マケインわーるど   作:einan

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温水(ぬくみず)和彦(かずひこ)とつかの間の休息

 

 色々なモノが揺れていた各組対抗の大玉運び。

 その観戦を終えた俺は、西校舎のはずれまで来ていた。

 赤組の熱気の中にずっと居たらとてつもなく気疲れしそうだったし。競技の時間以外は自由にしていていいツワブキの校風には助かっている。

 文芸部の部室のドアを開けた。

 人の気配がするが、大方(おおかた)小鞠あたりが俺と同じように避難してきたのだろう。

 

「和彦さん、経過は順調ですか……?」

 

 予想は外れて、部室にいたのは朝雲さんだった。

 いつもサラサラでストレートな髪がちょっとだけ乱れていて、息が上がっている。

 何の競技に出ていたかは知らないが、余程体力を使ったのだろう。

 

「経過?」

「檸檬さんと綾野さんのことですよ。檸檬さんは周りの人に怪しまれない必要も一応ありますし」

 

 焼塩のフォローはすっかり忘れていた。

 だって綾野と朝雲さんが力を貸してくれるって言ってたし……

 同じクラスの俺が一番フォローをやりやすいのに変わりはないんだけど。

 

「焼塩とはあんまり接触し過ぎても不自然かなって。それよりも、千早さんが随分疲れてないか」

 

 先程から朝雲さんはソファーで寝転んでいるが、息を深く吸っているせいで胸元(むなもと)がゆっくりと上下している。

 成績優秀で聡明な彼女が余裕なく息を切らしているその姿に、そこはかとないエロスを感じた。(さと)られたくはないので忘れよう。

 

「これくらいは些細(ささい)な疲労ですよ……(たま)には走り回るのも悪くない経験でした。その甲斐あって、目と耳の一部はなんとか出来ましたから。先手を許している時点で不甲斐ないですが」

「……体育祭の話?」

「はい、体育祭のお話です」

 

 目と耳の一部とか、物騒な話にしか聞こえない。

 朝雲さんは起き上がって、ソファーの端に座り直す。自意識過剰ではないと思うので、彼女の隣に座った。

 

「光希といえば、陸上部の話を聞いて複雑そうにしていたけど……何か事情があるのか?」

「すみません……詳しい事情は私も把握していません。私や和彦さんが知っているのは、檸檬さんは中学時代陸上部に所属していたということ。それを辞めたのが中学2年生の始め頃であり、綾野さんと交際を始めたのもその頃であることくらいです」

「その話を聞く限り、恋人との時間を優先して部活を辞めた……ってことになるのかな。こっちの焼塩にそんなイメージはないけど、ありえなくはなさそうだし」

 

 前回見た焼塩は元気そうに駆けていたし、怪我で引退したという説は薄いだろう。

 

「それだけではないような雰囲気は時々察していましたが、友人だからといって全てに踏み込んでいい訳でもありませんからね……和彦さんも知っている通り、塾では皆充実して勉強に励めていると思いますし、檸檬さんの成績も上がってきています。二人の交際もとても順調そうでした」

 

 確かにそれだったらわざわざ話題に上げないだろう。

 だけど、他人のことを完璧に理解することは難しい。

 この世界の焼塩は陸上部への未練(みれん)をずっと残していたのだろうか。

 

 ──そして話している間に、いつの間にか朝雲さんに(ひざ)(まくら)をされていた。

 弁解(べんかい)をするけど、抵抗はした。

 したんだけど……その力をよくわからない感じに曲げられて、気づいたらこの体勢になっていたのだ。足の感触は柔らかくて、朝雲さんが満足げに俺の髪を触っている。

 彼女は他の人がいる時と比べて、二人きりの時に距離感が近くなるのは薄々感じていたけど……警戒されなさすぎじゃないか?

 

「癒しが欲しくてついやってしまいましたが、ちょっとだけ汗をかいているかもしれません。ごめんなさい和彦さん」

「い、いや、全然。そんなことは」

 

 フローラルな甘い香りしかしない。

 男子の理想のシチュエーションのひとつが降って湧いてきたせいで、トキメキが止まらないぞ。

 まあこんな都合のいいことが続くわけがない。きっと今にも八奈見や小鞠あたりが部室に入室してきて、切り上げられるはずだ。

 だからもう少しくらいこの状況を堪能(たんのう)してもバチは当たらないだろう……少しばかり刺激が強い気がするけど、将来の俺を支えてくれる素敵な記憶はいくらあっても困らないと思うんだ。

 

「私は青組ですので、赤組の和彦さんを公然(こうぜん)と応援することはできませんが……体育祭が終わった後に、ご褒美(ほうび)をあげることくらいは出来ますから。運動に苦手意識がある同士、お互い頑張りましょうね」

 

 この膝枕がご褒美じゃないのか……? 本命のご褒美って、一体なんなんだろう。

 ──左耳に意識を向けると、体育祭を実況しているアナウンスがここまで聞こえてきている。

 外の歓声と、放送のスピーカー音。皆が競技に熱中しているなかで、こうして朝雲さんと密着して寝転んでいるのは不健全な気がするけど、あと少しだけ……

 

 ──なんか、誰も部室に入ってこないな。これじゃただイチャついている時間が続くだけだぞ……

 

 

          ◇

 

 

 結局昼休憩になるまで誰も部室に入ってこなかった。

 冷静に考えるともっとふさわしい対応があった気もするが、居心地が良すぎて現実感がなかったんだ。仕方がないよな。

 その後は体育祭を見に来ていた朝雲さんの両親に軽く挨拶をして、一旦彼女と離れた。 

 レジャーシートを()いて、佳樹たちとお昼ご飯を食べる準備をする。

 

「王道のからあげや卵焼きは勿論ですが……あさりの(つくだ)()やちくわの大葉チーズ肉詰めといったこだわりのおかずも会心の出来です。お兄様! 感想を聞かせてください!」

「こら、シートのスペースはそこまで広くないんだぞ」

「だからこそです。こうすれば、一人分のスペースを二人で共有できます。有効活用です」

 

 胡座(あぐら)をかいたど真ん中の空間に、勢いよく佳樹が乗っかってきた。

 俺たちの両親はいつもの事かという風にそれをスルーして、弁当を広げ箸やお皿を配っている。父さんと母さんは佳樹が俺にベッタリなのを(とが)めることが多いから、不思議な気分だな。

 

「えっと……すみません。お世話になっちゃって」

「ああいや、ゴメン。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。佳樹の友達なんだから、遠慮しないで。歓迎するよ」

 

 この同席しているさわやかで(つや)っぽい少年の名前は(たちばな)(さとし)。午前中に佳樹を抱えて連れて行った背の高い女の子、権藤(ごんどう)アサミの彼氏らしい。佳樹に近づく男として一瞬警戒したが、彼女持ちならそんなに心配はないな。

 中学生で彼女持ちか……この場では歓迎するけど、次会った時は考えさせて欲しいな。

 隔絶(かくぜつ)した差があるもの同士が関わると、悲劇は気軽に起こってしまうのだ。

 

「いつもそうやってけっこい顔しとったらええのに……」

「僕はアサミほど違いがわからないんだよね。今の佳樹さんが楽しそうなのはわかるけど」

「うん! 私はね、私とお兄様が結婚して、ゴンちゃんと橘君が結婚した後もずっと皆で仲良くしたいと思っているから……今がとっても楽しいんです」

「ブッ……き、気が早すぎじゃんね」

「そうなの?」

 

 佳樹はキョトンと首を傾げる。

 

「でも気が早いとか言って、いざという時橘君を我慢させちゃ駄目だよ? 佳樹は知識しかないけど、こういうことを──」

 

 ゴニョゴニョゴニョ。佳樹が立ち上がって権藤さんの耳元で何かを(ささや)いている。

 

「ふぇっ!? な、なにいっとるん」

「これはこうで、こうして……」

 

 ボフンと顔から湯気を出して、権藤さんはゆでダコのように赤くなる。

 彼女が初心(うぶ)なのか、佳樹が言っていることが過激なのか。

 

「突然そんな話をしちゃあかん! ご飯中だら」

「佳樹あれからずーっとゴンちゃんに捕まってるんだもん。仕返しだよ」

 

 とりあえず、両親のいる前で発言には気をつけようか。流石に疑いの目線を向けられ始めたぞ。

 そんな二人の会話内容を警戒していると、橘君が話しかけてきた。

 

「お兄さん……」

「どうした?」

「恥ずかしがっているアサミの表情、最高だと思いませんか」

「……この状況でノロケるって、肝が()わっているね」

 

 橘少年。彼は将来、大物になるかもしれない。

 

 

          ◇

 

 

 昼食を終えた俺は、体育館付属棟を朝雲さんと一緒に歩いていた。ここで何かをする約束を俺がしていたらしい。

 そういうことを教えてくれる朝雲さんの情報は大変助かる。

 

「温水君……見つけた……」

「あ、はい。こんにちは志喜屋先輩」

「お世話になります、先輩」

 

 流れで合流してきたのは志喜屋さんだ。昼食後の応援合戦に備えて、体操服ではなくチアガールの格好に着替えていた。

 道中(どうちゅう)で見かけた姫宮さんのチアガール姿と比べたらエネルギー量は天と地くらい差がありそうだけど、好きな人はとても好きだと思うし、魅力的だ。

 

「じゃあ……早速……行こう」

 

 そう言って志喜屋さんが差し出してきたのは、彼女が着ているのと同じピンク色のチアガール衣装。白いソックスを含めて、見事に一式揃っている。

 

「……千早さんの服ですか? 志喜屋先輩と同じ組でしたっけ」

「……? キミが……着るん……だよ……?」

「はい?」

「約束……した」

 

 ──俺が、着る? 俺が知っている限りでは、この服は基本的に女子が着ることを想定されているはずだ。

 その証拠に、濃いめのピンク色のスカートが付属している。

 

「いやー遅れた遅れた。ゴメンね皆! お、温水君はもう衣装を受け取ったよね。温水君が女装(じょそう)して、私たちの間に挟まる……そこから何かしらのインスピレーションが生まれそうな気分がもうビンビンなの。協力して貰って助かるわ」

「忙しい……体育祭の……数少ない……息抜きタイム……」

 

 現れたのは月之木先輩。志喜屋さんと肩を組んで、得意げに笑っている。

 彼女が何を執筆しているかは知らないが、俺を女装させて自分たちを含めてモデルにすることが、発言から伺え……

 

 ──え、この先輩、正気か……? 

 ナマモノ、部活の後輩を強引に女装させる、百合の間に男を挟む。

 どれか一つでも現代の価値観ではゲームセット級の大罪なのに、まったく気にしていないのが恐怖しか感じない。

 

「え、これって応援合戦の衣装ですよね? 志喜屋先輩の組のメンバーがお金を出し合って買った衣装を、こういうことに使うのはマズいですよ。後日にしませんか?」

「この衣装……微妙に違うやつ……買ったのも……私の……ポケットマネー……」

 

 そっかあ……既に約束していたらしいし、断る口実が特に思いつかない。

 いや、まだ希望は残っている。俺は先程から口数が少ない朝雲さんの方を向いた。彼女の理路(りろ)整然(せいぜん)とした話術で、どうにかこの場を切り抜け──

 

「和彦さん……ご、ごめんなさいっ」

 

 本日二度目の謝罪。

 申し訳なさそうに朝雲さんが渡してきたのは、黒髪のポニーテールウイッグだった。

 最初から退路はなかったらしい。おずおずとしつつも、期待のこもった目で俺を見つめる朝雲さんは可愛い。

 

 ────現実逃避はやめて、腹をくくるとしよう。

 ポニーテール……ポニーテールかぁ……

 羨ましいと思っていたけど、この世界の俺って苦労しているんだな──

 

 

          ◇

 

 

 素早く着替えさせられたチアガールの温水(ぬくみず)和子(かずこ)は、その後人気(ひとけ)のない場所で先輩たちが開いた撮影会に参加した。

 

(たぎ)る……」

「予想以上のクオリティじゃない。お姉さん興奮しちゃうわ」

 

 志喜屋夢子が肩から手を回して、和子の(あご)をクイっと持ち上げる。

 それに嫉妬するように二人に(あや)しく(から)んでいく月之木古都。

 

「こ、このまま持ち上げればいいんですか? よいしょ……っと」

「す、少し待ってください和彦さん」

 

 同じくチアガール衣装に着替えた朝雲千早の腰を両腕で抱え、ゆっくりと持ち上げる和子。布を一枚も(まと)っていないスベスベしたお腹がお互い直接接触するが、なんとか耐える。

 

「どんどん撮っていきましょ。温水ちゃんは私の後ろね」

 

 月之木古都を温水和子が後ろから抱きしめ、更にその温水和子を後ろから志喜屋夢子が抱きしめる光景は、まるでチアガールのマトリョーシカのようで。

 女の子座りをしている和子の股の間に、朝雲千早が膝立ちで入り込む。和子は両手で自分の口を(おお)いつつ、小動物のような上目遣いで朝雲千早を見上げた。   

 段々と羞恥心の方が(まさ)ってきた朝雲千早を、和子は丁寧に押し倒す。ダランと垂れ下がった和子のポニーテールが、硬直した彼女の(ほほ)を安らかにくすぐる。

 

「「…………//」」

 

 所々意図がわからないポーズもあったが、温水和子は無心のまま健気(けなげ)に撮影会を乗り切った。

 

 

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