マケインわーるど   作:einan

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大学生小鞠(こまり)とスキー練習 2

 

「ご、合コン……の、話」

 

 たどたどしい小鞠の言葉遣い。薄暗さで口元ははっきりと見えないが、この静かな部屋で彼女の発声を聞き逃すことはない。

 

「ぬ、温水、は────い、いかないで、欲しい」

 

 夜中にどんな話かと思ったけど……その話か。

 別に構わないことだった。元々その(くだり)にこだわりはない。

 小鞠が嫌だと言うのなら無理して行く必要もない。参加して恥をかいたら損するだけだし。小鞠もやっぱりそういう浮ついたことは苦手で──

 

「──どうしてだ? ああいった集まり、好きじゃないのか?」

 

 俺は何故か素直に(うなず)かず、逆に小鞠に問いかけていた。

 行かないで欲しい理由なんて……さっき予測した理由で十分じゃないか。

 小鞠の口からあらためて聞く必要はないんだ。

 

「ほら、八奈見さんとか合コンは連戦連勝らしいじゃないか。連戦連勝ってちょっと謎だけど、それなら俺が行っても別に……」

「や、八奈見は、よくわからないけど。温水は、い、行ったらダメだ」

 

 小鞠に再度強く引き留められる。

 暗がりに慣れてきて、彼女の顔がはっきりと見え始めた。

 ……小鞠の、本気の目だ。

 オドオドしているようで──(こころ)(がら)はいつだってまっすぐ、ひたむきな。

 

「な、なんで……わ、わたしが知らないやつと、く、くっつこうと、するんだ」

「くっつくって、(おお)()()だな」

 

 大袈裟とは言ったが、恋人を作る入り口の一つであることは間違いなくて。

 それに参加する異性をここまで引き留めるのは……それなりの、意味合いが生まれる。

 

「八奈見でも、や、焼塩でも、ほ、他の、誰かでも。ぶ、文芸部の……ツワブキの皆の誰かだったら、な、納得、出来たのに」

「お、落ち着いてくれ小鞠。最後まで話は聞くから」

 

 小鞠は引かない。馬乗りの姿勢になったまま、更に俺に迫ってくる。

 

「り、陸上の、全国大会で。ぬ、温水と、焼塩が、寄り添ってた時……や、焼塩には、温水が付いてないと、いけないって、お、思った。せ、生徒会の選挙での、八奈見と温水が、羨ましかった。お、お互いが、お互いを、し、信じあってて」

 

 (せき)を切ったように流れ始めた、小鞠の感情の(ほん)(りゅう)

 

「ど、どっちかは、成り立たないし。お、お前には、勿体ないけど……私は温水のこと、み、ミジンコくらいにしか、気にしてなかったから……さ、寂しかったけど、今度は、み、見守ろうって。ぶ、文芸部がきっかけで、そうなるなら、そ、それでもいいかな、って」

 

 小鞠は流し目で寂しそうに視線を外した。

 一回り小さくなったような雰囲気で顔を(うつむ)かせて──(はかな)く、(しお)れるように。

 ……そんな顔、するなよ。

 

「な、なのに。焼塩は海外に、りゅ、留学が決まって……お前を、お、置いて行って。八奈見とそうなる気配も、ぜ、全然なくて。あ、挙句(あげく)の果てに、ご、合コンとか……ふ、ふざけるなぁ!!」

「え、ちょっ、やめっ、ぐえっ」

 

 小鞠はボスボスと布団越しに俺を叩き始めた。

 身に着けたはずのお淑やかさはどこにいったんだ。そんなところまで積極的にならなくても。

 

「きゅ、急に変わるんじゃない……び、びっくりするだろ。温水の、くせに。今のお前は、まるで、り、リア充みたい、だぞ。私の、知らないところで……わ、私が、知らないやつと……仲良く、しないで」

「……大学で出来た友達は、確かにそんな感じの人が多いけどさ。そういう人たちと友達になったからって、俺までリア充になったわけじゃ──」

 

 ──いや、俺がどう思っているかじゃない。

 小鞠からは、そう見えていたんだ。俺から小鞠が、そう見えていたように。

 ……ツワブキを卒業して、皆それぞれ環境に変化があって。次第にそれに適応していった。(げん)に小鞠は知人が誰もいない大学で(いち)から友達を作って、どんどん女子大生らしさに磨きをかけている。

 人見知りの発動も無くなりこそしないが、かなりマシになってきた。

 ……高校の頃からコツコツ克服(こくふく)していったことなので、勿論良いことだ。

 

 ──出会ったばかりの頃に比べて……俺の背中に隠れることも、数えられるくらいに減っていて。

 

「そ、卒業式の後、だ、大丈夫だって思っても、不安だった。きょ、距離が離れて、忙しくなって、み、皆に、会えない……で、でも仕方ないことだし、悲しいことなんかじゃないって、へ、部屋の引き出しに仕まった寄せ書き、何度も見返して。こ、こんなことばかりしてちゃいけないから、い、いつも通りに……小説を書いたけど。つ、次は温水が読んでくれなくなるんじゃないかって、不安になって」

「そんなわけないだろ。俺は小鞠のファンなんだぞ」

「ど、どうなるか、わからないだろ!? ど、読者が減っても、また増やしたり、い、良いものを書いて呼び戻せば、いい。だ、だけどあの日は……お前から感想が来るまで、こ、怖かった。ツワブキを卒業して、こ、これで一区切り、で。……お、おかしくない。せ、責められないって──」

 

 感受性が豊かな小鞠は……早いうちから予感していたのかもしれない。

 同じ線の上にいたはずの同級生が変わることが──離別した(さび)しさを、少しだけ増やしてしまうことに。

 

「そ、それなのに──お前はいつも通り、か、代わり映えのないメッセージを……お、送ってきた。書いている小説は、相変わらず、へ、へたっぴで。でもちゃんと、つ、続けていて。ら、LINEの頻度とかは、む、むしろ増えて。よ、余計なお世話を焼いて……そういうところが……き、嫌いだ」

 

 フワッと花が咲いたように、小鞠は笑った。

 今まで見た中で一番綺麗で、可憐で。──見惚(みほ)れてしまうほどに。

 

「ぬ、温水のこと考えると、胸がぎゅーってなって、む、むしゃくしゃする。……嫌いだ。き、綺麗になったら、私をもっと、み、見てくれるかもしれなくて、頑張った。段々お前も気づくようになってきて、う、嬉しくて。でもわかったような顔を、し、し始めたのは、ムカついた。き、嫌いだ」

「散々言われてるな……」

 

 揶揄(からか)うように悪態をついたり、口元を緩めたり、ムスッと不機嫌になったり。

 小鞠はコロコロと表情を動かし続けて。

 

「──だ、大学、良いことばかりじゃないけど……楽しい。た、大切な人、いっぱい増えて。お前たちが近くに居ない日常に、や、やっと慣れてきたから。温水も、と、特別じゃなくなっていくと思ったのに……と、突然お前は、インターホンを鳴らして、寒がりながら、の、呑気に押し入ってくるし……す、少しくらい、忘れさせろ」

 

 そして開き直ったようなジト目を俺に向けてきた。

 ……過去最上級のクオリティーである。

 

「久しぶりに会ったら、や、やっぱり嫌いで。……か、帰らないで、ほしかった……あ、遊ぶ約束、守ってくれたのは、いいけど。りょ、旅行に誘われたからって、ホイホイ付いてくるな。私はお前のこと……嫌い、なんだぞ」

「……ああ」

 

 (うめ)くように、切ない声を漏らして。

 

「私が言いたいこと、な、なんとなく察してくるところが嫌い。わ、私が皆と同じになれるように、(しょう)()りもなく、き、気をつかってくるところが嫌い。て、手がふんわり温かくて、ポカポカする気持ちにさせてくるところも、き、嫌い」

 

 小鞠は力なく倒れ込み──俺が着ている館内着の(えり)を掴む。

 

「……嫌い……き、嫌い…………お、お前なんか嫌いだ……馬鹿ぁ」

 

 繰り返し(つむ)がれる、嫌いという言葉。

 

 ──その裏の意図を()み取れないほど、俺はもう小鞠と浅い付き合いではなくて。

 様々な疑問はあれど、どうやら俺は……とんでもない大間抜けだったらしい。

 

 小鞠のことは、妹みたいな存在だと思っていた。

 ──本当に? 未だ(すが)り付いている小鞠に……視線を落とす。

 お互い異性の友達として十二分に信頼している上で、告げられた熱い想い。

 ()(わく)(てき)な瞳。手入れが行き届いたセミロングの髪。潤んだ唇。

 この旅行中にも、何度意識したかわからない。

 本当に妹としか思っていなかったのなら──こんなにも、心動かされるはずがないんだ。

 

 ……だけど、このままじゃあまりに()まらないよな。

 俺は上体を起こして、座り直す。

 小鞠は俺の上に乗っかったままだ。間近で向き合う形になるが、我慢してもらおう。

 

「うなっ!?」

「──小鞠」

「な、なんだ、温水」

 

 ……落ち着け、温水和彦。一世(いっせ)一代(いちだい)の返事をするんだから。

 

「これからその……よろしく、お願いします」

 

 誤解のないようにゆっくり小鞠の手を取って、正面から返事をする。

 彼女の手が、ピクっと震えた。

 

「…………い、意味。わ、わかって言ってるのか」

「えっと……そういう話じゃなかったのか? 俺、先走り過ぎたか?」

「ち、違わない。で、でも、その、返事は。付き合うって、ことに」

「そうだ。断る理由なんてないし……受け入れる理由なら沢山ある」

 

 色々と悔やんでいても仕方がない。

 俺が出来ることは……少しでもこいつに誠実であることなんだ。

 

「──ダサいけどさ。小鞠のことを異性として意識する度に、友達として信頼されてるとか考えていて。臆病(おくびょう)……だったのかもしれない」

 

 前置きから入るな。もっと素直な気持ちを込めろ。

 

「小鞠の性根(しょうね)も性格も。夢も熱意も知ってる。滅茶苦茶嬉しい。俺、久遠ウサギ先生のファンじゃなくて……小鞠のファンなんだ。──小鞠が、小鞠だから。支えたくて……その──俺に出来ることなら何でもするって言ったのは、嘘じゃないんだ」

 

 このままじゃ、小鞠にやられっぱなしだ。

 

「だ、だから俺と、恋人としてのお付き合いを──」

 

 ──その先の言葉を言うことはなかった。

 唇を、(うば)われるように(ふさ)がれて。感触を確かめるように、反芻(はんすう)して。

 小鞠は整った顔を盛大にニヤケさせつつ、俺の胸の中にそのまま居付(いつ)いた。

 

 し、心臓の鼓動が止まらない……大胆過ぎるだろ、こいつ。何も考えていないのか。

 

 俺の気も知らないで、いつの間にかすっかり安心して眠っているし……

 な、生殺しだ──

 

 

          ◇

 

 

 翌朝、俺たちは一緒の布団で目を覚ましたことに言うまでもなく照れて。どこかぎこちないまま朝の準備を済まして、リフトの営業開始時間に合わせて宿を出た。

 

 これからどうしていくのかなんてわからなくて、些細(ささい)なことで動揺するし。慣れてきたスキーゲレンデのはずなのに、二人合わせて昨日の倍以上は転んだ。

 その度に……お互い何やっているんだと呆れて、笑って。

 あっという間に一日が終わってしまい、帰りのバスに乗っていた。

 

 行きとまったく同じバスだったから、これに最初乗っていたときはまだ俺たち友達だったんだよな……とか考えたら妙に恥ずかしくて。

 だけど、小鞠のことを見ていたい気持ちの方が強かった。

 

 座席の間で俺にそっと手を重ねた、彼女のはにかんだ笑みを見た時──

 

 この先の人生で、ずっと一緒に居たい人を見つけた。

 そんな……確信があった。

 

 

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