マケインわーるど   作:einan

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八奈見(やなみ)杏菜(あんな)といつもの日常

 

 休日の午前中から街に出て、コンクリートで舗装(ほそう)されている歩道を歩く。

 テレビの予報通り、今週から本格的に暑くなってきた。薄い生地のシャツを着ていても、この暑さの前には気休めだ。

 隣でパクパクとソフトクリームを食っている八奈見が少し羨ましくなってきた。

 

「うん? 物欲しそうな顔してるじゃん、温水君。一口食べる?」

「……してないから。欲しかったらさっき買ってるよ」

 

 視線がアイスに数秒吸われたのを見逃さずに、俺の思惑をすぐに見破ってきた八奈見。彼女は涼しそうなブラウスに、チェック柄のロングスカートといった装いだ。

 そしてその手には先程寄ったコンビニで購入した巨峰ソフトクリームと、からあげ棒やハッシュドポテトが握られている。

 食べ物を分けてくれる発言からして、機嫌はそう悪くなさそうだ。

 

「八奈見さん、本当についてくるの?」

「だってファミレスに行くんでしょ? 温水君だけ行くのはズルいでしょ」

「……袴田はどうしたのさ」

「草介はクライミングの日だから。恋人でもずっと一緒にいる訳じゃないんだよ。お互いのプライベートも大事にするのが、長く付き合う秘訣(ひけつ)……みたいな」

 

 一見すると恋人に寛容な大人の女性のように見える。

 でも行動を客観的に見ると、彼氏の用事がある日に別の男と出かけているんだぞ。

 八奈見的には、この状況は浮気に判定されないのだろうか。

 

「でも俺たちって変に怪しまれないように、ここで関わり合うのは避けるべきじゃないか? 最初にそう言ってたよな」

「……ふーん。最初に、ねぇ。そうだよねえ」

 

 八奈見のギロリとした視線が俺に向けられる。

 この世界に来て幾度となく向けられた視線だ。

 しまった。機嫌がいいようだから油断していたが、何か八奈見の地雷を踏んでしまったらしい。

 どこかで聞いた女性の怒りの感情は累積(るいせき)していくという説は正しかったようで、殺気に溢れた八奈見が顔を出す。

 ──逃げたい。

 

「──忘れんぼの温水君に(いち)から思い出させてあげるけど。最初に私たちって、どういう話をしてたんだっけ」

「……怪しまれるのは良くないって」

「ダウトだよ温水君。温水くんは最初、元の世界で恋人がいる人とベタベタするのは良くないみたいなことを言っていました。私もそれに関して異論はないよ。ここまでは大丈夫だよね?」

 

 ビシッと棒を使って指摘をする八奈見。

 そうだった。八奈見に最初、袴田とは節度を守った付き合いをしておいた方がいいと言っていたんだっけ。

 

「それなのに温水君はさあ……あっちこっちにデレデレデレデレしてたよね。言い出しっぺのくせに恥ずかしくないのかな?」

「で、デレデレとかはしてないから。一応、必要な最低限の範囲でしか関わってないと思うよ」

「はぁー……私にここまで言わせちゃうかー……」

 

 肩を落として長く吐き出した八奈見の息の音が、やけにハッキリと聞こえる。

 脇の小道に入り、道の幅が狭くなる。まるで今の俺の心境を表しているかのようだ。

 八奈見はハッシュドポテトを二口(ふたくち)で食べ切り、口を開いた。

 

「……華恋ちゃんに」

「……姫宮さんに?」

「移動教室の時、優しーく次の教室教えてもらって、仲良く一緒に行ってたよね。教えるだけなのに、コソッと顔をあんなに近づけて。ちょっと距離感がおかしいと思うよ」

「あ、あれは俺が考え事をしていてボーっとしていたのを、親切に教えてもらえただけだから……八奈見さんあの時、教室にいたっけ?」

 

 教室移動の時、八奈見は大体クラスの友達と早めに移動しているイメージがあるのだが。

 

「──温水君が連絡先を教えてくれないから、ちゃんと人が少ない時を狙って話しかけようとしてたんですけど。私の合図も無視するなんて、随分いい度胸してるよね」

 

 八奈見はぶすっとふてくされたポーズをした。

 そうか、こっちのスマホには八奈見の連絡先が入っていないのか。LINEは返信ばっかりで、自分からメッセージを送ることなんてそんなにないから気づかなかった。

 というかあの奇天烈(きてれつ)なジェスチャー、そんな意味があったのか……答えがわかった今でも、どういう変換をすればそうなるのかがわからないぞ。

 

「それはごめん。合図の内容がよくわからなかったんだ」

「……別にいいけど。私は傷心中の華恋ちゃんが、温水君の毒牙(どくが)にかからないか親友として本気で心配してるんだよ? 温水君って、時々いやらしい目をするから。私が余計な心配をしなくてもいいように、温水君にはもっと誠意を見せてほしいよね」

 

 ゲシゲシと肘で俺をつついてくる八奈見。

 待て。流石にそれは言いがかりだ。反論をさせて欲しい。

 

「あと温水君、放課後に朝雲さんと腕を組んで教室を出ていったよね? 朝雲さんにも綾野君がいるんだよ? わかってるよね? ……私の見ているだけでこの調子なんだから、目を離したところで何をやってるかわかったもんじゃないよ」

 

 八奈見の追及が止まらない。道端で裁判でも始まりそうな勢いだ。

 これ以上話題が進めば俺がどんどん不利になってしまう気がする。打開をするために、とりあえず話題の転換を画策(かくさく)した。

 

「──そういえば、俺って何で袴田に料理勝負を持ち掛けられたんだっけ? 八奈見さんが袴田に何か話したりしたのか」

「──へっ!?」

 

 八奈見は予想外の事を聞かれたといった反応で、何やらあたふたとし始めた。

 俺は八奈見のことを信頼している。

 俺が不慣れな状況でやらかしたのなら、こいつも何かしらやらかしているはずなんだ。そこを突いて、有耶(うや)無耶(むや)にしよう。

 ──八奈見はひとしきりワチャワチャしたかと思うと、オホンと(せき)払いをした。

 

「……人を責めるのは、やっぱりよくないよね。温水君の悪行と私の過失で、一旦チャラにしよっか」

「……奇遇だね。俺もそう思っていたんだ」

 

 よし。成功した。

 八奈見にうながされて、スマホを取り出した彼女のショルダーバックを預かる。俺も自分のスマホを取り出して、八奈見のLINEを登録した。

 

 ──しかしこれ以上、不審なことをしないように気を付けないとな。姫宮さん関連の事情は、結局のところ上手く解決出来なかったんだし……

 食べ終わって、歩調が速くなった八奈見の後ろ姿を見る。休日にこの姿を見るのは、どこか実家のような安心感があるな。

 ここ最近の出来事は俺にとって非日常過ぎたので、こういう安心感は貴重なものかもしれない。

 

 

          ◇

 

 

 駅近のファミリーレストランでドリンクバーを取って、元の席に戻ってくる。

 店の隅にあるその席にはやたらと注文されたジョッキと、やたらと注文された料理が置かれていた。それを消化していくのは、テーブルの主である青髪(あおかみ)白髪(しろかみ)の二人組だ。

 

「昔は、私の方があの人の好みとかクセとかを知っていたのに……今ではもう完全に、あの人の詳しさについてはリコが上です。頭では理解しています──でも実際に会話で知ってしまうのは、辛いですぅ……リコも悪気なくそういう話を切り出しますし……それで、『お姉ちゃん、知らなかったんだ』みたいな空気になって……無自覚マウント……将来が末恐ろしい……」

「わ゛が゛り゛ま゛す……こっちの方が付き合いが長いからって、そっちの知ってること何でも知ってるって思うのは(おぉ)間違いですよね!? 直近のスケジュールとかですら、私が当然知っているって前提で話を進めてきて──あ、あれは傲慢(ごうまん)です! 許されません!」

「そうですよね……!? でも私は八奈見ちゃんと違って、年が離れた妹相手にこんな気持ちになってしまって」

 

 怒りに燃える女はバンとテーブルを叩いて立ち上がった。注がれているビールが波立ち、食器が少しだけ浮かび上がる。

 

「関係ありません! 辛い気持ちはおんなじです! おかしいのは泥棒猫で……私たちこそが正しくて、正義なんです!!」

「や、八奈見ちゃん……いえ、杏菜ちゃん!!」

「みのりさん!!」

 

 ガシッ。お互いの絆を確かめ合うかのように、抱擁(ほうよう)する八奈見と白玉さん。

 ──実家に親戚のお姉さんが来て、騒がしくなった。現在の俺の気持ちを例えるならば、そんな感じである。

 

 八奈見は飲酒をしている白玉さんにつられているのか、なかなかにハイテンションだ。このままここに二人を放置したいが、その場合相乗効果でどんな事態が発生するか想像ができない。

 とりあえずここに来た目的を果たすため、俺は白玉さんに持参したおすそ分けを兼ねたお返しを手渡した。

 

「白玉さん、この中に茶碗蒸しが入っています。佳樹がとても張り切って作ってました」

「──!?」

「温水くん……ありがとうございます」

「『丁寧なお心遣い感謝いたします。家族でおいしくいただきました。暑さが厳しくなってきましたので、健康に気を付けてお過ごしください』──だそうです」

「うぅ……出来た妹さんですね……偉い……会ったことはないのに思いやりがあって、健気(けなげ)な子だというのがわかります。リコと出会ったら二人共きっとすぐに仲良くなって、まるで天使が(たわむ)れているみたいに可愛らしいんでしょうね──」

 

 そうだろうそうだろう。酒が入った白玉さんは泣き上戸なのか、感極まってウルウルと泣き出した。

 ……主人やら夫婦やら言っていた佳樹からの伝言の内容は多少端折(はしょ)ったが、それでも佳樹の思いやりの心は白玉さんに伝わったはずだ。

 サッと保冷バックの中を開けようとする八奈見を咎める。油断も隙もない。白玉さんは俺達が争うのを見てあらあらと笑っていた。早く隠してください。

 

 ……しかしテーブルを占有している割合のせいか、いつもより俺の存在感が薄くなっている気がするな。時々こちらの席をチラ見する人たちの目線は、あらかた八奈見と白玉さんの暴飲暴食コンビに奪われている。

 ──良かったな二人とも、モテモテだぞ。

 

 

          ◇

 

 

「うへへへ……もうお腹いっぱいだよ」

「ごくっごくっごくっ……」

 

 時計の針は、午後2時を過ぎたことを示している。

 ……だいぶかかったな。奢られる時の八奈見の胃袋の許容量を甘く見ていた。白玉さんのお酒の許容量は、未だにわからない。

 

 そんな白玉さんは素早く俺の横にスライドしてきたかと思えば、彼女はファミレスのナプキンで包まれた固い紙のようなものを俺の手に押し付けてきた。

 ……あの、これってお(さつ)ですよね。ナプキンに隠れているせいで何円なのかはわからないけど。

 俺は小さな声で白玉さんに確認する。白玉さんも声のトーンを落として会話が始まった。

 

(……白玉さん?)

(杏菜ちゃん、良い子ですね。この後も二人でどこかに行きますよね? ……これは女の子に財布を開かせないためのほんの気持ちです。スマートにいきましょう、温水くん)

 

 いままさに、隣の女性に財布を開かせているんですが?

 ちなみに食べる量の関係上、普段八奈見と出かける時に支払う額は大抵八奈見の方が多い。時代に推奨されているのはジェンダーフリーとかそういうのなので、白玉さんのリクエストに安易に応えているといつか痛い目に合いそうだ。

 あれこれと抵抗している俺にしびれを切らしたのか、白玉さんはお金を俺のズボンのポケットの中に押し込もうとしている。

 

(温水くんには同年代の女の子と付き合ってほしいんです! それを手助けしたいって気持ちの何が悪いんですかぁ)

 

 ……この人、俺と八奈見の仲を勘違いしているのか。

 

(よくわかりませんけど、同年代の恋人が見たいならそこら中にあるデートスポットとかに行けばいいじゃないですか。世の中には恋人って一杯いますよ。あと八奈見さんには好きな人がいるって、今まで話してましたよね?)

(……私の勘ですけど、杏菜ちゃんは温水くんのことをちゃんと異性として意識していますよ。温水くんはカッコいいです。自信持ってください)

 

 満腹感で顔を緩ませ、テーブルでダラダラしている八奈見の様子を見る。

 ……酔っぱらいの勘ほど、信用できないものはない。

 ペシっと軽く白玉さんの手を叩く。ただでさえ昼食をご馳走になっているんだ。これ以上お世話になるわけにはいかない。

 両手でチョップの構えをして白玉さんに迎撃の意志をみせると、彼女はひぃんと言って後ろに下がっていく。

 その仕草はなんだか守ってあげたくなる感じだったけど、胸の内に押し留める。

 

 そうしてファミレスの出口である自動ドアを通り抜けた俺たちは、その後何事もなく白玉さんと別れた。

 彼女との付き合い方は、もっとよく考えた方がいいのかもしれないな……?

 次の呼び出しはとりあえず、多忙を理由に断ることを考慮しておこう。

 俺は忙しさをでっち上げるための架空の設定を考えつつ、スカートのウエストを苦しそうに抑えている八奈見を連れて次の目的地に向かった。

 

 

          ◇

 

 

「よし、歌うよ。温水君。さっき食べたカロリーを消費しなくちゃ」

「……そうだね、八奈見さん」

 

 まぁ、目的地なんて本来はもうなかったんだけど。

 何ならそのまま帰宅しようとしていた俺は、八奈見のカロリー発散に付き合わされていた。ここはとあるカラオケ店の一室である。操作方法がわからない機器や装置が目白押しだ、

 ちなみに、1時間のカラオケで消費できるカロリーは100kcal前後らしい。

 先程の昼食の量から考えて、焼け石に水とはこのことだ。やらないよりはマシだと思うので、何も言わないけど。

 

「……~~♪ ~~~♪ ~~──」

 

 八奈見に先手を譲られたので、有名なアニメのエンディングテーマを歌う。

 歌い出しは詰まっちゃったけど、好きな曲が大音量で流れてそれに合わせて歌う体験というのは結構爽快だ。一般的な遊び先として広く定着しているのも納得できる。

 間奏に入ると、八奈見が生暖かい目で俺のことを見ていることに気が付いた。

……何だその視線は。最後まで歌い終わった俺は、八奈見に背中をバシバシと叩かれる。

 

「や、八奈見さん?」

「温水君には私が付いてないと駄目だねー……安心して温水君、今度八奈見杏菜のカラオケ講座を開講してあげるよ」

 

 ……俺はどういうわけか今、八奈見にナメられている。それだけはわかる。

 それだけ言うならお前の歌を聞かせてみろと、マイクをテーブルの上に置いた。

 八奈見が選んだ曲は、軽快なJ-POPだ。2000年に発売されたアルバムの楽曲らしい。

 

「~~~♪ ~♪ ~~~♬──」

 

 ……辛口で評価するつもりだったのに、普通に聞き入ってしまった。

 音程やリズムに合わせるのに気を取られていた俺と違って、しっかりと歌声に感情が込められている。

 日頃の言動からつい忘れてしまうが、八奈見の人付き合いの経験は俺より一段も二段も上回っていることを再確認した。カラオケなんて百戦錬磨なのだろう。

 ノッてきた八奈見は、歌詞に合わせた身振り手振りを交えて歌唱を続ける。

 

 ──まるで別人みたいだ。

 馴染みのない紋様(もんよう)の壁紙に囲まれた密室に響く、(つや)を帯びた端正な歌声。

 それを聞く観客は俺一人。油断をすれば、こいつの一挙手一投足に見入ってしまいそうだ。

 最後まで歌いきった八奈見に、俺はパチパチパチと惜しみない拍手をした。

 

「すごいよ八奈見さん。感動した」

「ふっふーん。そうでしょ? ここまで仕上げるのは、なかなか大変だったんだよ」

「他の曲もこれくらいのクオリティで歌えるのか? 八奈見さんの歌、もっと色々聞きたいな」

「……そこまで素直に褒められるのは、ちょっと恥ずかしいかも」

 

 八奈見はプイとそっぽを向いた。

 こいつの歌唱力ならこの程度の褒め言葉、聞き飽きているだろうに。

 俺たちは交代交代に趣味の曲を歌う。八奈見がそういう気分だったのか、途中からはデュエットを主軸にした進行になり……歌のレパートリーが少ない俺は選曲には苦労した。

 

 

          ◇

 

 

「すぅ…………ぐぅ…………」

 

 ソフトドリンクを飲みすぎたので、退店する前にトイレに行っていたのだが……部屋に戻ってくると、カラオケのソファーシートで八奈見は横になってぐっすりと眠っていた。

 耳元で名前を何度か呼び掛けてみるが、ピクリともしない。

 ええ……腹が満たされて体も動かしたから眠たくなったとか、そういう感じだろうか。自由すぎる。せめて日が終わるまでは、こいつのことを敬う気持ちを持たせてほしかった。

 

『プルルルルル』

 

 突然部屋に大音量でかかってきた電話に、俺は驚いてすぐに出る。

 

『お時間、10分前です』

「は、はい。すぐに出ます」

 

 ガチャっと受話器を置く音。……これって、オーバーしたらどうなるんだ? 

 この場所を知り尽くしているはずの同行者が返答をしてくれることはない。背後のモニターから流れる知らない芸能人のコマーシャルが、やけに哀愁を感じさせる。

 仕方ないので注意をしつつ八奈見の腕を肩に担ぐ。忘れ物がないか辺りを見回して、カラオケボックスを退店しようとした。

 

 その刹那、俺を襲う摩訶(まか)不思議な感覚。これって──

 

 

          ◇

 

 

 ──周辺の風景が切り替わる。俺は一人でどこかに座っていた。

 パカァーン、パカァーンと物体が倒れ伏す快音。人混みのザワザワとした声がそこら中で聞こえてくる。……ここはボウリング場か。子供の頃に家族で来て以来だな。

 

「温水? お前の番だぞ。このゲームは負けないからな」

 

 綾野が眼鏡の位置を整えながら俺の右隣にドスっと座る。

 比較的冷静な様子で、俺のことを名前で呼んでもいない。……元の世界に、戻ったのか?

 スマホで日付を確認すると──恋人関係が入れ替わったあの日以降経過した日数である、10日間。それだけの日数が元の世界でも経過していた。

 

 あっちの世界で過ごした日数分、元の世界でも同じ日数が過ぎるのか。

 じゃあこれはタイムスリップというより、並行世界の世界線を移動するみたいな感じだったんだろうな。

 綾野とボウリング場で遊んでいることからして、さっきまであっちの世界の俺がここに居たんだろう。綾野曰く大親友らしいし。大体納得できた。

 

 ウムウムと頷く俺の動きに連動して、左隣に座っている女子も何故かウムウムと頷く。可愛い。けど誰なんだ……? 

 帰還したのに余波で知らない交友関係が発生していることに戦慄(せんりつ)していると、また綾野が声をかけてきた。そうだった、あっちの俺がしていたことを引き継がないと。

 

 ボウリングのボールを拭きながら思索に(ふけ)る。

 ……結局、あっちの文芸部の皆と会えたのは一昨日の料理対決の日が最後か。

 もう文芸部を引退した玉木部長と月之木先輩が戻ってきたような感覚があったせいか、意外と(こころ)寂しい気分になっていることに気づいた。

 別れ際、文芸部の一年生四人で歩きながらしていた会話を思い返す。

 

 

『え……こ、告白じゃなかったのか? 温水』

『どうしてそうなるんだ。ちょっと姫宮さんに話があっただけだよ』

『だ、だって……わ、私が部長を呼び出した時と、お、同じだったし』

『それってもしかして、知花ちゃんが部長に告白した時の話だよね!? 私、ずっと気になってたんだよー。ね、ちょちょいっと聞かせてよ』

『ふぇ……は、恥ずかしいから、やだ』

『私も是非参考にしたいので、聞かせてもらいたいですね……。小鞠さんは私たちの中で唯一恋愛を成就させた上級者ですし。その手法は興味深いです』

『なっ──ぬ、温水! た、助けろ!』

『俺に姫宮さんと千早さんを引き剥がせるわけないだろ……無理だよ』

『ふふふ……知花ちゃん。恋バナを振る時は、恋バナを振られる覚悟がいるんだよ?』

 

 

 メンバーが入れ替わってもやかましいのは、どういう因果が働いていたんだろうな。別れの挨拶くらいは言いたかった。

 最後にしたのは『またね』っていう、また来週学校で会う約束だったし。

 そんなことを考えながら投球を終えて戻ってくると、俺たちが座っていた対面のソファーで白目(しろめ)()いて気絶している八奈見がいることに気づく。

 

 シュン、という音が鳴った。カラオケボックスで見た覚えのある、熟睡状態の八奈見に入れ替わる。

 無事に八奈見も帰って来れたようで良かった。気絶していた八奈見はあっちの世界の八奈見さんだったのか。

 あれ? あっちの八奈見さんは何で白目を剥いて気絶なんか……

 

『Turkey!!』

 

 ピロピロピロリーンというボウリング場の派手な演出で、すべてのピンを倒したことが祝われる。三つ程離れたレーンではしゃいでいるお似合いの黒とピンクのカップル(ひと)組を遠目に見て、俺はすべての事態を察した。

 思わず手を合わせてお祈りをする。この10日間であっちの八奈見さんが受けたであろう惨事(さんじ)に対して、冥福(めいふく)を祈らずにはいられない。

 

 八奈見さん……こっちの世界はつらかっただろう……ゆっくりと休んでくれ──

 

 

          ◇

 

 

 ここは豊橋のとある電子部品店。来客は各々の興味を惹かれるパーツを探しているなか、ばったりと顔見知りに出会うこともある。

 

「あら」

「……お久しぶりです。朝雲先輩」

 

 朝雲千早と温水佳樹が、遭遇した。

 エアコンによって適温が保たれているはずの店内の温度が、うっすらと下がり始める。

 目を付けた小型の可変(かへん)抵抗器を手にとるためにしゃがんでいた朝雲は、スッと背を伸ばした。

 

「久しぶりですね、佳樹さん。そんなに他人行儀(ぎょうぎ)に接さなくてもいいのですよ? 是非お兄さんのように、千早先輩と呼んでください」

「朝雲先輩がお兄様と純粋に友人関係を築いているようであれば、親しみを込めてそう呼ばせていただきますが……どうやら、そうではないようなので」

 

 佳樹は遠回しな表現で朝雲を牽制(けんせい)する。高校入学以来、婚約者である兄にはなにかと女の影を感じるが……その中でも朝雲千早は彼女にとって、最重要で警戒するべき対象なのだ。

 

「トゲトゲしていると佳樹さんの綺麗なお顔が台無しですよ?」

 

 それに対して朝雲は、余裕な態度を崩さない。

 将来のことも考えて、どうにかして彼女を懐柔(かいじゅう)したいと考えているのだ。

 

「そういえば私は先日、和彦さんと浜松の方にお出かけをしたのですが」

「……ええ」

「立ち寄ったお店で、佳樹さんが通っている中学の生徒が挙動不審だったんです。まるで誰かに頼まれて私たちの監視をしていたような……勿論、すぐに振り切りましたけどね?」

 

 朝雲は少しばかり兄に執着しすぎている妹に釘をさす。おそらくあの生徒は依頼されて尾行をしていたのだろう。兄の様子が気になる気持ちはとてもわかるのだが、(あい)引きに何度も水を差されたくはない。

 勘が鋭いところがあるようだが、迂闊(うかつ)なところもあるのは彼女の幼さゆえだろうか。

 

 ……尾行の失敗という、佳樹にとっては痛い指摘のはずだが、佳樹の表情は揺るがない。

 

 ──その様子を見て数秒後、朝雲の首筋にツウと一滴の汗がつたった。佳樹の反応からして、とある可能性に思い至ったのだ。

 

「……(おとり)、ブラフ」

「……」

(これみよがしに目立つ制服を着た生徒は私の注意を引くためだけのもので……本命の監視は、別にあった? だとしたらあと何人か……私たちが遊びに行くことを決めたのは放課後になってからなのに、それだけの人数を──)

 

 朝雲がその明晰(めいせき)な頭脳を回転させているのを尻目に、佳樹は朝雲が目を付けていたパーツを手に取ってレジへと向かった。

 

「先輩が何を言っているのかはよくわかりませんが──色々と、頭の回転がお速いようですね? これからもお兄様を、勉学(べんがく)の面で支えていただけると嬉しいです。それでは、失礼します」

 

 自分より年下の少女の眼差しに緊張感を覚える。

 ……それは朝雲千早の人生で、初めての経験だった。

 

 

 

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