マケインわーるど   作:einan

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姫宮(ひめみや)華恋(かれん)と揺れる境界

 

 

 文芸部活動報告 ~秋報 姫宮華恋『わるい妖精のふしぎなお遊び』より一部抜粋

 

 あるところに一人の女の子がいました。

 女の子は誰も居ない場所に行きたくて、森の中に入っていきます。

 

 どんどん進んでいくと、とっても静かなところに着きました。

 ここまで逃げてくればあんしんです。

 

 切り株に座ってご飯を食べます。おいしいです。

 でも、森の奥には一人の妖精さんがいました。

 

 ここなら、誰もいないと思ったのに。

 

 でも妖精さんは女の子を通りすぎて、どこかに行ってしまいました。

 女の子の望みどおり、誰も居ない場所になりました。

 とってもしずかです。

 

 次の日も、森の奥に妖精さんは居ました。

 私のことをちょっと見たけど、すぐにご飯を食べたり、木を切ったりしています。

 妖精さんは、女の子のことが気にならないのでしょうか。

 

 また次の日も、妖精さんは居ました。

 ……そういえば、女の子はまだあいさつもしていません。

 こんなのは、いつも明るかった女の子らしくないです。

 

 切り株一個ぶん、妖精さんに近づいてみます。

 女の子は初めて会ってから、すぐに仲良くなるのが得意な子でした。

 

 妖精さんともすぐに仲良くなれるはずです。

 はやく、はやく。

 はやくその女の子は、いつもの自分に戻りたかったんです。

 

 

          ◇

 

 

 うん。忘れたいような、忘れたくはないような……言葉にし(がた)い撮影会だったな……

 進めば進むほど(きわ)どい感じになっていったが、コンプライアンス的な何かに違反していないのが非常に気がかりである。

 先輩たちや朝雲さんとあれだけ密着していたから、柔っこくはあったけど──自分の女装写真が鮮明にデータとして残る時点で、圧倒的に収支がマイナスだと思った。

 

「──いいですか、和彦さん。私は決して動揺していません……自ら望んで参加した(もよお)しですし。それに……か、和彦さんが思いのほか乗り気だったのも、想定済みですから」

「最初は千早さんの方がノリノリだったじゃないか」

 

 乗り気だったというか……終盤は構図を再現するだけのロボットになっていた自覚はある。朝雲さんと目が合うが、気まずそうにぷいっと目線を横に逸らされてしまった。

 横並びで歩いているが、俺たちの間にはポッカリと人がひとり通れそうな隙間が空いている。

 

 あ、朝雲さん、さっきまであんなに優しかったのに──諸悪(しょあく)の根源である、悪ノリしたあの先輩二人に責任を押し付ける。どうしてくれるんだ。

 

「温水と、朝雲さんじゃないか。あの、小鞠ちゃん見なかったか?」

 

 そんなことを考えていたら、まともな方の先輩である玉木先輩と出会った。

 この人って背が高いからか、かなりハチマキが似合うな。装飾のためにフェイスペイントまでしていて、完全に体育祭に染まっている。

 

「見てはいないですね。これから俺たちは姫宮さんの応援合戦を見に行きますし、そこで見かけたら何か言っておきますよ」

「すみません、玉木先輩。今日はあいにく直感の調子が悪く……お力になれそうにありません」

「ああいや。そこまではしなくていいんだ。気のせいかもしれないしな」

 

 なんだなんだ。これ以上の()め事はゴメンだぞ。

 玉木先輩はポリポリと頬を()きつつ、別の話題を切り出し始めた。

 

「そういえば、温水」

「どうしました?」

「……姫宮さんとは上手くやっているか?」

 

 上手くも何も、姫宮さんとの仲は良すぎるぐらいじゃないか。

 同じ文芸部だった玉木先輩も当然知っているはずだ。

 

「? ……上手くやってると思いますよ。幼馴染のよしみで、俺のことは気にかけてくれていますし。このミサンガとか、姫宮さんに着けてもらいました」

 

 そう言って右手首を見せる。手首に馴染む撫子(なでしこ)色を基調とした網み紐は、編み込まれた白群(びゃくぐん)の糸がさりげなく映える仕上がりだ。

 玉木先輩はホッと安心した様子を見せた。

 

「良かった良かった。それならいいんだ。……『今日おさ』を姫宮さんに勧めた身としては、責任を感じなくもなかったわけだが。温水がいいなら、それでいいよな」

「はあ……?」

「いいか温水。お前は間違いなく──モテ期が来ている。こんな機会なんて、そうそうあるものじゃないんだ。青春を満喫しろよ」

 

 ……はて、きょうおさとは何なんだろう。どこかで聞いたことがあるような。

 俺が聞き返す前に玉木先輩は去っていった。

 

 ちょっぴり距離が離れたままの朝雲さんを連れて、応援合戦に向かう。

 応援合戦といってもその演舞はきちんと審査されて、それぞれの点数が全体の得点に加算される。

 単純に周りの士気を上げるだけではない、一つの種目なのだ。

 だから俺たちは赤組を応援する姫宮さんを応援しに……ちょっとややこしいけど、そういうことだ。

 

 

            ◇

 

 

 ぴょいっと弾むステップ、リズムに合わせて刻むターン。立つ位置は綺麗にシンクロさせて。

 ……うん、全部練習通り。校庭の中央で、私たちに視線が集まってくる。元気いっぱいにポンポンを振り上げて、笑顔でアピールをした。

 歓声が一段と大きくなって、うねりのようなものになってくる。

 

 ……やっぱり本番は違う。私も、気持ちをぜんぶ乗せなくちゃ。

 皆と一緒に勝ちたい気持ち。頑張っている一人一人を応援したい気持ち。

 

 ──恋を、応援したい気持ち。

 体育祭にはあんまり関係ないけど、この気持ちもちょっぴりと混ぜ合わせる。観客席にいる一人の男の子がチラリと目に入った。(そば)にはよく知っている女の子も一緒だ。

 

 私は温水君と、千早の仲を応援する。

 千早は大切な友達で、温水君は私の幼馴染だから。

 

 温水君が幼馴染になってくれた時は、とっても嬉しかった。

 今まで見たどんなドラマや映画より、私にとって素敵だった物語。その物語と、同じことができたから。

 幼馴染になるなんて突拍子もないことも、彼だったら受け入れてくれると思った。

 初めて話した時は、全然仲良くなれなかったのにね。不思議だよ。

 

 皮肉だけど……突拍子もないことをすることは、逆に私の心を落ち着かせてくれたんだ。

 そうやって、落ち着いて周りを見れるようになってくると──気づくことがある。

 ……千早、絶対温水君のこと、す、好きだよね!?

 塾も部活動も一緒だし、二人でよく下校しているし。

 彼女が時折彼を見つめる表情は、恋する乙女そのものだ。私でもキュンキュンしてしまう。

 

 温水君はいつも千早に余裕たっぷりで揶揄(からか)われていると思っているみたいだけど。

 私の見立てでは、彼女もかなり恥ずかしさで一杯一杯だ。それがとっても可愛らしくて──

 

 ……応援しがいが、あるよね。

 千早はお化粧に詳しくないみたいだから、この前みたいに一緒に買いに行って。

 温水君にはもーっと女の子の扱いを教えてあげないと。

 

 ──ポンポンを一斉に空高く放り投げる。もうすぐフィナーレだ。

 テープのメッキが太陽の光を反射して、大きく(きら)めいている。

 

 私が温水君といるのが心地いいのは、友達の彼が私の恋愛を肯定してくれるからで。

 私は草介のことがまだ好きだから、温水君と一緒にいるんだ。

 

 そう、それだけ。

 だからこの気持ちに……名前なんて、付けなくていいの。

 

 

            ◇

 

 

「姫宮さん、すごかったな……表現力の幅というか、何というか。それでいて、全体の流れにはキッチリ乗っかっているし。あれなら応援合戦はうちの組が勝っていそうだ」

 

 同じ組だからって贔屓(ひいき)目抜きで見ても、そう思わされるものだった。

 さて、俺もそろそろ行くか。個人競技に出場するために、グラウンドを歩いていく。

 その途中で、八奈見さんとばったり会って合流した。

 珍しく何も食べてないぞ。……珍しい。

 

「温水君って、スマホ先生に預けてるの? 意外と真面目なんだね」

「一応そういう規則だし……甘夏先生に預けるのは、不安でしかないけど」

 

 ツワブキは体育の時間などは貴重品を袋に集めて、教師がまとめて預かることになっている。正直、守っている生徒と守っていない生徒は半々くらいの割合だと思う。体育祭だともっと多いかもしれない。

 俺も預けるのはともかく、返却時の人だかりの中に取りに行くのは億劫(おっくう)だ。

 

「私、少し前にLINE送ったんだよ。ちょっとだけそっちのお昼ご飯に参加してもいいですかって。こう……控えめで、お(しと)やかな感じに」

「控えめで、お淑やか」

 

 とても八奈見のイメージに合わない。文面が気になる。

 

「率直に聞くけど──目的は?」

「華恋ちゃん経由の温水君の話に時々混じる、お弁当のおかずの美味しそうな感想を聞いたら──私は黙っていられないよね。もうこれって、実質温水君から誘っているようなもんだよ? 私には草介がいるのにさー。温水君って、悪い人だよね」

 

 八奈見さんは自分の両腕を抱えてイヤンイヤンと惚気(のろけ)はじめた。

 彼氏彼女が出来たら浮かれるのは誰でも同じか……シットリ期に入った新婚カップルみたいになっていない分、まだマシかもしれない。

 

「いや、食べたいものがあるなら、多分袴田が作ってくれるだろ?」

「温水君、そういうことじゃないんだよ。……温水君が作ったご飯だったら、私も遠慮したけど。温水君の弁当を作ってるのは妹ちゃんなんだよね? だったら、ちょっとくらい食べたっていいじゃん」

 

 絶対ちょっとじゃない。

 そしてなんだその基準。こっちの八奈見さんは外食したらいちいち作る人を確認するのだろうか。失礼な。

 

「華恋ちゃんと温水君が階段でご飯食べている所に、私が入るのはなんか違うよね? 温水君が私に弁当を渡すのも誤解されちゃうし。だから、今日は大勢に混じって私がさりげなく妹ちゃんのご飯を食べられる……絶好のチャンスだったの」

 

 ムムムと八奈見は(うな)り、悲しげな顔をしているが──こいつはただ佳樹の弁当を食い(のが)しただけである。

 ──さて、こういう時は。

 

「わかった。埋め合わせに八奈見さんが自然に弁当を食べられる案を考えておくよ。じゃあ、俺はもう競技に出ないといけないから」

「温水君……話が分かるね。私、温水君のこと誤解してたよ」

 

 とりあえずこの世界の俺に何とかしてもらおう。女装の件は俺が処理したんだ。こっちは何とかしてくれ。

 面倒だが難易度が高いことではないし、先延ばしにするに限る。

 結局八奈見は、八奈見なんだよな……。

 誰と付き合おうとあの食欲は健在(けんざい)だし、こうやってたまに関わる機会もあるんだ。

 

 ……いつか八奈見が、新しい恋を見つけて。

 それが実った時も、俺はこんな風に八奈見と話している未来が見れた気がして──ちょっとだけ、嬉しいような。嬉しくないような。

 ふ、複雑な気分だ……。

 

 

          ◇

 

 その後出場した個人競技の徒競走では、俺は下から二番目という何とも言えない順位だった。あっという間に終わったが──運動ができない生徒にとっての体育祭なんてこんなものである。

 

 やれる限りはやったと思うけど……日頃何もしていないのにそれなりの結果を出そうなんて、虫が良すぎる話だったか。

 運要素もある借り物競争や障害物競争をやってみたい気持ちもあったけど、そういう競技は枠に対してクラスの希望者が多すぎるんだよな……。

 世の中の主人公たちはどうやってあの枠を勝ち取ったのだろう。やはり天運(てんうん)なのか。

 

 これであともう残っているのは、最後のクラス対抗リレーだけ。

 俺は一度経験しているし、大丈夫だろう。

 足が遅い生徒は暗黙(あんもく)の了解で最初の方に走る感じになっているし、その時に着いた差などラストの盛り上がりの頃には皆忘れている。バトンミスさえしなければだけど。

 

 そんなわけで、やってきたのはいつもの非常階段。

 目ぼしい蛇口をチェックしていたらこの辺りに辿り着いた。

 リレーまでまったりと時間を潰そうと、旧校舎の古びた扉を開く。

 

「な、なんだ。ぬ、温水か。お、驚かせるな」

「そんなことで驚いていたら、身が持たないだろ」

 

 非常階段には小鞠という先客がいた。

 部室に居ないと思っていたらこんなところに居たのか。

 話しておくこともあるので、それっぽい場所に腰を落ち着ける。

 

「お、お前。なんでそんなに、と、遠くに座るんだ」

「……なんとなく?」

 

 こっちの小鞠は玉木部長と付き合っている。二人きりのこの状況で近づいて座ると、あらぬ疑いやトラブルの元になるかもしれないと思っただけだ。

 ラノベじゃそういう見当違いの事件は鉄板だし。俺は途轍(とてつ)もなく配慮している。

 

 小鞠は何やらスマホにトトタタと文字を打ち込み始めた。

 

『意識しすぎているのが、逆に狙われてる感じがして気持ち悪い。もっと普通にしろ』

「了解」

 

 従おう。恋人がいる時点で、こいつのカーストは俺を上回っているのだ。

 近すぎず、遠すぎず。ほどほどの場所に座り直す。

 

「玉木先輩とは今日会ったのか? お昼ごろ、先輩が小鞠のこと探してたぞ」

「せ、先輩のことは、と、遠くから、見てる。だ、大丈夫」

「……なんで遠くから? 結構自由な時間多いし、一緒に楽しめばいいだろ」

 

 俺の質問への返答代わりに、また小鞠はスマホに文字を打ち込む。

 

『玉木先輩、色んな人に囲まれていたから。私は組も違うし、上手くそういうのに混ざれないし。邪魔したくない』

 

 その気持ちはわからなくもないが……

 小鞠が巻いている紫のハチマキを巻いている人は、俺の知り合いの中には誰も居なくて。

 だからとは言わないが、誰かと一緒にいてもいいと思った。

 

「もうちょっと積極的でも、いいと思うけどな。先輩はもうすぐ卒業しちゃうだろ。今からでも先輩を探してこようか? 姫宮ちゃんも千早さんもきっと協力してくれる」

「…………そ、それは、や、やらなくて、いい。わ、私だって、か、考えてることも、ある。さ、最後に、キャンプファイヤー、あ、あるだろ」

「ああ、ツワブキ祭を締めくくるやつか。それがどうしたんだ」

 

 俺が肯定すると、小鞠は躊躇(ためら)いながらも──恥ずかしそうにスマホの画面を見せてきた。

 

『キャンプファイヤー。始まる直前に踊りを申し込んだ人は、将来好きな人とずっと一緒にいられるっていう、おまじないがある』

 

 なんだその公開告白みたいなシチュエーションは。

 ……あっ、だからあんなに甘い空気が蔓延(まんえん)していたのか。

 俺は配られたポカリを飲みながら黄昏(たそがれ)ていたけど、ポカリの味が何故かほろ苦かったのは勘違いじゃなかったんだな……。

 

『私が何も言わなくても、玉木先輩は誘ってくれるかもしれないけど。自分から、誘ってみる』

「そっか。本当に余計なお世話だったな」

「そ、その通りだ。わ、私のこと、より、お、お前は、き、気にすることが、あるだろ」

「ん? ……ごめん、何の事言ってるんだ」

「し、死ね」

 

 死にたくない。何を気にしろというんだ。

 

「わ、悪い。えっと……新部長のことか? そうだな。俺は文芸部の部長になったんだし。部のことをもっと気にして──」

「ぶ、部長は、姫宮だろ。か、勝手に、乗っ取るな」

「……そうだった」

 

 まずい。意外とボロが出るな。

 焼塩の方もちゃんと取り(つくろ)えているか心配になってきた。様子を見に行くか……。

 

 

          ◇

 

 

 クラスの観客席に戻り、そこでクラスメイトと話していた焼塩の様子を伺う。

 あれから世界が違うってことはどうにか理解してくれたみたいだし。

 焼塩の普段のキャラからして、多少変なことを言ったとしても周りには流されているはずなんだが……

 ──なんか、意外と馴染(なじ)めていない感じがする。

 

 そうしていた俺を見つけた焼塩は、話していたクラスメイトに断わってこっちに来た。

 

「お疲れ。結局100m走は手加減とかなしでぶっちぎりで走り抜けていたけど、部活に勧誘とかされなかったか?」

「それは……ちゃんと断っといたよ。断りにくかったし、残念がられちゃったけど。チハちゃんが間に入ってくれたしね。それよりさぬっくん。あたし、結構怪しまれてるよね? 来てくれて助かったよ。このまま話していよ」

 

 焼塩は一息つけたおかげか、喉をごくごくと鳴らしながら勢いよく水筒から飲み物を飲んでいる。

 勢い余って喉元を伝った水滴を、焼塩は無造作に手の甲で(ぬぐ)った。

 

「ぬっくんって、一回入れ替わってるんだよね? なんかコツとかないの?」

「コツか。……気のせいとか、忘れてたとか言って。とにかく曖昧(あいまい)にして誤魔化すんだ。人間関係はかなり変わっているから、そこだけは言及するのは避けた方がいいかも。あとはそう、普通に」

「あたしは普通にしてるつもりだよ? でも、なんか全然話が噛み合わないっていうか……うーん、上手く言えないけどさ」

 

 焼塩は胸元のシャツを(あお)ぎながら眉をひそめた顔をした。

 その茶色の瞳を疑問気に揺らしつつ、あたりまえのはずのことを俺に尋ねる。

 

「この世界のあたしって──本当に私なのかな?」

 

 

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