転生ゆうむす、あと三年   作:多部キャノン

4 / 17
第四話 外への一歩

 

「────────悩んでる、暇はない、かな……」

 

 

私がその時、見つけた……見つけてしまったもの。

それは、平坦なだけだった道に散らばる赤い果物と、慌てて脱ぎ捨てられたように転がる、小さな女の子モノの靴の片側。

そして、そこから続くように森に向けて乱雑に刻まれた、明らかに人間のものではない複数の足跡だった。

 

……誰がこの状況を見ても、穏やかな日常の何気ない一ページである、なんて楽観はとても出来ないだろう。

 

この世界に生まれて初めて、一人外に出た今日というこの日。

私は早速の洗礼とばかりに、確かな正解など無いであろう選択を、突きつけられることとなったのだ。

 

 

------------

 

 

「ぜはぁ~! はぁ~! な、なんとか、やってきたよ、マルティロ」

「おー。おつかれさん」

 

修行を始めるにあたり、ほとんど何も言われないままに真っ先に指示されたこと。

それは、今現在も修行をしている村の子どもたちに混ざり、ひたすら手合わせをするということだった。

 

根本的に戦うという経験がなさすぎる今のままでは、修行の段階にも入れない、ということで、とにかく模擬戦でもなんでも戦って身体を無理やり起こす、という考えらしい。

模擬戦とはいえ使っているのは木刀なので、気を抜けば普通に怪我もする。

そんな中で私は片っ端から手合わせを挑み、必死に受けては殴られ転がされるという体験をしてきたわけだ。

なお、鋼一刀はこの模擬戦ではあらかじめ禁止されている。

 

現在は私と同年代から上の子は出払っているということなので、だいたい年下の子どもたちと戦うことになったのだが。

さすがに普段から修行をしているだけあって、彼らのしっかりと身についた基礎技術を前に今の私の技術で勝ちを拾うことは出来なかった。

まあ鋼一刀を使ったなら話は別だったと思うが。…………鋼一刀を使ったらきっと勝てたはずだ。そう思いたい。

 

そんな負け惜しみ染みた余計な思考も背負ったが、ひとまずこの数時間の修行をする前と今とを比べると、少しはマシな動きになったと思う。

特にこの段階で怪我をこさえて足踏みしてはかなわんと、必死に覚えた防御に関してはなかなかにコツを掴めた手応えがある。

 

あと、全然話せてなかった村の子どもたちと関われたのもちょっと嬉しかった。

最初来たときは『何だ今更こいつ』という感情を隠しもしなかった彼らの視線も、修行を終えた頃には幾分か柔らかくなったように思える。

 

少し気になることがあるとするなら、いきなり飛び込んだ割に修行自体はあっさり混ぜてもらえたことだろうか。

……もしかしたら、マルティロがすでに話を通してくれていたのかもしれない。だとするとここでも世話をかけてしまったことになるのだろう。

いつかまとめて返したいところである。

 

 

そんなわけで、模擬戦自体で派手な勝利こそ得られなかったが、それなりに晴れやかな気分で修行を終え今、戻ってきたというところだ。

 

 

「んじゃちょっとそこに座って話を聞け」

「はーい……じゃない。はい、師匠」

 

「師匠ってなあ……まあいいや。あー、わかっちゃあいるとは思うが、三年って時限がある以上、おめえを一から地道に鍛え上げてく暇なんざねえ」

 

私が子どもたちと修行中をしている間にしれっと整えたのか、きちっと髪を後ろにまとめて無精髭も剃られた、村に来た当初のような相好で話すのはマルティロだ。

不覚にもほんのちょっとだけかっこいいと思ってしまった。……今更、別にときめいたりはしないが。

 

そしてそんな彼から、修業の開始にあたってまず念押しされたのが、神託により迫るタイムリミットという現実だった。

 

一つ一つ、まんべんなく技を習得していくという通常のやり方では、剣に愛された万能の天才でも無い限り、三年以内に悠王のような強者に立ち向かう力を身につけるのは不可能だ、という。

なので方針としては、最低限の基礎動作を子どもたちとの模擬戦で身につけた上で、普段の鍛錬は私の唯一の武器。

今でも他に比べれば雲泥の威力を持つとはいえ、父アイゼンが放つ領域には未だ及ばないその技、大上段・鋼一刀を伸ばすことに特化集中。

あとはその鋼一刀を打ち込むための必要動作を、実戦で強制的に補っていくという形をマルティロは指し示した。

 

私としてもその方針に異存は無い。

生き残るためなら、言う通りなんだってやってやろう、という高揚感が頭を満たしていた。

明日からのその鍛錬が楽しみだ、と私は内心鼻息荒く拳を握る。

 

そんな姿に、マルティロはよしよし、と満足気に頷くと。

 

 

あくまで気軽に、普段と変わらぬ緩い表情のままに。

 

あっさりと地獄への切符を、切ってくれたのであった。

 

 

「んじゃ早速、今からぶっ倒れるまで鋼一刀うち続けるか。

千回やそこらでへばるんじゃねえぞ?

まあ、正しい姿勢から一ミリでも崩れたら、その度に棒でケツぶっ叩いてやるから。安心して、腕を千切るつもりで振ってくれよな」

 

「…………っ、…………まじで?」

 

「まじでだ。まさかあんなお遊びで終わりとでも思ったか?

午前は模擬戦、それが終わったらずっと技の鍛錬だ。

それを三日やり通したら一日だけ休んで、その後はもう外で実戦だからな。

一刀一刀、常にそのつもりで振り続けろ……なあに」

 

ヘラっとさらに顔を緩めると、お嘆きのあなたに朗報ですとばかりの声色で、マルティロは笑った。

 

「これで今死んだとしても、旅の道中死ぬときよりは楽に昇天出来るだろうからな!!」

「……………………」

 

……自分で選んだことだから、しょうがないとは分かっている。

が、それはそれとしてうひゃひゃひゃひゃ、と自分の言葉で勝手に爆笑している目の前の中年。

この男も、その時が来たら道連れにしてやろう、なんて身勝手な恨み節を抱きながらに、私は修行を始めたのだった。

 

「これも生きるため、これも生きるため……」

 

 

------

 

 

そして、修行を始めて三日経った。

改めて実感したことは、この世界の人間が持つ身体の強さは、前世で得た常識からずいぶんかけ離れたところにある、ということだ。

まあ、少なくとも元の世界で、剣の一振りで離れた大岩を断つなんて生物が存在するはずもないので、今更といえばそうなのだが。

 

そして、そんな世界でもさらに高みに位置したであろう父の血を引く私の身体も、なんだかんだ前世とは比べようもない頑健さを持っているようだ。

鍛錬にどれほど痛苦を感じても、どれだけゲロを吐き散らかしたとしても。

肉体そのものが壊れるということも今の所無く、若い身体は一夜休めば大抵の疲労をなかったことにしてくれる。

根性論だオーバーワークだ人権侵害だなんて、元の世界で当てはめられそうな常識など、すでに口から零すのも馬鹿らしくなっていた。

 

……だからといって、当然修行が楽になるなんてことは無く、むしろ肉体の限界の限界まできっちりと、容赦なくいじめられる要因にしかならないわけだが。

「もう無理」「お尻の感覚がどっかいった」「ちょっとでいいから休ませて」といった類の泣き言は、初日に「人語を喋れるうちは余裕だな」と、回数を追加する選択肢に化けた時点で二度と言う気を無くした。

実際、自分から無理をおして頼んだ以上、付き合わせているマルティロに弱音を吐くのは違うな、とあとになって内心ちょっと恥じた。

……案外、前世と比べて弱音を吐く相手が居る、という境遇自体をどこかで楽しんでいたフシもあったのかもしれない。

 

また、二日目からはただ言われるがまま正確に振るうのでは無く、これでどう強くなるか、身体のどの部分を鍛えたいか、ということを強く意識するようにした。

元の世界のトレーニングでも、鍛える箇所や成果をイメージするかしないかで、結果が大きく変わるみたいなことが書かれてあった気がする……漫画に。

どの道何も考えないで振っていると、肉体の痛苦だけと向き合うことになって余計に死ねたので、ある意味思考のいい逃避先になった。

 

実際三日目に差し掛かり、追い込まれまくった身体が発する、ぶちぶちという嫌な断裂音にも慣れ親しんだ頃には、すでに試験の時よりずいぶん刀が軽くなったという実感がある。

無茶苦茶なやり方だが、スタート地点が低いこの身体は、この苦境に順応するために相応の成長を始めているのかもしれない。

そのこともまた、地獄としか言いようの無い修行をこなす、モチベーションのいち要因となった。

 

そして極めつけは、私がヘタれ出すタイミングでマルティロから放たれる「アイゼンなら軽くこなせたぜ」という煽りの言葉だ。

それが本当だとして、父も初日の時点から本当にこんなことをさせられてたのか、などと考えると疑わしいものがあるが。

とはいえ、憧れた勇姿を引き合いに出されたことで、なんだかんだ「やってやらぁ!」と力が入ったあたり、私は自分で思うよりも簡単な人間なのかもしれない。

もしくはマルティロが巧い(ずるい)のか。

 

 

そして、三日目の夜。

 

「よーし、終わりだ! よくや…………セロ! ……まさ……本当に…………とは………頭おかし……」

 

実時間としては短いながらも、永劫に続くかのように思えた三日間が終了し、私は地に倒れ伏した。

終わりだ、の言葉と同時に倒れた私にかけられた、マルティロの言葉は途切れ途切れにしか耳に入らなかったが、手放しで称賛してくれるものだった。そうに違いあるまい。

 

「…………ふ、ふふ、ふへ………」

 

まだまだスタート地点に立てたかどうか、という段階なことは分かっているが。

それでも全身から湧き出る達成感のようなものは、意識を失うその時まで私を満たし続けた。

 

……ただ、その時ふと。

『こんな自分が、どうしてここまでやれたのか』という、目の前のことに必死なあまり考えたこともなかった疑問が、一瞬だけ頭に浮かぶ。

 

死にたくない、というのは動機としては当然だ。

ただ、その動機だけでいきなり、こんな痛苦に耐えきることは出来るものなのだろうか、と。

 

その疑問は、なんだか、とても、とても大事なことのように思えたが。

結局この時は、寄る睡魔には勝てずに眠りに入ることとなった。

 

 

そして、一日休みを挟んだ五日目。

その日私は外を出歩くにあたってのいくつかの心構えを教えられると、早速とばかりに村の外で実戦へと繰り出すことになった。

 

これは他の村へと向かうためではなく、一人で外に出て生き残る、という経験を積むのが目的となる。

そのため、当然今回は保護者(マルティロ)同伴ではない。

来る災厄に向け一人で判断し、一人で戦う経験を得なければならないのだ。

 

危険と言えば当然危険ではあるのだが、マルティロからしたら、これで怖気付き刀を折るなら、それはそれで良いと思っているフシすら見えた。

それだけ、私がやろうとしていることは無理のあることなのだろう。

 

「────────よしっ」

 

とはいえ、私に他の選択肢などもちろんあるわけ無い。

だから私は、早速身支度を整え、あれほど避けていた村の外への一歩を、つとめて軽い歩調で踏み出した。

 

……これまでずっと、あえて深く考えないようにしてきた、一つの現実。

 

 

『そもそもの話、何故こうまでして強くならなければならないのか』

『何故旅がここまで危険と止められたのか』

という、半ば分かっていたはずの答えに、今こそ正面から向き合うために。

 

 

------------

 

 

否応なく高まる緊張に、一度だけ大きく息をつく。

今向き合ってる状況はほぼ間違いなく『小さな女の子が複数の魔物と出会い、街道の外に追われた』ということを示しているのだろう。

 

その時私の脳裏に響いたのは『街道からは外れるな』と、直前に受けたマルティロの忠告。

この世界では知恵ある強い魔物ほど、人通りの多い街道近くは避ける習性があるらしく。

あくまで、そうでない獣やより強い存在に追われた小型の魔物と対峙する、というのが今回の修行の目的だからだ。

 

「……っ」

 

脱ぎ捨てられた靴に手をかざして感じた、ほのかな温かみを考えると、襲われたのはほんのつい先程の出来事に思える。

今から急いで追いかければ間に合う可能性は十分ある。

逆に、この場所から一度戻って救援を呼ぶとなれば、手遅れになる可能性は非常に高い。

 

そして今、私が持つ感情にあかせて追ったとするならば。

それはマルティロの言いつけに背き、危険に飛び込むことに他ならないだろう。

 

 

────が。

 

 

「……ごめん、マルティロ。お父さん。……いきなり、死ぬかも」

 

 

私が実際に考え、逡巡した時間はごくわずか。

 

 

とんっと、定められた道から踏み出す一歩は、これまた想像していたものよりも、ずいぶん軽いものだった。

 

(…………?)

 

その軽さを自覚すると同時。

妙な違和感と、自分は危機感が足りていないのでは無いかという恐れが少しだけ顔を覗かせたが。

それは今深く掘り下げるべき問題じゃない、と急いで駆けつけることに専念した。

 

行き先は当然、足跡が続く森の中。

待ち受けるのは無論、絶対に負けるわけにはいかない、初めての実戦。

目的は言うまでもなく、推定女の子の救助。

 

 

どうか、間に合っていますように。

 

 

------------

 

 

一歩、一歩。

始めはかすかにしか聞こえなかった音の出どころに向かうにつれ、背中を冷たい汗が流れる。

 

その緊張をもたらしたものは、いよいよ行う実戦への恐怖、というよりはもっと別。

この先を見たならもう、いよいよ戻ることが出来ない、という確信に対するものだ。

 

 

神託を受け、動かざるを得ない状況となるまで。

私があそこまで頑なに修行をすることも、外に出ることも拒んできたのは、なぜか。

 

それは、戦い自体を避けさせた父の意向もあるが、それ以上に私には一つの予感があったから。

 

────私は父が好きで、父が遺した平和が好きだ。

そして、そんな私だからこそ見たくないものがあった。

それが私に残った弱さであり、現実逃避だったと言われたならば……そうなのかもしれない。

 

悠王という巨悪が滅んだあとも、残党として各地に魔物は残っている。

だからこそ、その脅威に備え鍛え続ける人も多くいる、ということを私は知識では確かに知っていた。

 

だが、知識として知ることと、実際にその所業を目にするということは、全く違うものだ。

そしてその現実から庇われ、育てられ続けた私がもしそれを、実際に目にすることがあったなら。

 

────その時はもう、父の願いと裏腹に。

私が止まることはきっと出来ないだろう、と。

そう心の奥底で悟っていて、それがずっと怖かったのだ。

 

 

「ゲヒャッ! ケヒッ! ヒヒヒャヒャヒャッ!」

「…………っ! ぅっ…………! う、ぶ……ぐ……うぅっ!」

 

 

目的の場所にたどり着いた、私の目に飛び込んできたもの。

 

それは、二体の武器を持った緑色の子鬼……ゴブリンと呼ばれる魔物にいたぶられ。

幼い少女がただ震えながら小さくうずくまり、痛みに耐え嗚咽をもらし続ける。

そんな醜悪で、痛ましい光景だった。

 

ゴブリンはそれぞれが方や大きめのナイフ、方や石を紐でくくった槌のような武器を手にしている。

そのナイフで突き刺されでもしていたなら、幼い命など簡単に絶たれていたはずだ。

だが、ゴブリンはあえて蹴りや素手でもってなぶったのだろう。

服の所々が破れた、丸まった少女の背中には、武器のものではないいくつかの打撲痕が見えた。

 

加えて、今はナイフを持ったゴブリンが少女の背中の上に立ち、奇声を上げながら踊り、地団太を踏むように足元を蹂躙している。

この魔物が痛苦以上に、人間の尊厳を踏みにじるという行為に愉悦を感じているのは、誰の目にも明らかだった。

 

……そのどこまでも悪意と害意に満ちた光景を前に。

『可能な限り冷静に状況を読め』というマルティロの教えが、それ以上の激情で霞んだのは、すぐのことだった。

 

 

(────────ッ)

 

義憤はある。

純粋な危機感や、助けなければという正義感も当然強く持っている。

 

ただ、この時の私が何よりも最も強く感じたもの。

それは、父が戦い、勝ち取ったはずの平和を台無しにされたような、途方も無い喪失感だ。

 

最後に見た、すり切れた父の横顔が脳裏に浮かぶ。

こういう悪意から私を、人々を守るためにこそ父は戦い、そして果てていったというのに。

 

ああ、理屈では分かっている。

例え父がどれだけ頑張ったとしても、この世から悪意の全てが消え去るなんてありえないということも。

こんな光景は、この世界のどこにでも転がっているということも。

 

しかし、だとしても、父が居ないこの世界で。

奴らが今踏みにじり、貶めているのは小さなか弱い女の子であり……同時に、父の尊厳そのもの。

奴らが今やっていることは、最愛の父にツバを吐く、これ以上無い侮辱行為に他ならない、と。

そんな"理不尽な感傷"に、私は至る。

 

それと同時、『同じ命ある生き物と戦う抵抗』だとか『失敗すれば少女も自分も死ぬかもという恐怖』だとか。

 

そういう、当たり前に感じるはずだったためらいなど、全て押しのけ、私は。

 

 

────『ああ、殺そう』と、思った。

 

 

瞬間、私は斬りかかっていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。