アビドスの面々とシャーレの一行がアビドス高校に戻った頃には、すでに夕方手前だった。重い空気がありながらも部室に到着し、最初に口を開いたのは先生だった。ただ、彼の言葉も少し躊躇しているようだった。アビドスと無関係でない可能性があるのなら対策委員会の面々も知るべきなのかもしれない。だがそれは聞いていいことなのか、と。
現在、部室に居るのは先生とカヤ、ワカモだけだ。そうしてその三人での話は、極めて重大なものだった。
「……カヤ、後ワカモも知っているんだと思うけど。聞きたいことがある」
「先程のヒナさんとの会話の件、ですね。……お答えします」
ワカモも恐らくは、先生にはあまり知ってほしくない。というような顔をしていたが、それでも同時にこれからのことを考えると知るべきだとも理解しているのだろう。深刻そうにカヤに頷いてみせた。
「先に申し上げて置きますが、これについては普通の生徒なら知らない話です。アビドスとは無関係ではない、という可能性が高いのでお話しますが……先生はそんなことはないと思いますが、決して口外しないように。胸の内にしまっておいてください」
今までカヤがここまで厳しく注意。否、警告を発することはなかった。それだけ重要で、危険な話なのだと先生は理解する。しかし、知らなければならない。そう思い承諾の返事を返す。それを確認したカヤは話していく。
キヴォトスの闇にして深淵。その一部のことを。
「どこから話しましょうか……。先生、このキヴォトスにおいて『生徒』とはどんな存在だと思いますか?」
「え?そうだね……言ってしまえば、子供……大人である私達が守るべき存在、なのだと思う」
「では言葉を変えましょう。成長し、例えば夢や目標を追ってキヴォトスの外にいった生徒だった方々もいわば元生徒です。ですが、成長したその方々にも既に生徒という枠組みから外れているにも関わらず持っているものがあります。それは、なんだと思いますか」
「……もしかして、ヘイローのことを言ってる?」
「正解です。それでは、ヘイローとはなんなのでしょうか?」
難しい話になってきた。そう思い、頭を悩ませる。そもそも、ヘイローとは何か。ということを考えたことがある生徒はどれ程居るのだろうか。とも疑問する。
「これについてはちょっと話せないことや、機密もありますので本当に掻い摘んだ部分の話になりますが……例えばヘイローとは一体何なのか、何故生まれながらにヘイローを持っているのか、何故生徒と住民でヘイローの有無があるのか、色々ありますけどそういったことについて疑問した生徒は殆ど居ないんですよ。生徒なら誰しもが持っているもの、そういった認識です」
カヤが話していることは、ほんの表層に過ぎない。しかし、その時点で先生はゾッとした。
これ以上、踏み込んだらとんでもないことになるのではないのかと。
「概ね、その表情を見れば予想通りですね。……今からのこの話については、まあぶっちゃけ知らないほうがいい話です。確認です、先生。これは警告ですよ。本当に聞きますか?」
「……うん、教えて欲しい。私は教育者として、そして大人としてきっとこれからカヤの話す真実や事実から目を背けては駄目なんだと思うから。目を背けたら、きっと私は先生として生徒を助けることなんて出来ない。それに、私も逃げたくない」
「――あの時の言葉をもう一度言いましょう。先生、あなたは狂っている。私と同じように。その眼はどこまでも、自ら望んで地獄を征く眼です。 ……いいでしょう、話します。この部屋は完全に防音になっているので、外に漏れることもありませんし」
そうカヤは告げると、『ちょっと長くなりますからね、ああ座ってて下さい』と言ってアビドスの部室に増設したカフェスペースでコーヒーを3人分淹れると、それをワカモと先生の前に置くと自分もコーヒーの置かれた席に座る。
「この世界の深淵の一つ。その名を
「形を、持たない?でも無法地帯といえばブラックマーケットがあるよね?」
「ブラックマーケットは、確かに無法地帯ではありますが無法地帯なりの秩序と法によってある程度統治されています。その秩序を担っているのが、
「な、中々に人間味のある人達なんだね……結構荒っぽい組織の偉い人たちなのに……」
「それぞれに追求するものや目的はありますが、まあいい人たちですよ。その人達がいまのブラックマーケットを謂わば非公認の自治区のようなものに仕上げて、そうしてキヴォトスの住民達から支持を集めて必要不可欠なものへと変えた。あの方達のやっているのはまあ、善意が入っている部分もあるかもしれませんが基本的にはビジネスです」
「……それは、ブラックマーケットを見ていてなんとなくわかったよ。このキヴォトスで暮らす人達に対してのビジネス。生活に必要とされる方向でそれを行うことで、莫大な利益を得ている」
「その通りです。黒と白の境界線、グレーゾーンを維持することで普通の企業などでは不可能なこともある程度やってのけたり、仕入れたりする。そうして行き過ぎた者が出てきた場合、ブラックマーケットの法に従って裁く。ですが、ブラックマーケットが商売の対象としているのは住民です。対して、
「商売が目的ではない?でも、ヒナの話だと行方不明の生徒は多額のクレジットをヤミ金融から借りていたんだよね?」
「それは副産物に過ぎません。簡単に言うと、推測の域を出ませんし確証はありませんが……
「研究?」
一体何の、と先生を疑問する。そして瞬間、先程の話題を思い出す。深淵に潜むもの、それが線と線で繋がりある推測が成立する。それが形を成した瞬間、先生は顔を真っ青にして目を見開いた。
「まさ、か」
「……目的は、恐らく私達生徒が持つモノ。ヘイローなのではないかと推測されています」
そこまで話を聞いて、暫く茫然自失になってしまう。しかし、頭の中では最悪にして最低の、それが事実なら絶対に許すことのできない推測が成立していく。
ブラックマーケットは、秩序と均衡が存在する無法地帯である。目的は基本的にはビジネス、対象はキヴォトス全ての住民である。定められたブラックマーケットという場所という形が存在していて、その存在を住民からも認知されているし必要とされている。
対して、今カヤの口から出た闇商店とは、商売を目的としていない。『研究』と称する目的のために、生徒を実験動物のようにしており、そのために危険なものを流通させ使わせている。当然それは利益のためではない。生徒や住民が使ったらどうなるのか、ということを見ることが目的であり利益とは副産物に過ぎない。
「ヘイローについて、多くの生徒はそれが何なのかということを知りませんし疑問にも持ちません。それが、この『世界』によって定められたことですから」
「……まるで、カヤはヘイローが何なのかを知っているみたいだね」
「例え先生でもお答えしかねます。申し訳ありません。……ですが、これは安易に手を出していいものではないのです。ヒナさんの言っていた行方不明になった生徒、そして推測ですが拉致されそうになったセリカさんの件、違法武器の流通とそれによって起こっている暴発事故。これらは全て繋がっていると思っています。そうして、謂わば闇商店の子飼いか何かの形でこれに関わっているのが」
「カイザー、という訳だね」
『そうです』とカヤは返答を返した。
「そして先生。先生には、早い内に知っておいてもらわないといけないと思ったのでお話します。ヘイローに限らず、我々『生徒』と呼ばれる存在が持つものに手を出しているのは、実験という形で危険な物を流通させたり、生徒の身柄を拘束したりしていると思われる闇商店の存在達だけではないんです」
そこでカヤは同席しているワカモへと視線を投げた。すると彼女は『わかっています』と深刻そうな表情で返した。
「私は、先生やシャーレを信じています。ですから、お話します。先生は、私が以前何処に居たのかというのをご存知ですか」
「百鬼夜行、だよね。ワカモ、辛かったら話さなくても――」
「いいえ、大丈夫です。自分の思いにケジメはつけましたので。……私は百鬼夜行を去った後も、裏に関わる情報を知ることは多くありましたがその深淵についての情報は殆どないと言っていいでしょう。 ……ですが」
そこで、ワカモは真剣な目で先生を見た。
「私は、その深淵から手を伸ばした存在と関わったことがあります。もっとも、ボコボコにしてやりましたが。 ……その頃の私は、少し限界だったと言うか。その存在はその時の私の心の隙、そして『神秘』に干渉して、『怪異』と呼ばれる存在へと変貌させようとしました」
そうして、と続けて。告げた。
「深淵から手を伸ばす者。そこには、生徒も含まれているのです。……私に干渉してこようとしたその相手は、ヘイローを持つ存在だったのですから」
どんなことがあっても、生徒を救うことは諦めない『先生』。
そんな彼が途方もないキヴォトスの深淵。それに触れた瞬間だった。
◆ ◆ ◆
先生との、この世界の深淵に触れる話。それを終えたカヤは疲れたように溜息をついて、階段を上がる。先生には知ってもらわないといけないこととはいえ、世界の真実の一端に触れることを話したのだ。カヤとしても、思うものはある。少なくとも、それを伝えたことで先生は更に引き返せなくなった。もっとも、先生としては引き返すつもりはないだろうが。
己と同じ、望んで地獄を征く狂人。されど、自分がやったのは更なる地獄へと突き落としたにほかならない。そうして、その地獄はさらに深く続いていく。先に待つ真実は残酷であり、無慈悲であり。進んでしまえばもう後戻りはできない。
シャーレとしての活動を続ける限り、決していいことだけでは済まされない。時にはこの世界の深淵に触れることもあれば、そういった深淵や超常の存在と対峙することもあるだろう。だからこそ、先生には早い内に知っておいてもらわなければならなかったのだ。
深淵に潜む真なる邪悪が存在すること。そして、そこにはヘイローを持つ存在。生徒も居ることだってあるのだと。
階段を上がりきり、アビドス高校の屋上に到着する。少し空気が吸いたくなったのだ。息抜き、という意味合いも強いが。
「……おや?」
「ん……あれ、カヤちゃん?」
そこには先客が居た。
アビドス高校3年。小鳥遊ホシノ。
彼女は、カヤが見えた瞬間取り繕うようにして表情をにへら、としたものに変えたが。カヤは見えていた。彼女が、なにか真剣な表情をしていたことを。
■キヴォトスの邪悪にして深淵
カヤ、ユキノ、ワカモはその存在に気がついている。『それら』こそが、本当の敵なのだと。特にカヤは、この世界の真理と真実を会長から聞かされておりそれを理解した上で『悪の敵』であろうとしている。
■あとがき
仕事が忙しいのもあったんですが、大絶賛ファイウェル大陸で迷子になっています。なんかスカイリムとブレワイとドグマとマイルドなフロムゲー混ぜてごった煮にしたら美味くも不味くもないカレーが出来たと思ったら、数日置いたらとてもおいしいカレーに出来上がっていた的なアレです。なお現在は隻狼にナイトレイン深度5執行者混ぜたようなことをやっている、なんだこの沼。
アビドス後半戦なので、そろそろ大詰め。まあ原作でもギヴォトスにはそりゃゲマ以外にもやべーのいるだろうなあという作者の予測。生徒で割と不味いことしてた花鳥風月部とかも居たので、ああいうの絶対まだいそうだなという考えのもと色んな邪悪が拙作には潜んでいます。
百鬼夜行はユカリがいなければとんでもないことになっていた。彼女のお陰で、花鳥風月部に干渉されたものの失敗し半暴走状態だったワカモが正気に戻って、『神秘』の完全制御に成功。部員全員(例のあの子も含めて)で覚醒ワカモに『神秘に覚醒した直後ならまだなんとかなる』くらいの考えで手を出してボッコボコにされた上に『次に私とあの子に手を出したら黒い太陽の権能を全力で使用して滅ぼす』と最終通告までされた。