転生ゆうむす、あと三年   作:多部キャノン

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第八話 砕月

 

少女レクタの村を助けたい私たちが、憂慮すべき点は大きく三つある。

 

一つは、元凶のメナトロール自身は複数の取り巻きと共に、基本的に村から離れた位置に陣取っており、それ以外の手勢は村に蔓延っているということ。

当然、支配された村の人々は迂闊に逆らうこともできないし、覚悟を決めて蜂起したとしても聞きつけたメナトロールに瞬く間に滅ぼされる。

逆に、首魁であるメナトロールだけを何とか仕留めようと動いたとしても、伝令を受けた村の魔物により村人が人質にされたりする可能性は十分ある。

 

これに対しては、私は依頼という形でマルティロに任せることになった。

私とメナトロールの戦闘中に解放が完全に成らなくても、村からの援軍を食い止められるというだけでとてもありがたい話だ。

 

「……それが、お前の道、か」

 

父が遺した財産を対価に依頼した私を見て、喜ぶでも怒るでもなく、ただそう呟いたマルティロの表情。

彼のそれが意味するところは、私には結局わからないままだったが。

 

 

二つ目は、私たちの戦いの間、レクタをどうすべきか、という問題だ。

彼女と出会った時に見かけた鉱病に冒されたゴブリン、メナゴブリンは、レクタいわくメナトロールの副官のような立ち位置らしい。

そんな魔物があの場にいた、ということは彼女がメナトロールの監視下にあった可能性は、高い。

会話中、私もマルティロも周囲の警戒は欠かしていないので、さすがにこの会話まで筒抜けということは無いはずだが。

ともかく、相手の動きが読めない以上、アカシャ村に彼女を一人置いておき、私たちだけがメナトロールと戦うという選択が安全な保証は全く無い。

 

そして、何より。

 

「お願いします、あたしにも手伝わせてっ……!」

 

恐怖を抱えながらも、そう願い出る彼女の決意。

まだ小さいとはいえ当事者である彼女の願いを無下にすることは、私には出来なかった。

 

……ただ。

 

「…………っ」

「ど、どうしたの、アッセロさん……?」

 

願い出た彼女、レクタの瞳から……なんだろうか。

単なる勇気とは違うような、どことなく(くら)い雰囲気を一瞬、感じたような気がした私は、ブンブンと首を振り「なんでも無いよ」と答えた。

そもそも初めて尽くしの状況で、自分も彼女も緊張していて当然だ。

変な深読みをしすぎないよう気を取り直すと、私は彼女に向き直り、方策を伝える。

 

「……わかった。それなら、レクタにやってもらいたいことは────」

 

 

------------

 

 

「────ッ!!」

 

ぎぃん、っと。

甲高い金属音とともに、わずかな火花が散る。

 

「ガグゥ……ッ!」

 

鋭い刃のような尾で襲いかかったものの、弾いた私の刀の重みに力負けした小さめの獣は、唸るような声を上げながら距離を取った。

警戒を強めたようだが、ゴブリン以上に攻撃性が高いこの獣はそのまま逃げるなんて選択を取ることは無く。

 

(こいっ……!)

 

予測通り、同じような動作で飛びかかってきた魔物、ツルギイタチを前に私は"さっき覚えたばかりの構え"を取った。

 

────私が今、イドナ村に向かう道中に少し街道を外れ、この魔物と戦っていることには理由がある。

 

それは、レクタを助けるための問題点の三つ目……マルティロから指摘された、純粋な私の戦力不足を考えてのものだ。

レクタが目覚める前に話していた通り、三体のゴブリンを退治した段階で私がまともに使える技が、大上段からの打ち下ろしに限定されることがバレてしまった。

今回、討伐する相手がメナトロールを初めとした複数の魔物である以上、今回もそれが問題となる可能性は高い。

そのため、目先を変える意味でも、なんとか攻撃手段として使える技を増やしたいとマルティロに乞い、駆け足で教わった。

そして今、レクタに先行した私は、道中の安全確保も兼ねた新技の試運転として魔物と戦うことにした、というわけだ。

 

そうして現れた魔物、ツルギイタチと戦ってみて分かったことがある。

モースと呼ばれたランクでどう位置づけられているかは聞かされていないが、斬れ味鋭そうな金属製の尾という凶器を素早い動きで躊躇なく振り回すこの魔物は、純粋な戦闘力ではゴブリンより確実に上だろう、ということ。

そして、そんな相手を前にして、私は不思議なほど落ち着いて戦えている、ということだ。

 

……どうやら、この世界における命をかけた実戦の影響は、想像以上に大きいらしい。

少なくともゴブリンと戦う前の私が、このツルギイタチと余裕を持って戦えたとはとても思えない。

メナトロールとの戦いを頑なに止められはしなかったのも、もしかしたら死線を越えての成長幅に一筋の希望があったからなのかもしれない。

 

そして、今。

飛びかかったツルギイタチの動きに合わせ、私はのけぞりながら刀を持つ右肘を畳んで構える。

息を止め、瞬間的に緊張させた力をバネじかけのように打ち出す、渾身の一突き。

マルティロから教わった、技の名は。

 

「────砕月(さいげつ)ッ!」

「ギュッ……!?」

 

獣の刃が私に触れるよりも早く耳に届いた、押しつぶされたような断末魔を最後に。

身体を刺し貫かれたツルギイタチは、勢いのまま木に激突し、そのまま沈む。

今度は周囲の気配が無いことも確認すると、私は息をついた。

 

(よし。なんとか使えた……けど)

 

けど、だ。

最後の一撃でほんの僅か尾をかすめられたか、手の甲から流れた血を見ながら、私は考える。

 

「やっぱり、鋼一刀みたいには全然いかないな……」

 

父の技に魅せられたその瞬間から、情熱と執念をもって再現し続けた鋼一刀と、つい先程覚えたばかりの付け焼き刃の砕月。

その練度の差は魔物との実戦で身体を動かしやすくなってなお、無視できないほど大きなものだった。

 

『あくまで本命は鋼一刀だ。新しい武器に頼って勝とうなんてのは今は思うんじゃねえぞ』

 

これは、この戦いに臨むにあたり、マルティロから受けたいくつかの教えの一つだ。

彼の言う通り、砕月は鋼一刀の斬りに対する突き、という選択があることを相手に見せる……基本的にはそれぐらいのモノと考えておくべきなのだろう。

 

そう認識を深めた私はレクタと合流し、改めてメナトロールたちの居処へと向かった。

 

「すぅ────ふぅっ────」

 

一歩、一歩と進むたびに膨らむ、緊張と恐怖。

最初に村から出た時に、ゴブリンと対峙したときとはまるで別物のそれを、大きく息をつくことで無理やり飲み込む。

 

「アッセロ、さん……」

「ごめんなさい。……大丈夫、レクタは心配しないで」

 

私の少し後ろを"ゴロゴロと音を立てて進む"レクタの顔色は、悪い。

メナトロールの場所が近づくたびに、どんどん沈み、俯いていく彼女になんとか強気を装うが、不安の払拭には至らないだろう。

本当に私で勝てるのか、彼女の願いとはいえこのリスクを背負わせていいのか、もっといい作戦を考えるべきだったんじゃないか……

次々と脳裏をよぎる不安と弱音を、私は頭を振って散らす。

 

(大丈夫、やれる……きっと、あの日の私に似たこの子も、助けられるっ……!)

 

心で唱えた言葉に押されるように、あるいはすがりつくように。

いよいよ目的地が迫った私は、レクタに伝えた作戦と呼ぶにはあまりにもか細い、そんな策に取り掛かったのだった。

 

 

★★★

 

 

イドナ村から少し外れた森にある、開けた場所。

かつては子どもたちの秘密の遊び場にもなっていたそこは今、異形が跋扈(ばっこ)する空間となっていた。

醜悪に歪んだ表情で悪意を振りまく、十に迫る数の子鬼ゴブリンと、その中でひときわ悪しき存在感を醸すメナゴブリン。

そのゴブリンを大きく超える体躯と膂力を、仁王立ちで誇る一頭の怪物、トロール。

そして、トロールより少し体長で劣りながら。

妖しく輝く紫の鉱石と、鉱石に酷似した色の巨大で歪な棍棒を携え、自信に溢れた立ち振舞いで中央に座す一つの異形……メナトロール。

 

それら魔物がのさばる場でありながら。

不気味な秩序も感じさせる静寂に、ゴロゴロ、ゴロゴロと音が差し込んだのは、昼下がりのことであった。

 

音の出どころは、一人の少女が両手に握った手押し車。

大きな……ちょうど、身体を畳めば人一人が入りそうなほどの木箱が乗った手押し車は、見た目の印象通りの重量感を奏でる。

 

「────戻っタ、か」

 

少女レクタに対し鷹揚(おうよう)にかけられた、メナトロールの低い声。

鉱病によって言葉を与えられたモノに見えがちな、少し拙さが残るその語りも。

今は地獄の底から響いてくるもののようにしか聞こえないレクタは、ビクッと身体を震わせた。

 

「は、はい……言われた通り、ちゃんと食料、積んで、来ました……」

 

地面しか見えないぐらいに俯いたまま、震えた声を返すレクタに、異形は続ける。

 

「ずいブん、時間がかカっていた、ようだな。身体が心配ダ。大事は、なかったか?」

「……ッ!!」

 

一見、少女の身を案じるかのようなメナトロールの言葉と同時、ゲギャギャギャギャッ、と響いたのは嘲り笑う声。

声の出所は、レクタがゴブリンに襲われたときも間近で見ていた……どころか、彼らを仕向けた異形のゴブリン、メナゴブリンと、釣られて嗤うゴブリンたち。

そしてそのメナゴブリンを動かしたのは当然、首魁であるメナトロールだろう。

己の所業を頬被りし心配そうな声をかける首魁と、嘲笑する副官が突きつけた"悪意"。

向けられたレクタは、歯ぎしりしながらうつむき続けることしか出来なかった。

 

「さテ」

 

メナトロールが少し声色を変え話を戻したのを見て、嘲笑の声が止まり、ビリっと空気が硬直する。

鉱病により悪意と知恵を高めた首魁は、改めてレクタが運んできた食料に目を向けた。

 

……メナトロールが部下に命じレクタへ負荷を与えた理由の一つに、ストレスで萎縮させ、より従順な駒にするというものがあった。

が、報告によればレクタは、まだ手を出す予定の無かったアカシャ村の少女に助けられ、そのまま連れて行かれていた。

その先でどういう話が行われていたかは、少女か、または別の何者かの警戒がかなり高くうかがい知れなかったという。

 

少なくとも最も警戒していた、アカシャ村に乞うた助けの手が総出で駆けつける、という様子こそ無いが、直接関わった少女や何かが今、介入してきている可能性はある、と。

 

「────おイ」

 

瞬時にそこまで頭を回した怪物は、自分のそばに立つトロールに目配せする。

 

「……??」

 

が、鉱病にかかっていないトロールの知能では呼ばれた以上の意図を解することは出来ない。

その様に「チッ」と口内で舌を打つとメナトロールは、頭をかきながら粗野に命令し直した。

 

「その木箱を叩き、壊セ。"中にナニが入ってテも”、もろとも、ダ」

「────ッ!」

 

メナトロールが差し向けた言葉の意味を理解したレクタが、俯いたまま音を立てずに息を呑む。

鉱病にかかった魔物が操る言葉は、まるで悪意そのものを伝播させるかのように、通常の魔物にも伝わる。

 

「ゴアァァア────ッッ!」

 

当然、くだされた命令を即時に実行にうつすため、木箱の前に立ったトロールは、雄叫びを上げながら棍棒を振りかぶり。

 

躊躇なく、その凶器を箱に叩きつけた。

 

それと同時、木が砕ける軽い音とぐちゃり、という粘着質のある音がその場に鳴り。

 

「あァ……ッ?」

 

メナトロールたちは、『レクタの言葉通り』木箱に正直に詰められた食料が宙に飛散するのを見る。

 

 

「────────鋼、一刀ッッッ!!」

 

 

瞬間、事前に登っていた樹から飛び降りた、一人の少女。

裂帛(れっぱく)の気合とともに全体重をかけて振り下ろされた一撃は、箱の前で飛び散る食料に一瞬、呆けていたトロールの脳天に直撃し。

二つに分かれた巨躯を、大地に横たえさせることとなった。

 

「まず、一体ッ!!」

 

少女、アッセロとメナトロールたちの戦いが、始まった。

 

 

★★★

 

 

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