「ご、合コン……の、話」
たどたどしい小鞠の言葉遣い。薄暗さで口元ははっきりと見えないが、この静かな部屋で彼女の発声を聞き逃すことはない。
「ぬ、温水、は────い、いかないで、欲しい」
夜中にどんな話かと思ったけど……その話か。
別に構わないことだった。元々その
小鞠が嫌だと言うのなら無理して行く必要もない。参加して恥をかいたら損するだけだし。小鞠もやっぱりそういう浮ついたことは苦手で──
「──どうしてだ? ああいった集まり、好きじゃないのか?」
俺は何故か素直に
行かないで欲しい理由なんて……さっき予測した理由で十分じゃないか。
小鞠の口からあらためて聞く必要はないんだ。
「ほら、八奈見さんとか合コンは連戦連勝らしいじゃないか。連戦連勝ってちょっと謎だけど、それなら俺が行っても別に……」
「や、八奈見は、よくわからないけど。温水は、い、行ったらダメだ」
小鞠に再度強く引き留められる。
暗がりに慣れてきて、彼女の顔がはっきりと見え始めた。
……小鞠の、本気の目だ。
オドオドしているようで──
「な、なんで……わ、わたしが知らないやつと、く、くっつこうと、するんだ」
「くっつくって、
大袈裟とは言ったが、恋人を作る入り口の一つであることは間違いなくて。
それに参加する異性をここまで引き留めるのは……それなりの、意味合いが生まれる。
「八奈見でも、や、焼塩でも、ほ、他の、誰かでも。ぶ、文芸部の……ツワブキの皆の誰かだったら、な、納得、出来たのに」
「お、落ち着いてくれ小鞠。最後まで話は聞くから」
小鞠は引かない。馬乗りの姿勢になったまま、更に俺に迫ってくる。
「り、陸上の、全国大会で。ぬ、温水と、焼塩が、寄り添ってた時……や、焼塩には、温水が付いてないと、いけないって、お、思った。せ、生徒会の選挙での、八奈見と温水が、羨ましかった。お、お互いが、お互いを、し、信じあってて」
「ど、どっちかは、成り立たないし。お、お前には、勿体ないけど……私は温水のこと、み、ミジンコくらいにしか、気にしてなかったから……さ、寂しかったけど、今度は、み、見守ろうって。ぶ、文芸部がきっかけで、そうなるなら、そ、それでもいいかな、って」
小鞠は流し目で寂しそうに視線を外した。
一回り小さくなったような雰囲気で顔を
……そんな顔、するなよ。
「な、なのに。焼塩は海外に、りゅ、留学が決まって……お前を、お、置いて行って。八奈見とそうなる気配も、ぜ、全然なくて。あ、
「え、ちょっ、やめっ、ぐえっ」
小鞠はボスボスと布団越しに俺を叩き始めた。
身に着けたはずのお淑やかさはどこにいったんだ。そんなところまで積極的にならなくても。
「きゅ、急に変わるんじゃない……び、びっくりするだろ。温水の、くせに。今のお前は、まるで、り、リア充みたい、だぞ。私の、知らないところで……わ、私が、知らないやつと……仲良く、しないで」
「……大学で出来た友達は、確かにそんな感じの人が多いけどさ。そういう人たちと友達になったからって、俺までリア充になったわけじゃ──」
──いや、俺がどう思っているかじゃない。
小鞠からは、そう見えていたんだ。俺から小鞠が、そう見えていたように。
……ツワブキを卒業して、皆それぞれ環境に変化があって。次第にそれに適応していった。
人見知りの発動も無くなりこそしないが、かなりマシになってきた。
……高校の頃からコツコツ
──出会ったばかりの頃に比べて……俺の背中に隠れることも、数えられるくらいに減っていて。
「そ、卒業式の後、だ、大丈夫だって思っても、不安だった。きょ、距離が離れて、忙しくなって、み、皆に、会えない……で、でも仕方ないことだし、悲しいことなんかじゃないって、へ、部屋の引き出しに仕まった寄せ書き、何度も見返して。こ、こんなことばかりしてちゃいけないから、い、いつも通りに……小説を書いたけど。つ、次は温水が読んでくれなくなるんじゃないかって、不安になって」
「そんなわけないだろ。俺は小鞠のファンなんだぞ」
「ど、どうなるか、わからないだろ!? ど、読者が減っても、また増やしたり、い、良いものを書いて呼び戻せば、いい。だ、だけどあの日は……お前から感想が来るまで、こ、怖かった。ツワブキを卒業して、こ、これで一区切り、で。……お、おかしくない。せ、責められないって──」
感受性が豊かな小鞠は……早いうちから予感していたのかもしれない。
同じ線の上にいたはずの同級生が変わることが──離別した
「そ、それなのに──お前はいつも通り、か、代わり映えのないメッセージを……お、送ってきた。書いている小説は、相変わらず、へ、へたっぴで。でもちゃんと、つ、続けていて。ら、LINEの頻度とかは、む、むしろ増えて。よ、余計なお世話を焼いて……そういうところが……き、嫌いだ」
フワッと花が咲いたように、小鞠は笑った。
今まで見た中で一番綺麗で、可憐で。──
「ぬ、温水のこと考えると、胸がぎゅーってなって、む、むしゃくしゃする。……嫌いだ。き、綺麗になったら、私をもっと、み、見てくれるかもしれなくて、頑張った。段々お前も気づくようになってきて、う、嬉しくて。でもわかったような顔を、し、し始めたのは、ムカついた。き、嫌いだ」
「散々言われてるな……」
小鞠はコロコロと表情を動かし続けて。
「──だ、大学、良いことばかりじゃないけど……楽しい。た、大切な人、いっぱい増えて。お前たちが近くに居ない日常に、や、やっと慣れてきたから。温水も、と、特別じゃなくなっていくと思ったのに……と、突然お前は、インターホンを鳴らして、寒がりながら、の、呑気に押し入ってくるし……す、少しくらい、忘れさせろ」
そして開き直ったようなジト目を俺に向けてきた。
……過去最上級のクオリティーである。
「久しぶりに会ったら、や、やっぱり嫌いで。……か、帰らないで、ほしかった……あ、遊ぶ約束、守ってくれたのは、いいけど。りょ、旅行に誘われたからって、ホイホイ付いてくるな。私はお前のこと……嫌い、なんだぞ」
「……ああ」
「私が言いたいこと、な、なんとなく察してくるところが嫌い。わ、私が皆と同じになれるように、
小鞠は力なく倒れ込み──俺が着ている館内着の
「……嫌い……き、嫌い…………お、お前なんか嫌いだ……馬鹿ぁ」
繰り返し
──その裏の意図を
様々な疑問はあれど、どうやら俺は……とんでもない大間抜けだったらしい。
小鞠のことは、妹みたいな存在だと思っていた。
──本当に? 未だ
お互い異性の友達として十二分に信頼している上で、告げられた熱い想い。
この旅行中にも、何度意識したかわからない。
本当に妹としか思っていなかったのなら──こんなにも、心動かされるはずがないんだ。
……だけど、このままじゃあまりに
俺は上体を起こして、座り直す。
小鞠は俺の上に乗っかったままだ。間近で向き合う形になるが、我慢してもらおう。
「うなっ!?」
「──小鞠」
「な、なんだ、温水」
……落ち着け、温水和彦。
「これからその……よろしく、お願いします」
誤解のないようにゆっくり小鞠の手を取って、正面から返事をする。
彼女の手が、ピクっと震えた。
「…………い、意味。わ、わかって言ってるのか」
「えっと……そういう話じゃなかったのか? 俺、先走り過ぎたか?」
「ち、違わない。で、でも、その、返事は。付き合うって、ことに」
「そうだ。断る理由なんてないし……受け入れる理由なら沢山ある」
色々と悔やんでいても仕方がない。
俺が出来ることは……少しでもこいつに誠実であることなんだ。
「──ダサいけどさ。小鞠のことを異性として意識する度に、友達として信頼されてるとか考えていて。
前置きから入るな。もっと素直な気持ちを込めろ。
「小鞠の
このままじゃ、小鞠にやられっぱなしだ。
「だ、だから俺と、恋人としてのお付き合いを──」
──その先の言葉を言うことはなかった。
唇を、
小鞠は整った顔を盛大にニヤケさせつつ、俺の胸の中にそのまま
し、心臓の鼓動が止まらない……大胆過ぎるだろ、こいつ。何も考えていないのか。
俺の気も知らないで、いつの間にかすっかり安心して眠っているし……
な、生殺しだ──
◇
翌朝、俺たちは一緒の布団で目を覚ましたことに言うまでもなく照れて。どこかぎこちないまま朝の準備を済まして、リフトの営業開始時間に合わせて宿を出た。
これからどうしていくのかなんてわからなくて、
その度に……お互い何やっているんだと呆れて、笑って。
あっという間に一日が終わってしまい、帰りのバスに乗っていた。
行きとまったく同じバスだったから、これに最初乗っていたときはまだ俺たち友達だったんだよな……とか考えたら妙に恥ずかしくて。
だけど、小鞠のことを見ていたい気持ちの方が強かった。
座席の間で俺にそっと手を重ねた、彼女のはにかんだ笑みを見た時──
この先の人生で、ずっと一緒に居たい人を見つけた。
そんな……確信があった。