マケインわーるど   作:einan

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大学生小鞠(こまり)と週末デート

 

 大学一年生の冬。初めての彼女ができた。

 離れかけた繋がりは、また繋がり直すこともあるもので。

 あの告白から小鞠の存在が、頭の中にちょこんと居座っている。

 

 ……付き合い始めてからは週末に俺が豊橋まで行ったり、逆に小鞠がこっちまで遊びにきたりと、ちょっとした遠距離恋愛をしている。

 会えない時も多いので、積極的に連絡はするように意識している。具体的には以前の二割増しくらいで。

 

 甘い空気に浸りながら、下宿先の部屋で(くつろ)いでいる小鞠の綺麗な首筋をゆったり()でた。

 指の腹に毛先がふわりとかかる。恋人同士でイチャつくのって楽しいな。

 

「温水が、ば、馬鹿なこと考えてる」

「そんなことはない。最近小鞠のことしか考えてないし」

「うなっ!!? い、色ボケ! 色ボケ温水!!」 

 

 小鞠の口撃。本日も彼女らしく、平常運転で健在だ。

 俺の膝の上で、小鞠は頬を赤くしつつ小さく身じろぎする。

 

「も、もっと、足伸ばせ。私が、乗れない」

「はいはい。おおせの通りに」

 

 一人で部屋にいる時と変わらず、俺は今期注目の日常系アニメを見ていた。小鞠は読みかけの恋愛小説を読んでいる。

 お互い好き勝手やっているが、ここに居るのが彼女というだけで心が弾むな。

 ED(エンディング)曲ののどかなイントロに聞き入っていると、ガラス窓からのひやりとした冷気が足元に触れた。

 

「あれ、微妙に寒くないか。小鞠さっき暖房のリモコン触ってたっけ」

「そ、そうだな。……わ、私にくっついて、温まったら、いい」

「それはマズくないかな。metoo案件というか、コンプライアンス的な」

「だ、誰が気にするんだ。私たち、付き合ってるんだぞ」

 

 たしかに。納得した俺は、後ろからきゅっと小鞠を抱きしめる。

 ……抱き寄せた瞬間、厚手の布越しに小鞠の体温が息づいて理性がぐらつく。

 慌てるな。シャンプーの香りがしたりと、色々と機能が付属してはいるが、これはただのちんまりとした湯たんぽなんだ。

 

 ──余計なことを考えないように、交際の今後について考えてみようか。

 このまま順調にいけば、あらためて家族に紹介とかあり得るわけで。まだそれを想定するのは重いのかな。

 俺はシスコンではないけれど、佳樹が言いそうなことはわかる。小鞠との面接を想定して会話をシミュレーションしてみよう。

 

 ――――――――――――――――――――

 

『ぜひぜひお話を聞かせてください! まずはお兄様と小鞠さん、どちらから好きとお伝えしたのですか?』

『わ、私。温水は、い、意気地なし、だから』

『好きだって言ったわけじゃないけど、交際を申し込んだのは俺からで』

 

 旅行のいきさつを聞き出して、怪訝(けげん)な顔をする佳樹。

 しばらくすると凛とした雰囲気を保ったまま、佳樹は柔らかく微笑(ほほえ)んだ。

 

『……では、お兄様も小鞠さんも「好き」と直接伝えないままお付き合いを?』

『そういうことになるかもしれないけど、気持ちは通じ合っているし、問題な──』

 

 ――――――――――――――――――――

 

 なぜか不合格を告げられ、実家から叩き出される俺と小鞠が出力された。

 いやわかっている。この想定結果は小鞠に好きだと言いたい衝動が影響しているんだ。

 そしてあわよくば小鞠にも、好きと言ってもらいたい。

 やっぱりロマンチックな場所じゃないと無理かな。よし、しばらくはそれを目標に……

 

 

「ぬ、温水。──()きだぞ」

 

 

 なんてことない部屋の一画で告げられる、直球の好意。

 小鞠が斜め後ろに振り向いて、耳元でか細くつぶやいた。

 妙に現実感のない響きが胸の奥まで(のこ)る。

 一緒にかけていたブランケットは、昼の日差しを抱えているように温かかった。

 

「…………」

「な、なんで急に」

「温水が、い、言って欲しそうに、してたから……?」

 

 おそるおそる表情をのぞかせる小鞠は、照れ臭そうに口角を上げた。

 その笑みが整った顔立ちに加わって、反則的に可愛い。

 いじらしさに心奪われて思わず背筋が伸びた。

 

「小鞠。俺も……好きだ」

「ふぇっ」

「小鞠が幸せそうな顔をしてるだけで、なんか心が満たされるというか」

 

 動揺している小鞠の、(くず)れた表情まで愛おしくなってきた。彼女って可愛いな……。

 これは実は学会で発表できるレベルの発見ではないだろうか。

 

「え、えっと。小鞠はかわいいな。その、全体的な空気が……」

「へ、へたくそ」

 

 続けて行った慣れないご機嫌取りには、小鞠のダメ出しがとぶ。

 彼女(かのじょ)なんだしもう少し判定を緩くしてくれてもいいのに。

 

 

           ◇

 

 

 午後からは出かけて、予定もなく小鞠と近くにある地下街に向かった。

 白い照明に均一に照らされた明るさが、人工的な安心感をもたらしてくれる。

 ここには飲食店が充実しているんだよな。

 

「ぬ、温水、はぐれるな」

「ああごめん。日曜日だし、みんな考えることは同じか」

 

 人の流れに押し流されないように長く伸びる通路を小鞠と歩いていく。

 生活感に飲み込まれそうになるなか、たどり着いたのはシルク雑貨の専門店だった。

 

「シルクのハンドクリームに、(きぬ)の石鹸……? シルクって服に使うための素材だろ」

「は、肌に、とても優しいらしい。知らなかったのか」

「その言い方、小鞠も又聞きじゃないのか」

 

 シルク雑貨のことはよくわからなかったけど、小鞠が欲しいなら買おうと格好つけて財布を取り出す。

 

 しかし取り出した直後によくわからないまま買おうとするなと、財布をすばやく没収(ぼっしゅう)されてしまった。

 それから真剣にこくこくと頷く小鞠と店員さんの解説を受ける。

 

 加工の仕方ごとに組まれた季節の特集は、思った以上に聞きごたえがあるものだった。

 

 

          ◇

 

 

 遅めのおやつとして地下街のクレープ店に訪れた。

 都合よくイートインの席が空いていたので、小鞠と二人で腰かけて。

 人々の流れを背に、横に置いた質のいい紙袋がかさりと擦れる。

 

 クレープに口を近づけるたび、小鞠は薄いリップが気になるのか小さくかじっては笑っていた。

 

「あ、あーん……」

 

 やがて小鞠は同じ(いちご)味だというのに、こちらの口元にクレープを近づけてきた。

 ──そういうことか。受けてたとう。

 

「じゃあ小鞠も、あーん。……なんかとんでもないことしてないか俺たち」

「こ、こういうのは、い、勢いだ」

 

 天下の往来で、お互いにクレープを食べさせ合う俺たち。

 イチャつく恋人ってこんな羞恥心に耐えていたというのか。とてもじゃないけど正気じゃできない。

 小鞠も恥ずかしかったようで、数口したら手を引っ込めて自分の分を食べ進めている。

 

 ──でももっと揶揄(からか)いたくなって魔が差した俺は、隣で可愛いと何度か(ささや)いておいた。

 羞恥心は、たぶん豊川のせせらぎにでも流してきたんだ。

 

「そ、そういうとこ! だぞ!」

 

 

          ◇

 

 

 甘さの余韻(よいん)を残したまま、満足気にクレープの包み紙を折りたたむ。

 移り変わっていく電子広告をふと眺めていたら、顔が火照ったままの小鞠からなぜか上目づかいに見上げられた。

 

「ぬ、温水……浮気は、ダメだからな」

「……浮気の定義から、話し合おうか」

 

 交際を続けていく上で認識のすり合わせは大事だ。

 今だって、新規で開店する蕎麦(そば)屋さんが気になっただけだったし。

 

「お、女と二人きりで話すこと。ご飯を食べること。半径一メートル以内に、近づかせること。その他、諸々だ」

「き、厳しすぎやしないか」

 

 小鞠、まさかの束縛系彼女だったのか。新しい一面だ。

 

「ぬ、温水は、どうせ守れないから……厳しいくらいが、ちょうどいい。や、破った分だけ、埋め合わせしてもらう」

 

 (かみ)をモジモジと弄りながら、肩を並べて寄り添った小鞠がほころぶ。

 等身大の()ねと初々しさが同居した横顔は、今までのどんな佇まいとも違っていて。

 

 だけどどうして浮気を前提にされるんだ──?

 釈然としないまま歩き出して、行きかう雑踏に紛れる俺たち。 

 

 気づけば絡んでいた腕と腕の温もりに、この先なんだって分かち合えそうだと思えた。

 

 

          ◇

 

 

 地下街を歩いているから気づきにくいけど、辺りはだいぶ暗くなってきた。

 ──実はこれで通算三回目のデートなのである。

 ……一説によると恋人は、別れ際にキスをすることがあるらしい。

 

 そろそろ関係性を一歩前に進めたい俺は、どうにかそれを人目のない場所で自然に狙っていけないかと目論(もくろ)んでいた。

 勢いでした最初のキスの感触は、まだ脳裏に焼き付いている。

 

「温水」

「どうしたんだ、小鞠。またどこか行きたい場所でも」

「か、帰りたく……ない」

 

 帰りたくないだと。小鞠の提案にさっそく目論見が頓挫(とんざ)してしまった。

 言葉を探す喉がわずかに開いては閉じ、頼りなく揺れる。

 お互い会えても週に一度だ。できるだけ長く一緒に居たい気持ちはわかる。

 

「わかった。俺が受ける授業は二限からだから、明日の朝に送るよ」

 

 部屋にこもってゲームやお喋りで過ごすのも恋人としての醍醐味だ。

 コクリと(うつむ)きながら同意した小鞠は、足どりを揃えて俺のあとについてくる。

 (よい)の外気に晒されながら、暮れかかる雲の端を仰ぐ。俺たちは二人で帰路についた。

 

 

          ◇

 

 

 ──そして先にお風呂を済ませた小鞠は、我が物顔で俺のベッドの上に寝転んでいた。

 相も変わらずスマホを弄っているのはお家芸だ。

 ちゃんと来客用の布団があるから、そっちを使って欲しいんだけど……なんかモヤモヤするし。

 気晴らしに、机の上に散らかっていたレポート用紙と原稿を整理した。

 

「温水、こ、このキャラ。好みかも」

 

 小鞠にそう誘われ画面を見に行くが、見に行く体勢が上手く噛み合わなくて、ばたりとベッドの上に倒れこむ。

 俺好みのキャラと聞いては黙っちゃいられない。確認しようか。

 

「嫌いじゃないけど……微妙に俺の趣向とは違うな。個人的には純真さがあと少し欲しいし、包容力も──」

「そ、そうか」

 

 それきり小鞠は黙り込む。

 片方の腕は頭の上に伸ばされ、シーツの上であどけなく投げ出されていた。

 

 うん、ついつい語ってしまったのに突っ込みが飛んでこない。

 じっと小鞠から向けられる熱意には、なんだか(ぶん)()相応(そうおう)なほどの想いを貰っている気さえした。

 

「小鞠……俺で良かったのか」

「──な、なんだかしこまって。温水らしく、ないぞ」

「付き合ってから格好つけようとして、失敗するとこ沢山見せてるし。そろそろ幻滅されたらどうしようかなと」

「いいい今更だ。と、とっくにわかってる。……そ、それでも。お前がいいんだ」

 

 そう言い切った小鞠は、安堵(あんど)がにじんだ表情を緩ませる。

 ()かれた手が、端正に整えられた髪をくしゃりと撫でて。

 これは偶然だけど──いい雰囲気、というやつなのでは。別れ際じゃないけど、佳境に差し掛かった気配を感じる。

 

「……()きだ。小鞠」

「わ、私も。ずっと、ずーっと、()き。一緒にいて」

 

 恋人らしいやりとりにさすがに照れ臭くなって、つい横の方を見る。

 小鞠は両手で俺の頭をわしづかみにして、自分の方に引き寄せてきた。

 

「め、目を逸らすな。わ、私のこと……ちゃんと、見ろ」

 

 とろんとした小鞠の、(すが)るような一途に迫る眼差し。

 ベッドについていた手が震える。

 静かに目を(つむ)る小鞠の様子は、まるですべてを受け入れるように無防備で穏やかだった。

 視界一杯の、かすかに鼻先が触れ合いそうな距離感に意識を向けたら──

 

 テロリン。俺が机に置いていたスマホから通知音が鳴る。

 再度通知音が来ているが、多分気にしなくていいやつだ。

 

「な、鳴ってるぞ」

「いや、今そういうのは無視するべきじゃ」

「さっさと、で、出ろ」

 

 小鞠に軽く内股を蹴られてスマホを確認する。

 文芸部の全体連絡か。このグループが動いているのも久しぶりだな。

 

 でもこれなら小鞠にも連絡がいってるはずだけど……

 腕の中で縮まって、同じように連絡を確認している小鞠に視線を落とす。

 むくれたように口を尖らせた小鞠は、俺の目の前であてつけのようにスマホのマナーモードを解除した。

 

 

「つ、次は気を付けろ。ばーか」

 

 ……ひょっとして、俺はなかなかのチャンスを先送りにしてしまったのだろうか。

 不器用に身構えてしまう仕草に、まだお互いが(おく)していた頃の面影がちらついていた。

 

 

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