転生ゆうむす、あと三年   作:多部キャノン

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第三話 積み上げた証明書

二日前のこと。

夢の中で告げられたのは、紅い流星が空から落ちてくる、というファンタジックな気象情報。

その日は夜空に浮かぶ二つの月の間を割って落ちる流星に、目を奪われた。

 

一日前のこと。

夢の中で告げられたのは、村の知り合いが怪我をする、という急に身近になった変事の予言。

その日は念のため薬草その他を抱えスタンバイした私が、狼の魔物への恨み言を叫ぶおじさんの軽傷を手当てした。

 

(すごい……これならもしかして────)

 

この異世界で、話には聞いていた神秘、予知夢。

"神託"と呼ばれる特別なそれを今日も体験した私は、期待に胸を膨らませながら口を開こうとして……

 

 

「あ、あの! 私のお父さんって、生きてたり────」

 

『今から三年後、世界を絶対なる災厄が覆います。

そして、勇者アイゼンの娘、アッセロ。

抗う力を持たぬあなたは、確実に命を落とすこととなるでしょう』

 

 

瞬間、ベッドから飛び起きて、頭を抱えながらうなだれることになった。

 

「…………名指しで死刑宣告受けた……」

 

どうやら最初の二回は、前フリでしかなかったらしい。

 

 

私のニ回目となる十四歳の誕生日は、凶事とともに幕を開けたのだった。

 

 

------------

 

 

これまで、父の願い通り生きてきた私は、何よりも平和が好き、と。

そう自分にも周りにも言って生きてきた。

 

「でも……さすがに死んだら、平和もなにもない、よね……」

 

今回私がいただいてしまったのは『絶対なる災厄』で『確実に死ぬ』とまでご丁寧に念押しされた余命宣告だ。

このまま座してなんとかなる温度感とはとても思えない。

 

 

それに、何より。

 

 

「もしこの世界でも死んだら……どうなる? また戻る……? "あの路地裏"に?」

 

何よりも、何よりも嫌いだったあの頃の自分に戻る……

死ぬことなんかよりずっと、受け入れがたいその可能性に考えが至った瞬間、ずぐんっと胸が締め付けられるような痛みに顔を伏せる。

 

(大丈夫、大丈夫……落ち着け、あの時とは違う。私はここでちゃんと、幸せを掴むために生きていけてる)

 

しばらくそのまま深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。

この世界に来てから、過去を想って心が波打ってしまうたびに繰り返してきたルーチンだ。

 

「────ふぅ」

 

 

もう大丈夫、いつも通りと身体に言い聞かせるように大げさに息をつくと、改めてやるべきことを考えた。

 

と、いってもやるべきことは決まっている。

これまでの生き方がどうだろうと私は、何としてもその災厄に抗い、生き残る術を探らなければならない。

少なくとも父は、娘がここまで早死にすると思ってこの平和を勝ち取ったわけではないだろうから。

 

────そう。

 

「それなら、仕方ないよね、うん、仕方ない」

 

ひとしきりうなだれた私は、半ば無意識にそうつぶやくと。

手早く朝食と身支度を済ませ、最後に今自分が居る空間を見渡す。

 

目に入ったのは、特に飾り気もなく整頓された居間、ボロボロに使い古された竿、飾られた父の写真。

そんな、いつも通りの見飽きた光景も、もうこれが見納めになるかもしれない……なんてことまで今から考えるのは、さすがに悲観的にすぎるだろうか。

 

ああそうだ、いつも通りといえば、と。

私は飾られた父の写真の前に座ると、ぎゅっと握った拳を胸に置いた姿勢で日課の祈りに取り掛かる。

 

「おはよう……行ってきます、お父さん。どこかで、見ていてください」

 

たっぷり十秒ほど、心の中でそんな挨拶を交わすと、私はもう誰も居ない家の扉を開ける。

不吉な神託を告げられたこんな日にも、憎らしいほどまばゆく差す朝日に少し目を細めながら、私は歩き出した。

 

「…………??」

 

ただ一点、家を出て最初にすれ違った、よく見かける村のおじさん。

そんな彼が私を見る顔が、異様なものを見たとばかりに訝しげなものになっていたことは、少し気になったが。

 

「寝癖でも残ってたかな……」

 

それも、パッパッと確かめるように頭を何度か払うと、すぐに記憶から薄れて消えていった。

 

そんなことより今この状況において、私はどうしても会わなければならない人物がいるのだから。

 

人物の名は、マルティロ。

 

かつて父、勇者アイゼンの仲間として苦難を分かち合った歴戦の剣士……を名乗っている村のプータローにして、私の大事な上客(おとくい)様だ。

 

 

------------

 

 

そうして、今。

 

過去の名誉の負傷である右手をプラプラ揺らし、昼間から酒をあおっていた男マルティロを私はつかまえる。

 

周りからは顔をしかめられる立ち位置にありながら、定期的にまとまった家事仕事をよこしてくれ。

同年代から孤立しがちな私にも気安い態度で接してくれる、大事な友人。

 

神託を話した途端、今まで見たこともないような引き締まった表情で試験を課してきた彼に。

 

私は父、アイゼンの技を繰り出したのだった。

 

 

 

「────ふぅ~……!」

 

(上手く、出来たのかな)

 

 

と、振り下ろした刀の想定以上の重さにたたらを踏みながらも、私は呆けるように口を開けたマルティロを見上げる。

 

そしてマルティロは、両断された剣に目線を落とし数瞬ほど固まったかと思えば、はっと気を取り直したように言葉を発した。

 

「……おい、お前……その技をどこで……! いや、一体今までどれくらい、その技を練習してきたってんだッ……!?」

 

愕然といった表情のまま問いかけたマルティロ。

彼に私は変にもったいぶるような形となったことへの妙なバツの悪さというか、気恥ずかしさのようなものを覚えながらかろうじて言葉を返す。

 

「えっと、まあ、その…………いっぱい…………? というか……ずっと……?」

「おいおい……なんだそりゃ、アイゼンの野郎……!」

 

 

私は"この世界"に来てから、私ぐらいの年頃の子の多くが行うような、修行という修行をしていない。

父がボロボロにすり切れながらもたらした、今の日常を捨て修行をする、ということは自分や父が求めた幸せに繋がることではない、と。

理屈以上の、感情でそう決めてしまっていたからだ。

……まあ、それもあって同年代の友達みたいなものはいまだ一人もできていないわけだが。

 

ただ、そんな中にあってただ一つだけ、例外があった。

 

ある日のこと。

冒険が上手く行ったのか、普段より喜色をたたえて帰ってきた父が、たった一度だけその技を見せてくれたことがあった。

 

その技は、美しさすら感じられるほどにシンプルな、大上段から打ち下ろされる一つの剣筋。

何もないところで振るわれたはずのそれは、またたく間に横から見ている私が飛ばされ兼ねないほどの爆発的な風圧を生み出し。

そして、はるか離れた位置にあるはずの頑強な大岩をも、あっさりと両断してみせた。

 

この時、私は初めて、自分が以前居たような世界とは違う、幻想の先の世界に生きていることを実感できたのだ。

 

震えた。かっこよかった。すごかった。

 

そんな語彙すらも口に出せないほどにアホ面晒した私に、にっ、と歯を見せながら『そのうち、悠王だって何だって切ってやるさ』なんて笑う父。

その姿は、父が雇った手伝いの人の説明を受けるまでもなく、ずっと私にとっての英雄(ヒーロー)そのものだった。

 

そんなもの、忘れようとしても忘れられるはずがない。

私はその姿を、あの構えを目に焼き付け、暇さえあれば何千何万と頭の中で反復し続けた。

 

必要にかられて家事を一度で覚え、トレースしていた前世とは熱意の次元が違う。

二度の生で初めて自分の意志をもって本気で記憶……いや脳髄に記録したその姿は、ありとあらゆる時間、鮮明に頭に在り続けた。

初めて見た日の翌日なんて、あまりの興奮と膨大な反復からくる脳の酷使のせいか、鼻血と熱を出して一日倒れていたほどだ。

 

父の願いにより刀などから遠ざけられていた私は、物干し竿などをかつての父と同じように構えては、毎日毎日何度も何度も、皮が擦り剥けようが豆が潰れようがお構いなしで振る、なんて習慣を続けていた。

時間で言うと、空いた時間のほぼ全部といっていいだろう。これ以外のことをやった記憶は殆どない。

食事をしたり、家の片付けをしたり、仕事をしたりといった、そういった時間ですら脳内ではこの技を繰り返し振り続けていた。

 

「…………お前が、その技を振る前に移動したのは……"そこ"か? いつも庭のそこで振ってたからってことか?」

「う、うん。お父さんが最初に振ったのがここだったから。技を振るときの踏み込み方、とか、砂の蹴り方みたいなのも、同じ場所のほうが真似しやすくって……」

「砂って……お前、そこまでっ……」

 

片手で頭を抑えながら呟くマルティロの目は、地面に向けられている。

私が退いた"いつもの場所"は、庭の他の場所と違い雑草一つ生えていない。

足の形にキレイに(なら)されていた。

 

……今思えば、ここまでになるまで続けた理由は、技のかっこよさそのものよりも。

初めて愛せた家族である父が残してくれたものを手放したくない、という執着心のほうが、原動力としては大きなものだったのかもしれない。

 

ただ、それすらも、やらないと決めた修行をしてしまっているんじゃないか、なんておかしな罪悪感みたいなものを感じたから。

結局自分で刀を買って本格的に真似ることも、他者に話すことも出来ず、隠れて独りコソコソやることしか出来なかったわけだが。

 

そんなおかしな日々の積み重ねが、大した筋力もついていないにもかかわらず、技の型はいっちょ前に振るえた理由なのだろう。

少なくともこれにより、私が旅に出る、という話をしてから訝しげな態度を崩さなかったマルティロを驚かせることは出来た、はず。

 

 

「…………どうだった?」

 

だから私は、おっかなびっくりながら、マルティロが課した試験の結果を伺った。

 

 

そして、それに対しふぅ、と一息ついてからなされた、マルティロの答えは。

 

「────────ダメだな」

「…………っ」

 

と、これまで見せた驚愕のような表情から一転した、にべもない冷徹な返しだった。

 

「見れたのはアイゼンの構えだけで、振り下ろした時には重みに負けて軸がブレブレだ。

もし今のがアイゼンみてえな完全な一撃なら、俺は今頃剣ごと両断されてるからな。

んでもってその構え以外は現状経験不足、とてもじゃねえが実戦で使えるものじゃねえ」

「うぐっ……はい」

 

分かっていたことではあるが、これまで修行しないことを選んでいた時間の重さが、言葉となって突き刺さる。

多くの経験を積んできたのであろう彼への反論など、当然持ち合わせていない私は、ただ小さくなりながら受け止めた。

 

「……神託とやらで自分で動かねえ訳にはいかねえ、てのは分かる。死ぬのは当然ゴメンだろうよ。

……だが、今お前が旅に出るってことは、下手したら死ぬより大変な目に会うってことかも知れねえぞ?」

 

一際、凄むように言い聞かせるマルティロ。

そんな、どこから取っても正論であるだろうその言葉を聞いても、自分でも不思議なほどに、私が返す言葉には迷いはなかった。

 

「そう、かもしれない……旅に出たせいで、すごい後悔しながら死ぬなんてことも、いくらでもあり得るんだろうって思う。……でも」

 

でも。

 

「今何もしなくても、他の人に任せて上手く行かなかったとしても。

三年後に死ぬ時には百パーセント絶対後悔してると思うし、お父さんに会わせる顔も無いから……私は今、私が思う幸せのために……こっちを選びたい、て思う」

「…………ふん」

 

そんな私の答えを聞いたマルティロは、しばらく神妙な表情で考え込んだと思うと。

もう一度ボリボリ、と頭を掻きながら静かに口を開く。

 

「……口でなんて言おうとも、危険なことには変わりがねえ。

……この村だけで生きていたお前が知るよりも……外の世界は、平和で優しいもんじゃねえ。

そんな世界で生きるための武器を持たないなら、自殺でしかないってことに間違いはねえ」

「…………」

 

マルティロは、そこで一旦口を閉ざし……

 

「だが」と、諦めたような口調で続けた。

 

「────『大上段・鋼一刀(はがねいっとう)』。

お前の親父が伝え、今お前が振るった技で。

そして何もないお前が手にした、唯一の武器の名前だ。

……アイゼンの構えを完璧に再現してる以上、そいつをぶちこめば、今でもそこらの雑魚魔物なんざ両断出来るだろうよ」

「…………鋼、一刀……」

 

初めて知らされた、憧れ続けた技の名前。

震えるようにそれを噛みしめる私に、マルティロは最後に言葉をかける。

 

「生き残りたきゃ、死ぬ気でその技を磨け。

決して死なねえで生き残って強くなって、災厄とやらも何もかも、全部ぶった斬っちまえ。

……約束できるってんなら、まあ、適当に教えてやるよ」

「────────っ!」

 

ぶっきらぼうに、だけど明確に。

マルティロが示してくれた道行きとその配慮に、私はただ、ありがとう、と頭を下げて答えることしか出来なかった。

 

 

……ああ、やろう。やってやろう、強くなろう。

 

父がもたらした平和を、これから先も全力で謳歌出来るように。

 

そのためなら災厄にだって抗い、石にかじりついてでも生き残ってやろう。

 

 

きっとその生き方こそが、今度こそ逃すことが無いようにと今、私が定めた。

 

私が求めるべき、幸せの形なのだから。

 

 

------------

 

 

「しっかしこいつ……結局なんなんだよ全く……」

 

 

試験を終え、小さな声で何事か呟くマルティロに、私は渡された刀を返す。

短い時間ながら、あつらえたようにスッと手に馴染んだこの武器。

返しながらもその感触を忘れないように反芻させ、出来るだけこれと似たものを探して買おう、と頭の中で予定立てた。

 

「ああ~、返さなくていいぞその刀、お前にやる」

 

と、そんな私に、当たり前のように言い放ち突き返したのは、マルティロだ。

言葉を受け私は当然、「いやいやいやいや」と慌てて"突き返し返す"。

 

「そもそも教えてくれることへの代価、報酬の話だってまだじゃない。頼んでるこっちがもらってばっかなんてダメだよ、ダメダメ。健全じゃない」

 

これまで平和に暮らしながらも、家事代行という形で曲がりなりにも対価を得て生きていた、というプライドに近いものもあるにはある。

 

だが、何よりも今大事なことは、立ち位置の問題。

これから立場としては師弟のようなものになるが、だからといって私はこれまで彼と築いてきた……前世から数えて一人目と言っていい、友人としての関係を崩したいわけではないのだ。

 

ならば、こちらが一方的に与えられるばかりであるのは良くない、と私は半ばムキになってそれを固辞しようとする。

くれるというなら、せめて相応の代金をちゃんと払うべきだ、と考えたから。

 

……が。

 

「あぁ~うるせえ、うるせえ! 今は丁度いいだろうが! 良いからさっさと身支度済ませてこいや!」

「わっ、ちょ……!」

 

ドン、ドン、と背中を乱暴に叩かれ、押されるように走らされる。

うやむやにされた不満と、これまで金銭面ではしっかりしていた彼の急変に戸惑いながらも、私はそのまま買い出しに向かうことになった。

 

 

(…………)

 

神託を受け、旅に出ると決めた時点で、もう前のような関係では居られないのだろうか。

……それも、仕方がないことなのだろうか。

 

昨日までとは違うマルティロの態度に、そんな一抹の不安と寂しさを覚えながら走る。

そして、そんな中でも何故か耳に残ったのは『丁度いい』という言葉。

 

丁度いい、とはどういうことだろうか。

確かに今は、旅立ちを決めたという大きな機会であって、その記念にくれる、というのは分かる話ではある。

 

しかし言ってみれば旅立つというのは私の都合、ワガママなわけで。

それに付き合わせている彼からさらに貰ってばかりというのは……なんて、昏いモヤがどうしても顔を覗かせて。

 

「────あっ」

 

と、そこまで考えたところで。

"それ"に気づいて立ち止まった私は、振り返る。

 

目に入ったのは、腕を組みながらぶっきらぼうに……

しかし、そうと分かれば確かにほんの僅か、照れたようにしかめた顔を背ける、いい年した中年の姿。

 

「…………ぷっ、ふ、ははっ」

 

その様を見て、軽く吹き出しながらも確信を得た私は、一度だけ刀を上に掲げ、そんな彼に笑いかけて見せ。

もう一度振り返ると、今度こそ一点の憂いもなく走り出すことが出来た。

 

 

ああ、朝から告げられた神託とドタバタのせいで、自分でもすっかり忘れていた。

彼が丁度いい日、と言ったのも当然だ。今日ほど『丁度いい日』はそうそうない。

……それは多分、彼が知る以上に。

 

なにせ今日は、私にとっての大事な、大事な記念日。

 

前世においてのその日は、独り路地裏の行き止まりで溶けるように消え、そしてこの世界にやってきた、後悔と区切りの日。

 

そして今世における今日は、きっかけはともあれ旅立ちを決め……そして、確かな祝いをもらえた、祝福の日。

 

「今日は私の……二回目の、十四歳の誕生日だったんじゃないか」

 

ならば、私に対してマルティロがした行為は。

たとえどれだけ、普段金銭にシビアな関係にあっても、何の気兼ねも無く物を渡すことも、受け取ることも出来る。

そんな、この世界でもどこにでもある、ただの一イベント。

 

……イベントの名は、誕生日プレゼント。

 

 

血の繋がりも無く、当然愛を誓った仲なんてわけでも無く。

その上で、こんなことを当たり前のように行う関係をなんて呼ぶかなんて……今更考えるまでも無い。

 

「────なんだ、ただの友人だ」

 

現金なほどふっ、と、余計な緊張の抜けた身体で、今一度渡された刀を眺める。

抜けば日本刀のような印象も受ける、始めは無骨なつくりに見えたその刀も。

途端にものすごく希少で価値あるもののように見えた私は、決して手放すまいと、ぎゅっと抱え込んだ。

 

「…………んへへ」

 

同時に、胸の中から湧いた熱は、前世の路地裏で身を焦がしたような残酷な炎とは、また違う。

 

そのどこまでもほのかで、暖かなはじまりの灯に浮かされながら。

私はじっとしている時間が惜しいとばかりに、選んだ幸せに向け、駆け出していった。

 

 

今日は、よく晴れたいい天気だ。

 

 

★★★

 

 

意図に気づいたのだろう、ここしばらくの中でも一番といっていい笑顔を見せた少女、アッセロが駆け出す姿を、マルティロは苦笑とともに見送る。

わざわざ口にするのは論外だが、こうして心意気がバレるというのも、それはそれで照れくさいものなのだろうか。

ぶっきらぼうな態度を取り顔を背けながらも、結局彼は駆け出す少女の姿を、最後まで目に収め続けた。

 

「はっ」

 

────鋼一刀。

……本人がどこまで分かっているかは知らないが、彼女がまだ小さな身で放ったあの技は、すでに猿真似などという領域からかけ離れたものだ。

 

アッセロは普段、他の村の子どもと同じような修行をしているわけではない、が、その分他者の家事手伝いに多くの時間を取られている。

余暇の時間を量で比べるならば、むしろ村の子どもよりも少なかったはずだ。

 

で、ありながらアレ程のものを誰にも知らせずに、普段どおりの生活を送りながら当たり前のように身に着けた、ということ。

それは一体、内心どれほどあの技に執念を見せ、心を燃やしてきた結果によるものだろうか。

 

……過去、悠王軍という強大極まる敵に対抗することが出来た者は、皆何かしらの強み────いうなれば"異常性"と呼べるものが備わっていた。

それは当然アッセロの父、アイゼンも例外ではない。

 

その才覚を上手く継いだか、はたまた彼女自身が元から持っていたものか。

ともかく彼女も今、確かなその片鱗を見せつけた。

刀を与えたのは、その努力に対する報酬という側面もある。

 

……彼女がそこまで察して、あの笑顔を見せたわけではないだろうが。

 

 

そうして。

 

彼女の適性を認め、旅立ちを止める理由も無くなっただろうマルティロ。

 

彼は、半笑いのまま見送った彼女の姿が、やがて視界から完全に失せたのを確認する。

 

 

────と、同時。

 

ガシャァンッ、と。

 

その場に、甲高い音が鳴り響いた。

 

 

音の出どころは、マルティロが手に持った酒瓶だったもの。

持ち主の手により乱雑に地面に叩きつけられたそれは、当然のように衝撃に耐えきれず砕け散り、中身をこぼす。

 

普段愛してやまない酒を自ら台無しにしたことになど目もくれず。

彼は少女が、アッセロが駆け出した方向……いや、そのさらに先の未来を睨むように、ただ凝視し続ける。

 

……人目が無い場所に移動したのは、気兼ねなくアッセロに刀を振るわせるためであったが、それは幸運だったと言える。

もし、この光景を見ているものが居たなら、その人物はこの平和な村で、かつて覚えたことのないトラウマを残すことになったかも知れない。

 

なにしろ彼が今、その眼に宿す感情の色は、怒りや嘆き、諦観……

 

その全てを超越したどす黒い激情、すなわち凄絶たる"憎悪"に他ならなかったのだから。

 

 

「っふざけやがって…………クソッタレがァッ…………!!」

 

 

アッセロはまだ、知らない。

自身が選んだ選択の、その先に辿る道行きを。

 

 

アッセロはまだ、知らない。

彼女がこれから目にする、この世界に広がるものを。

 

 

災厄の日まで、あと三年。

 

 

★★★

 

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