ、だ……この感じを続けたら、歩けなくなる……なんとか動く理由、理由を考えないと……」
なんでもいい、なんでもいいから何か足を動かすモチベーションが必要だ。
そう考えた私はとにかく、同じように落ちただろう仲間を探すことだけを目標とする。
自分が何者でありたいか分からなかった旅に出る前とは違う、今の私は『誰かを助けるナニか』となって動けばいい。
そう、生まれたばかりの芯に縋り付くように奮起させる私は、ところどころ地上の光が差し込むも薄暗い、地下を歩き始めた。
……一つ問題があるとするなら。
仮に誰かが見つかったとして、今の弱りきったような私でちゃんと支え、守ることなんて出来るか、ということか。
正直、みんな心配な要素はあるとはいえ、今の私より弱った生き物はちょっと考えづらい。
それなら合流できたとして、むしろ足を引っ張ったりするだけじゃないか……なんて、油断すればすぐ悪い方に傾く思考を、首を振って追い出そうとした時。
「ぅ、うぅぅぅ~…… ぁぁ~…………」
「ヒュッ……!?」
進行方向の先からかすか、絞り出すような苦悶? の声が聞こえてきた私はビクリ、と身体を震わせる。
聞き慣れない声だった上、この薄暗いロケーションに似つかわしい悲壮さを感じられたことから、まさか、という思いが心中をよぎった。
(まさか……この上、幽霊なんてのもいたりするの……?)
旅に出てから、どんどん明らかになっていった、知らないこの世界の姿。
カラコ種なんて骨だけみたいな魔物もいたし、中にはもしかしたら、"そういうの"もいたりするのかもしれない……そんな想像までしてしまう。
それでも、前に進まないわけにはいかない、と私は恐る恐る声の出どころを覗こうとして。
「ぁぁぁ……もう、最悪、ほんと最悪……! はぁぁ終わった……」
まるで土下座のような形で膝をつけ、頭も地面に下げながらひたすらぶつぶつと何かを呟いている生き物と出会った。
声の主は、一人の少女。
スレンダーな体型に似合う動きやすそうな衣装。
下半身はショートパンツと前後にかかった帯? があわさりスリットのようになっている。
特徴としてことさら目を引いたのが、やや短めなセミロングぐらいの緑の髪と、そこから生えた獣耳だ。
左右に伸びた癖っ毛と獣耳により、遠目から見るとまるで耳が四つあるようなシルエットになっていた。
そして獣耳は猫耳……というよりは犬耳か。
さらに言うと、先程見かけたライカン種の魔物によく似たものにも見えたそれは、今はぎゅーっと絞られたように頭に張り付き、彼女の精神状態をわかりやすく伝えていた。
お尻の帯に空いた穴から尻尾も出ていて、そちらもまた垂れ下がったまま地面を左右にこすっている。
そしてそんな彼女は今、抱えたとあるモノを見て、もうダメだぁおしまいだぁ、とヘタれた声を上げていた。
彼女の視線の先、両手にあったのは一つの兜。
この護衛の依頼で見慣れた人がつけていたそれは、落下の衝撃だろうかベコベコにへこみ、歪んだ姿を晒している。
「こんなところで一人にされて、ボクにどうしろっていうんだぁ……
せっかくクソ暑くて動きづらい鎧で隠してたのにそれも壊れるし……次会ったら魔物との混血児ってバレるじゃん、合流も出来ないじゃんっ……!
あのマルティロって人絶対ボクらのこと疑い始めてるし……アハハハ! どうやっても終わりだっ……!」
言いながら彼女は兜をぶん投げ、その後は絶望に浸るのが逆に楽しくなってきたように、テンションが上向きはじめ。
今度は悲しみなのか怒りなのかも分からない、愚痴をこぼし始めた。
「そもそも! なんでこんなところにご先祖がいるんだよ!
あのオッサン、絶対ボクのこと匂いで気付いたのに、撃ってきたしさぁっ!
はぁぁもうまじで意味わかんない、はい終わった! 終わり終わり!
ボクはクソみたいな世界の、クソみたいな暗がりで、また誰からも見捨てられて一人最期を────」
「あ、あの~~、ルブラ、さん、ですよね……?」
「ピィィッッッ!!?」
いよいよって感じの精神状態に転がり始めた彼女に、私がおっかなびっくりな声を掛けると。
この護衛を通して知り合った鎧の中身、ルブラさんは弾かれたように高音の叫び声をあげた。
(あ、なんか怖さとかそういうの、ちょっと消えたかも)
こうして、私は直前までの自分の状態を忘れさせるぐらいに。
それはもう、圧倒的に弱りきった仲間との合流を果たしたのだった。