マケインわーるど   作:einan

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焼塩(やきしお)檸檬(れもん)と走る理由

 

 何でもない日の文芸部の部室。窓から差し込む日光がどことなく眠気を誘ってくる。

 姫宮華恋はなんとなーく書き(つづ)った自分の小説に(あら)がないか読み返していて、温水和彦は読みかけのライトノベルの続きを読んでいた。

 文芸部の部室で誰かと二人きりになることはなかなかないが、姫宮華恋はこういう時間も嫌いではない。

 気が緩んで、つい悪癖(あくへき)が出てしまう。

 

「ねーねーぇ、温水君」

「……姫宮さん、どうしたの?」

「私と草介って、お似合いだったよねー?」

「勿論。姫宮さんと袴田が付き合っていたら、どこに出しても恥ずかしくないお似合いのカップルだったと思うよ」

 

 何度目かわからない確認を、温水君と繰り返した。

 普通は何回も同じことを言うのは(あき)れられたり嫌がられたりするものだけど、彼はなんだかんだ言って受け応えてくれる。

 甘えている自覚はある。だけど彼の言葉が、一番安心するのだ。

 

 温水君が当たり前のように私の恋を肯定してくれるから……草介に恋したことが気の迷いなんかじゃないって、段々と思えるようになってきた。

 どしゃ降りの中で後ろばっかり振り返って、ジュクジュクと(くすぶ)っていた心が少しだけ楽になる。

 杏菜とまた込み入った話をすることもできた。

 

『杏菜?』

『もしかして、付き合うのがゴールじゃない……? 私は永遠に勝ち続けないと草介をキープできない……? ハッ!? ま、負けないからね! 華恋ちゃん!』

 

 杏菜はちょいっとワタワタしてたみたいだけど、また勝負をしようと言ってくれた。

 恋愛に前向きになれたからといって二人の間に割り込むつもりはないのに、本気で私のことを脅威(きょうい)に思っている杏菜が可笑しかったけど……なんだか嬉しかった。

 別れるというのはそんなに身近な出来事なのだろうか? 温水君も似たようなことを言っていた。

 付き合ったらそのまま子供を作って、いつかは結婚するものではないのだろうか。

 

「……うにゃぁ」

「猫のモノマネ……?」

 

 ──しかし最近、わかってきたことがある。

 温水君がこのやり取りを続けているのは、彼の人が良いというのももちろんあるけれど……女の子との会話が定型文で済ませられるからという理由がありそうだ。

 いくら女の子が苦手とはいえ、これはいただけない。

 

 しょうがないので、私がうーんと教えてあげることにしよう。

 女の子は繊細で、そういうのに敏感な生き物なんだから。

 

 

          ◇

 

 

 ツワブキ体育大会の開会式を終えた俺は、運動場と校舎を結ぶ通路を歩いていく。

グラウンドでの解散後に綾野や朝雲さんと合流しようとしたのだが、人が多すぎて飲み込まれてしまったのだ。

 体育祭のしおりは手に入れたから、二人のクラスの競技で張った方がいいかと思った矢先に……見通しのいいところで綾野が立っているのを見つけた。どうやら向こうも俺を探していたみたいだ。

 

「和彦、良かった。……檸檬(れもん)を見なかったか? クラスで様子は変じゃなかったか? 檸檬、なんだか調子が悪そうでさ。熱を測ったらそのまま逃げられちゃったんだ。参ったよ」

 

 綾野は真面目な顔でそう言う。

 きっとおでこをピトってするやつだな。俺は詳しいんだ。焼塩にはさぞ刺激が強かっただろう。

 

「見た見た。様子はちょっと変……だったよ。それについて、俺と千早さんから話があるんだけど……」

 

 その先は言い(よど)む。俺一人より、朝雲さんの補足と一緒に説明するべきだと思ったのだ。

 一人だから日和(ひよ)ったわけではない。

 

「──やっぱり檸檬、体育祭で走ることに悩んでいたのか……? 今でもランニングはしているから、100m走でいいタイムは出るだろうし……また陸上部に勧誘なんてことになったら……」

 

 綾野は何やら思い悩んでいるようだ。

 ──陸上部に勧誘? そういえば、前回は塾での会話で不自然なまでに陸上部の話題が出てこなかった。朝や休日のランニングについては話していたけど。

 てっきり焼塩は塾のない日に陸上部の活動をしているものだと……俺と朝雲さんの文芸部での活動がそんな感じだし。

 綾野の深刻そうな表情からして、そういうわけではないらしい。

 

「……どっちにしろ、焼塩と合流したいなら競技の時間に見に行った方が確実じゃないか?」

 

 手に持っている体育祭のしおりを広げる。

 焼塩の行動範囲の広さとこの人の多さ。普通に探す気は到底起きない。

 

「──そうだな。もう少しここで待ったら、檸檬が出る種目を見に行こうか」

 

 綾野は勢いよく眼鏡をかけ直し、そう決意した。

 ……でも様子がおかしいのはこっちの焼塩だからなんだよな。

 毎度無用な混乱を招いている気がする。そのことに申し訳なさを感じつつ、俺は綾野の言う通りにしていった。

 

 

          ◇

 

 

 女子100m走予選。結果は圧倒的だった。

 焼塩はスタートと同時にグングン他の走者との距離を離していき、大差をつけた状態でゴールした。人間のレースに女豹(めひょう)が混ざっていると勘違いされそうだ。

 ゴールで焼塩は他のクラスメイトと一緒に無邪気に笑っている。……焼塩はよくわかってない状態だけど、体育祭が2回出来ることを喜んでそうだな。顔を見ればわかる。

 

 焼塩の走りを観戦していた俺は、あの集まりが収まってから声をかけようかと思っていたが……違和感に気づく。

 運動場の土の上に水滴がいくつか落ちていた。これは汗じゃなくて……涙だ。

 綾野が俺の隣で号泣していた。眼鏡越しに涙がツーと流れ落ちていく。

 

「檸檬……」

「……ハンカチあるぞ、光希」

「……ありがとう」

 

 綾野はゆっくり涙を拭いていく。だが多少拭いたところで、収まる気配はない。

 穏やかな表情で、綾野は目を細める。

 そして……体育祭の熱狂の中では聞き取ることすら難しい、か細い呟きを漏らした。

 

「俺、檸檬が真剣に勝負して走っているところ──もう見られないと思っていたんだ。……見る資格も、無いと思っていて」

「……体育祭くらいしかないのか、機会」

「和彦……涙で目が潤んで、良く見えないんだ。檸檬、格好良かったな……?」

「ああ。……また見られるさ。光希は焼塩の彼氏なんだから」

 

 また見ることが出来る。綾野がどこかそう言って欲しそうにしていた気がしたせいか、無責任な言葉がスッと出てきてしまった。

 焼塩が陸上部に入部していない件、結構問題が根深いのか……?

 ……うーん。この空気で、後で入れ替わりについて説明をしないといけないのか。

 やっかい事には巻き込まれるべきではないという気持ちと、綾野たちの事情を知って少しは力になってあげたいという気持ち。

 その両方を抱えたまま、俺はしばらく綾野と一緒に肩を並べていた。

 

 

          ◇

 

 

 あの後無事朝雲さんと合流して、綾野に経緯(いきさつ)を説明することが出来た。本当に信じてくれたな……とりあえず受け入れる柔軟性が、綾野の頭の良さに繋がっているのだろうか。

 綾野は説明した内容を完璧に理解して、さっき走っていたのはこっちの焼塩だということも把握していた。

 だけどこっちの焼塩が綾野と付き合っていなくて、陸上部には入部していることを俺から聞き出すと……複雑そうな表情をしていた。

 さっきの走りを見た時の反応といい、やはり何か思うところがあるらしい。

 

 だが今は体育祭の競技中なので、ひとまずそちらに集中しよう。

 俺が出場しているのは団体競技である棒引きだ。全部で7本ある棒を自陣に引っ張り込んだ数だけ組に得点される、シンプルなルールである。

 1-Cの男子が勢ぞろいの中、袴田が中心となって指揮をとっている。……ガチだ。知っていたけど。

 一部の男子が最前列に出てスタートの構えを取る。力の強さより、足の速さを優先して組まれたチームだ。

 

 男子が勢ぞろいなだけあって、1-Cの女子もかなりの数が応援に来ている。応援のうちわまで作っていて、まるでアイドルグループだ。

 ……袴田を名指しで応援しているうちわもあるけど、いいのかあれ。八奈見さんを見ると、学ランを羽織った状態で赤いハチマキを巻いてご満悦そうだ。

 彼氏が人気なのは、一種のステータスと聞いたことがある。それかもしれない。

 

「ぬっくーん! 腰だよ、腰! しっかり力入れて、踏ん張ってー!」

「皆―! 1-Cは団結力! だよ!! チームワークが大事だからねー!」

 

 焼塩の元気な応援と、姫宮さんの優しく鼓舞(こぶ)するような応援が重なる。見るからに男子の士気が上がった瞬間、ピストルの音が鳴った。

 先頭チームが足の速さでスタートから一番距離のある両端の棒に向かう。開幕の一瞬の人数差を付ける狙い……かと思いきや、袴田の指示で何人かは進路を切り替えて端から2番目の棒を確保した。狙い目だったのだろう。

 

 俺はスタートから一番近い中央の棒に遅れて辿り着き、他のクラスメイトと掛け声をしながら棒を引っ張る。棒を挟むのは脇の下だ。

 オーエス、オーエスと対戦相手である1-Eに対抗して引っ張るが、少ししたらこの棒に1-E側から4人援軍が来た。たちまち劣勢になり、引きずられ始める。

 体制が崩れて、棒にしがみついているだけの男子もでてきた。というか俺も、もうすぐそうなりそうで……あばばばばば。

 

 もうダメだと棒を離してグラウンドのシミになりかけたが、足の速いグループを含めた6人ほどがこっちに援護に来てくれた。一気に盛り返し、奮闘(ふんとう)の末に中央の棒を1-Cが確保する。女子たちの方から歓声が上がった。

 ──よく見ると、同じ赤組だからか2-Cや3-Cらしき人たちもいるな。陽キャ組の体育祭にかける熱意は計り知れないな……

 

 残る棒はあと一本。人員が集結して、棒を掴むスペースはみっちり埋まっている。

 最終決戦だ。俺が割り込む余地はないので、座ったまま上半身を払って土埃(つちぼこり)を落していると……誰かが手を貸してくれた。

 ──西川じゃないか。素直に手を借りた。

 

「……体力は温存しとけ、温水。まだあと2戦あるしな」

「ああ、ありがと」

 

 先陣を切ったチームの一員である西川は、言った通りに観戦して体力を温存しているようだ。先を見据えた発言と運動後の熱気のせいか、あんまりいい印象を持っていなかった西川がどこか男らしく見えた。これが体育祭マジックか……

 世の中の仕組みをまた一つ知った俺。1-C対1-Eの棒引きは、5対2で1-Cが快勝した。

 

 

          ◇

 

 

「ぬっくん、この前より踏ん張れてたじゃん。その調子その調子」

「そうか……? でも既に、1日分の運動をした気が」

 

 合計3戦の棒引きが終了した。足止めになっていたかも怪しいフィジカルだったが、運動に関しては焼塩の見識を信じておくとしよう。

 焼塩は体操着のシャツの端をうさぎの耳結びにしてウエストを上げているので、シャツの裾からおへそがチラチラと見えている。実に健康的だ。

 気合でも入れようとしているのか、いつもより背中を叩く力が強い。

 

「えー? ぬっくん普段運動してないから、3日分くらい運動貯金が貯まってない?」

 

 焼塩は筋肉の付いてない俺の脚の様子をマジマジと見ている。

 運動貯金とやらは知らないが……貯金が貯まるって言い方、頭痛が痛いみたいだな。

 

「温水君、お疲れ様!」

 

 俺と焼塩が会話している間に、他の男子を(ねぎら)っていた姫宮さんもこっちに来た。

 タオルや飲み物を提供してくれたり、レモンのはちみつ漬けを食べさせてくれたりと、フォローもガチである。……美味しいな、これ。

 焼塩はそんな俺たちのことを観察している。なんだなんだ。

 

「姫ちゃん、ぬっくんと仲いいね?」

「……俺と姫宮ちゃんって、幼馴染だから」

 

 まだ事情を理解していないであろう焼塩に言い聞かせるように伝える。

 あんまりボロは出すなよ……

 

「えーっ!? 姫ちゃんとぬっくんって、幼馴染だったの!?」

「そ……そうだよ?」

 

 判明したのがこの間だったのか、焼塩が知らないことは特に怪しまれていないようだ。

 姫宮さんが幼馴染なのは全然いいんだけど、それに(ともな)う妬みは受けたくないような……贅沢な話だろうか。

 しかしよく見ると、クラスには微笑(ほほえ)ましいものを見る雰囲気を俺たちに向けているグループもいる。

 どうやら1-Cには姫宮さん幼馴染肯定派と、幼馴染否定派がいるようだ。

 棒引きであれだけ団結していたクラスを二分させかねない姫宮さんの人気って……恐ろしいな。

 

 

          ◇

 

 

 棒引きが終わって次の競技まで時間が出来た俺は、保護者用の観覧席に向かっていた。

 体育祭は文化祭と違って一般入場はできないが、生徒の関係者は観戦することができる。

 大量にパイプ椅子とビニールシートが並べられているのでわかりやすいな。

 思春期の男子としては学校内で積極的に親と接触したいわけではないが……佳樹も来ているだろうし、昼食はどうするのかを知りたい。

 

「お兄様―! 佳樹はここですよー」

 

 向かうまでもなく、佳樹が俺を見つけてくれた。

 首には父さんから借りたであろうカメラをぶら下げている。

 去年のように写真を撮りすぎて、カメラのメモリを埋め尽くしてしまわないか心配だ。

 

「お兄様の活躍は佳樹の目にしっかりと焼き付けました! 記録もバッチリです。大画面で上映予定の『お兄様シアター』の準備は、着々と進行しています」

「はは……はしゃぐのも良いけど、ほどほどにな」

 

 カメラを持ってクルクルと回っている佳樹だったが、俺の体をポンポンと触って、何かを確認しはじめた。

 

「やっぱり、お兄様のお手入れがされています……姫宮さんがお兄様に近寄られていたのを、佳樹は遠くからずっと見ていました」

 

 ギクッ。確かに婚約者がいる身で、幼馴染にお世話を焼かれるのはどうなんだと思わなくもない。

 そんな俺を、佳樹は聖母のような眼差しで(いつく)しんでいた。

 

「大丈夫です、お兄様。佳樹はある境地(きょうち)に達しました」

「いい境地なら歓迎するけど……」

「はい! モテ期が訪れたお兄様に、様々な女性が近寄るのは仕方のないことです。大切なのは……(かく)付けでした。佳樹こそが正妻(せいさい)で、他の方は愛人に過ぎないのだということをわからせるのが──」

 

 おどろおどろしたオーラを(まと)い始めた佳樹の頭を、ハリセンがペチンと襲った。

 背の高い女子が、佳樹の後ろで腰に手を当てて()(おう)立ちしている。

 彼女は何度か家で見たことがある。佳樹の友人だな。

 

「わぷっ!?」

「ヌクちゃん、まーた悪巧みしとるん? ちょっと目を離いたらどえらい悪い顔しとるで……私は油断できんじゃんね?」

「してないもん……ゴンちゃん、誤解だよぉ」

 

 彼女がハリセンを当てたのをきっかけに、佳樹の恐ろしいオーラが霧散(むさん)していく。

 素晴らしいぞゴンちゃん。もっとやってくれ。

 

「ヌクちゃんがそういう顔をしとる時は大体が悪巧みだらー。引き止める私と(さとし)の身になって欲しいわ」

「でもでもゴンちゃん、体育祭はね? 文化祭と同じで、不特定多数の人が校内で活動していても怪しまれにくいの。これは学校でのイニチアチブが取りにくい佳樹にとっては絶好のチャンスで──」

「お兄様を(つな)ぎ留めたいならもっと堂々としりん。今日は私とおとなしく観戦しとかまいか」

 

 佳樹はゴンちゃんに両手でひょいっと(こめ)(だわら)を抱えるように持ち上げられ、観覧席の群衆の中に紛れていく。

 いい友人を持ったな、佳樹。俺は手を軽く振って、それを見送った。

 でも昼飯の確認を結局忘れていたような……まぁいっか。

 

 

          ◇

 

 

 佳樹たちと別れた俺は、赤組女子が出場する大玉運びを観戦するために移動をしていた。

 ショートカットをするために、ちょっと狭いが運動場横の古い通路を通る。

 縮む時間はわずかだが、こういう通路を効率的に使えるのは校内探索の成果の一つだ。

 

「あ痛あ!?」

 

 黒髪の女子が小学生くらいの男の子が走ってきたのを避けて頭をぶつけている。

 あそこ、ぶつけやすいんだよな……学校側も把握しているのか緩衝(かんしょう)材などで厳重に保護がされているが、改修される気配はない。

 

「…………」

 

 黒髪の女子は当たりどころが悪かったのか少しうずくまっている。

 というか……天愛星(てぃあら)さんじゃないか。すれ違う人が自分の知り合いである確率って限りなく低いから、気づくのが遅れた。

 このまま何もしないのも後味が悪い。声をかけた。

 

「あの……大丈夫? 保健室はすぐそこだから、湿(しっ)()とかを貰ってきても」

「あ、ええ……お構いなく。この程度──」

 

 顔を上げた天愛星さんがフリーズする。その後ギギ……と機械のように再起動したかと思ったら、勢いよく下がって後ろの壁にベタッと張り付いた。

 

「ぬぬぬぬぬ温水和彦!?? どうして私に話しかけて!?」

 

 知り合いじゃないのは予想していたけど、こうも露骨(ろこつ)に避けられるとは。

 怪我を心配して声をかけることすら許されない悲しい男、それが温水和彦だったのかもしれない。

 

「いや……痛そうだったから、つい。大丈夫そうならもう行くよ」

「ち、近寄らないでください! 私、生徒会ですから。貴方の所業(しょぎょう)は良く知っています!」

 

 人の話を聞いて欲しい。というか、なんでこんなに嫌われているんだ。

 自慢じゃないが、お天道様に逆らうようなことは大体していないぞ。この世界の俺もきっとそのはずだ。誤解だ。

 

「他の男子生徒を追い出して、部室を自分以外の女子生徒で固めて囲まれて!」

 

 ……時期的に玉木部長が引退しているからな。文芸部が俺以外女子だというのは事実である。

 

「通っている塾では、こっそり2人の女子を(はべ)らせるのが日常……まさに両手に花」

 

 綾野がいるだろ、綾野が。むしろあいつが両手に花だぞ。綾野が離席している光景に尾ひれがついているのだろうか。

 

「婚約者と(しょう)して、幼い子を自宅に連れ込んで!」

 

 ……うーん、事実だ。毎日自宅に連れ込んでいるので、否定のしようがない。

 

「夜の(はん)()(がい)を大人の女性と出歩いて、補導(ほどう)までされる不良生徒! それが貴方です! 違いますか?」

 

 俺の頭の中に一人のお酒好きのお姉さんが思い浮かぶ。

 何やっているんですか、白玉さん。

 

 ──どれも絶妙に否定しにくい噂で困る。こうやって冤罪は生まれていくのか……

 チワワのようにプルプルと警戒している天愛星さんの対応を諦めかけていると、ある疑問点に気づく。

 

「んん?」

「……どうしましたか」

「部活と塾のメンバーの内訳(うちわけ)や、補導されたことは生徒会として知っていてもおかしくないけど……俺の家のことまで何で天愛星さんが知っているの?」

 

 ビクッと震える天愛星さん。

 佳樹を家に連れ込んでいるところとか、そうそう目撃されなさそうなもんだけどな。

 

「なんですか! ストーキングなんてしていませんよ!? よしんばストーキングだったとしても……これは危険人物の監視をするための正義の行いです!」

 

 勝手に白状してくれた。とうとう生徒会から犯罪者が出てしまったのか……桜井君の苦労が(しの)ばれる。

 正義のストーキングという語感はちょっとだけ気に入った。光と闇みたいだし。俺が使うことはないだろうけど。

 

「天愛星さん……自首しようか」

「な、なんでさっきから私のことを名前で呼ぶんですか!? せ、迫って来ないで下さい!……もしやこのまま私は抱きしめられて、両手と全身から無理矢理好感度を注入されて貴方を囲う女性の一員に……? 嫌がる私は抵抗むなしく手籠(てご)めにされてしまって……」

 

 天愛星さんの妄想が明後日の方向に絶好調だ。なんかちょっと脳内がピンク色じゃないか? 妄想の中で負け始めるのが早い。

 今からでも月之木先輩に協力してもらって、嗜好(しこう)をあっち側に染めた方がまだマシな気が──

 

 簡単には屈しません! とまで叫んだ彼女を自首させることは諦めて、俺はその場を離れた。人気(ひとけ)のない通路で生徒会副会長を襲っていたという噂まで追加されるのは勘弁してほしかったし。

 ……もう手遅れかもしれないけど。目撃者がいないことを祈るばかりである。

 

 

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