転生ゆうむす、あと三年   作:多部キャノン

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第五話 初めての実戦

 

「────────っ!!」

 

息を止めながらに無言で、かつ可能な限りの無音で。

 

一切の容赦もためらいも無く私は、少女の背の上で踊るゴブリンに襲いかかる。

 

 

「────ッ!? ギィッッ!!」

 

が、完全に奇襲をかけたつもりの横斬りは、寸前で察知されたかナイフにより阻まれ、直撃には至らなかった。

ゴブリンは受けた勢いで少女の上から降りると、横に居た石槌を持ったゴブリンとともに、驚きと怒りが混じった敵意を私に向ける。

 

すぐに少女を背にかばうような立ち位置を確保する私を見て、ゴブリンはこちらには通じない、意味があるのか無いのかもわからない叫び声をニ、三上げたかと思うと……

その後、直前までの怒りの色がすぐさま収まり。

代わりとばかりにゲラゲラゲラ、と顔を歪ませながら笑った。

 

……言葉は伝わらなかったが、なんとなく彼らが考えたことは私にも分かる。

 

あれはおそらく、「いきなり斬りかかられてビビったしムカついた。でも余裕で受けれたしこいつ大したことねえわ」といった嘲笑だろう。

 

……それに関しては返す言葉は、ない。

基本の型は模擬戦で多少仕込まれたとはいえ、まだまだ慣れないそれらは実戦で有効に使えるという領域には無い。

私のにわか仕込み以下のノロマな横切りは、子供のような大きさの魔物を相手にしても、まだ決定打にはなりえないのだ。

 

あとは多分単純に、現れたのが屈強な冒険者などではなく、素人臭さ満点の小娘だった、というのもあるだろう。

彼らの表情はどこまでも『のこのこ現れたマヌケなメスのガキ一匹』を侮り、嘲るものであった。

……奇襲が失敗したのは困りものだが、これはこれで好都合だ。

 

 

そうして、お楽しみの時間に水を差された鬱憤を、新たに現れた獲物に対し晴らさんとゴブリンは迫る。

にじり寄るゴブリンが手にした、これ見よがしにチラつかせるナイフは、作りの精巧さから見るに人から奪ったものだろうか。

 

この絶対たる凶器、武器を突き出せば、刀に振り回される小娘一人簡単に蹂躙出来ると考えたのだろう。

舌を突き出した狂気に染められた顔で一歩、一歩近づくその様子に危機感や恐怖などは欠片もない。

 

「…………ふぅ」

 

そして私はその様を、どこか他人事のように、おそらく冷めたような目で見やりながら。

これが初めての実戦で、私自身何の経験も持ち合わせていないにもかかわらず、不思議なほどに。

 

すでに、目の前のゴブリンの死を半ば確信していた。

 

 

なぜなら、倒れる少女を背に立った時点で、私のその構えは完了している。

 

初めに受けられた、薙ぐような横切り。

怒りに背を押されながらもかろうじてこの横切りを選べた理由は、ゴブリンが少女の上に居座るという当初の立ち位置では、"これ"を使うわけにはいかなかったから。

 

「ギキ、キヒヒ、ヒヒ……!」

 

大上段に構えた私と、ニヤニヤと不用意に近づくゴブリンとの間に、もはや憂うものなど一つも無い。

 

父、アイゼンが私に遺してくれた技にして、この世界で生きていくための、私の唯一無二の牙が。

 

悪鬼に、突き立てられた。

 

「────────鋼、一刀!」

 

ゴッ、と振るわれた縦一文字は、先程の剣筋とは何もかも全く異なるもの。

それは、最初の横切り程度の速度を予測していたのであろう、無警戒なゴブリンの脳天に何の抵抗も吸い込まれ────

 

「ギ」

 

悪鬼に、断末魔の声を吐き切ることすら許さずに。

身体ごと両断せしめたのだった。

 

 

「一体目……!」

「ッ!!??」

 

 

残った石槌を持ったゴブリン。

彼の先程までの余裕面が一点、再び驚愕の色に染まったのを視認しながら、私はすぐに足を踏み出す。

 

混乱から醒まさせる暇も、逃げる隙も与えずにもう一度『鋼一刀』を叩き込む……

それがこの場において、最も確実な勝算であると判断したからだ。

 

 

────だが、次の瞬間。そう簡単にばかり行かないのが実戦であることを、私は思い知る。

 

 

「────ッ!? うっわッ……!!」

 

ほんの僅か、視界の端に映った黒い影。

それに気づいたと同時、私は半ば本能、反射でかろうじて身をよじる。

 

「ぃっ、づぅ……!」

 

同時にゴヅンッ、と鈍い音を伴い飛来したのは、左肩に与えられた硬い感触と、遅れてやってくる痛み。

 

呻きながら左側に向き直ると、その目に飛び込んできたものは、石槌を振り切った姿勢のまま憎々しげな表情を貼り付けるゴブリンだった。

私が当初斬ろうとしていたゴブリンとは別、これまで意識していなかった三体目だ。

 

(増援っ……!!)

 

瞬間、ぶわっと私の全身から汗を吹き出させたもの。

それは単に、再び数的不利を作られたからという不安……というだけでは無い。

 

この時、何よりも私に恐怖を感じさせたのは、今のゴブリンの攻撃が私の頭部めがけてフルスイングで放たれた、完膚なきまでに殺意に満ち溢れた軌道であったという現実だ。

もし村の子どもたちとの模擬戦で最低限の防御を覚えていなかったら、視界の端に攻撃が映っていなかったら、映ったあとの反応がコンマ数秒遅れていたなら。

直撃を受けて即死はしないまでも、昏倒なりをしていた私がその後どうなっていたかなど、想像もしたくない。

 

「…………ふぅ、ふぅ────っ……!」

 

……油断していたつもりはない。

ただ、ゴブリンが最初に見た二体だけだと決めつけ、奇襲のことをまるで頭に入れていなかったのは、紛れもなく失策だ。

怒りに頭が満ちていても、自分ではちゃんと状況を見られているつもりだっただけに、この事態には文字通りがつんと殴られたような衝撃を受けた。

 

理屈としては分かっていた。

村から出た時も、街道から外れた時も、その時出来るめいいっぱいの覚悟を決めたつもりだった。

私が魔物を倒し、生き残りたいと思うのと同じように、魔物の方も私を全力で殺しに来るのは当然のことだ。

 

その証拠とばかりに、私に痛撃を与えたゴブリンはトドメの一撃を叩き込もうと、すでに私ににじりより、振りかぶろうとしている。

 

その現実を前に、使命感や高揚感、そして怒りによって蓋をしていた感情。

『死の恐怖』という、誰もが感じる原始的な本能が今、私の背を撫でて……

 

 

「────っ、だぁあぁ、らあああ!!」

「ゲッィイッッ!?」

 

瞬間、私は湧きかけた恐怖を噛み殺すように歯をきしませ、無理矢理雄叫びを上げると、ゴブリンに対しまっすぐに蹴りを放った。

それは前蹴り……というよりはヤクザキックと呼ぶほうが適切かもしれない、そんな力任せで粗雑な攻撃だったが。

元々の体格差に加え、私の刀にばかり意識を寄せていたゴブリンの腹にはまともに突き刺さり、小さな体躯を地面に転がらせた。

 

「一ッ、刀ぉッ!」

 

すかさず、仰向けに倒れたゴブリンに対し鋼一刀を振るう。

体勢が崩れきったところに振るわれた一撃は、待ってくれ、と言わんばかりにこちらに突き出されたゴブリンの手ごと、その命脈を断ち切った。

 

「二体目ッ……!」

 

間髪入れず、残る一体のゴブリンに向かう。

今度は先程のような失態を見せないよう、ゴブリンを視界に収めながらも首を回し、不測の事態に備える。

 

「…………??」

 

その時、ほんの僅かだけど、茂みの中で何かが動いたような気配も同時に捉えた。

が、この時点ではゴブリンの増援か、関係のない野生動物か、そもそも気の所為であるかの判断もつかない。

で、ある以上今は『まだなにか居るかも』という事実だけ頭に入れることを私は選択し。

 

「鋼、一刀!」

 

立て続けに味方を殺された動揺で、逃げることも襲うことも出来ずに狼狽していた、最後のゴブリンに一撃を放つ。

 

ただ、そんな状況でも、魔物が持つ生存本能まで麻痺してはいなかったのだろう。

ゴブリンはこれまでの緩慢な対処が嘘のように機敏な動作で、手に持った石槌を頭の上で構える。

ゴブリンの頭部と私の刀の間に割って入った石槌は、迫りくる縦斬りを防ごうと健気にその身を晒し────

 

「────関係、あるかっ!!」

「ギィァア────ッッッ!?」

 

構わず()ち込まれた私の全力は。

短い時間ながら、マルティロの剣を断ち切った時からさらに練度を増した鋼一刀は。

粗雑な作りの石鎚ごとゴブリンの身体を叩き割り、縦に別れた死骸を地に晒させたのだった。

 

「三……体……!」

 

そしてそれを見届け、近くに敵影が無いことも確認した、と同時。

 

「…………っぶ、はぁっ! はぁ! はぁ、はぁあ~~……!」

 

私はこの戦いの途中から、自分が息をすることすらもほとんど忘れていたことを、ようやく思い出す。

地上にいながらにして溺れかけたような苦しさを、膝を付きながら激しい深呼吸を繰り返すことでなんとか落ち着かせることが出来た。

 

 

(これ、が……命をかけた、実戦…………!)

 

改めて、今自分が乗り越えた……私が目指す先を考えれば途方もなく低いレベルにあるはずの、だけど紛れもない"死地"を想う。

 

────怖かったし、信じられないほど疲れた。

 

実際に振った鋼一刀の本数は、これまでの鍛錬とは比べようもないほど少ない。

にもかかわらず心身に絡みつくようなこの疲労感はなるほど、実践するまではいくら口で言われても理解することは出来なかっただろう。

 

ただそれでも、100点満点とはいかずとも一対三という状況を覆し、生き残ることは出来た。

その達成感を胸に、あとは無事に帰ることができれば……といったことを考えたところで。

 

「あ、そうだ! 女の子が……!」

 

ようやくいっぱいいっぱいだった脳に酸素が回り、当初の目的であった少女の安否に意識が向く。

背にした時点で死んでなどはいなかったのは確認済みだが、それでもしっかりと無事を見届けるまで安心するのは早いだろう。ハイになっている場合ではなかった。

 

「……良かった、気絶……というか寝ているだけだ」

 

ゴブリンが倒されたことで緊張の糸が切れたか、少女は丸めた背に痛々しい打撲痕こそ残しながらも正常な呼吸で、眠りについているようだった。

 

私が医者でもない以上本当に無事かどうかの確証は持てないが、これなら一度彼女とともに元いた村に戻って手当する余裕はあるだろう。

女の子の顔には見覚えがなかったので私と同じ村ではないかもしれないが、ここから彼女の村までどれほどの距離があるかもわからないし、そもそも彼女の村がどこかも知らない。

 

そうと決まれば、と彼女を背負い元来た道に戻ろうとする、と────

 

「────────っ」

 

……いつの間にか、少し離れた位置にまたも。

ゴブリンが一体、立っていることに気づいた。

 

また増援か、と思ったが今度は先程までの相手と少し様子が違う。

そのゴブリンは何もせずただじっ、と静かに、私を眺めて……いや、観察していたのだ。

 

その顔は怒りも愉悦も感じ取らせない、ただただ得体のしれない無表情。

その上で頭から足先まで舐め回すかのような視線自体も、あまり気色の良いものではなかったが。

 

何よりも私に不吉な予感を抱かせたのは、そのゴブリンが発する薄紫の光。

 

ぼんやりと発光している妖しげなそれの出どころを探ると、首元の一部が結晶化し、まるで鉱石のようになっている様子が見て取れた。

……今日倒した、どのゴブリンにも見られなかった特徴だ。

 

瞬間、心の奥底から滲むように、本能的に覚えた危機感。

それを受け私は、少女を背負ったまま腰の刀に手を滑らせる。

 

そして、必要とあらばもう一度少女を横たえてでもこのゴブリンを、と内心覚悟を決めた……その瞬間。

 

「……………………」

 

ゴブリンはあっさりときびすを返すと、そのまま森の奥に消えていったのだった。

 

 

「…………なんだったんだろ。多分敵、のはずだけど……」

 

……いささか不安要素も残る幕切れだったが、すでに少女も助け出した以上、あのゴブリンを追ってさらに街道から離れる選択肢はないだろう。

 

今度こそ私はこれ以上魔物と出会わないことを祈りながら、駆け足で村へと戻っていった。

もちろん、落とし物の靴と果物は拾っておく。

あとは家でマルティロに報告し、少女が目を覚ましたら改めて彼女がいる村にでも送り届ければいい。

 

 

そうして、少女を背に帰路につきながら。

私は身体の疲労感と、それ以上の充足感を胸にぎゅっと、手を握った。

 

「…………うん、ひとまずは。多分、よくやった、私」

 

考えるべきことはいくらでもあるだろうが、今はともかく、自分も彼女も無事に生き残れたことを素直に喜ぶことにする。

 

そして。

 

「ありがとう。お父さん、マルティロ」

 

自分にこの少女を助ける(すべ)を……鋼一刀を授けてくれた人たちに。

面と向かっては恥ずかしいので、一人の今、こっそり感謝も伝えておく。

 

 

こうして、私は初めての実戦を乗り切ったのだった。

 

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