「おや、ヒナさん。お久しぶりです。ウチのリリィさんは迷惑をかけていませんか?」
「久しぶり、カヤ。迷惑どころか、あの子はよくやってくれているわ。お陰で私もよく休めてる。……何故あの狐坂ワカモがシャーレについているのだとか色々気にはなるけれど。それより今は」
そのまま疲れたようにため息を付いて、再びアコをヒナは見据えた。
「説明して欲しいのだけれど?アコ、これはどういうこと?これだけの大部隊を動かすなんて報告、聞いてないのだけど」
「そ、それは……」
「……まあ、いい。私の落ち度でもあるから」
「ち、違います!全ては私の独断で、責任は私に――」
「そうじゃないの、アコ。 ……この場は私が収めるから、全部隊に撤収指示をしなさい。あなたは指示があるまで謹慎。間違いなく今回の件は万魔殿にも詰められるから、覚悟しておいて」
「……はい。申し訳ありません」
落ち込んだようにした声のまま、前部隊に撤収を指示して自らもまた部隊とともに撤収していくアコ。それを見送ると、ヒナは『さて』と疲れたように呟いた。
「……まずは、そうね。アビドスの外交担当の生徒は誰?」
「えっ!?わ、私ですか? ……ええと。アビドス高校1年生の奥空アヤネです。よろしくお願い致します」
「よろしく。私は空崎ヒナ、ゲヘナ風紀委員会の委員長をしているわ。……さて、今回の件だけれど」
その言葉の後、深々とヒナはアヤネ。そしてアビドスの面々に対して頭を下げた。そんなことを突然されて、アヤネ達は困惑した。しかし、そんな彼女達をよそにヒナは言葉を続けていく。
「今回の件は、私の通達がしっかりしていなかったことにより起こった出来事と言ってもいい。だから、責任は私にある。本当にごめんなさい。ただ、こちらとしてはアビドスに対しての侵略意図はないわ。被害が出た市街地についての修繕費用や他の費用については書類にして風紀委員会宛に送ってもらえれば、全額こちらで支払わせてもらう。今回の件についての示談金についても、誠意を示させてもらうつもりよ」
オロオロとしてしまったのはアヤネだ。突然あの有名なゲヘナ風紀委員長に頭を下げられ、諸々の費用や示談金の話までされてしまった。どうしたらいいのだろうかと混乱していると、そこに助け舟を出したのはカヤだった。
「コホン。ヒナさん、そちらの誠意はわかりましたがちょっとアヤネさんが混乱しているので私が補足させて下さい。そもそもの話として、なんであなたが頭を下げているのかというのがわかっていないと思いますよ、アビドスの皆さんは」
「……そうね、それも説明させてもらうわ。もうここには私しか居ないから遠慮なく言わせてもらうけれど、ゲヘナの上層部。万魔殿からはアビドスに手を出すな、と言われていたの」
どういうことかと動揺を見せる者が多かったが、カヤとワカモは事情を理解していたようで冷静だった。
「ヒナさんは察しているのでしょうが、マコトさんが私に対して気を遣ってくれたんですよ。それから、ゲヘナの統治者という立場で見れば、エデン条約を前にして不要なリスクは避けたかった。だからシャーレとも極力接触したくなかった。もし接触すれば、それがほぼ間違いなくティーパーティーに漏れますからね。いや本当苦労してるなと思いますよ、マコトさんは」
「だいたいお察しの通り。私も今ゲヘナとしてシャーレを刺激するのはあまりやりたくなかった。……はぁ。本当に今回の件は、私の伝達がちゃんとしていなかったのが原因なの。アビドスに手を出すな、ということを通達されていてもちゃんとした説明もなしに風紀委員に通達は出来ない。だから、問題児生徒や不良の取り締まりの範囲からアビドスを外して、関わらないようにしていたのだけど……。こんなことになるなんて、私が甘かった」
疲れたように。しかし、自分のミスを恥じるようにため息を付いたヒナは再度アヤネ、そしてアビドスの面々に向き直ると再び頭を下げた。
「本当にごめんなさい。何度も言うようだけど、責任は私にあるの。……だからという訳ではないけれど、全て水に流して欲しいとは言わない。けれど、アコ達のことは大目に見てあげて欲しい」
「……お話はわかりました。幸いに、人が少ない市街地だったこともあり住民への被害はなかったようです。そちらのお話を踏まえたうえで、アビドス高校で話し合った上で書類を送らせていただきます。それでよろしいでしょうか」
「構わない。此方としては、可能な限り誠意を見せるつもりでいる」
会話が途切れ、気まずい空気が流れる。ヒナは疲れたようにしているし、精神的にも来るものがあるのだろうというのが目に見えている。風紀委員の起こした騒動については確かに腹立たしいが、襲撃に参加していなかった委員長にここまで誠心誠意対応されるとアビトスの面々としても感じるものはある。
暫くの沈黙が続く。どう話を続けたほうがいいのか、どう進めたらいいのか。一年生ながらなんとか虚勢を張って動揺しないようにしていたが、いっぱいいっぱいである。内心では場馴れしているようなカヤやワカモに助けを求めたい気持ちで一杯だった。
そんな時である。
「うへぇ~……ごめんごめん!ちょっと反応できなくて来るのが遅れちゃったよー……」
その場の空気を切り裂くように声がした。
その声の主は、アビドスの面々やシャーレの生徒達の後方から慌てるようにして走りながら、顔にはにへら、と申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「いや~ごめんごめん、ちょっと新しいお気に入りの場所を見つけてそこで昼寝してて……。うーん、なんか凄いことになっちゃってるねぇ。それから ――久しぶり、と言うべきなのかな。ヒナちゃん」
「……ッ!そう、ね。……久しぶりね、小鳥遊ホシノ」
「うへ……
「……ごめんなさい」
「ん……いいよ。気が向いたら呼んでよ」
それまでの気まずい空気が変わった。しかし、事態が進んだとはいえ逆に重いものとなったとも感じられる。
特にアビドスの対策委員会のメンバーが気になったのは、その会話だ。まるで、見知った同士のような。それも、かつては親しかったのではないのかというような者同士の会話に聞こえたからだ。
そうして。カヤはといえば。何かを思い出すようにして、少し沈んだような表情を見せていた。後悔するような、そんなものを。
「――とにかく、自治区の境界線を超えてこれだけのことをしたこちらが悪い。マコト、それからリリィにも怒られるだろうけど覚悟だけはしておかないとね。 ……さて、私も今回のことで色々やらないといけないことができたからそろそろ戻ろうと思うのだけど」
そこでヒナは一度言葉を切り、先生。そして、アビドスの面々を見た。
「気をつけたほうがいい」
「……どういうことかな。えっと、ヒナでいいのかな」
「大丈夫よ、先生。 ――これは、まだうちの上層部にしか伝えてない話だからオフレコでお願いしたいのだけど。いい?」
「わかった、ここだけの話にすると約束するよ」
「最近、行方不明になる生徒が増えている。ちょっと妙な事件だったから、私が動いて調べたの。……推測になるけれど、恐らくはアビドスとは無関係ではない、かもしれない」
「何か、あったの?」
「最近行方不明になっている生徒、その内数名がアビドスの出身だった。その生徒はね、どこの自治区にも所属していなかったの。ブラックマーケットで暮らしていた、という訳でもない。深い、深淵の闇とも言えるものに手を出していたの。かつての、『DUの大災厄』のようにね。 ――この意味、カヤ。あなたならわかるわよね」
「……ええ、勿論。私もシャーレとしての身でこの話をするのはちょっとアレなのでオフレコでお願いしたいのですが、連邦生徒会でもその件については把握して居ました。そうして、その行方不明になっている生徒が手を出してはいけないものに手を出していたことについても」
ワカモ以外の面々は首を傾げた。ワカモだけは、『……最悪ですわね』と呟いていたが。
「それに手を出していた生徒について、ある情報を掴んだの。……どうやら、カイザーの子飼いのヤミ金融からクレジットを借りていたようなの。それも、かなりの額を」
「カイザーが?……行方不明の生徒、カイザーの子飼い、アビドス出身の生徒に、幾つもの自治区での行方不明事件。 ――まさか」
「それからもうひとつ。マコト直属の万魔殿の諜報部の部員が、カイザーがアビドスの砂漠。未調査領域に向かって大量の物資を運ぶのを確認したわ。それも、かなりの隠蔽に隠密を重ねてね。もっとも、マコト直属の兵隊からは逃げられなかったみたいだけれど」
「確認です。そちらの捜査で行方不明の生徒を一人でも見つけることは出来ましたか?」
「それは、どんな形であれという意味でいいのかしら」
「……はい」
「マコトの指示でかなり厳密に捜査はしたけれど見つからなかった。つまり、そういうことなのだと思う」
「最悪の予想に一歩近づきましたよ……ヒナさん、あなたもマコトさんもわかってると思いますが」
「わかっているわ。これ以上この件に深入りはしない。マコトとしても、エデン条約前に虎の尾。いいえ……竜の尾は踏みたくないだろうし。ただ、この件でかなりイライラしてたけれど」
「ゲヘナからも行方不明者が出ていた、ということですね」
「……そうね。そして、ゲヘナとしてその行方不明の生徒を見つけられなかったことにマコトは腹を立てている。自分にも、『キヴォトスの深淵』に誘い込んだ何者かにも。ゲヘナで徹底的に調査しても、その何者かの足取りは掴めなかった。そうして恐らくだけど、その行方不明の生徒は、もう」
「――貴重な情報、ありがとうございます。お陰で線が繋がりました」
「役に立ったのなら良かったわ。……それから、最後に。小鳥遊ホシノ」
言うべきことは全て言ったヒナは、じっとホシノを見据えた。それを受けたホシノも、気まずそうに視線を返す。
「私は、あの時に
そうしてヒナは去って行った。去っていくヒナに対して、ホシノは言葉を返せなかった。
それが意味すること。どうしてそうだったのか、というのは誰にもわからなかった。
何故なら。彼女はもう選択してしまったのだから。
誰も失いたくない、傷つけたくない。例えそれが、かの英雄だったとしても。
だから、彼女はもう――
おや……何か不穏ですね……。