「うへぇー……まだ腕が痛いよー……カヤちゃんにキズモノにされちゃったよぉー……」
「誤解を招く言い方辞めてくれませんか!?わ、私だってちゃんと断りましたよ?多分すごい痛いと」
「あー痛いなぁ、おじさん痛くて泣いちゃいそうだよー」
「やりすぎたのは謝りますって!だからこうして、費用の半分は私が持つことにしたんじゃないですか!」
「ちなみにその費用、ポケットマネー?」
「――シャーレの経費で、少しだけ」
「……ユウカちゃんだっけ。知らないよ、怒られても」
「怒られる時は先生も道連れです、先日のプラモの領収書私が持っているので」
隣のブース席。シロコ達と座っていた先生からは『待ってカヤそれだけは許して』と聞こえてくるが、実は支払いは先生の持つ大人のカードで決済されている。領収書は立場柄受け取ったに過ぎない。つまり、間違いなく既にユウカにはバレている。
それはともかくとしてカヤもユウカへの言い訳を考える。連邦生徒会最高戦力といえど怖いものはある。そのひとつがユウカである。以前、ミレニアムを訪れた際にリオと色々やって散々絞られたのだ。ひとまず、他自治区との交遊費とでもしておこうかと考える。
「正直に言うと、初見殺しが多かったのは事実かな。おじさん、実はカヤちゃんのこと模擬戦決まってから改めて色々と調べたけどあんまり情報が出てこなくってさ、大抵の攻撃なら防ぎきる自信はあったんだけどちょっと想定外だった」
「まあ見られちゃったんで、次があればもう対策されますね。割と疲れるのでもうやりたくないです」
「疲れるのはおじさんもだよー、今なら柴関ラーメン特盛と大盛りチャーハンに餃子も食べれそうだねえ」
だが。ホシノは感じ取っていた。
今回行ったのは模擬戦だ。決められたルールの下で行われるものであり、今回の勝敗はそれに基づいたものに過ぎない。技量や戦い方といったものは今回でわかったかもしれないが、間違いなくカヤはまだ底力を隠していると確信していた。
調べ物をしていた時に出てきた、ゲヘナの『雷帝』関連の騒動。そして連邦生徒会長が居た頃に発生したキヴォトス史上最悪とも呼べる大規模テロの鎮圧。百鬼夜行方面でかつて起こった、連邦生徒会長とカヤによって解決された強大な怪異と呼ばれる存在の制圧。それに大きく関わっていたのは、間違いなく彼女だ。だとすれば、全力の彼女はこんなものではないのだろう。
「参考までに、なんだけどさ」
「む、どうしましたか」
「カヤちゃんって結構交友広いでしょ?色んな自治区の最高位戦力みたいな人も知り合いにいると思うんだけどさ、おじさんはどうだったのかなって」
「率直に言いますが、才能と実力だけで言えばトップレベルですよ。今まで模擬戦で一番追い込まれたのがユキノさんなんですが、技術的には彼女とそう変わりません。なのでホシノさんは他の自治区のトップレベルの相手とやりあえるだけの実力はあると思いますよ」
というよりは、他の自治区のトップレベルで見ても果たしてホシノと戦えるのはどれだけ居るか。カヤは思った。本当に上澄みの上澄みでなければ無理だろう、とも。
口では言わないが、カヤはホシノの持つある種の才能を評価していた。それが、俗にカウンターと呼ばれる力と防衛能力だった。ホシノはそれが卓越していた。カヤをもってして、『迂闊には攻められない』と思わせるほどに。迂闊に攻めればその防御力によって防がれ攻め返される。だが、逆に消極的でもだめなのだ。そうすると今度はホシノの攻めの側面とも言うべきか、攻撃的な機動力と接近戦においての高い制圧力で押し切られる。
攻めにおいても守りにおいても、ホシノという生徒はどちらも卓越していた。弱点をしいて言うならば、本人もたまにぼやいているが遠距離武器。アサルトライフルやスナイパーライフルなどの遠距離武器はあまり得意ではない、ということくらいか。ともあれ、前衛というポジションにおいてホシノは完成されていた。
「前衛においてホシノさんは完成されています。多分、本気のあなたが前に出るだけで並大抵の相手は心が折れますよ。突破できない、かといって後方を狙おうにも許してもらえない。攻めあぐねていたら制圧される。現場において、ラインの維持というのは極めて重要です。ラインが維持され、前線が強固であればどうなると思います?」
「え?うーん……。例えば、ノノミちゃんみたいな高火力で制圧力の高い後衛が好き放題できるとか、ミユちゃんみたいなスナイパーが心置きなく狙撃に集中できる、とか?」
「正解です、前衛の強固さというのはつまり群においての制圧力に直結します。また、同時にその強固さは群に対して安心感をももたらすのです。集団戦においては如何にして前衛がラインを維持するのかというのは極めて重要なことのひとつです。 ――要するに、ホシノさんのような存在は戦局をたった一人で左右できるんですよ」
「お、大げさじゃないかなー?そんな煽ててもおじさんからは何も出ないよー?」
「煽ててませんよ。少なくとも、私はホシノさんのような群を統率する能力と防衛力のある相手と真正面から戦いたくなんてありませんよ。多分知り合いの私と同じ攻めが主体のネルさんやツルギさんも同じことを言うと思いますよ」
事実として、もし二人にホシノのことを話したうえで『戦えるか』と聞かれればそれぞれ芳しくない返事をするだろう。それは、実力においての話ではない。間違いなく集団戦で見た場合、面倒この上ない相手と判断するからだ。ネルならば『面倒臭すぎだろ……やってられるかよ、駆け引きは苦手なんだよ』と。ツルギならば暫く真剣に考えるような仕草をした後、『……急がば回れ』とため息混じりに言うだろう。
「しかもホシノさん、あなたミユさんの気配も察知できるんじゃないですか?」
「……まあ、ね。といっても、本当に直感みたいなものかな。後はもし自分がスナイパーなら、何処から狙うのかとか。どういったタイミングで引き金を引くのかとか。そういったのってどうしても、最悪の状況を想定する時に考えちゃうんだよね。特に、ミユちゃんレベルのスナイパーは一人で相手を崩せる。だから最優先の警戒対象でもあるし」
察知できる、という言葉に対して隣のブースではミユが驚きを示すと同時に『隠密もっと頑張りますぅ……』とぼやいていた。
「落ち込まないでミユちゃん、実際ミユちゃん相手にして気配察知できる生徒なんてそんなに居ないと思うよ。おじさんはちょっと警戒が度を過ぎてると言うか、そんな感じなだけだから。んー……強いてアドバイスするなら、撃つのを時には我慢すること、かな?」
カヤと先生はその言葉に対して『なるほど』というように頷いていたが、それ以外のメンバーは頭の上に疑問符を浮かべていた。それもそうだろう、ミユ程のスナイパーが引き金を引けるタイミングというのは確実に相手を倒せる瞬間だ。ホシノは『時にはそれを我慢しろ』と言ったのだから。
「ミユちゃんって、結構凄い人から指導受けてるんだよね?FOX小隊の……オトギさんだっけ?」
「えっと……はい、オトギ先輩です。私なんかよりもすごい狙撃手です」
「んー……となると、あえて教えなかった?それとも、経験を積ませてから教えるつもりだったのかな?うへー……余計なことしたかも」
ホシノがしまったというようにしているのをどういうことか、とRABBIT小隊の面々は見ていた。対してホシノは少し考えた後、『言っちゃったものはしょうがないかあ』と言って、言葉を続ける。
「スナイパーの怖いところのひとつは、何処に居るのかわからないことってのはわかるよね?」
「はい、それは教わりました」
「でも、引き金を引いちゃったらほぼ場所がバレちゃうよね?」
ミユは卓越した技術に、特殊な技能ともいえる才能を持つ狙撃手である。恐らくキヴォトス内では師であるオトギと揃っての最長レベルの狙撃距離。スポッターとしての技能も一流であり、観測手も務められる。特に彼女の強みは、極めて高度な隠密能力だ。相手を察知できない、『そもそも居るかもわからない』というのは強力な情報としてのカードで、それだけで相手を疑心暗鬼にさせ、相手の戦術そのものを成立させなくもさせる。
ホシノの言う違いとは、『居るとわかっているが場所が掴めない状況』と『そもそもスナイパーが居るのかわからない状況』の違いである。
「相手に狙撃手がいる場合と居ない場合では戦術の構築は大きく変わるんだ。多分先生ならよくわかってると思うよ。確かにミユちゃんのその才能は強力だよ、後は大事なのはどのタイミングで相手に狙撃手が居るという情報を与えるのか、ということなんだ。――はいじゃあ先生に質問」
「いきなり来たね。それで、どんな質問なの?ホシノ」
まさか自分に振られるとは思っていなかったのか、少し驚いた素振りを見せた後先生は笑いながらどんな質問でも来い、というように言葉を返した。
「もし拮抗状態の時に相手が形勢を崩すために狙撃してきたらどうする?」
「狙撃手に対応できるようにタンクに狙撃ラインに対しての防御を厚くするように指示して、狙撃手の狙撃ポイントを推測しながら押し込むかな」
「うん。じゃあもし……長時間狙撃がなくて前線突破力の高い生徒が突破しようとした際に、最悪のタイミングで狙撃されたら?」
先生は苦い顔をした。状況は優勢、前線突破は目前であり主力級の生徒が攻勢に転じた瞬間、そこで初めて狙撃手に動かれたら。損害を無視してこのような状況が成立するまで、あえて動かない狙撃手が居たとすれば。
「――最悪だね。致命傷とも言える。私なら、無理をして優位を保たずそのまま撤退を指示する。そこでもし狙撃手が初めて動いた、ということは相手に損害を与えて打開する算段があるということだろうし」
「まあそうだよねぇー。さてミユちゃん、今の話からなにかわかったことはある?といっても、この答えは常にやるべきものとは言えない、味方の損害覚悟でのやり方だからもしかすると、そのオトギさんって人はある程度経験を積ませてから教えるつもりだったのかもねえ」
話を聞いていたミユも理解できたようだ。しかし、困ったような。不安そうな顔をしていた。
それはそうだろう。何故なら、今話した先生が致命傷になりかねない狙撃手の戦い方とはいわば『肉を切らせて骨を断つ』という言葉そのものなのだ。しかも、その肉とは自分のものではない。共に戦う部隊、ミユの場合それがRABBIT小隊の他のメンバーとなるかもしれないのだ。
誰にも気が付かれることもなく、存在感が希薄だった自分。そんな自分の手を引いて、共に歩んでくれた大切な仲間たち。もし、そんな仲間達が傷つく姿を遠目で見えていながらも何もできない状況が続いたら、そう考えたらミユは怖くもなったし、間違いなく『揺らぐ』とも思った。オトギは、それを理解していたからこそ経験を積ませてから教えようと思っていたのだ、状況によっては必要となる。ということを。
仲間に対しての『信頼』は既にある。しかし、狙撃手として時に仲間に対して心を冷徹にすることは、今のミユにはまだできなかった。
「おじさんが話したのは、あくまでそういった立ち回りもあるという話だよ。だから必ずしも実践する必要はない。……でも、これだけは覚えておいてほしいんだ。最悪は常に想定すべきで、時にその最悪を防ぐために心を鬼にしなければならないこともあるってね」
「……はい、覚えておきます」
しかし、とホシノは思う。RABBIT小隊はキヴォトスでも最強の部隊の一つと言われるFOX小隊から目をかけられるほどには練度が高い、果たして彼女達の小隊に太刀打ちできる自治区の正規機関はどれだけあるだろうかと思うほどだ。そして、隊員の間に結ばれている絆や信頼もとても強固だ。互いに信頼しており、その仲間とならばどんな相手にだって立ち向かえるだろうとうほどの絆だ。
……だが。時にはそれが致命傷になることもあるのだ。それが弱点になり得ることも、ある。もしかすると、カヤがRABBIT小隊を連れているのはそういったことに対する経験や、それを踏まえての対策を覚えさせるためなのではなかろうかと思った。
そんな話をしていれば、大将が出来上がった注文を次々に運んできてくれる。あっという間にテーブルの上はラーメンやチャーハン、餃子などで覆い尽くされて食欲を刺激する香りが漂ってくる。
「さて、それではいただきましょうか。皆さん遠慮なく食べてくださいね、追加注文もいいですよ!」
そうして。それぞれが運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。アビドスの問題はまだ多い。しかし、こういった賑やかなことも悪くはないし心地良い。
叶うなら。こみんな日々が続けばとホシノは思った。
なんとか生きてます。生存報告がてらの投稿。
次回あたりからはまた本編に戻る予定、他の外伝話は後々にするつもりです。とりあえずアビドス編の御一行の勧善懲悪終わらせてミレニアム・トリニティ編に行きたい所存。