マケインわーるど   作:einan

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 原作八巻のネタバレが盛大に含まれている話です。まだ読了していない人は注意してください!
 この前書きは邪魔かもしれませんが、一月ほど残しておくと思います。



馬剃(ばそり)天愛星(てぃあら)と名前の温もり

 

 湿気を含んだ空気が髪にまとわりつくようになり、初夏の(きざ)しが色濃くなってきました。

 そんな移ろいの中で、私の心にも一つ明確な転機が訪れています。

 

 ……自覚してしまえば、なんてことないことでした。文章にすることで気持ちは整理することが出来ます。こうして書いている日記も、その一環(いっかん)です。

 

 燃え盛るほどに高鳴って。だけどこんなにも穏やかで、あたたかい気持ち。

 ──私は、温水さんに恋をしています。

 

 

          ◇

 

 

 休み時間の、雨上がりの廊下。音楽室から教室へと戻っています。

 その途中にあるのが、2-C──温水さんのクラス。

 ……別に、そちらに視線を向けてはいませんが。彼のクラスの前を通る時だけ、どうしても歩幅が小さくなってしまいます。

 

「………………」

 

 耳を()ましてみましたが、彼らしき声は聞こえてきませんね。クラスに友人が少ないと言っていたのは本当なのでしょうか。 

 

 こんなことをしていると彼に知られたら、(あき)れて困惑されてしまいそうです。

 温水さんは私が少し情けない時でも話を聞いてくれますけど。

 だからといって、情けない所をみせたいわけではありません。

 

 

          ◇

 

 

「馬剃さん、最近親しみやすくなったよねー」

「うん。ポワポワしてる」

 

 お昼休み。彼女たちと昼食を()ります。

 クラスが別れてもこうやって接してくれる、得難(えがた)い友人たちです。

 

「生徒会選挙がいい影響だったのかな。票集めを意識したからか、柔らかくなったよね」

「大丈夫? 無理してない?」

「そうかも……しれませんね。無理はしていませんよ」

 

 思考は軽やかで、意気込みも十分。むしろ調子がいいくらいです。

 

「まー頑張ってよ。私たちはちゃんと馬剃さんに入れたから。生徒会長、応援してるね」

「いや、あれは仕方なくない? 私は噂のイケメン会計君に直接誘惑されたんだよ。ちょっとくらい揺らぐのはさ。彼氏持ちには、これわからないかー」

「応援してくださるのは、素直に嬉しいです。ありがとうございます!」

 

 彼氏。伝聞でしか知りませんが、きっと特別で、素晴らしい存在なのだと思います。かつての私なら、頭ごなしに否定していたかもしれませんが。

 改めて考えると……私は浮かれているのでしょうか。

 けれど温水さんに推薦(すいせん)人を頼んだのは、そのような理由ではありませんし。

 公私混同、厳禁です。

 

 

          ◇

 

 

 中庭の石のベンチにそっと腰を下ろしました。

 人はちらほら見えますが、今日は風もやさしくて作業にはちょうどいい日和です。

 就任に向けた仕事を進めながら──温水さんを待っています。

 

 彼と話す内容は決まっていますが、また何か持ち掛けてこないでしょうか。今回は散々頼ってしまったので、いくらでも協力する心構えはあるのですけど。

 温水さんの相談は、ツワブキ生徒にとっての大事の前触れだったりするんです。

 ……思い描くのも楽しいですけど、やはり待っているだけというのは性に合いませんね。

 

 そうしているうちに、温水さんが渡り廊下から姿を現しました。

 一目(ひとめ)合うだけで、火花(ひばな)のように鼓動(こどう)がはじけて、ときめいて、きらめいて。

 

 話していて時が過ぎるのが早く感じるのは、気のせいなんかじゃありません。

 

生徒会(せいとかい)便(だよ)りの就任初回コメント寄稿に、選挙活動の反省会って……推薦人の役割、選挙期間が終わってもまだあったんだね」

「付き合わせてしまってすみません。ですが、これで最後です。──お疲れ様でした」

 

 私はもう──生徒会長です。

 こうして候補者と推薦人という関係で、彼と関わることはなくなります。

 

「ああ、うん」

「どうしたんですか」

「なんか……終わってみれば、あっという間だったなって。その、ちょっと(さび)しいというか」

 

 温水さんが普段見せない、センチメンタルな表情。

 ……私だって、寂しいです。

 彼はなんだかんだ言いながら、生徒会長選挙の準備に連日付き合ってくれましたから。

 

 その後、ささやかな雑談を済ませて。私たちは解散しました。

 彼の後ろ姿を、つい目が追ってしまいます。

 

 別れ際にさりげなく聞きこんでみましたが、どうやら温水さんに特定の相手は居ないようです。

 女性を(たら)し込むくせに、女性が近づいてくるのには弱いみたいですね。

 ……私が強気に押せば、勝機はあります。

 温水さんは、しっかり向き合えば応えてくれる人ですから。

 

 

          ◇

 

 

 夜も()け、静けさが部屋に満ちています。

 自室で学習に取り組んでいましたが、振り返りもそろそろ区切りを付けることにしました。

 

 机の上を片付け、教材をしまっていきます。

 その流れで、書類やプリントを整理しようと取り出すと……温水さんの応援演説の原稿や、推薦文のコピーが出てきました。

 彼が私のために書いてくれた文章というだけで、何度でも読み返したくなりますが……いけません。内容はあらかた頭に入っています。非効率です。

 紙に(きざ)まれた文字を、ゆるやかに指先でなぞります。

 

 就寝前の気分転換を兼ねて、スマホの電源を付けました。

 ……温水さんが交換を持ち掛けてくれたLINEですが、いまいち活用できていません。

 それほど多くはないやり取りの中に、彼のやわらかい返事や、気遣うような言葉が確かに読み取れて。

 

 トーク画面が開かれたスマホを抱えたまま、ベッドの上に身を投げ出します。

 そこから感じる温もりが、心地良くて……ふわりと眠りに落ちる。その間際(まぎわ)、彼の身近にいる、ある人物が頭をよぎりました。

 ……だけど彼にだって、私と親しくなりたいと想う気持ちがあるはずです。

 

 揶揄(からか)い交じりの態度に、ついムキになって返してしまいますが。

 同性の友人ですら名字で呼ぶ温水さんが、名前(なまえ)で──名前で呼ぶのは、私だけなんです。

 

 

          ◇

 

 

 放課後。一度帰宅した後に駅ビルの四階を散策していると、ショーケース越しに透明感のあるアクセサリーが目に()まりました。

 

「……綺麗ですね」

 

 星屑(ほしくず)が散りばめられた、水滴型のチャーム。……正真正銘の、お揃いです。

 ふ、二つセットのこともあって、高校生には手が出しづらい値段ですね。

 ですがかさばらなくて、派手さも控えめです。これだったら彼も身に着けてくれるかもしれません。

 

 ──告白が成功したら、記念に渡しましょう。

 以前の贈り物は、あれだけ嬉しそうに受け取ってくれましたし。

 

 驚く彼の顔を思い浮かべると、自然と(ほほ)が緩みます。

 

 喜んで、くれるでしょうか。喜んで、くれるといいな──なんて。

 

 

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