「プランはこんな感じか……スキー用具のレンタルがかなり割引されていていいじゃないか。でかしたぞ小鞠」
「ふ、ふふん……」
入り口のドアからカーテンに至るまで、ごくごく普通の
アニメを視聴するためのテレビは欠かしていなくて、四段に分けて収納できるステンレス製の本棚にはコツコツ購入したラノベが
俺は灰色のアームチェアに座りながら、夜に小鞠とビデオ通話をしていた。
「旅行の計画を最初から
「わ、私もこういうの、やってみたかったから……べ、別にいい」
先日一緒に歴史ものの映画を見に行った帰り道。小鞠に聞かれたのでサークルで行ったスキー旅行の話をしていたら、いつの間にか小鞠と一緒にスキー旅行に行く話になっていた。
小鞠
「それで、最終確認だけど……本当にこのプランでいいんだな」
「う、うん。せ、節約、大事」
「それはそうだけど……」
「ねーちゃ……ぬーにーちゃと、お話してるの?」
サムズアップをしている小鞠の後ろから、妹の
一年くらい会っていなかったけど大きくなったな。
ビデオ通話に映るためか、小鞠の頭の上によじ登っている。
姉妹で重なっていると小さな鏡餅みたいだな。
「こんばんは、陽奈ちゃん」
俺はひらひらと愛想良く手を振った。
この子に嫌われてしまったら、俺はショックで二日くらい寝込む自信がある。
「ひ、陽奈。もう寝る時間」
「ねーちゃと一緒に寝たぃ……」
「……一緒に寝てやれよ、小鞠。話はほとんど終わってたし」
「あ、ああ。また連絡する」
「了解。またな」
テロンという音と共にビデオ通話を終わらせて、椅子の背もたれに寄りかかって一息つく。
早めの予約などで費用を抑えたプランとはいえ……そこそこの期間内に二度の旅行。大学生ってやっぱりお金がかかる生き物だな。
何者にもライトノベルの購入予定を邪魔されることがなかった昔を懐しむが、そこまで悪い気分ではない。
「それともバイトのシフトを増やそうかな」
そんな独り言を言いつつ、冷蔵庫を開ける。
俺一人では到底消化しきれないほどにみっちりと食材が詰まっているが、作り置きを保存していた一画だけポッカリと
──我が家の
◇
スキー旅行当日。
高速バスの集合場所である豊橋駅前豊橋信用金庫前に到着する。間に合って良かった。
バスの集合時間は朝の7:00なので、それに遅れないように余裕を持って来た。その代わり少しだけ眠いけど……ふぁあ。
「ぬ、温水……」
小鞠は俺より先に来ていたみたいで、俺を見つけるとスーツケースをコロコロと転がしながら嬉しそうに近づいてきた。
会うたびにそんな顔をされたら、女子に耐性のない男が勘違いしてしまいそうな程である。俺はしっかりとわかっている側です。
「おはよう小鞠。忘れ物はないか?」
「い、今気づいても、どうにもならなくないか……?」
「それは
なにしろこのバスはスキー場までほぼ直行するのだ。何か忘れたら現地で調達するしかないな。
スキー用具はレンタルするし、財布とスマホさえ忘れなければなんとかなるだろうという精神でバスに乗り込む。
荷物はバスの乗務員さんに預けて、トランクに仕舞って貰った。
身軽になった俺たちはバスの入り口に
あとは出発を待つだけだ。
「ぬ、温水。き、昨日の夜に最新話、更新した……読んで、な、生の感想を、聞かせろ」
「認識が甘いな小鞠。感想を書き終わってないだけで、既に最新話は読了しているんだ。この際、徹底的に
「なぬっ!? ……や、やるな」
窓際に座っている小鞠と色々と話していたら、次第に朝の眠気は覚めていった。
前回の映画から一ヵ月は経過しているし、久しぶりに会った小鞠との話題が尽きることはそうそうない。
小説の進捗や、それぞれの趣味の話。
お互いが注目している新作アニメを題材とした熱い論議。
ふと思い返した高校の頃の思い出や、卒業後の知人の動向などをのんびりと話していく。
仮に話題が尽きてもこいつとなら気まずくないしな。
話しているうちに小鞠につられて、俺もスキー場への期待感が高まってきた。
小鞠はスキーの教本をきっちりと読み込んだらしい。取り出した教本には、馴染みのある
「い、イメトレも、ばっちり。ぬ、温水は、
「知っていると思うけど、フラグだぞそれ」
「あ、あっという間に上達して、皆を驚かせる……」
「だといいなー……」
ゲレンデを
彼女がそうなれるかは……この二日間でわかるはずだ。
◇
西日本最大級のゲレンデを誇る、
山頂の標高は
準備運動や雪の上で歩く練習、転んだ時の起き上がり方の確認など……一通り行った後、スキーセンターから出てすぐの第三クワッドリフトの乗降に挑戦する。
無事、初心者コースであるα350コースに到着した。
「最初は足を八の字型にするんだっけ……小鞠、足をこの形に──」
俺が言い終わる前に小鞠は初めてのスキーコースにスキー板を踏み入れて、そのまま発進した。
すぐに転ぶかと思ったが意外と耐えている。幅の広いこのコースを10mほど斜めにゆっくりと滑走し、耐えきれなくなったのか横にコテンと転んだ。
追いついて小鞠の様子を見る。手を貸さなくても、時間をかければ起き上がれそうだ。
「こ、ここまで滑れた……ちょ、ちょっとずつだけど、いける。……温水、な、何でニヤニヤしてるんだ」
「え、俺って今笑ってるか? ……いや、バスの中でツワブキの時の話をしてたからさ。その時のイメージで、小鞠は最初ビビって坂の上で滑るのを
「び、ビビり言うな」
「スキーのレンタルもなんとか一人で出来ていたし、感慨深いというか──」
「お、お前は、どういう目で私を見ているんだ。き、気持ち悪いぞ」
気持ち悪いはやめて。
身長はあまり変わっていないのに、仕草や雰囲気の印象で着実に大人っぽくなっている今の小鞠に言われると、より心に来るから……
小鞠はしっかりと坂の上で横向きに立ち上がって、またゆっくりと滑り始めた。しばらくは様子見で良さそうだな。
俺は滑り方を思い出すため、少し待機した後に大胆に滑ってみたけど……そこまで忘れてはなさそうだった。
周りの風景は見事なまでに
「──お、おおー……う、うわぁぁぁあ!??」
調子に乗ってスピードを出し過ぎたのか、小鞠が派手にすっ転んでいる。 受け身は何事もなく取れているようだが、スキー板がコースに半分くらい埋もれて突き刺さっているな。
柔らかい雪の中に盛大に倒れこんでいるその姿には、先程まで感じていた女子力らしきものがかけらも感じられない。
……正直、これくらいが丁度いいな。
スキー場においては、異性は数割増しでキレイに見えるらしい。小鞠が着ているミントグリーンのスキーウェアや毛編みのニット帽は、雪降る真っ白なゲレンデによく映えていた。
しかし映画館での時といい、二人きりでそういうことを意識され過ぎたら小鞠が戸惑うだろうしな。
「いいぞ小鞠。その調子でいこう」
「こ、転んだんだぞ……? ぬ、温水。またおかしなことを考えてるな」
俺は雪まみれになっている小鞠に手を貸して、誤魔化すように笑った。
◇
スキーセンター二階のセンターレストラン。
野菜カレーを完食して休憩も終わった俺は、スキーウェアの上着を着直していた。
数時間で小鞠は大分滑れるようになったな。そろそろ別の初心者コースに行くことを提案してみよう。
「そういえば小鞠、結構転んでいたけど体は冷えてないか? スキー場に来るの初めてだろ。寒さ対策どのくらいしてるんだ」
「? て、手袋もあったかいから、だ、大丈夫……」
「そっか、ならいいんだ」
初めてのスキーで小鞠が体力を使い果たしてないかは気がかりだったけど、まだまだ元気そうだな。
「……や、やっぱり、少し冷えるかも。う、動いている時は気にならないけど、リフトに乗っている時、とか。だ、だから温水──」
小鞠は手を
「わかった。俺に任せろ」
「ま、任せる……?」
小鞠の要望に応えるために、俺はポンとあるものを彼女に手渡した。
「──新品のカイロだ。これがあるだけでかなり変わると思う。暑くなってきたら捨てればいいから、荷物にもならないし。多めに持ってきてるんだ」
「……」
あれ。
前回スキーに来た時の反省を踏まえた自慢の対策なのに、小鞠のウケが悪い。
もっとこう、おぉ……みたいな感じで、感心してくれるものかと。
「ぬ、温水」
「……要らなかったか?」
「そ、そういうとこ、だぞ」
そう言いつつ小鞠は
おかしい。そのセリフは、俺に気遣いが足りていない時のセリフではないのだろうか。
今回はむしろ気を遣っていた方だと思うのだが……
その割には小鞠は満足そうにカイロを手で包んで、小さな指先をじっくりと温めている。
──相変わらず、外は寒いな。雪は更に降り始めているし。
外に出て寒暖差で白くなった小鞠の吐息が、同じように白くなった俺の吐息と少しだけ交わった。
……さて、スキーの続きだ。小鞠が目標を達成できるまで、ゆったりとやっていこう。
◇
ドシャ――ッ。俺の右前で、盛大に雪煙が上がる。
このコースはさっきより更に幅が広い。小鞠も安心して転倒できるだろう。
「温水……わ、私の滑り方、な、何がダメだった」
「方向転換の時に、
「な、なるほど……」
「普通に滑っている時はちゃんと下側のスキー板の足に重心がかかっているから、それを入れ替える方向転換の時はもっと力を抜くんだ。一瞬力を抜いて、すぐにもう片方の足を力む感じ。力を抜いたほうの足が動かしやすくなるから、まずそっちの方向を整えるといくらか動きやすいかもしれない」
後ろから小鞠の滑りを見ていて感じたことを、
「ぬ、温水の教え方……い、意外とマトモだな」
「意外とってなんだ。それっぽいことを言ったけど、どこか間違ってたらごめんな」
「……ありがとう。な、直してみる」
小鞠はまた立ち上がって、滑り始める。
心なしか、さっきよりかは安定している雰囲気があるな。
もっと正確に教えてあげたい気持ちはあるけど、スキーはこれで合計五日目なので俺も初心者みたいなものなのだ。無理がある。
小鞠は楽しそうに滑っているから、問題ないか。
「す、凄い……あ、あれ出来るか!? 温水!」
ザザッとブレーキをかけて立ち止まった小鞠が見ているのは、明らかに上級者らしきスキーヤーが細かい滑らかなターンを繰り返しつつ、コースをほぼ直滑降で下っていく様子だった。無茶を言うな。
「無理だって。俺はそんなに転ばないってだけで、あんなに上手くはないから」
「い、いつかは出来る。わ、私もやる」
「目標が高いな……」
小鞠の中のキラキラな女子大生は、あのレベルの滑りを求められているのだろうか。
手軽に気軽に滑れればいい俺とは大違いである。
小鞠も元々こっち側だっただろ……俺を置いていくな……いい変化だとは思うけど、時々
◇
リフト乗り場の時計を見たところ、既に15時を過ぎていた。リフトが運航しているのは最長で16時半までだから、計画的に滑らないとな。
始めの頃から比べると、小鞠はかなり滑れるようになってきた。滑りながら軽く会話が出来るほどである。余裕が出てきた証拠だ。
「上手い上手い。教本を読み込むのって、やっぱり大事なんだな」
「あの……温水。は、話したくなかったら話さなくて、いいんだけど……」
「ん? どうした。とりあえず言ってみてくれ」
シャーーーッと気持ちよくゲレンデの斜面を
「や、八奈見とは、最近どうなんだ? お、同じ大学に行ってから、し、しばらく経つだろ」
「八奈見さん? 最近も何も、いつも通りだよ。大学でモテすぎて大変って話は、よく聞かされるな」
「??」
小鞠は脳の処理が追い付いていないような、よくわからない表情をした。
そんなことをしているとまた転ぶぞ……
「こ、今回の旅行の話を聞いて、ふ、不機嫌になったり、
「小鞠がこっそり練習するって言ってたから、八奈見さんには話してないけど。最近の俺、ちゃんと口が
「い、言ってないのか……」
小鞠、そんなに俺の口が軽いと思っていたのか。根拠は沢山あるので、妥当な判断ではあるが。
……あ、俺の方が転んでしまった。今日、まだ一回も転んでなかったのに。ひっくり返ったから空が視界に入る。山の上だからか、空と雲が近いな……
小鞠は俺の側にしっかりとブレーキを掛けて立ち止まり、しなやかに倒れこんで一緒に空を見上げている。マネしなくてもいいぞ。
「八奈見さんのモテ自慢聞いていたら、俺も少しくらいは対抗したい時があるんだよな。上手くいくかわからないけど、今度合コンでも参加してみようかな」
「ごごご、合コン!? お、お前、行ったことあるのか」
「行ったことはないけど……同じ
小鞠が凄まじい
……選択肢を間違えただろうか。大学生になったら合コンくらいは
「や、八奈見は……?」
「──? 八奈見さんは学科が違うから、参加しないと思うけど」
それを聞いた小鞠は雪にボフンと顔をうずめ、ブツブツと何かを呟き始めた。こういう話題は、小鞠に振らない方がいいのだろうか。
「ほら、あと一時間くらいしか滑れないんだから、最後まで練習頑張ろう」
「う、うん……」
どうした、やけにしおらしいな。
コースを下り終わってまたペアリフトに乗ったが、これ以降の小鞠は何やら上の空のようだった。
◇
あれから夕食もお風呂も済ませ、宿泊している部屋に小鞠と一緒に戻る。
……はい。二人部屋の方が明らかに安かったという理由で、今日俺は小鞠と同じ部屋に泊まっているのである。
──ツワブキに通っていた頃、小鞠とはあれやこれやのイベントがあったが……結局、何も間違いは起こらなかったのだ。小鞠の中で俺は、確固たる信頼を築いていると自負している。そんじょそこらの男には負けない。
「しかし、本格的に小鞠の大学生活が心配なんだけど……男と泊まってはいけない的な一般常識を忘れてしまったか……」
「う、うるさい。温水だけは、い、今更だろ。よ、余計な心配しなくても、こんなことをするのはお前く──へ、変なことを言わせるな!」
緩やかな軌道を描いた枕が、聞きなれた
……冗談はこれくらいにして、そろそろ寝るか。
今日の宿は古いアパートを改装したみたいなつくりをしていた。
寝る場所はなんと二段ベットである。これを使って寝た経験はないので、
協議の結果俺が下になり、小鞠が上に登る。
上のベットからぴょこりと顔を出した小鞠と就寝の挨拶を交わして、部屋の電気を豆電球に切り替えた。
スキーの程よい疲れもあって、よく眠れそうだ。
真上では小鞠がスヤスヤと寝息を立てているかもしれないが、意識してはいけない。
小鞠の安眠を守るために俺は今、負けられない戦いをしているのだ──
◇
……あれ。
寝ぼけるにはまだ早くないか? ここは小鞠が恥をかかないように、優しく教えるとしよう。
今日寝ているのは二段ベットであるということを寝ぼけ
「ぬ、温水……お、起きてる、よな」
豆電球の灯りでうっすらと見える顔や肌は、メイクをしていないにも関わらず
小鞠ははっきりと目を覚ました状態で──俺の