――それは小さくとも、確かに熱を持つのだ。
――一度燃えた火は消えず、やがてそれは業火となる。
――あの時、確かに少女の心には火が灯っていたのだ。
――正しき怒りと不屈の心を手に。やがて少女は赫怒鏖殺の炎となる。
天刻ミヤは緊張の極地に居た。憧れである人物が到着したという話を受けて、案内役であるリリィについていけば連れてこられたのは防衛室。それも、室長室である。到着すると、そのまま彼女は『それじゃ、ボクはここまでだから。頑張って』と言い残し去って行った。
緊張しながらドアをノックすれば、中から聞こえてきたのは忘れるはずもない。自分にとっての憧れであり英雄。今進もうとしている道を志した、あの時見た背中の持ち主の声だ。
そうして中に通されて、対面する形でソファに座る。しかし、暫くの間はお互いに沈黙したままでなんとも言えない空気が漂っていた。
「あー……そうですね。コーヒーは飲めますか?」
「は、はい。ええと、プライベートではよく飲むので好きです」
「おや、そうなんですか。奇遇ですね、私もコーヒーが大好きなんですよ。ふふ、では最近私のイチオシのものをお出ししましょう。お口に合えばいいんですが」
偶然にもコーヒー好きが同じと聞いたカヤは機嫌良さそうに口元に笑みを浮かべると、立ち上がり室長室にある保管場所から豆を取り出すと、慣れた手つきでコーヒーを淹れていく。実を言えば、カヤも何から話せばいいか悩んでいたのだ。
何せ、相手は自分にとって初めて守ることが出来た笑顔の相手だ。当時は名前を知ることもなく、そうして今思えば、少し恥ずかしい所を見せてしまった。あの時知った感情と想い、そして決意に打ち震え。熱くなった瞳から涙を流して膝をついた。それは自分にとっては、今を構成する最初の決意であり想いだが、連邦生徒会防衛室の生徒がたった一人の少女の前で泣き崩れてしまったのだ。
彼女があれから健やかに過ごしてくれて、立派になってくれたことは確かに嬉しいことだ。自分が守った笑顔、その持ち主がどんな形であれ息災で。そうして今も健やかで居てくれる。それがどれだけ嬉しいことか。しかし、そんな恥ずかしい姿を見せてしまった相手でもあるしどうするべきかと悩んでいたがいい切り出し口ができたと内心ホッとした。
『英雄』だのなんだの言われているが、カヤとしてはそれを鼻にかけるつもりはないし気にもしない。自分は一人の生徒であり、言ってしまえば自ら望んで地獄を歩き誰かを守り続けるエゴイストだ。更に言ってしまえば、プライベートで自重する気など一切ない。自分の収入などは全てコーヒーと趣味に叩き込むくらいには、ごく普通の生徒をしている。
……たまに経費で先生と買い物をして一緒にユウカに怒られているが、御愛嬌である。
連邦生徒会最強にして『悪の敵』であっても、逆らえない存在は居るのだ。
冷酷な算術使いはその最たる例である。
「――おいしい」
どうやら、コーヒーは来訪者。ミヤの口にあったようだ。うんうん、とカヤは満足げに頷く。
「ミルクを入れてもおいしいですよ、どうぞ」
「では、その。いただきます」
アイスブレイクの切り口としては上々だろう。それに、カヤとしては自分のおすすめのコーヒーをおいしいと言ってくれるのは誰でも嬉しいものである。
「さて、まずは自己紹介から始めましょうか。連邦生徒会防衛室室長、不知火カヤです。もっとも、今は出向中でただのシャーレの部員なので、シャーレ直属部隊部隊長、と名乗ったほうがいいかもしれませんね」
「……っ。オリュンポス総合学園中等部三年、天刻ミヤと申します。本日は、私の無理な面会申請をお受け頂きありがとうございます」
「ふふ、そんな固くならないでいいですよ。私だって、貴女と会う前までは凄く頭を悩ませていたんですよ?」
「え?」
どういうことだろうかとミヤは思う。かの防衛室室長が、自分と会う程度のことでなにを悩んでいたのだろうかと。だが、そんな疑問に対して返ってきた答えは、驚くべきものだった。
「ほら、貴女と初めて会った時……みっともない姿を見せてしまったじゃないですか。泣き崩れてしまって、困惑させてしまって。結局貴女はあの後すぐに救護班に連れて行かれましたし、どんな顔をして会えばいいのかとか悩んでたんですよ」
「その、実は私もあの時何か失礼なことをしたんじゃないのか、ってずっと思っていて……もしそうなら、申し訳ありません」
「――とんでもない。むしろ、私は貴女に感謝しているんですよ」
「それは、どういう……?」
「覚えていますか?貴女があの時、私にくれたものを」
ミヤは覚えている。自分を、一緒に避難した住民達を救ってくれた相手に感謝を伝えたくて。救護テントにたまたまあった折り紙で作った、小さな折り鶴。それくらいのものしかあの時は贈れなかったけれど、それでも伝えたかった。あの地獄から助けてくれてありがとう、と。
「あの折り鶴が、あなたの言葉が、そして安心したような笑顔が私に道を教えてくれました。今の私があるのは、あの時の事があったからと言っても過言ではありませんよ?」
まさか、そんなことは。そうミヤは思っていると、カヤは立ち上がり、室長室のデスクの上から何か。小さな透明な箱に入ったものを持ってきて、テーブルの上に置く。それを見て、ただ目を見開いた。
そこにあったのは、小さな折り鶴だ。煤汚れた紙に、怪我の血が少し落ちてしまってついた染み。間違いなく、あの時自分が渡したものに間違いはなかった。
「これは、私にとっての大切な宝物です。私の始まりであり、成したい事を見つけた証。ですが、一番ではないんですよ。一番の宝物は……このキヴォトスに住まう人々の、生徒の明日であり笑顔です。それは、あなたも同じ事」
カヤはミヤを正面から見据える。その目は安堵したようで、嬉しそうでもあった。
「――あなたが、健やかに自分の道を歩いてくれていて本当に良かった。そして日常を、光の中を歩いていてくれて本当に嬉しいのです」
目元が熱くなった。同時に思う。
ああ、あの日見た背を。この人の背を追ったのは間違いではなかったのだと。
「あのっ!私、わたしはっ……!」
話したいこと、伝えたいことが沢山あったはずだ。なのに、上手く言葉にできない。
思い通りに形にできなくて、ただ瞳の奥は熱いままで。
「大丈夫です、ちゃんと全部聞きますから。 ――とはいえ、私も色々聞きたいことがあるんですよねえ」
「あ……す、すみません。取り乱してしまって」
「ふふ、コーヒーでも飲んで落ち着いて下さい。 ……では、私から聞いてもいいですか?」
カヤの雰囲気が真面目なものへと変わる。それをミヤも感じ取ったようで、コーヒーを少し飲んで自分を落ち着かせると深呼吸して姿勢を正す。
「今回、大まかなことは実はリン代行から聞いています。将来的にSRTか防衛室を進学先として考えていること。経験を積むために、シャーレの。それも実務部隊、つまり私の直下の部隊に参加をしたいということですよね?」
「……はい。そのお願いをしたく、面会を希望しました」
「資料と、それからあなたの戦闘映像については目を通しました。率直に言いますが、逸材ですね。確かに粗さは目立ちますが、SRTの生徒からの指導もなしでこれ程の動きができる生徒はそうはいません。自信を持っていいですよ、防衛室基準で見てもとても高い評価です」
「あ、ありがとうございます!」
「――ですが」
憧れた相手からの評価、それで喜んだミヤだったが、すぐに続けられた言葉で息を呑む。
「ミヤさん、あなたの実力と志望のことについては別問題です。……勝手ながら、貴女のことを少し調べさせてもらいました。ご両親はあのアレキサンド・クロックワークス社の社長であり、あなたはその令嬢。オリュンポス総合学院中等部三年生にして、元はつきますが本来あなたが生徒会長だった。……いや、なんというかその生徒会長の立場を蹴ってきた理由も、色々驚いてるんですけどね。一年生の頃からの成績もとても優秀で全学年首席、素晴らしいことです。あなたは、このまま高等部に進学すれば間違いなくエリートの道が待っています。それどころか、断言しますが高等部であなたが生徒会長になってもなんらおかしくないと思います。それ程にあなたは優秀です」
自分を褒める言葉、だがそれに対してカヤの言葉は鋭い。
まるでそれは、何かを確かめるようだった。
「オリュンポス高等部での生徒会長、それがどれだけ凄いことかはわかるでしょう。……そんなあなたが、SRTや防衛室を望む理由はなんですか?」
カヤとして、こうしてあの時の少女と再開できたのは個人的に喜ばしいことだ。その少女が健やかに日常を過ごし、輝かしい未来が見えているというのは本当に嬉しいことなのだ。しかし、個人的な感情と連邦生徒会の役員として、そしてシャーレの部隊長としてのものは別である。
「……はっきりと言いますが、連邦生徒会、ヴァルキューレ、SRT。この中で現状特に過酷なのは、SRTと連邦生徒会の防衛室です。SRTは特殊作戦に場合によっては執行作戦。防衛室だって様々な自治区の要請への対応などで休む暇なんて殆どありません。それでいて人手も足りていない。大変な思いをしても報われる保証なんてどこにもありません。それなのに、何故進路として希望するのですか?」
連邦生徒会長が失踪してからの連邦生徒会、そしてSRTとヴァルキューレは多忙を極めている。役員であるリンをはじめとしたメンバーは当然のこと、各部署における役職持ちは殆ど帰らない日もあるくらいだ。特にキヴオトスの治安維持の要であり、実質的にヴァルキューレとSRTを統括する防衛室はそれが顕著である。
特に現場に出ることが多い部署は多忙を極め、危険だって伴う。3つの現場が主体の部署は多忙を極めることは有名な話であり、生徒の多くも知っていることだ。その過酷さゆえに、その部署でのリーダー的存在であるカヤやリリィ、カンナ、ユキノ達に憧れて進学する者は多いが辞めていく者も多い。
憧れと羨望だけではこれらの部署ではやっていけない。防衛室、SRT、ヴァルキューレ。ここに入るということは、大きな責任と覚悟が必要になるのだ。
「私は、あなたの元気な姿が見れただけで十分です。光の中を歩いてくれているだけで、前を向いてくれているだけで十分です。それを見守れるだけでも、私は何度でも立ち上がれる。 ――あなたや、あなた達を悲しませる悪党は。邪悪は私が滅しましょう。見えている輝かしい道を歩む、それでは駄目なのですか?」
善は痛く、辛く、
どれだけ身を削って誰かのために動いてもそれが報われる保証は一切ない。誰だって好き好んで危険な場所には行かず、安全を求めるのが生物としての性だ。それは悪いことではない、むしろ自然なことなのだ。
自ら危険へと飛び込み、身を削り、命を懸ける。そんなことをするのは、破綻者か。もしくは相当の覚悟と信念を持つ者だろう。
「……私は、あの日地獄を見ました。決して忘れることのできない、地獄を」
カヤの言葉に対しての答えかのように、彼女は言葉を紡ぎ始める。
それは、覚悟であり決意だ。輝かしい道を捨ててでも、あえて地獄へと征こうと決めたものだ。
「今でも頭に焼き付いて離れません、消えることはきっとないんだと思います。……一瞬で崩れ去った日常、平穏を焼き尽くす炎の海と無造作に散らばる生徒や住民だったもの。狂ったような笑い声に、人の生命を踏み躙るような凄惨な光景と悲鳴。絶望が、全てを飲みこんでいました」
少女が『DUの大災厄』と呼ばれる地獄の中で感じたもの、それは。烈火のように激しく。赫炎のように燃え盛る怒りだった。
「日常が、平穏が。あんな不条理と理不尽で奪われていいはずがないと思いました。理不尽に、不条理に、日常を奪おうとする暴力に抗えるようになりたい。そうあの地獄と、先輩の背中を見て思ったんです」
絶望に抗えない誰かがいる。
不条理や理不尽で涙を流す誰かがいる。
あの時、自分もそうだったのだ。だからこそ、その気高い。希望を与えてくれた背中を見て思ったのだ。
「私は誰かの笑顔のための盾となりたい。そう、思ったんです」
彼女の目に迷いはない。そしてその目を見てカヤは思うものがあった。
その目は、自分や仲間達と同じ目だと。自ら望んで地獄の道を征く、そんな人間の目だ。
「……莫迦ですねえ。本当、大莫迦ですよ。報われることなんて、ないかもしれないんですよ。それでもいいんですか?」
「報われる必要なんて、ありません。私は……自ら望んでこの道を征きます」
いつの日か、憧れたあの背中に並び立つために。
あの人のように、理不尽な災禍から誰かの笑顔を守れるように。
「はぁ……もう。その目はどれだけ止めても聞かない目です。よーく知っていますよ。そんなお莫迦さん達を沢山見てきましたから ――そして、私もその一人です。 ……いいでしょう。では、最後の質問です」
今まで以上にカヤの真剣さが増した。それを見てミヤは息を呑み、言葉を待った。
「あなたにとっての正義とは、なんですか?」
それはカヤがかつて、ミヤコに対してした質問と同じものだ。
『正義』とは何か。それは、それぞれ持つものが違うだろう。
「――正義とは、“怒り”だと思っています。誰かの明日を奪い悲しき涙を生み出す相手に対しての怒り。誰かの日常を、笑顔を踏み躙ることへの怒り。正しき怒りを胸にその正義を貫き、武器を取ること。理不尽と悪意というそれに抗うこと。それこそが、私の正義です」
カヤは今まで同じ事を聞いてきた。ユキノにも、ミヤコにもだ。ユキノは正義とは『正しさ』だと答え、ミヤコは『誰かを守ること』と答えた。そして彼女の答えは、カヤの持つ『正義』に最も近かった。
「正しき怒りを手に、ですか。……ええ、その通りです。 ――負けです、私の負けです。貴女の覚悟は生半可なものではないということがよくわかりました。 ……私たちの道は、過酷なものになります。ミヤさんにはそれについてきてもらわなければなりません。覚悟は、いいですね?」
「それって――は、はいっ!覚悟は、できています」
「それと、これだけは忘れないで下さい。地獄の道と言っても、一人ではありません。私達も共にその道を征きましょう」
カヤとしては、もし生半可な覚悟であれば断るつもりで居た。しかし、示されたものは信じるに足るもので。その『正義』への捉え方は、とても自分と似ていた。口元に笑みを浮かべると、やれやれと言ったようにして。
「すぐにという訳には行きません。私達も今、依頼中ですので。ですから、次の依頼からは一緒に来て貰いましょう。それまでは、そうですね。シャーレ本部で他の部員への挨拶と、私から話はしておくので……ユキノさん達、FOX小隊に色々教えてもらったり訓練をしてもらってください。装備一式の調達や、あなたのメイン武器の調整なんかも必要ですね」
なにせ、と続けて。
「あなたのコールサインは、
『ミヤコさんなんて後輩が出来るときいて張り切ってまして』『サキさんなんて色々テンパったりして』などとカヤが言っているが、ミヤとしてはそれどころではない。告げられたその言葉にただ理解が追いつかず、驚愕していたのだから。
■あとがき
ハァイ……
シルヴァリオシリーズと相州戦神館學園シリーズ、神座シリーズはいいぞ……。
デモンベインや装甲悪鬼村正もオススメだ……。
バトル物は好みではない?ならはつゆきさくらやRe:LieFがオススメだ……。
みんなも好きな作品を見つけよう!
シャーレのエクストラ枠の子が合流確定。本格的に絡んでくるのは、次章くらいから。アビドス編ではお留守番です。なお、裏ではFOX小隊に英才教育されている。
ちょっと平日色々忙しくて中々投稿できなかった。週末はお休みなので、色々投稿していきたい所存。予告編も最終章まで出せたらいいなあとか思っている。
多分今日は本編も後で投稿予定。いよいよアビドス編後半でございます。