転生ゆうむす、あと三年   作:多部キャノン

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第六話 強さのお話

 

「……と、そういう感じで……この子を背負って戻ってきたってところ……です、はい」

「…………なるほどな」

 

戦いを終え、旅立ち前の一時拠点としている我が家に戻った私と、未だ背中で眠りこける少女。

静かに彼女をベッドに寝かせた私は、その直後どこからか戻ってきたマルティロに向け、事情説明をする。

 

……ちなみに、このタイミングでマルティロはどこに? という私の質問は、はぐらかされて結局回答は得られなかった。

マルティロがこういう態度のとき、教えてくれることはまず無いと分かっているので、私も深くは突っ込まないでおく。

 

マルティロはマルティロで、私に話していないことや考えがあるのは……なんとなくだが、わかる。

とはいえ前世のことやら何やら、話していないことがあるのはお互い様なわけで、その辺りは割り切ったものなのだ。

 

 

そして、そんなことより今大事なのはこの少女のことと、もう一つ。

 

私はこの事情説明の間、地べたで正座をするという体勢をし続けている。

これは、今から伝える事柄に対し、少しでも心を込める必要があったからだ。

 

「────つまり、お前は」

 

と、口に出したマルティロに、おずおずと口を開く。

 

「……うん、ごめんなさい。街道から外れるなってマルティロの忠告を忘れたわけじゃなかったけど……分かってて、私は出た」

 

私の口から出たそれは、厚意に甘えて教えてもらっている身でありながら、言いつけを破った事自体への謝罪であり……

仮に同じことが起こったならば、きっとまた同じことをするだろう、ということへの謝罪でもある。

 

私は、この子を助けたことへの後悔は全くしていないし、したくない。

ただ、もしこれで私がゴブリンに負けたり、街道から外れたことでそれ以上に恐ろしい魔物と出会っていたなら。

マルティロが私のためにしてくれたことが、一瞬で無駄になっていたこともまた事実だ。

 

 

前世でなんとか母と仲良くなりたい、認められたい……そう思って私が試みたことは、ことごとく失敗した。

気を遣って何かをしよう、やって欲しそうなことを察知して先回りしてみよう。

こういった行為は、気がつかないうちに母の神経を逆なでしていたらしく……ある日爆発した。

蒸発する前の父と重なるものがあり、それが耐えられなかった、とのことだ。

 

良かれと思ってやったことでも、状況や立場によって受け止められ方は全く変わってくるもの。

それを学んだ私は、後悔はしていないと強がりながらも内心、マルティロの返答を怖がっていたのかもしれない。

そうして、知らずしらずのうちにうつむき気味になっていく私を見下ろしながら、バリバリ、とマルティロは自分の頭をかくと……

 

 

「ああ。まあ、別にしょうがねえんじゃねえか?」

 

と、こともなげに口を開いた。

 

「……っ、……あれ? そんなんでいいの?」

 

意外というかなんというか、マルティロが放ったのは怒りでも呆れでも無く、少しだけ諦めの色が入った軽い肯定だ。

目を丸くしながら聞き返す私に、マルティロは当たり前とばかりに続ける。

 

「死にたくないから旅に出る、って決めたのはお前だろ?

ならその道中、危険に首を突っ込むも突っ込まないも……それで生きるも死ぬも、決めるのはお前だ。……当然、限度はあるがな」

「────それはまあ、たしかに、うん」

 

マルティロがした肯定はただ優しいものではない。

結局の所死ぬのも生きるのも自己責任、というある種突き放したような論調は、彼の冒険者としての経験から来るものなのだろう。

私としては当然、子どもを救けたことを咎められ押し込められるようなスタンスよりはよほどありがたいと言える。

 

 

……まあ、それはそれとしてほんの僅かながら。

思ったより友人に叱られなかった……つまり心配されなかったことへの不満みたいな、女々しい感情を自覚すると同時、振り払うように小さくぶんと首を振った。

 

と、そんな一人揺れている面倒くさい感傷に気づいたわけではないだろうが。

マルティロは「あ~それに」と、少し間を置きながら言葉を続ける。

 

「なんだかんだお前はアイゼンのやつの娘だしな。

助けられるかもしれねえって子どもが居る状況で動くな、なんてこと言って聞く家系じゃねえだろ」

「あ~……」

 

なるほど、納得。あの諦めたような態度は、すでに同じ道を通っていた経験から来るものでもあったらしい。

勇者と呼ばれるほどに戦い抜いた父の知古ということなら、その生き方に振り回された経験なんてものも一度や二度では利かないのかもしれない。

 

そして今、今度はその娘が急に旅立つなんて言い出したと思ったら、お出かけ一発目から危険を省みずに暴れてきた、と。

 

────いやあ。

 

「いつも苦労かけますねえ、おじいさんや」

「てめぇぶっ飛ばすぞ。俺はまだ30代のお兄さんだ」

 

おっと、歳の話は年々禁句度合いが上がっていってるのだった。

そんな感じに、自称お兄さんに照れ隠しで放った軽口を謝りつつも。

思わず想起した過去と今を比べ、このやり取りだけで、今の自分の在り方を肯定されたような。

そんなささやかで大げさな喜びに、私はこっそりと浸っていた。

 

------------

 

 

私自身の心配事もなくなったところで、まず気にするべきこと。

それは当然、助けてきたこの少女をどうするか、ということになるのだが。

今も少女はすやすやと……直前のトラウマからか、たまにうなされるような声を出しているが、ともかく眠っている。

 

とりあえず彼女が目覚め、事情を伺うまではああだこうだ語っていても仕方がない、と別の話題に移ることになった。

 

上がった議題は、実戦の振り返り。

つまり、実際に体験し乗り越えた初めての戦いについてだ。

 

「────とりあえず。鋼一刀以外のもう一手、なにか欲しいと思った」

「……まあ、妥当なところだな」

 

はじめに思ったのは、鋼一刀はたしかに魔物に通用する。

しかし、子どもを巻き込まずに奇襲をかける必要があった最初のように、何が起こるかわからない実戦では、一つの技だけに頼れる状況は想像以上に少なそうだ、ということ。

 

それに三体目ともなると読まれ始めて、防御の暇を与えてしまってもいた。

もしあの時ゴブリンが構えていたのが、例えば鋼一刀でも切れないほどに硬い盾だったりしたなら、どうなっていただろうか。

もちろん、これは鋼一刀の練度自体がまだまだだから、というのもあるわけなので、その鍛錬はこれからも毎日ずっと続けるつもりだ。

 

ただ、それはそれとして鋼一刀という手の内を知られた相手に対する手段は欲しい。

いきなり鋼一刀の対になる……とまではいかなくとも、何かしらの目先を変える技があるだけでずいぶん違うはずだ。

 

と、いうようなことをマルティロに伝えると、彼も特に異論なく頷いていた。

その様子を見るに、最初から選択肢として持っていたのだろうが、私自身が実戦を経て気付くことが大事だったのだろう。

 

……頷き、肯定する言葉とともに。

「初陣を終えたばっかってやつは大抵、戦いの怖さを知っただとかもっと強くなりたいだとか、漠然とした感想で止まるもんなんだがな」なんて苦笑していたが。

表情は呆れたようなものだったが、多分褒められたのだろう。うれしい。

 

 

ともかく、これで次に鍛えるべき課題はある程度定まった。

技に関しては、次の鍛錬時に教えてくれる、ということなので楽しみにしておこう……またあの地獄を味わうのかと考えると、げんなりする想いもあるが。

ただ、これでまた強くなれば、同じようなシチュエーションでより強い魔物と対峙しても、戦うことが出来るはずだ。

 

「……あ、そうだ。強さといえば、なんだけど」

「あん?」

 

課題とは別のところでもう一つ気になったもの。

それは、実際のところ私が倒した魔物はどれくらい強く、また私自身がどれほどの力を持っているのか、という基準だ。

前世では動物ならクマが強い、いやいやカバが最強だ、やはり大型のトラこそ王者よだとか色々と議論されていたはずだが。

魔物という存在があり、またそれに対抗するように人の強さも常識はずれとなっているこの世界では、どういう基準で強さを示しているのだろう、と。

 

ほぼ好奇心でした質問だったが、「そういやお前はそのへんも知らねえんだったな」とマルティロは漏らすと、講義を始めてくれたのだった。

 

「その前にまず、お前が倒したのはゴブリンで……そのあと、薄紫に光る、妙な鉱石みたいなもんが埋まったゴブリンを見かけた、と言っていたな」

「うん、その鉱石ゴブリンは結局森の奥に引っ込んじゃったけど。なんか他のゴブリンより怖い……というか、嫌な感じはした」

 

あれなんだったんだろう、とつぶやく私に、神妙な顔を作りながらマルティロは答える。

 

「……その直感は大事にしろよ。そいつは、鉱病(こうびょう)ってもんに侵された、ただの魔物とは一線を画す危険種だ」

「鉱病……病気ってこと? パッと見のテンションは他のゴブリンより低そうには見えたけど」

「鉱病ってなあ、魔物や動物がまれにかかる……と言われてるもんで、発症すると今の所例外なく身体の一部が結晶化して、宝石のような鉱石が露出するんだ。

で、厄介なことにこいつにかかった魔物は、同種の魔物と比べて強靭な生命力に、凶暴性……そして何より、高い知能をつけやがる」

 

……高い知能。

鉱病にかかっていないゴブリンも、悪辣な方面で十分な知恵を持っていたように見えたけど、それ以上ということなのだろうか。

 

講義のためだろうか、いつもより固い口調でのマルティロの語りは続く。

 

「そういった鉱石が埋め込まれた……つまり、鉱病にかかった魔物は頭に『メナ』とつけて呼ばれる。

お前が見たようなゴブリンならメナゴブリン、牛の頭を持つ魔物、ミノタウロスならメナミノタウロスってな」

「メナ……」

 

「で、さっきも言った通り鉱病にかかると、大抵の魔物は力や知恵を増した上に人語まで解するようになるんだ」

「あ、じゃあ私が見たゴブリンも喋らなかっただけで、私の言葉がわかってたってことか」

 

それは何気に怖い情報だ。

あの場でうかつなことを言わなくて良かったというべきか。

 

ただ、逆に言うと場合によっては、魔物との交渉や話し合いの余地も生まれる、ということなのかもしれない。

……私が倒したゴブリンの習性だけを見たならば、とてもそうは思えないが。

 

「強さの話に戻るが、そうした鉱病に侵され力を増した魔物を中心に、俺ら人類への脅威度が大雑把だが振り分けられている。

これは単純な戦闘力だけでなく、凶暴性や狡猾さ、実際予測される被害の大きさみてえな要素も含めてあるんだ」

「ほう、ほう」

 

強さのランク。

今の私としては一番気になる項目だっただけに、知らずしらずのうちに身を乗り出して伺う体勢となった。

 

「鉱病にかかった魔物やそれに率いられた魔物、もしくは準ずる奴らの脅威。

連中を表す単位はモースといって、強さや危険度に応じて数値が振られている。

モース1が最低で順に上にあがっていくってことだな」

 

……上の方の基準はよくわからないが、過去に見た父の剣圧の凄さと、それでも順風満帆とは言えなさそうだった旅路を考えると。

モース9とか10とかの強さはちょっと想像も出来ない。

今の私が出会ったら、睨まれただけで心臓が止まるんじゃないだろうか。

 

「あとはそういう魔物を倒した、もしくは確実に倒せるだろうって人間も、同じようにモースと数字で名乗るって風潮が出来てるな。

剣士がモース3の魔物を倒したならモース3剣士ってことだ。

まあ、現状名乗ろうと思えば勝手に名乗れる、アバウトなもんだがな」

「おぉっ……!」

 

思わず力の入った返事を返してしまったが、私たち人間にも強さの指標があるのはいいな、とてもいい。

そして、そうなると、つまり。

 

「なるほど……つまり、私が倒したゴブリンは最弱だとしても、モース1だったってことだね」

 

すなわち、それを倒した私は、すでに。

モース1を名乗っていいということになるのだろう。

 

(……モース1剣士、アッセロか……ふ、ふ)

 

うん、悪くない。ぜんぜん悪くない響きじゃないか。

 

いやいや、彼らは人の武器を持っていた上に複数体だったのだ。

何なら実質モース2相当だったりするのかもしれないぞ。

 

決してむやみに偉ぶりたいわけではないが、生き残るためこの先旅を続けるならば、それなりの(はく)ってものもあって困るものではない。

わかりやすい指標はモチベーションに繋がるものでもあるし、名乗れる称号は遠慮なく名乗っていって損はないはずだ。

これは純粋なメリットの問題で、邪な気持ちがあるわけでは決してないだろう。

 

 

「ああいや、お前が倒したのは鉱石が埋まったメナゴブリンじゃあなかったんだろ?

メナゴブリンならかろうじてモース1だが、ただのゴブリンはそこらの獣と同じでランク外……いででっ!おい、刀の柄を押し付けるな、何だ急にお前っ」

「……なんでもない」

 

……まあ、あの一戦だけでいきなり称号なんてものがついてもね。価値が軽くなるだけだし、これが妥当なところなのだろう。

と、即効で掛けられた冷や水への返礼はしつつそう自分を納得させておく。

 

そうしてひとしきりじゃれた後、さて、と気を取り直し話を進めることにした。

 

 

「ん、じゃあ次に、その鉱病にかかった魔物と出会った時なんだけど────────」

 

と、その時だ。

 

 

「…………ん、んぅ……っ……あ、れ……?」

 

 

かすかにだが漏れ出た、聞き慣れない声を拾った私たちは、その出どころに顔を向ける。

 

ベッドの上で今、目を覚ましたその少女。

ナチュラルに切り揃えられた栗色の髪はセミロング程度の長さに伸び、作りだけを見るなら勝ち気な印象に見える目鼻立ちは、今は恐怖の入り混じった困惑に支配されている。

 

「ぇ……ここ、は……?」

 

ゆっくり、キョドキョドと。

怯えたように揺れ動くのは、髪と同じ栗色の瞳。

 

そんな彼女に、私はできるだけ落ち着かせられるよう、出来るだけゆっくりとした口調を意識して声をかけた。

 

「お、おはよう。怪我は大丈夫? ここは私の家の……えっと、まずここはアカシャ村っていうところで、あなたは────」

 

 

────そんな、私の言葉が耳に入ったのが先か、彼女の意識がはっきりしたのが先だったのか、それはわからない。

ただ、一つ言えることは、今この状況で私がどう声をかけていたとして、それには何の意味もなかっただろう、ということ。

 

何故なら、現況を把握したであろう彼女は突如、顔を真っ青にしながらブルブルブル、と震える自分の身体を抱いたかと思うと。

 

 

完全にパニックと言える状態のまま、半狂乱で叫び声を上げたのだから。

 

 

「────────ッ、イヤ、イヤ、イヤアアアアアアッッ!!

ウソ、ウソ!? あたし、なんでこんなとこにっ、ああダメ、ダメ、こんなのウソ、やだ、やだアアアアァッ!?」

 

「────っ」

「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて! 大丈夫、もう大丈夫だから!」

 

蒼白と表現していい顔色で髪を掻きむしりながら叫びだした少女。

それを見てマルティロは息を呑み、私は慌てて声をかける。

 

直前まで魔物の手で命の危険に晒されていた上に、起きたら見知らぬ人間が複数居た……

そんな状況を考えるとパニックに陥るのは無理もないかもしれない。

が、それにしてもここまでの強烈な反応は想定していなかった。

 

ひとまず落ち着かせようと大丈夫、大丈夫だと言い聞かせる私の声。

それを聞いても少女は頭を抱えながらかぶりを振り、涙を浮かべて悲痛な声を上げ続ける。

 

 

「違う、違う、違う違うッ!! 大丈夫って何!? 何が大丈夫なの!?

ああ、嘘、嘘……!! あたし、どれだけ寝てたの!? ダメ、ダメだダメダメ帰らなきゃ、帰らなきゃぁッ!!」

 

「……こいつ、はっ」

「っ、……」

 

ここで、私たちは気づく。

 

────違う、と。

 

彼女を今、心底から怯えさせているものは、先程のゴブリンなんかでも、見知らぬ者(わたしたち)でもない。

もっと、もっと。

根本的なところから来る、逃れられない運命に対するような、そんな恐怖であった、ということに。

 

 

「────ひぐっ、ああ、やだ、いやだぁ! 早く、早く帰らなきゃ!! みんなが、村のみんなが……っ、殺、されるッ…………!!」

 

 

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