マケインわーるど   作:einan

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白玉(しらたま)リコと女の敵

 

 冷房が効いた店内。

 本日の俺は本屋で思わずライトノベルの表紙買いをしていた。

 会計をするためにレジに向かっていると、とある影が目の前に気を引くように躍り出る。

 

「部長さんを見つけちゃいました」 

「し、白玉さん。奇遇(きぐう)だね」

 

 白玉リコ。あざと可愛い後輩女子だ。

 駅前の本屋ということもあってそれなりに人混みがあるのに、よく見つけたな。

 

「はい、偶然ですね。お買い物をしてたんですか?」

「……まぁ、一応そうかな」

 

 まるで小悪魔のように感じてしまう白玉スマイル。

 それもそのはず。表紙買いをする予定だった『つるぺた先輩』の特装版は、八奈見ならともかく後輩女子に見せられるようなものではない。

 

「白玉さん。俺は別の棚に(まぎ)れ込んでいたこの本を元の場所に戻してくるから、少し待ってて──」

「部長さんはその本が積まれている売り場の前で立ち止まってました。既に持っていた本で表紙を隠すのは、少し露骨じゃないですか」

 

 そこから見られていたのか。つまりこれは現行犯ということで、言い逃れは出来ない。

 手に取る時にキョロキョロと周囲は確認したんだけどな……

 

「白玉さん。今度は最初から声をかけて欲しいな」

「では、次からそうしますね」

 

 これじゃ取り(つくろ)って恥の(うわ)()りをしただけだ。

 そう返答する白玉さんの表情は、妙に満足げだった。

 

 

          ◇

 

 

 白玉さんは女子なので、甘いものだ。

 口止めも兼ねて注文したフルーツソーダを、白玉さんはちゅーっと飲んでいる。

 ……白玉さんはまだクラスに馴染んでいないようだけど、油断ならない。

 女子の陰口ネットワークとは恐ろしいものなのだ。

 

「白玉さん、好きなものを頼んでいいよ。代わりと言ってはなんだけど、さっきの俺の(しゅう)(たい)はあまり言いふらさないでくれると──」

「あ、これって口止め料だったんですね。デートに誘われたと思って、つい浮かれちゃってました」

 

 全然かさが減っていない飲み物の氷が、カランと揺れる。

 白玉さんの計算づくの振る舞いにもだいぶ慣れてきた。先程の俺の気まずさなど、彼女はお構いなしらしい。

 なんなら購入に同伴(どうはん)させられた。どんな羞恥(しゅうち)プレイだ。

 

「部長さん。その表紙の女の子と私って、どっちが可愛いですか?」

「……ノーコメントで」

 

 無邪気な顔をしつつ選択を迫る白玉さん。

 何を言っても角が立ちそうだ。

 

「やっぱり、踏み込んだら逃げちゃうんですね。卑怯な先輩には、私のお口も軽くなっちゃうな」

「ごめん。勿論白玉さんだよ。その……直接言うのは照れちゃってさ。許してくれないかな」

「じゃあ、私のお願いを聞いてください。それで許してあげます」

 

 白玉さんの、お願いか。もう罪は重ねたくないんだけど。

 名誉と遵法(じゅんぽう)なら流石に遵法を優先したい。

 

「部長さんの部屋に入ってみたいです。部長さんと、二人きりの時に」

「……俺の部屋、何かあったっけ」

「──私、男の子の部屋ってあんまり入ったことなくて。興味があるんです。前は仮部室になっていて、じっくり見られなかったですし」

 

 自分で言うのもなんだが、変わったところなんてないぞ。見られて困るものも……うん、三つか四つくらいしかない。

 でも俺も女子の部屋は気になるしな。似たようなものか。

 

「……まだ仲良くなれていないので、妹さんも居ない日に行きたいなあって」

「それなら、佳樹が出かけている日がわかったら連絡するよ」

 

 わからなかったら連絡しなくていいかもしれないし。

 

「ありがとうございます。それにしても、人がいない時を狙って会う約束をするなんて──」

 

 どうにか自然消滅させる算段をしていると、白玉さんが満面のあざとらしさを発揮しつつ俺の目を見つめてくる。

 耳元でささやかれたそのひと言には、どこか湿ったような情感(じょうかん)が滲んでいた。

 

「う・わ・き・みたいですね。お兄―ちゃん♪」

 

 ……やっぱり、しっかりと連絡することにしよう。

 

 しかし、お兄ちゃん、お兄ちゃんか。白玉さんはいい感じに伸ばすアクセントが差別化になっている。

 うん、悪くないな──

 

 

          ◇

 

 

 後日。小雨(こさめ)が降りしきる休日に、予定通り白玉さんを招く。

 傘のたたみ方や靴の揃え方まで可愛らしく感じてしまうのは不可抗力だ。

 

 さて、これからどうしよう。ルームツアーをするというだけならそこまで時間はかからなそうだが。

 ──佳樹が帰ってくるまで約四時間半。それまでに(こと)を全て済ませなければならない。

 

「ふふ、ドキドキしちゃいますね」

 

 さっきまで寛いでいた空間が、彼女の存在感で上書きされていく。

 いきなり白玉さんはベッドカバーの上に座り込んで、足を交差してプラプラとさせていた。

 彼女の動きに合わせてスプリングがわずかに(きし)む。

 白玉さんの私服はナチュラル系というか、全体的にふわっと可愛い。

 隅に置いたバックには制服に使うリボンが飾りで付けられていて、そういう使い方もあるのかと感心する。

 

「ほどほどにしてね……俺は何を見られるかヒヤヒヤしているよ」

「だって、部長さんと堅苦しい関係にはなりたくないですし」

 

 ものは言いようだ。

 後輩女子が休日に遊びに来るという良さげな展開だが、実際に起こると保身のことに意識を割かれる。

 ルームツアーの名目のもと、家具や雑貨を紹介していった。

 服が入っている戸棚を見せたら、微妙な表情をされたのはなぜだろう。それなりのラインナップを(そろ)えていたのだけど。

 

 そんな中で白玉さんは、佳樹が勝手にプリントアウトした文芸部の写真に注目していた。どうしてか家族写真のようなノリで飾られているやつだ。

 説明しようとすると、白玉さんはその写真立てをためらいもなくパタリと倒す。

 

 その仕草に触れるべきか迷っていると、白玉さんは少し(うつむ)いて両手を膝の上に揃える。

 

「部長さん。私、初めてですから──下手なところ、あるかもしれないですけど。それがいいって人もいるみたいで、気に入ってくれたらいいなって」

 

 自然と背筋が伸びる緊張感。

 彼女の雰囲気と合わさって、やたらと意味深に聞こえる。

 

刺繍(ししゅう)をしてみたいんです」

「……し、刺繍か」

「はい。他の人にやってみるのは初めてで」

 

 ──そんなことだろうと、思っていた。まったく動揺などしていない。

 白玉さんは部屋からハンカチを見繕って、俺の希望を聞いていく。

 ここからわかることはただ一つ。家庭的な女の子っていい。

 

 憧れを噛みしめている俺に、白玉さんは甘えるようにもたれかかってきた。

 上手く押し返したいが邪魔になるのもどうだかな……

 決して彼女の柔らかさと、ミルクの匂いにしてやられたわけではない。

 

 白玉さんは針を手にしつつ、刺繍の糸やステッチの種類について話していく。

 ここだけ切り取れば普通の後輩っぽいんだけどな。

 

「あ、ごめんなさい。私ばっかり話しちゃってましたね」

「そんなことないよ。白玉さんの好きなことについて聞けるのは嬉しいし」

 

 うっかりしていたとばかりにリアクションをとる白玉さん。

 例の犯罪会議に比べれば、よっぽど平和な話題だ。

 

「俺も先輩によく話を聞いてもらってたんだ。頼りないかもしれないけど、選択肢の一つくらいに思ってもらえれば」

 

 なるべく安心させるような声色(こわいろ)を心掛ける。

 少しは先輩らしいことができたかと思っていると、白玉さんは雰囲気を緩めて切り返してきた。

 

「し、白玉さん?」

「優しいですね。私、部長さんのお願いだったらたいてい聞いちゃいそうです」

 

 きゃっとおどけて、尊敬のまなざしを向けてくる白玉さん。

 ……知ってる。これは、乗ったらいけない提案だ。

 ここまでスムーズに篭絡(ろうらく)する言葉が出てくるなんて、今までどれだけの女子を敵に回してきたのだろうか。

 

「部長さんがもうちょっとだけ私の彼氏だったら、いいのにな」

 

 弱った素振りをほんのりとみせながら、白玉さんはそんなセリフを(こぼ)す。

 ──この前やった彼氏の振りを、延長したいということだろうか。

 

「それはまた、どうしてかな」

「私って、同級生の女子に嫌われてるじゃないですか。年上の彼氏ができたら変わるのかなって。恋愛の話って盛り上がるんです」

 

 年上の彼氏。

 白玉さんが本当に望んでいるものはわかりきっていて、これはその代替品にすぎない。

 ……代替品であっても、彼女が望んでいることに変わりはないかもしれないけど。

 

「部長さんの女性関係、ややこしそうですし」

 

 誤解されるのが早い。

 

「私で済ませた方が、部長さんもまだ火傷しなさそうです」

 

 ほっぺたに人差し指を沈みこませながらの白玉トーク。だけどなにか、破滅的なニュアンスが混じっている気がする。

 それを感じて、どうにかいつもの調子に戻そうとした。

 

「どの話を聞いたかわからないけど、女性関係は事実無根だからね。それに、後輩の女子と付き合う方が大火傷しそうだ」

 

 文芸部の先輩としてどうなんだと、嬉々として(あぶ)りにくる人物に心当たりがありすぎる。

 

「白玉さんはもう文芸部の一員だし。無理に話題をつくらなくても、そのうち他の人たちとも打ち解けられるよ」

「……まともすぎる返事で、つまらないです。ふーん、こんなにうろたえないなんて、私ってまだまだですね」

 

 彼女はどこか演技じみた軽さで肩をすくめた。何を企んでいるか侮れないな。

 刺繍の方は、ようやく土台ができてきたようだ。

 

「でも、考えておいてくださいね。私、部長さんと過ごす未来は想像できませんけど」

 

 ぽつ、ぽつ、と。声の切れ目に、かすかに小雨が屋根を打つ音が重なる。身をよじった白玉さんは、俺の正面に陣取って──

 

「部長さんと過ごす青春ならいいかなって」

 

 (さわ)やかに寄り添い、フッと俺の首筋に吐息を吹きかけた。その揺らぎで、彼女の左耳にかかっていた髪がサラリと落ちる。

 

「こう見えて尽くす女ですから。素敵な青春──保証しますよ」

 

 

          ◇

 

 

 そうして俺を散々転がしつくした白玉さんは、やがて嵐のように去っていった。

 お手軽に転がされた感想だが……

 やはり彼女はどこか危なっかしい。守ってあげないと。

 

 部屋、ベッド、リビングのテーブル、玄関。

 人が来た痕跡を隠すって面倒だな。

 白玉さんに言われるがまま消臭(しょうしゅう)(ざい)を振りまいたけど、こんなものだろう。

 割とよくできた気がしなくもない。

 

「お兄様。佳樹が居ない休日は寂しかったですか? やはり、次はお兄様もご一緒に」

「中学生の集まりで浮くのを見たくはないだろ」

「むー。そんなことありません」

 

 部屋に掃除機をかけつつ、構ってほしそうな佳樹の頭を撫でる。よし。どの場所も白玉さんが来る前に完璧に戻した。

 そう確信していると、佳樹は何故かベッドの近くにある隙間をまさぐっている。

 するとそこから一枚の布が出てきた。

 

「……カーディガンですか。お兄様、どうやらお客様がいらっしゃったようですね」

「や、八奈見さんのかな」

 

 なるほど、忘れ物か。

 ──俺が完璧でも白玉さんが完璧とは限らない。

 ダブルチェックの大事さを噛みしめていると、追加でもう一つ物証が出てきた。

 

「……リボン」

 

 ふむ。佳樹はこの部屋を訪れた来客を完全に察したようで。

 ……どうしてツワブキはリボンで大体個人が特定できてしまうんだろう。

 おかしくないかな。

 

 その後洗いざらい白状した俺は、ご機嫌ナナメな佳樹をなだめるのに数時間の(ひざ)(まくら)を要することになる。

 

 

          ◇

 

 

 あまり手間をかけさせるのもと思って、白玉さんの忘れ物を学校に持ってきた。

 もう()りたので、文芸部の部室で手短に白玉さんに受け渡しをする。

 白玉さんは三つしか付けていなかった制服のリボンを俺たちの前で付け直して。

 

 ──ニッコリと、不敵に笑った。

 

 

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