マケインわーるど   作:einan

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番外編 ある文芸部の一日

 

 11月。季節の変わり目も本格化し、肌寒くなってきた頃。

 俺は西校舎のはずれにある放課後の部室に到着した。本日はなにやら臨時部会を開催するようなのだ。遅刻は厳禁である。

 

「あ、温水君も来た。待っててね、今お茶の準備をするから」

 

 その言葉に甘えて通学鞄を脇に置き、席に着く。彼女の名は姫宮華恋。この文芸部の部長である。一学期にクラスの中心人物である袴田草介と、数多のラブコメ的イベントを繰り広げながらも敗北してしまった負けヒロインだ。

 敗れた相手は袴田の幼馴染で、その反動なのか幼馴染という関係性にはやけに敏感である。

 

 時折俺に女心がわかってないことを指摘してくるが、本人も大概男心がわかっていない。主に邪な方面で。

 

「全員揃ったので、本題に入りましょうか」

 

 ホワイトボードをコロコロと運んでいるのは朝雲千早。中学の頃から同じ塾に通っていたけど、話し始めたのは高校の入学説明会からだ。

 中学時代から彼女がいた綾野光希に叶わぬ恋をしてしまった負けヒロインで、それが原因で揉めた事もあったが、なんとなく落ち着くところに落ち着いた……と思う。

 

 知識が豊富かつ好奇心が旺盛(おうせい)な人で──なにかと頼りにするし、逆に頼ってくれることもある。変人が多いこの文芸部内では、唯一の清涼剤だ。

 

「ふ、むふふふふ……」

 

 部室の片隅でスマホをいじっているのは小鞠知花。

 文芸部の副部長だ。文芸部以外では(ろく)に話せないくらいの人見知りだが、先代部長である玉木真一郎と付き合っている唯一の勝ちヒロインである。

 

 どうやらお気に入りを見つけてしまったようなので、しばらく放っておいてやろう。

 文芸部内では一番彼氏がいなさそうな見た目と言動なのに、実際は真逆であるそのギャップには興奮しないこともない。

 

「さて皆。今日の議題はね、新入部員の勧誘についてだよ」

 

 姫宮さんはキュッキュッとマーカーで音を立てて、本日の議題を書きだしている。

 真面目な話題を賑やかすように、周囲にはキリンやライオンといった動物の絵が(えが)かれていた。

 

「……まだ早いんじゃないのか。新入生が入ってくるの、五カ月後だろ?」

「それでも気を抜いたらあっという間なんだからね。ツワブキ祭が終わった今、私たちは新しい大目標を立てなきゃ」

 

 そう言った姫宮さんは、ホワイトボードに活動の要点を矢印とともに書き込んでいく。愛嬌のある動物がしれっと一匹増えた。

 

「ああ、そういえばホームページは作っていたっけ」

「こんな感じで作成していますよ? まだ雛形(ひながた)ですが、気になるところがなければ一度更新しようと考えています」

 

 千早さんのノートパソコンには、先週彼女の自宅で整えていた文芸部の活動記録が映し出されていた。

 雛形とはいうが、かなり形式はしっかりしている。トップを(かざ)っているのは、本を読むのに集中している小鞠を横から撮った写真だ。

 

「さっすが千早。私が確認してもいい?」

「ええ。ローカルでいくつか保存してありますから、好きに変更しても構いませんよ」

 

 千早さんの近くに移動し、ホームページの紹介文の最終チェックをしている姫宮さん。もともと仲は悪くなかった二人だが、最近はまた微妙に距離感が変化したように感じる。

 姫宮さんが一点気になるような表情を見せた。

 

「どうかしたのか?」

「えっとね。知花ちゃんの写真も可愛いけど、ここは皆でうーんと仲良しな写真も撮って()せたいな」

 

 成程。姫宮さんらしい意見だな。そんな姫宮さんの発言に、俺はやれやれと返す。

 

「姫宮ちゃんは想像力が足りていないな……それで文芸部の部長が(つと)まるのか?」

「務まるよ。温水君、この間取材(しゅざい)した原稿の締め切りはもうすぐです」

 

 ……おっと、藪蛇(やぶへび)を突いてしまった。

 

「──俺が言っているのはそういうとこじゃない。文章を書く上で必要な想像力だよ。想像してみてくれ。皆ということは、姫宮ちゃんも写ることになるよな」

「そ、そうだけど」

「ツワブキに合格したけど、自分に合うような部活があるか心配な新入生。そんな(つつ)ましい新入生が文芸部に興味を持って……ふと検索したホームページを開いたとしよう。で、そこにいきなり姫宮ちゃんが写っていたら──」

 

 俺は一拍置いて、正解を話す。

 

「焼き尽くされる。それはもう()()げに」

「そんなことないよ!? 温水君はちょいちょい大げさなんだって」

 

 いやいや……美人でスタイル良くて、そこに先輩補正まで入るんだぞ? 普通の文芸部志望の新入生じゃ直視できないだろ。

 

「だから、あえて載せない。これが俺たちの優しさってやつだ」

「……へー。温水君って優しかったんだ」

 

 姫宮さんの責めるような目線。千早さんは隣でうんうんと同意してくれている。

 しかし、俺は自分の写真が載るのが気恥ずかしいので都合が良かったけど……小鞠も目立つのは苦手なはずなのに、よく掲載を許可したもんだ。

 そう思い小鞠の方を見ると、意外に上機嫌であることに気づく。

 

……こいつ、実はまんざらでもないな。写真の出来にほだされやがって。

 

 

          ◇

 

 

 会議は多少脱線することもあったが、それなりにまとまり。

 今回話し合ったポイントを踏まえたうえで、各自の案を次回の部会までに持ってくることになった。

 

「皆頼むよー。新入部員の勧誘は、とっても大切なんだから。私は温水君と千早が居ない日は、知花ちゃんを愛でるしかないんだし……」

「しょ、小説、か、書け」

「それもちゃんと書いてるもん」

 

 ああ、小鞠がまた姫宮さんに抱えられて身動きが取れなく……なってないな。

 ちょうどいいポジションを見つけたのか、すっぽりと収まって問題なくスマホの操作を続けている。

 そうだ。区切りがついたし、一つ用件を済ませておこう。

 

「そういえば姫宮ちゃん、小鞠を貸してくれないか。生徒会に呼ばれてるんだ」

「うん、いいよ。どうぞ持ってっちゃって」

「わ、私の意思、か、確認しろ!」

 

 姫宮さんは小鞠を脇から持ち上げて俺に渡してきた。パワフルだな。そしてそれを、俺にどう受け取れというんだ?

 結局は千早さんが受け取って、小鞠を床に下ろしてあげている。

 

「……生徒会に呼ばれているんですか?」

「うん。何で俺と小鞠なんだろうな。厄介事じゃないといいけど」

「……期待、しておきますね。和彦さん」

 

 期待しないで千早さん……そうそう厄介事なんて起きないはずだから……

 

 

          ◇

 

 

 野良猫のように威嚇(いかく)している天愛星さんを刺激しないように、背中越しに一礼。

 放虎原生徒会長から一通りの説明を受けた俺たちは扉をガチャリと閉めて、生徒会室から退出する。

 

「ど、どうするんだ。温水」

「全然大したことなかったな……新入部員の勧誘の方がよっぽど大変そうだ」

 

 ギョッとした顔をしている小鞠。いや、今のは全然大したことなかっただろ。うちの対応力なら問題ないし、生徒会には今後もいい印象を持ってもらっておきたい。

 

 それよりも新入部員だ……人脈方面は姫宮さんがかなり強いんだけど、今回の勧誘を任せっきりにするのは(はばか)られるというか。

 生徒会室で話を聞きながら、一つ方向性が浮かんだ。小鞠に聞いてもらおう。

 

「小鞠。ツワブキにはまともな人と少し外れた人が、半々くらいでいると思うんだ。ほら、引退した先輩たちもそうだっただろ?」

「……つ、月之木先輩に、い、言いつけるぞ」

「俺はどっちがとは言っていないから」

 

 今、小鞠が月之木先輩の名前を出したので、責任は半分半分である。

 

「俺たちの代だってそうだ。でも半々じゃ駄目だと思うんだ。部活を存続させやすくするためには、まとも寄りの新入生を重点的に勧誘したい」

「わ、わからなくも、ない。温水みたいなやつが、ふ、増えても、困る」

 

 ──文芸部にいる部員で、何の心配も要らないのは俺と千早さんくらいなんだよな。

 俺としては是非とも男子部員が欲しい。矛先(ほこさき)を増やすことで、BL妄想からの被害を分散……もしかして、組み合わせで悪化するだけか。

 そんな悪寒を覚えていた俺の背後に、気づいたら志喜屋さんが佇んでいた。どうやら生徒会室から付いてきていたらしい。

 

「やはり……君たち……よき……」

 

 ……小鞠はそそくさと逃げだしてしまった。ゆらゆらと揺れている志喜屋さんは、何故か獲物を狙うような目つきを俺に向けている。それに射すくめられた恐怖は、まるで蛇ににらまれた蛙のように俺の動きを鈍らせた。

 ──きっとこの人なりに、文芸部のことを気にしてくれているとは思う。出来る限り、ポジティブに接していこう。

 

 

          ◇

 

 

「……ちょっと目を離すとすぐ誰かに捕まっているんですから」

「……俺だって好きで捕まってたわけじゃ」

 

 志喜屋さんと雑談をしてのらりくらりと(かわ)していたら、やってきた千早さんが救出してくれた。タイミングがいい。

 

「いつか和彦さんが何処かに(とら)われてしまう……そんな結末も、あるかもしれませんね」

「え? 結末ってどういうことだ。物騒だな」

「だいじょーぶですよ。その時でも、私が助けに行きますから。約束です」

 

 彼女のすべらかな細い指と、指切りげんまん。

 ……千早さんが俺との約束を破ったことはないが、俺だって彼女との約束は破ったことがない。

 そうやって部室に戻った俺たち。入る直前に、指先が離れる。

 

 先に戻っていた小鞠は、姫宮さんのそばでスマホのアルバムを覗いていた。先程の会議の結果、目立たず特定されない範囲で各個人の写真を載せることになったのだ。

 

 俺は部室のストーブの近くでその様子を見ている。千早さんの方は自己紹介文を打ち込んで……何やっているんだろう。

 ホームページに表示されている千早さんの自己紹介文は、ほとんどが黒塗りで(おお)われていた。姫宮さんも気づいたみたいだ。

 

「──千早、これは手抜きじゃないかな」

「そうとも限りませんよ。華恋さん、試しに見てみてください」

 

 千早さんはノートパソコンを操作して、俺の自己紹介文も黒塗りで入力する。

 機密文書みたいでちょっとかっこいい。

 

「和彦さんのは、こうなるのですが……気になりませんか? あえて文章を書かない。それもまた美学です」

「た、確かに気になるね……」

「謎を重視するなら、この写真とかどうだ? 逆光でほとんど顔が見えないけど。ほら、この千早さんが光っている写真と並べたら」

「……あり、かもしれないね。よし、なら私も今からとっておきの謎写真を──」

 

 実用性のことは忘れて、俺たちが思い思いの行動に(はし)ろうとしたその時。

 

「お、お前たち……さ、最後は、ちゃんとしたの、え、選ぶんだぞ」

「「「……はーい」」」

 

 小鞠からストップがかかったので、俺たちは素直に悪ふざけを止めた。

 ……真面目にやったら自己紹介文と写真選びは五分くらいで終わったので、その後の原稿執筆や製本作業は大変(はかど)ることになる。

 未だ何もわかっちゃいなかった俺たちの、とりとめもない一日が──ただただ、過ぎていった。

 

          ◇

 

 

 ──さて、そろそろ下校する時間だ。佳樹が家で晩ご飯を作って待っている。

 千早さんと帰ろうとしたところに、綾野と焼塩が文芸部まで迎えに来た。それまでは学校の図書館で勉強していたらしい。

 

 そして何故か綾野が千早さんと二人で話したいと言い始めたので、俺は焼塩と途中まで一緒に帰ることになった。

 ……個人面談のようなものか? 昨日俺と二人で帰った時は、綾野は当然のようなことしか聞いてこないと思ったら、またいきなり親友って言ってきてよくわからなかった。

 もっと会話のフラグを積み立ててから話して欲しい。

 

「お待たせぬっくん。私たちも帰ろっか」

 

 俺の背中をポンと叩いたと思ったら、早足で駆け出していく焼塩。

 木枯らしが制服の裾をはためかせ、その後を追いかけていく。

 

 最近、こいつに()められている気がするんだよな……

 体育祭をスキップ出来てサイン会まで満喫したご機嫌な俺を、翌日の学校で女子陸の臨時個人マネージャーとしてこき使ったのはつい先日のことだ。

 

 ……今日帰ったらもう予定はないし、一人で現代国語の過去問でもやるか。

 文芸部員として一番必要な教科だからやるのであって、他意はない。

 

 

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