「いやはや、奇遇ですねリン!まさか、偶々取れたお休みの途中。こんな所で会えるなんて!今日はいいコーヒー豆も手に入りましたし、本当に良い偶然が続く日ですね」
「し、白々しい……白々しいですよカヤ……。あなたが自分のその偶々取れた休みに合わせて私をここに来るように仕向けたのでしょう……」
キヴォトス。D.U地区にある、とあるコーヒーショップ。そこにある、団体客向けの個室で向かい合って座るのは、まさに今このキヴォトスでは有名な人物たちだった。
七神リン。連邦生徒会、総括室室長にして現在は生徒会長代行。そして、同じく連邦生徒会の行政委員会の防衛室のトップ。不知火カヤだ。
リンは連邦生徒会の制服姿だが、カヤは白のワンピースに普段編み込んでいる髪を解いてロングヘアといういかにもプライベートと言った格好。カヤはニコニコとしながら、気に入ってるこの店のコーヒーを楽しんでいる。対してリンは、コーヒーは確かにおいしいと感じているが、ため息をついていた。
「……ここの安全性は?」
「完璧ですよ。ここのオーナーとは付き合いが長いので、信用していいですよ」
「そう。……では、おいしいコーヒーでも飲みながら話を聞きましょうか。色々とね」
「いいでしょう、ここのコーヒーは。シャーレの先生にも好評だったので、経費で備品として豆を買ってもらうように頼みました」
「カヤ……?」
「ご、合意の上ですよ。先生も徹夜する時にあると嬉しいなと仰ってましたし」
「はぁ……。先生にあまり徹夜など無理をさせないようにだとか、色々言いたいことはありますがそれでは話が進みません。率直に聞きましょう。先生にお会いして、どうでしたか?」
「私達の望む通りの人でしたよ。 ――ええ、完璧なほどに。あの方は文字通り、狂っている。 私と同じ部類の存在です」
「そこまで、ですか」
「ええ。先生ならば私の願いを託していいと。そう思えるほどに」
リンから見てのカヤは、友人であると同時に狂人である。かつてのカヤを知るリンからすれば、カヤは連邦生徒会長と出会い。ある作戦を機に人が変わったようになり。その頃から、より気高く。強くなり。狂い始めた。
キヴォトスの平和を、誰かの明日と笑顔を守らんとする姿勢。その覚悟。それは輝かしく並大抵の覚悟ではできることではないとリンは思っている。問題は、カヤはそのためならば己の如何なる痛みも構わないと思っている点だ。
そうして。カヤはどれだけ傷ついても、どれだけ追い込まれても立ち上がる。『まだです』と言い続け何度も、何度でも立ち上がりあらゆる敵を。誰かの笑顔と未来を奪おうとする相手に勝利し続けてきた。
だが、積み重ねられてきたその勝利の裏には、途方も無いほどの痛みが、絶望が、苦しみがあることをリンは知っている。その勝利は、誰かの明日と笑顔のために。そしてその痛みや苦しみ、絶望はそんな誰かがいる限り。大切な誰かがいる限り彼女を屈服させることなど出来ない。
「防衛室の引き継ぎは殆ど終わっていますよ。うちの副室長は優秀ですし、そもそも防衛室は私が不在でも問題なく回るような体制にしていました。問題が出るとすれば、指示系統と室長印の必要な書類ですが。指揮系統については副室長を信頼しています。あの子は、既に戦術指揮だけなら私をも上回っている。それこそ、シャーレの先生に匹敵すると言ってもいいくらいです。そして室長印については、リン。あなたの生徒会長代行としての承認印があれば解決される」
「はあ……。その今後私の承諾印が要るという話を、大分後に聞いたのですが?」
「それについてはごめんなさい。計画がどう動くか、不確定な所があったので。ですがそれも、先日先生にお会いして解決されました」
「……それでは。そのつもり、なんですね?」
「はい。有事の際を除き防衛室の業務を最低限にして、私はFOX小隊。そしてRABBIT小隊と共にシャーレでの活動を主にしていきます」
やはりか。そうリンは思った。以前から、というより連邦生徒会長が失踪し、シャーレの存在が明らかになってからカヤの動きがおかしいようには感じていた。恐らく、最も連邦生徒会長に心酔し。背中を見てきたはずの彼女が失踪時に慌てることもなく。何かのために動いていたのは知っていた。
SRTの閉鎖騒動、連邦生徒会長不在による問題の浮き彫り、そして。そうなったことで、手を伸ばせなくなる存在が出ることも。全て想定の上でカヤは動いていたのだ。政治的なしがらみ、それによって自らの手が誰かに届かなくなる。それを避けるために、カヤはシャーレに希望を託した。
そうしてそれは成就された。先生は、カヤにとって。彼女達にとって信ずることのできる存在だった。
「わかりました。あなたがきっとそのつもりだろう、ということもなんとなく察していましたし」
「迷惑をかけますね、リン」
「今更ですよ。どれだけ貴女や会長が現場で好き勝手やって、その事後処理をしてきたと思っているんですか? ――こっちのことは私に任せて下さい。カヤ、貴女は貴女の正義を。信ずる心に従って下さい」
『ありがとうございます、そちらはお願いします』とカヤはリンを翠玉の瞳で見据えて伝えた。
「カヤ、あなた達についてはわかりました。……では、続けてシャーレの話です」
リンは少し冷めたコーヒーに口をつける。やはり、おいしいコーヒーとは少し冷めるだけでもかなり味が落ちるなと感じながら、話を続けた。
「正直な所、あなた達がシャーレに所属してくれて良かったと思っています。部員がまだ少ないのもそうですが、現状として先生をお守りするには戦力が足りないと思っていましたので」
「色々ありますが、すぐに出てくるのはゲヘナとトリニティ、後は『エデン条約』。そのあたりでしょうか」
「その通りです。シャーレは、あらゆる自治区での活動が認可されています。それにより、今のゲヘナやトリニティを刺激してもし目をつけられた場合。自治区の所属機関が動き、シャーレへの干渉を行う可能性もあります。そうなった時、対抗できるだけの戦力がなければ極めて不味いことになります。ですが」
そう。その戦力についてはリンは解決されていると考えていた。既に、キヴォトス中を探してもこれ以上無いほどの戦力が先生の味方に付いてるのだから。
SRT特殊学園、その中でも現状最も優秀な部隊。それが、FOX小隊だ。ある時を境にして、急激に実力をつけた現在のFOX小隊は、小隊単位で各自地区のトップレベルか、それ以上の実力を持っている。特に、小隊長であるユキノの才能は抜きん出ていた。彼女単体で空崎ヒナや小鳥遊ホシノ、剣先ツルギなどの各自地区の最高戦力である相手と戦えるほどに、その実力は高い。
加えて、そのSRTの中でも最も優秀と言われるFOX小隊が目をかけていたのが、RABBIT小隊である。まだ1年生の、FOX小隊の面々からすれば未熟も良いところのメンバーで構成されている小隊であるものの、個々の才能や潜在的な素質は極めて高いとFOX小隊の面々からも認められている程である。ユキノ曰く、自分達から直接指導を受けて、それを素早く吸収して成長するいい後輩たちであるとのこと。
そして。その2つの小隊を束ねる存在。恐らくキヴォトスでは間違いなく最高戦力レベルの存在。防衛室長、不知火カヤ。
防衛室長。それが意味するのは、不在となった連邦生徒会長を除けば、『連邦生徒会最高戦力』である。そんな面々が、シャーレの所属となるのだ。先生の安全や、自治区の政治的干渉というのはほぼ心配することはないだろという状態である。
「あなた達が居れば、心配もなさそうですね」
「ふふ、リンに信頼されているようで私は嬉しいですよ」
「実際。私があなたを手段を選ばず鎮圧する想定で色々考えてみましたが無理でした。どんな状況になってもそれを覆されるビジョンしか見えませんでしたよ。 ……ああ、ひとつありました。実は、私達が中等部の頃の作戦記録の映像の切り抜きがあるんですよ。いや、本当に懐かしいですね? ――主にあなたの切り抜きが」
「どうしてそんなむごいことするんですか」
当時の自分を思い出したのか、赤面してプルプルと震えだすカヤ。彼女からすれば、過去の己は今の自分を形成した糧だ。大切な過去だ。だが、同時に恥ずかしいものでもある。もし今その切り抜き集など見せられれば、脱兎の如く自分の執務室に逃げ込み引き籠もり、当面の間職務放棄するだろう。
「そんなことするなら私にも考えがありますよ!?そ、そうですね……私も会長のようにリンちゃんと呼びますよ!いいんですか!?」
「ええ、構いませんよ。 ほら、呼んで下さい」
「え?あ、う……ええと」
「どうしましたか?そう呼ぶのではないのですか?さあほら」
「リ……リン……リンちゃ……ああもう負けです!私の負けでいいですよ!」
「別に勝負などしていませんが。なのでほら、どうぞ遠慮なく呼んで下さい」
『うっ、ううう……!』と。恥ずかしさを押し殺すようにして、そしてそれを隠すようにしてカヤがコーヒーを一気に飲み、手付かずだったケーキを食べ始める。流石にからかいすぎただろうか、とリンは反省した。
「おふざけはこれくらいにして。 ……最後の確認です。カヤ、私はあなたにどうしても聞いておかなければならないことがあります」
「……随分と真剣な眼ですね。そんなに重要なことですか?」
「ええ。 ねぇ、カヤ。連邦生徒会長が失踪した後のあなたの落ち着き様に、知っていたかのような行動。そして今回の、あなたとFOX小隊にRABBIT小隊のシャーレへの加入」
貴女には、何が見えているのか。
そうリンがした質問に、カヤは暫くの沈黙の後。『まあ、リンにならいいでしょう』と呟いた。
そして、告げられた言葉で。リンは動きを止めて目を見開いた。
・リンちゃん
苦労人。昔から連邦生徒会長とカヤが現場で暴れまくり、時には厄介事にまで突撃していき、挙句の果てにそれを解決してしまうのだがその事後処理をやるのはリンちゃん。
よくカヤを呼び出しては説教をしている。『どうしてここに呼ばれたのか、わかりますね?』と言って怒るだけ怒るのだが最後には『なんとかします、今後気をつけて下さい……』とため息を付いている。健気である。
一番近くでカヤのことを見てきた友人。だからこそ、彼女の痛みも苦しみも絶望も見てきた。
・カヤちゃん
どんなことがあっても、信ずる光がある限り何度でも立ち上がる。重ねられた勝利は誰かの明日と笑顔のために。
プライベートでは普通の生徒をしている。コーヒーが好き。休みが取れたら私服でD.U地区をフラフラしたり、モモフレンズのグッズを買い漁っている。
基本的に先生を除く他人に対しては『さん』付けだが、リンだけは呼び捨て。長い付き合いで、特に信頼している。頭が上がらない。心配も迷惑もかけていると思うが、自分の道を征くのをやめる気はない。
【あとがき】
書いてたら水戸黄門みたいだなと思って、じゃあ助さん格さん誰かなと考えたらぞれぞれの部隊ならFOXならユキノとクルミ、RABBITならミヤコとサキかなと考えた。なお、黄門様ポジは最初から身バレしている。拙作のコンセプトの1つが世直しだったりする。
リンちゃんはこれから先胃薬が手放せなくなる。カヤだけかと思ったら一行全員と先生が胃痛の原因になる。それでも頑張る。頑張れリンちゃん、負けるなリンちゃん。