「ここがブラックマーケット……」
「セリカ、人混みでは細心の注意をしてください。携帯や財布は、絶対に鞄の中に入れて下さい」
「大袈裟……でもないのよね。そんなに治安が悪いところなの?ミヤコ」
そうだ、と言うようにミヤコが頷いた。
便利屋68の襲撃から数日後。アビドス対策委員会のメンバーと先生、SRT1年生組はブラックマーケットへと足を運んでいた。といっても、モエとアヤネはドローンやミヤコ達が装備しているインカム型デバイスを通じて状況を確認しながらアビドス高校で後方支援を行っているのだが。
彼女達と先生がブラックマーケットという無法地帯に足を運んだのには理由があった。それは、先日壊滅させたヘルメット団の拠点から見つかった違法部品が発端だった。対策会議でも話題になったことだったが、ミヤコが念の為にと考えてシャーレの部員。ユウカとノアに確認を取ってみた。
連絡を受けたシャーレ本部に居た二人はすぐに調べてくれ、その結果はやはり『黒』だった。ユウカはかなり怪訝な顔をしていたが、その部品は間違いなく違法部品であり、ミレニアムでも生産が禁止されているものなのだという。そんなものが手に入るのは、セミナーの二人の意見もミヤコも同じで、一箇所しか存在していない。
ブラックマーケット。キヴォトスに存在する巨大な無法地帯で、様々な理由で学校を辞めた生徒達の流れ着く先でもあり。今回問題になったような違法な武器や部品を取り扱う商人や企業が存在している、連邦生徒会でも手が及ばない場所だ。まず、第一の目的としてブラックマーケットでの調査が挙げられる。
そうして次に。少しの間、アビドスを離れていたカヤとの合流である。本来の予定であれば、もう一人。合流予定の人物が居たのだが、急遽別件を依頼することとなってしまい、もう暫くしてから合流すると連絡を受けていた。
変装も何もなしにブラックマーケットをカヤが歩いて問題ないのか、と思った先生達だったが。返されたのは予想外の返答だった。
なんと、カヤは昔から自分の庭のように変装もなしにブラックマーケットに出入りしているのだという。それこそ連邦生徒会長が居た頃に一緒に出入りすることもあったようで、トラブルや事件の解決のためといえ当時のリンが頭を抱えるほどに暴れに暴れたこともあるのだ。加えて、カヤはブラックマーケットを肯定派の人間である。それが必要悪だと言い切るほどで、生徒間の噂では連邦生徒会がブラックマーケットに干渉できない、のではなく干渉しないのではないかと言われている。
だからこそ、昔からブラックマーケットに住み着いている人間は彼女が歩いていた所で何も思わない。『あ、久しぶりに見たな。買い物かな?』くらいの感覚である。何ならブラックマーケットに存在する住人からは近所にいる親しい子供感覚で、
――『カヤちゃん、モモフレンズの限定品が入荷したよ。3倍サイズウェーブキャットぬいぐるみ……超レア物だよ』
――『大きい声では言えないんだが……コピ・ルアクの中でも希少品が手に入ったんだ。値は張るが、どうだい?』
などと言われるくらいである。当然、そんな事を言われればカヤは食いつく。何の躊躇いもなしに連邦生徒会の自分名義のカードで買物をして、とても満足そうに帰ってくるのだ。しかも、時々同じ連邦生徒会のハイネやモモカ、副室長であるリリィからはブラックマーケットでしか手に入らない品物を頼まれて買ってきている。彼女にとってはブラックマーケットとは、庭のようなものであり馴染みのある商店街のようなものなのだ。加えて。そのブラックマーケットの支配者の1人とは、親しい関係でもある。それについては知る人間こそ少ないことではあるが。
更に、カヤが変装もせずにブラックマーケットを歩いていれば、昔から此処に住み着いている裏稼業や荒事慣れしており義理人情に厚い生徒からは気軽に挨拶をされたり、あまり表立ってできない話を平然としている。
カヤと合流するために、指定された場所に到着した先生達だったのだが、その場所を見て唖然として。一度、タブレット端末に送られた場所のデータを確認した後、もう一度目の前の建物を見た。
「……ミヤコ、ここで合ってるよね?」
「間違いないかと……まさか、裏路地を迷路のように進んだ先にこんな建物があるなんて……」
「うへぇー……おじさん達、とんでもない所にきちゃったのかも……?」
目の前にあるのは、高い塀で囲われ荘厳な正門がある巨大な和風の建物。しかも、その正門にはいかにもと言った格好のウサギの姿をした住民がフル装備にテンガロンハットとサングラスという姿で待機している。
思わず先生はミヤコやホシノ達を見た。流石のホシノもこのような光景で完全にフリーズしてしまっているようで、ミヤコ達も困惑しているようだ。だが、場所は間違いなくここである。先生は覚悟を決めて、先生として自分から行かなければならないと己を奮い立たせて正門に近づいた。
「ん……?おい、ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「迷子なら中央通りまでの道を教えるぜ?」
「ああ、その。私はシャーレで先生をしている者なのですが……実は、うちの生徒とここで待ち合わせをしておりまして」
すると、獣人の1人が。ピクリ、と反応を示した。
「お嬢の言っていた先生ってのはあんたか!そういえば、ニュースで見たツラと同じだな!」
「お、お嬢……?」
「んん?ああ、そうか。ウチでは、かの防衛室長、不知火カヤのことはみんなお嬢って呼んでるんだよ。まあ、そこそこに付き合いも長いしこのブラックマーケットにはよく遊びに来るからな! ――おっと、悪いな。少し待っててくれ、今連絡を入れる」
すると、片方の獣人が腰のデバイスケースから端末を取り出し、何やら連絡をし始める。その間、もうひとりの獣人といろいろなことを話しており、感触的には悪くなかったため先生はとあることを聞いてみることにした。
それは、ヘルメット団が使用していた装備についてである。ここはブラックマーケット。そして明らかにその大物と思われるような相手の邸宅。だが、カヤとは親しいようであり、話していても自分達に心許してくれているような感触だった。
だから聞いてみよう、と思った。もし駄目でも元々だ。なにか手がかりがつかめればいい、そう思って確認をしてみた。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですが……いいですか?」
「ん?ああ、構わないぜ。お嬢の客人だ、俺達で答えられることなら大体は答えてやれるぞ」
「それでは……これを見てほしいんですが」
「んん?どれどれ。 ――こいつは」
不意に。その獣人の表情が変わった。それは真剣味を帯びたもので、サングラスを掛けていてもその雰囲気だけでわかるほどのものだった。
「なあ先生サンよ、こいつを……どこで手に入れた? いや、いい。何か事情があるんだろうよ」
「その、実は……自分達はアビドスから来ていまして。アビドス高校を襲撃してきていた相手が、それを持っていたんです」
「アビドスっていうと……あっちの方面にそういった仕事をする奴らは限られてる。つまり、どこにでも展開しそうな奴等……ヘルメット団か。まさか、奴等がこれを?」
肯定するように頷けば、その獣人は考え込むように暫くして。
「先生サンの欲しいと思う情報を先に教える。まず、この銃器の部品と戦車の砲塔パーツだが、こいつは一般流通用に生産されている代物じゃねえ」
「それは、ブラックマーケットに流れている品だからということですか?」
「んや、違う。そもそも、この部品は企業からの流通を経てブラックマーケットの流通にも乗らないような代物なんだよ。……ちょっとわかりにくいな。簡単に言うと、ブラックマーケットでも完全に真っ黒の代物ってことだ」
思わず先生は目を見開いた。ブラックマーケットは大抵のものが流通している。そんな界隈で、真っ黒と称されるものなどどれだけ危険なものなのかと思った。
「この部品が流通し始めたのは割と最近なんだよ。2ヶ月ほど前か?それくらいからいきなり姿を見せた代物でよ、一体何処の誰が生産しているのかも不明。だが、言えるのはこのキヴォトスでも使用が禁じられている危険な弾種を使用できたり、その火力の代償として使用者の安全を考慮されていない乱暴な作りがされているということだ。ウチでも問題になってな、調べたことがあるんだが……殆ど何も分からなかった」
「ある日突然ブラックマーケットに出回り、どこから出てきたものなのかもまったくわからない。そういうことですか?」
「ああ、そうだ。俺達みたいな稼業の人間は裏の武器生産をしている企業なんかも知ってるが、これはそのどこにも該当していない。一番ヤバイのは違法弾頭を使える仕様ってことじゃなく安全を完全に無視していることだ。厄介なことに、これがヤバイ代物ってことをよく知らないブラックマーケットに居る生徒サン達がこの出所不明の武器を喜んで使ってるってことだ。事実、この武器トラブルで怪我や重症を負った事例もでてる」
思わず先生は驚愕の声を上げた。つまり、この部品を作った存在が流通に乗せたという武器は、容易に使用者を傷つける。いくら生徒にはヘイローがあるからと言って、怪我を負わないわけでもない。この違法武器を使用する生徒は、つまるところいつ爆発するかわからない爆弾を、それが爆弾だと知らずに使用しているということなのだ。
それがどれだけ恐ろしいことか。すぐにでも出元を辿って生産元を根絶すべきだと思うが、ここ数日不在にしているカヤがそれを知らないわけがない。そして、必要悪を許容しているカヤといえどこれほどの事態を見逃すはずもない。つまり、その根本の根絶のしようがないということだ。
「生徒達の先生としては、このような危険な武器を放置には出来ません。……ですが、苦い顔をされるだけの面倒なこと、なんですよね?」
「ああ……すまねぇ、顔に出ちまってたか。ウチとしてもこいつを許容するつもりはねえ。此処最近だとこのたぐいの武器は出所不明なかわりに、簡単に手に入り、安価で、それでいて違法と判定されるほどの威力まである。商売だけで言えば、真っ当な高品質なものを作っている企業や、そういったものを流しているガワからすれば商売あがったりなんだよ。手にしているどいつもこいつも、この最近流通している武器のヤバさを知らねえ生徒サンが多い。 ――個人的なことを言えば、この武器は許しちゃおけねぇ」
その兎の獣人にあったのは、怒りだった。
「俺達はここで生きている。だから人には言えない商売や取引なんてこともする。けどな……誰もが好き好んでそんなことをするわけじゃねぇ。色んな事情があって、やむを得ず武器を手にする子だって居る。真っ黒な商売に手を付ける子も居る。この武器は、そんな子供たちを食い物にして使い捨てるような武器だ。自分の意志で武器を持つのと、意思に関係なく武器を持たされるの。先生にはわかるよな、この違いが」
「……ええ、わかります」
何かがいる。先生はそれに感づいた。
ブラックマーケットに違法で安全性の確保されていない武器を流通させている何者かが居る。聞く限り、その流通している武器での事故で大怪我を負ったということは、生徒の持つヘイローの力で受けきれないほどの殺傷能力ということになる。考えたくはないが、表沙汰になっていないだけで既に最悪の事態になった生徒もいるのかも知れない。
いわばこれはいつ爆発するかもわからない爆弾だ。選択肢のない生徒は、それを手にすることしか選べず。もし何かの拍子にその爆弾が起爆すれば、最悪命にも関わるのだ。
「ああ、その表情だけでわかるぜ、先生。……俺等もこの武器については許すつもりはねぇ」
ふと。声がした。見れば、先程まで話していた獣人や、もう一人の獣人は姿勢を正し、頭を下げていた。そうして声の方向を見ればそこには――和装の巨大な兎の獣人と、よく知る姿。カヤの姿があった。
「あなたは……?」
「おっと、すまねえ。俺等は『
その言葉に対して思わず姿勢を正した。灰色兎、ホシノ達から聞いた生ける伝説という人物であり、ブラックマーケットの支配者の一人。そんな人物が目の前に現れたのだから。
「何やら話したいことがある、って顔だな。カヤの嬢ちゃんの見送りのつもりだけだったんだが、何やら事情がありそうだ。中に入んな、あまり人に言えない話もあるだろうよ」
■ワカモ
別件で問題発生につき制圧任務に急行。割と先生との再会や後輩となるRABBIT小隊と会うのを楽しみにしていたため、かなり機嫌の悪いフル装備本気モードで敵対勢力を殲滅に行った。
■カヤ
通称ブラックマーケットの悪ガキ。昔から連邦生徒会長と買い物感覚で出入りしているし買い物もしている。ブラックマーケットについては必要悪だと思っている。ただし、ブラックマーケットの秩序が崩壊した時のために防衛室から駐在員を派遣したり、現地の荒事専門の生徒を個人的な傭兵戦力として囲い込んで有事には備えている。便利屋を囲い込んだのはこの一環。