便利屋68。そこに所属するそれぞれのメンバーは個性が強い。ゲヘナでは毎日のように大暴れし、問題を起こしている美食研究会や温泉開発部ほど認知されてはいないが、それでも数々の問題を意図せずとも起こしたりしている問題児達である。とはいうものの、それがゲヘナの日常というものでもあるのだが。
そうして彼女達の懐事情というのは、悲しいことに寒いことが多い。つい先日までは食費も苦労する状態で、一杯のラーメンを4人で分け合っているほどにはひもじい生活をしていた。しかしそれは先日までのこと、現在彼女達の懐はそこそこに潤っていた。少なくとも生活費だけではなく武器の整備や弾薬の費用も確保できるし、なんならそこそこの立地の場所に事務所を構えられるほどには潤っていた。
しかし。そんな改善された懐事情とは裏腹に、彼女達は少し疲れたような顔をしていた。
「はぁ……実入りはいいし、前とは比べ物にならないくらい生活は良くなったけれど……ちょっと疲れるわね、最近は」
「でもアルちゃん、アウトローっぽいことだけじゃなくて探偵っぽいこともできて楽しんでるでしょ?まあちょっと疲れるのは同感だねー」
「ふふふ、そうね。ある時はアウトローな便利屋、そしてある時はハードボイルドな探偵業……最高にカッコイイじゃない!」
「アルちゃんの場合ハーフボイルド、かもだけどね」
「んなっ!?」
『がーん!』という効果音が鳴っているようなリアクションをするアルに対してムツキは苦笑いする。そして、それを傍で聞いているハルカやカヨコも同様だ。しかし、その二人にも少し疲れが見える。過度な過労や寝不足のようなもの、ではなくいつもと比べで元気がない、調子が良くない程度のものではあるが。
そんな状態の彼女達には、そうなった理由があった。といっても、もし大元である依頼主が聞けば『な、何やってるんですか!?ウチは業務厳しくともホワイトがモットーなんですよ!?』と言いながらも、働いた分のいわば残業代と成功報酬は払いそうだが。
現在の便利屋68は、所属こそシャーレでも連邦生徒会でもなく今まで通りだが、『依頼』という形で連邦生徒会防衛室から仕事を受けることとなった。しかも、防衛室の報酬はとてもいい。まず金額を見てカヨコが背景が宇宙の猫のような状態となり、続けて見たアルが『な、な、な……なんですってー!?』と大声を上げて卒倒した。
しかも依頼に伴う調査費や弾薬費、修理費など経費諸々は申請式で支給される。加えて、表沙汰にはされないもののいわば防衛室長の贔屓にしている便利屋という体で調査先などで遭遇する防衛室所属の生徒から支援も受けられる。至れり尽くせりで、今まで傭兵としての依頼や本人達は依頼主を知ることはなかったが、場合によっては大赤字だったカイザーからの依頼とは大違いだ。
……とはいうものの。防衛室からの依頼というのは中々にハードなものでもあった。アビドス高校襲撃、そしてそこからの敗北。その後、カヨコを通じて依頼を受けることとなったのだが、かなりのハードスケジュールであちこちの自治区を動き回っていた。
「しかし大変だったねえ……百鬼夜行、ワイルドハント、レッドウィンター、山海経……他にも色々。そこでの調査と時にはお偉いさんとの話し合い。色々観光できたりしたのは楽しかったけど、ハードスケジュールすぎた」
「それに加えて、調査報告書の作成もしないといけないのよね。なんというか……私達としても色々と考えさせられる調査だったと思うわ」
ため息を付いていると、カヨコから『はい、ココアだけど』と言ってそれぞれにマグカップが手渡される。彼女達は現在新しい事務所に居るのだが、ブラックマーケットの偉い、防衛室長の知り合いという相手。紹介を受けた時は流石の便利屋の面々も強面にサングラスの構成員、そしてそれをまとめている和服に片目が隻眼の獣人を見た時は震え上がった。しかし実際に話してみると生徒に対して親切な相手であり、場所や施設の割に格安の事務所を紹介してもらえた。
新しい事務所は快適だ。三階建、それぞれが広々とした私室として使える部屋もあり風呂場や空調なども完備、更には装備の整備用のガレージまで確保されている。セキュリティも万全であり、この事務所付近はその紹介してくれた相手のいわば『組』の構成員がブラックマーケット警備のため巡回するルートでもあるため、安全でもある。
そんな快適な場所でアルが思うのは、様々な自治区を回ってきて見てきたもの。色々と自分の認識が改められたものでもあった。
「自治区が違えば、その自治区独自の問題点もある。そういうのって、沢山あったのね」
「まあ、今はちょっと不安定な時期だしね。連邦生徒会長が失踪してからどこの自治区も今まで出てこなかった問題が一気に吹き出た、なんて話は聞いてたけど実際にその自治区で聞いたり目にしたりするとね」
カヤが便利屋68へと依頼したこと。それは、多くの自治区へと足を運んで今の現状を直接見てくるということだ。それも、連邦生徒会でもSRTでもなく、ただの一般生徒として。そうして訪れた先ではやはりというべきか、多くのトラブルや厄介事にも巻き込まれた。しかし、妙な縁と出会ったり、不思議な体験もした。
連邦生徒会長がどれだけ超人で、上手くやっていたのかをアル達は理解した。自分たちが見てきた全て、それらに対して連邦生徒会長は上手く対応してそれが吹き出ないようにしていたのだろうから。
「そういうので言えば、ゲヘナも結構騒がしいことになってるみたいだよ」
「あら、何かあったの?」
「なんでも、とんでもない経歴の持ち主が転校してきて万魔殿に加入したんだって。というか、超有名人だよ。ほら、これ見て」
「とんでもない経歴? ……は?え?ど、どういうことなのこれ?」
アルはカヨコから連邦生徒会から支給された端末を手渡され、ある生徒の学籍情報を見た。そうしてそれは、自分たちとは縁はないが、有名な人物でもあった。
「エデン条約前にとんでもないことになったとは思うよ。ゲヘナは出身校とかそんな気にしない子が多いし、その転校生もゲヘナに対して苦手意識とかないらしいけどトリニティは大変なことになってそう」
「……それはなるでしょうね。今回私達はトリニティの調査は『行かなくていい』と言われて行ってないけれど、どうなるかは想像に易いわ」
アルと同じようにしてタブレットを見たムツキとハルカもまた驚いたようにしていた。暫く各地を転々としていたせいで、ゲヘナの情報には少し疎かったのだが流石にこれは騒がれることはあるだろうというものだった。
熾羽リリィ、ゲヘナ学園へ転入。加えて万魔殿の一員として迎えられる。
重要なのは万魔殿のメンバーが増えた、ということではない。件の人物がゲヘナに転校してきたということにあるのだ。熾羽リリィ、現連邦生徒会防衛室副室長にして、不知火カヤの後継者とまで言われる人物。加えて、不知火カヤがシャーレへと出向して不在の今、防衛室の室長代理を務める人物でもある。
そうして。トリニティ出身にして、それでありながら大のトリニティ嫌いというのは有名な話である。
「元トリニティ生の防衛室副室長。今の多忙極まる連邦生徒会において扇喜アオイと並んでの若手スーパールーキー二人の内の一人。不知火カヤの後継者。それでいてしかも万魔殿のマコト議長や風紀委員の空崎ヒナとも交友のあるゲヘナの生徒でも腰を抜かすほどの経歴の持ち主。私もニュースくらいでしかしらないけど、知ってる相手ね。……でもなんでこんな子がゲヘナに?連邦生徒会所属の生徒って、自治区への所属を免除されたりするんじゃなかったかしら?」
「本人の希望らしいよ、曰く彼女がゲヘナをすごく気に入ってるらしくてね。だから連邦生徒会の仕事しながらゲヘナ生、万魔殿としての仕事もするみたい」
「……私達、裏で防衛室長の後ろ盾貰っておいて正解だったかもしれないわね」
「うん、じゃないと最悪の場合熾羽リリィの指揮する万魔殿直属の部隊を相手にすることになってたかも」
アルはその言葉に対して顔を引き攣らせた。そんなことになってしまえばまず無理ゲーだろう。同時、便利屋の活動を契約を外れない限りは『仕事』という扱いにしてくれるカヤへと感謝もした。
「ともあれだけれど、暫くゲヘナには近づきたくはないわね……。私達は追われる立場だけどただですら今は風紀委員がピリピリしてるし、こんなのどう考えたって荒れるじゃない。あの親分さんのご厚意に甘えて、当面はブラックマーケットから出たくないわ……」
「私も同感かな。社長の言うように暫くこっちで大人しくしてるのが無難かも。後は、仕事としてあんまり関係のない自治区に行くくらいかな」
「となると、当面は近場だとミレニアムにDU、後は……アビドス?」
「防衛室長、『もしかしたらまた手を貸してもらうかもしれない』って言ってたからね。まあアビドスなら大丈夫でしょ、流石に今の情勢のアビドスに風紀委員とかが首を突っ込むということは考えにくいし。もしそんなことしたら、アビドスとシャーレとミレニアムに喧嘩売るようなものだよ」
カヨコが『流石にないだろう』というように言った。アビドスは自治区の中枢管理者、ミレニアムはそのアビドスと利権の関係で同盟を結んだ相手、そしてシャーレは現在アビドスの支援活動中。シャーレがアビドスに来ている、というのは公にされてはないが噂程度にはなっている。つまり、今のアビドスへの無理な介入で一番まずいのは、ミレニアムを敵にするということだ。加えて、そんなことをすればシャーレからの警戒対象にもなるだろう。
加えて、これは便利屋の面々は知らぬことだがカヤと万魔殿のマコトは繋がっている。そして、話題の人物である熾羽リリィもまた万魔殿と縁が深い人物。よってマコトは、万魔殿直属の部隊についてはアビドス方面への派遣をしていない。風紀委員については、実際のところヒナの管轄であり直接的な指示は出していないもののヒナに対してそれとなく『アビドスには手を出すな』と言ってある。
……もっとも。それを聞いているのはヒナだけで、他の風紀委員が手を出す可能性はあるのだが。
「さて、と……。これから山のような各自地区の調査報告書を書いて送らなきゃならないのだけど、その前に ――ねえみんな、お腹空かないかしら」
アルのその言葉に対しての返答は全員一致していた。それぞれが『そうだね、減ったね』『暫く忙しくてインスタントとか携帯食だったもんね』『あの、その……減ってます』と返す。
「山のような報告書作成の前に、おいしいものでも食べに行かない?そうね……私はまたアビドスの柴関ラーメンが食べたいわ」
その言葉に対しては全員賛成だった。短期間の間に様々な自治区へと赴いていた関係で、食事の多くはインスタントや携帯食が多かった。すぐに準備をしてアビドス方面へと向かうことにする便利屋メンバー一同。以前とは違い、財布に余裕もある。今度はチャーハンや餃子なども頼むのもいいだろうと考えながら、事務所の施錠をするのだった。
今のアビドスに手を出す相手など居ないだろう。
そう思っていたのだ。
■便利屋一行
実はカヤの依頼を受けて数々の自治区の調査に行っているが、無自覚にとんでもないことをやったりコネクションを確立している。レッドウィンターではチェリノとの直接的なパイプ、特に大きいのは山海経でキサキから『盟友』認定されたこと。
山海経に連邦生徒会より派遣された保健室の室長と共にキサキの治療に協力し、その最中で起こったトラブルに巻き込まれつつもそれを撃退。更に、無自覚にやったハーフボイルドと侠客魂と人情により完全に山海経の面々の心を射止めた。その騒動の結果として毒の進行により完治とまでは行かなかったが快癒へと向かわせ、キサキの体をほぼ完治させることに成功。時間制限付きでフルパワー門主も可能になった。
アルの『私達もう友達じゃない』という言葉に対して『ふふ、そうじゃの。ならお前達が危機に陥った時、妾達を呼ぶのじゃ。 ――何処にでも、必ず駆けつける』と言われた。