マケインわーるど   作:einan

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朝雲(あさぐも)千早(ちはや)とお助けデート

 

 数日()った。今は帰りのHRだ。あれから、姫宮(ひめみや)さんに変わった様子はない。以前のように明るく非常階段で昼食を取り、文芸部で活動し、袴田(はかまだ)八奈見(やなみ)と話したりもしている。

 姫宮さんのことを八奈見に相談しようかとも思ったんだけど、この世界では勝者の八奈見に相談するのもなんか違う気がするんだよな……

 

 そういえば時々八奈見が俺にジェスチャーをしてくるが、内容がよくわからないのでスルーせざるを得ない。もっとわかりやすく伝える努力をして欲しい。

 スルーする(たび)に八奈見から殺気が飛んできているので、そろそろ軽く殺されそうな気がしてきた。……HRが終わる。

 

「お困りのようですね、和彦(かずひこ)さん」

 

 鞄を後ろ手に持った朝雲(あさぐも)さんが、俺の横にストンと現れた。……どこにいたの?

 

「和彦さんの考えていることは粗方(あらかた)予想できます──」

「……千早(ちはや)さんはそんなこともわかるのか」

 

 流石学年一位の頭脳。人の心理にも精通しているということだろうか。

 そうか。朝雲さんも綾野への想いが報われなかった辛い経験がある。彼女もその傷は()えていないだろうに、友人の姫宮さんのためにアドバイスを……

 

「ですが考え込みすぎてもいけません。大事なのは気分転換です」

「うん? 話の流れが見えてこないんだけど……」

 

 俺の心を読んだエスパー朝雲さんは、助言をくれるわけではないらしい。

 

「気分転換と言われても。これから俺達、いつも通り塾に行く予定があるし──」

「そうですね。ですから綾野(あやの)さんや檸檬(れもん)さんには悪いですが……」

 

 俺の腕を取った朝雲さんはイタズラっぽく笑う。

 

「塾、サボっちゃいましょうか。和彦さん」

 

 

          ◇

 

 

 JR東海道本線。乗り換えのために七番乗り場まで行き列車を待つ。アナウンスと共に到着した列車は運良く()いていたので、2人用のシートの奥の方に座る。朝雲さんも俺の隣に座った。

 

「──言われるまま電車に乗ったけど、これってどこに行くんだ、千早さん」

「……和彦さん、目的地を聞くのが少し遅くありませんか?」

 

 だって途中までの電車の中では人が多くてそんな雰囲気じゃなかったし。あとは朝雲さんがずっと俺の腕を持って前を歩いていたから、微妙に聞きづらかったという理由がある。   

 ……急に女子に接触されて冷静な思考が出来なかったという理由も、ちょっとだけあるかもしれない。

 

「──私もこれといって行き先を決めているわけではありません。ですが古今東西、気分転換と言えば遠出というイメージがあります。暫定(ざんてい)の目的地は浜松駅ですね。そこで降車してからの行き先はその時決めるか……今から考えましょうか」

「わかった。……千早さんって色々キッチリ決めて動くみたいな印象があったけど、ノープランで遊ぶこともするんだね。浜松なら俺、行きたいところが──」

 

 浜松に到着するまで35分ほどの時間があるが、次の目的地という会話の材料があるので話題を繋ぐのはそう難しいことではなさそうだ。スマホで浜松の下調べをしつつ、行き先についての会話をする。

 朝雲さんは俺の気分転換ということで、基本的に俺の希望を尊重する姿勢らしい。彼女が(いく)つか出した希望はスイーツや喫茶店といった甘いもの関係で、とても女の子らしいラインナップだった。ここに八奈見が居たらそれらに加えて、『コスパ抜群な浜松市厳選グルメ!』みたいなページを必死に検索しているだろうな……

 

「──今更だけど、塾を休んで大丈夫なのか? 千早さん。その分を取り返すのも大変だよな。しかも何でかわからないけど、俺のために」

「冷たいですよ和彦さん。今の和彦さんは勉強に集中できる様子ではなさそうですし──こういう時は2人でサボって、2人で取り返しましょう。私達、友達じゃないですか」

「……ありがとう」

「流石に檸檬さんをサボらせるわけにはいきませんので、今日は私だけで我慢してくださいね。これくらいならいつでも付き合います」

 

 そう言って朝雲さんは腕をポスンと胸の上にあて、おでこをキラッと光らせる。薄々思っていたけど、俺と朝雲さんはかなり仲が良いよな……この一週間で一緒に居る時間もトップクラスだし。

 

「それに今日の塾の授業はとある伝手(つて)で録画データを入手できる手筈(てはず)になっていますので、あとで一緒に見ましょうか。図書館や自習室で大きな音を出すわけにもいきませんし……どちらかの家で見るのが無難な選択肢ですかね。……今週の休みにでも、また私の家に来ますか? 私としては久しぶりに妹さんにご挨拶がしたいので、和彦さんのお家でも構いませんが」

「それはどっちでも……妹の機嫌的にマズい気がするから、ひとまず考えるけど。──今、録画データって言った? うちの塾、録画も録音も全面禁止じゃなかったっけ」

「……一部では許可されているようです。広まると私たちのようにサボってしまう塾生が増える懸念(けねん)がありますから、誰にも言ってはいけませんよ。檸檬さんや綾野さんにもです」

「わ、わかった」

 

 朝雲さんはズイっと身体を寄せて俺に忠告してきた。そうだな、それは良くないよな。

 ──本当に許可されているのか……? だが哀れ、俺は既に朝雲さんの共犯者になってしまった。ここで彼女を問い詰めても、(たい)した意味がないのである。

 俺は彼女の証言が真実であると信じる選択肢を選び、行き先を決める話題を再開した。世の中には、触れなくてもいい話題というものがある。

 

「──大体の候補地は(しぼ)れましたね。これくらいにしておきましょうか……デートはあまり予定をしっかり決めていても良くないと、以前読んだ本に書いてありました」

「そうだね。デートは……デート!?」

 

 俺は朝雲さんの爆弾発言に思わず大げさな反応をしてしまった。

 朝雲さんの方を見ると先程の発言は俺の聞き間違いではなかったようで、彼女はふにゃりと口を結び赤面している……

 ──揶揄(からか)われているのか? それにしては朝雲さんも恥ずかしがっているから、自爆攻撃じゃないか。俺を巻き込んで何がしたいんだ彼女は。

 

「……違いますか? 同じ制服を着た男女が、放課後に電車の座席にこうして並んで座っていて、遊びに行く場所を話し合っています──この様子は客観的な視点からすると、放課後デート……というものではないでしょうか」

「きゃ、客観的に見ればそういう可能性はあるかもしれないけど──」

 

 あくまで可能性だ。デートになるかどうかはもっとこうなんか複雑な条件があって、お互いの認識を()り合わないといけないもので。

 ──でも朝雲さんがデートと認識しているってことは、あとは俺が認めればこれはデートということになるんじゃ……朝雲さんとデート? いやいや、朝雲さんには綾野がいるんだし……色々考えて耳まで赤くなっていそうな俺から、朝雲さんは目を離してくれない。

 

「──難しく考えなくていいですよ? 和彦さん。私も1人の女子として……恋愛のサンプルが欲しいんです。そのためのデート体験とでも思ってもらえれば」

「……体験?」

「ええ。体験は大事ですよ? 本で得る知識とは、また別ですから。私に任せてください」

 

 朝雲さんはにっこりと微笑む。次の駅を告げる音声が、やけに遠くに聞こえる。俺は目的地への距離が近づくほどになんだかむず(かゆ)い気分になってしまって……座っているというのに、落ち着くことができない──

 

 

          ◇

 

 

 浜松駅に着いた。改札を通り過ぎて、すぐそばにある駅ビルに入る。

 エスカレーターに乗り8階まで上がると、目的地である谷島(やじま)屋浜松本店が見えてきた。広大な店内には、ジャンルを問わず45万冊ほどの本が並んでいる。いつも通っている書店ほど広いわけではないが、読書ラウンジが併設(へいせつ)されているので、浜松の市街地を眺めつつ読書ができるらしい。

 白と黒を基調とした内装デザインはとても清潔感があって、まるで最近できたばかりのようだ。駅ビルの高層階にあるので、雰囲気を重視しているのだろうか。

 俺と朝雲さんは(こん)色のタイルカーペットを並んで歩きつつ、目に付いた本を物色する。

 

「──結局こうやって本を見ているけど……これって普段の寄り道と変わらないよね。千早さん。いや、行き先を希望したのは俺なんだけど」

「……和彦さんは、普段と違うことがしたいのですか?」

「そういうわけじゃなくて──千早さんが突然デートとか言い出すから、少し身構えちゃって」

 

 朝雲さんは彼女の身長からすると少し高めの本棚にちょっとだけ背伸びをして、一冊本を取り出すと──俺の質問に答えた。

 

「和彦さん。デートなんて、普段の友達付き合いの延長で構わないんです」

「……そうなの?」

「ええ。絶対に相手を楽しませようだとか、意気込む必要はありません。……これもあくまで、受け売りの知識ですけれどね。それを確かめるためにも、気楽に楽しみましょうか」

「わ、わかった」

 

 そうは言われるが、自分が何か粗相(そそう)をしていないかという気持ちがある。

 朝雲さんはそれを見透かしたのか、さっき取った本棚の一つ下の段から別の本を取り出して、俺に見せてきた。

 

「心配でしたら、この本を買って2人で読んでみますか? だ、題名の通り、この本に従えば間違いはないかと」

 

 朝雲さんが両手で持ち、それで口元を隠しつつ見せてきた本は──『デート成功例辞典』。(おび)のコメントには、『10万部突破! 貴方たちに合う付き合い方が必ず見つかります』……という風に書かれていた。

 ──こんな本を2人で読むなんて照れくさいどころじゃない。恥ずかしすぎる。

 

「な、何が書かれているかわからないからギャンブルみたいになっちゃうし、やめておこうかな……あの、ほら、そういうのは次回以降ということで」

「あら残念です。それでは──また次の機会にということで」

 

 ……次ということになった。

 諦めた朝雲さんは、本の裏表紙をサラッと確認すると、二冊とも元の場所に戻そうとしている。俺は朝雲さんから本を受け取り、丁寧に本棚に戻した。

 本の背表紙を見ながら考える──不慣れなのは同じなはずなのに、この何ともいえない朝雲さんの格上感はどういうことなんだろう。事前知識の差だろうか。

 でもこの(もてあそ)ばれてドキドキする感じ……嫌いじゃないぞ。

 

 

         ◇

 

 

 書店内のコーナーはざっと周った。さて、ラノベコーナーにはどうやって行こうかな……と考えていると、朝雲さんがこんなことを言い出した。

 

「そういえば私、ライトノベルを購入したいので……そちらを巡ってみようかと思うのですが、和彦さんはどうしますか?」

「ああ俺は……千早さん、ライトノベルも読むの? 女性向けの恋愛ものとか?」

「はい。今まで娯楽小説の系統にはあまり造詣(ぞうけい)が深くなかったのですが……様々な本を知っておきたいので、最近手を出し始めました。あまり女性向け男性向けといったことは意識せず、売れている有名な作品をとりあえず読んでいますね」

 

 マジか。朝雲さんはオタクに理解があるギャルだった……? いや朝雲さんは模範的? な優等生で、ギャルではないんだけど。

 確かに前回家に来た時、そういう気配はあった気がする。

 ──焦るな俺。これは高度なトラップかもしれない。

 

「……俺もラノベは普通に好きだよ。文芸部でたまに読んだりしているから、朝雲さんは知っているかもしれないけど」

「ええ。玉木(たまき)部長と和彦さんが熱心に話していたのも、興味を引かれた一因ですから。この前は『妹が天使候補に選抜されました。俺の妹が他の雌豚(めすぶた)どもに負けるわけがない!』という作品を3巻ほど購入しました。頭脳バトルを独特の手法で描く斬新(ざんしん)さと、ヒロインの柚子(ゆずこ)ちゃんの健気さには感服しました」

 

 朝雲さんはラノベ特有のタイトルを、何のためらいもなく読み上げる。

 これは……本物だ。

 まさかひっそりとやっていた部室でのオタクトークにそんな効果があるなんて。バッチリ聞かれていたのは誤算だったけど、話題を振ってくれた玉木部長……ありがとう。

 

「それなら俺も読んでるよ。続きも全巻持っているから、良かったら貸しても構わないけど……」

「いいのですか!? 続きが気になっていたので、とても有難いです」

 

 朝雲さんは目を輝かせている。

 デートを意識して少しぎこちなくなっていた朝雲さんとの心の距離みたいなものが、グッと縮まった気がした。

 趣味に共通点がある同志とわかるのはこんなに親しみを感じるものなのか……

 会話が弾んでいく。楽しい。これが友達みたいにデートを楽しむってやつなのか。

 

「──でしたら今日は、和彦さんが持っていない本を私が買って、和彦さんに貸し出す方が良いですね。一方的に貸してもらうわけにはいけませんし」

「え、そんなの気にしなくていいのに」

「いえいえ。和彦さんが読みたい作品、私も興味ありますから。行きましょうか」

 

 朝雲さんはまた俺の手を取って、ラノベコーナーに向かう。

 ……心の距離は縮まったはずなのに、朝雲さんと接触する時に発生するドキドキは全然軽くなってくれない。

 この判定はまた別ということか──お、奥が深いな。

 

 

          ◇

 

 

 開放感のあるラウンジで、購入した本を開く。

 結局お互いに気になった作品の1巻を、それぞれ買った。俺が手にしているのは『まちかどダンジョン』の1巻だ。

 新しく買った本から(ただよ)ってくる紙の匂いのワクワク感は、何度味わってもいいものだ。

 

「ハニーレモンティーソーダというものは初めて飲みましたが、なかなか良いですね」

 

 朝雲さんはクリームブリュレのアイスケーキと、ハニーレモンティーソーダをお供にしつつ購入した本を読んでいる。

 この書店に隣接しているラウンジは、ブックカフェも兼ねているのだ。俺もミルフィーユとコーヒーのセットを注文している。クリームブリュレも美味しいな。

 こういう小洒落(こじゃれ)た空間はいつもなら場違い感があるが、朝雲さんといるとまったく感じないな。女子の力ってすごい。

 

「「…………」」

 

 俺も朝雲さんも本を読んでいるので、口数が少ない。

 それでも居心地は悪くなくて……好きなことに集中しているけど、すぐそばには友人がいる安心感みたいな──むしろ居心地はいい。

 でもこれって思っているのは俺だけだったりしないよな……? と思いつつも、ついつい目の前の本に夢中になってしまう。

 

 ──カタンとフォークを置く音。2人ともケーキを完食し、あと少しだけ残っているドリンクを名残(なごり)惜しくも飲み終わる。

 

「景色が壮観(そうかん)ですね──」

「うん。こういうところで本を読むのも、特別感があっていいよね」

 

 外はだんだんと夜になり始めている。

 街の灯りがポツポツと付き、都市街の景色は次第に夜景へと変わっていく。

 

「こうしていると、さらに上の景色を見てみたくなりました……一息ついたら、行ってみませんか?」

「俺も見てみたいけど。ここって最上階じゃなかったっけ」

「もう和彦さん、忘れたんですか? 電車の中で色々調べたじゃないですか」

 

 ああ、あそこか。

 

「そういうことか。行くのはもちろん賛成だよ。えっとその──なんとかタワーに」

「……アクトタワーです」

 

 格好がつかない。いくら動揺していたとはいえ、恨むぞ俺の記憶力。

 

 

          ◇

 

 

 浜松アクトタワー45階、展望(てんぼう)回廊(かいろう)。少々(ふところ)に痛い入場券を買って、地上から185メートルほど離れた東海地方最大級の展望台に入場する。

 途中で駅ビル内にあったアニメイトにも寄ったので、今日は出費が多いな。しばらく節約しないと。ああいうショップに初めて来たらしい朝雲さんのはしゃぎようは意外だった。余程新鮮だったのだろうか。

 そういえば桃園(ももぞの)中学の生徒もあそこにいた。豊橋(とよはし)にもあるのにこちらもチェックするとは、彼も結構熱意があるな。

 

「おお……」

「素敵です……!!」

 

 展望回廊に入った瞬間、俺たちを出迎えるオルゴールやピアノのサウンド。

 通路は一面、白い造花で装飾(そうしょく)されている。すぐ奥には結婚式場があるらしいので、そこで使われている花なのだろうか。緑と白の組み合わせが、いい(いろど)りになっている。

 

「鳥の鳴き声まで聞こえてくる……展望台ってただ望遠鏡とかがあるだけって思っていたけど、こういうのもあるんだね」

「ええ。予想以上です」

 

 俺と朝雲さんはゆっくりと窓ガラスの近くを歩きつつ、夜景と街を解説している展示を眺める。周りにいるのは大人ばかりで、そこも非日常な雰囲気に一役買っているかもしれない。

 ──何組か、カップルらしき人たちもいる。俺と朝雲さんは、どう見られているのだろうか。

 ……もうすっかり、夜だ。地上45階から見下ろす新鮮な街並みを見ていると、自分が今豊橋から離れていることを実感する。

 

「……」

「えっ──」

 

 朝雲さんの右手が、俺の左手の薬指と小指をそっと掴む。俺もそれに反応して、指に入れる力が強くなった。

 ……今まで行き先を誘導するために手を取られたことはあったけど。

 今この瞬間、手を繋ぐことには──何の意味もないはずだ。

 

「え、えっと……千早さん──?」

「……ご迷惑でしたか?」

「い、いや、全然。千早さんみたいに可愛い女子に手を繋がれて迷惑なんて思う人、そうそういないと思うよ」

 

 思わずラノベのようなセリフを言ってしまった……あ、朝雲さんだからセーフ。

 

「ならよかったです。それでしたらもう少し──このままで」

「は、はい……」

 

 俺たちはそのまま、歩き始める。

 

「──実は今日のデート、ちょっとだけ檸檬さんを参考にしたんですよ。檸檬さんならこういう時……どうするかなって。時々考えたりしながら、行動していました」

「え? 焼塩を参考に……? それなら、浜松一周マラソンとかのほうがそれっぽいんじゃないか」

「違いますよ。──檸檬さんの、心構えを参考にしたんです。檸檬さんならもっと素直に動いているんじゃないかって想像して……勇気をもらっていました」

「……千早さんが、焼塩に憧れているみたいな──そういう話?」

 

 朝雲さんは疑問符を浮かべたような表情をする。

 

「うーん……そういうわけではありませんね。少し前までは確かに、そのような気持ちが多少あったかもしれませんが。今は違います」

「じゃあ──」

 

 言いかけた俺の言葉を、朝雲さんが制止する。

 

「……まだ和彦さんには秘密です。1度のデートで全てを明かすほど──私は簡単な女ではありませんよ?」

 

 なるほど……

 朝雲さんは俺が思っているより……悪戯好きで、ミステリアス的な感じなのかもしれない。

 ──時刻は午後21時。この広壮(こうそう)な夜の展望回廊の散策を最後に、塾をサボった俺たちの盛大な気分転換は終わりを告げた。

 

 

          ◇

 

 

 ホームに居る人だかりの後ろに並び、帰りの列車を2人で待つ。

 駅から遠い場所に行っていたわけではないので、帰るまではあっという間だ。

 

「……月並みな表現だけど、今日は楽しかったよ、千早さん。ありがと」

「──私も、楽しかったです」

 

 朝雲さんへの感謝と、今日が楽しかったことを伝える。もちろん本心だ。

 それを言ったのは、さっき朝雲さんがスイーツを買っている隙に──スマホで調べ物をしたからだけど。

 デートの作法(さほう)・別れ際の心得その2……らしい。殆ど終わった後に調べるのは、自分でもどうかと思った。

 

「私は、初めてのデートでしたから──それが素敵な体験になって、よかったです。和彦さんの反応は、貴重なサンプルでしたよ?」

「俺、やっぱりおかしな反応してたの? ……その時に言ってよ」

 

 初めてのデート。その言葉が持つ意味はシンプルなものだ。

 朝雲さんは、ここでは綾野と結ばれなかった。

 とっくにわかっている事実なのに、俺はまた悲しくなってしまう。

 

「──そんな顔をしないでください。私、綾野さんに恋をして……心底良かったと思っているんですから」

「そ、そっか……」

「和彦さんが考えているのは、華恋(かれん)さんのことですよね?」

 

 朝雲さんはクスリと笑う。

 

「え、なんでわかるの……」

「予想はできるって、言ったじゃないですか」

「どうやって予想しているのかが気になるんだけど──俺ばっかり心を読まれるのは不平等じゃない?」

「不平等ではありません。悔しいのなら、もっと私のことを考えてください。糸口(いとぐち)が見つかるかもしれませんよ」

 

 朝雲さんは指でバッテンマークをつくり、俺の抗議を受け付けてくれない。

 

「──私は、幸せ者です。綾野さんとまた友達になれて、檸檬さんという無二(むに)の親友が出来ました。()()がましい仮定ですけど……もし私が綾野さんと恋人になっていたら、檸檬さんとこんなに仲良くなれなかったと思うんです」

「……うん」

 

 いや──元の世界でも俺が見る限り、2人はかなり意気投合していたぞ。

 それを言うのが野暮(やぼ)なのはわかっているが。

 

「4人で塾に通って……綾野さんと、檸檬さんや和彦さんに教える教科のことを話し合って。最近私、檸檬さんと勉強するやり方がわかってきたんです。前とは効率が向上して、それがまたやりがいがあって。──私の夢は変わりませんが、大学に入ったら家庭教師のアルバイトでもやってみようかと考えています」

「千早さんなら評判のいい教師になれるよ。既にかなりわかりやすいし」

「ありがとうございます。──和彦さんは飲み込みが早いので、私が追いつかれそうで焦っちゃいますよ。いつもいい刺激と、復習になっています」

「そんなことはないから……謙遜(けんそん)しすぎだよ」

 

 朝雲さんのお世辞に、俺はやれやれと返す。

 

「──でもそれは、私の運が良かっただけです。偶然とった行動が上手くいって、いい出会いに恵まれました。普通は……敗れた恋を後悔しないというのは、とても難易度が高いことです」

「……」

 

 脳裏(のうり)に浮かぶのは──記憶に新しい、夕日の下で姫宮さんがすすり泣く声。

 

「特に周りから祝福されている仲ですと、それに割り込んだ罪悪感は多大なるものですし──と、助言をしすぎてしまいましたかね。まあ華恋さんは、大切な友人ですし……気にしないでおきましょうか」

 

 朝雲さんの言葉で──文化祭終わりに教室に残っていた、小鞠(こまり)の立ち姿が思い浮かぶ。

 

 あの夕暮れからモヤモヤとしていた、俺のあやふやな感情。

 ……それがやっと今少しずつ、形になっていく。

 

「ありがとう、千早さん。俺がやりたかったこと……なんか、(まと)まった気がする」

「はい! またお悩みがあるようでしたら、朝雲千早までご一報(いっぽう)のほど──よろしくお願いいたしますね」

 

 俺と朝雲さんは顔を見合わせて、(さわ)やかに笑いあった。

 帰りの電車の中では──今日遊んだ場所の感想や、今後の勉強の予定といった話になった。なんてことない話題のはずなのに、時間が過ぎるのが早く感じる。

 

 別れたあとに──俺は夜の駅で、隣に朝雲さんが居ないことに寂寥(せきりょう)感まで覚えてしまった。……まあ、どうせすぐに忘れる感覚だろう。

 俺はホームの階段を(くだ)っていく。

 

 ……最後まで、楽しい時間だったな。

 

 

           ◇

 

 

 ──家に帰ると、何故か佳樹(かじゅ)には塾をサボったことがバレていた。

 でも佳樹は、両親には黙っていてくれるようだ。やっぱり佳樹はいつでも俺の味方だな……

 今日お風呂に一緒に入る時の水着はスクール水着だった。泡にまみれたスク水……何も、やましいことは考えていません。決して。

 

 

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