マケインわーるど   作:einan

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小鞠(こまり)知花(ちか)と異世界転生

 

 気が付くと、俺は見知らぬ通路に一人で立っていた。通路はきらびやかな装飾(そうしょく)(いろど)られており、床に敷かれているカーペットはえも言われぬ高級感がある。

 

 ……おかしい、俺はさっきまで『陰謀(いんぼう)(あふ)れる物騒(ぶっそう)な異世界に召喚されたが、幼馴染たちの練習台にさせられていた俺には効きません ~呪術も催眠術もオカルトもすべて無駄~ 』を自宅でのんびり読んでいたはずだ。

 もうすぐ期待の催眠術幼馴染が登場するシーンだったはずなのに、俺が手にしていたスマホは影も形もない。

 

「もしかしてこれは──異世界転生か!?」

 

 その可能性にたどり着いた瞬間思わず興奮する。

 普通ではありえない現象、なんとなく感じる荘厳(そうごん)な雰囲気。

 ここはきっと異世界の王宮とかに違いない。異世界転生は本当にあったんだ。俺は今、すべての異世界小説読者が夢見た光景を目にしている──

 

 自分の顔や体をペタペタと触る。鏡がないので確信があるわけではないが、おそらく16年間慣れ親しんだ温水(ぬくみず)和彦(かずひこ)身体(からだ)そのままだ。

 ……ということは異世界転移パターンか。服は何故か中世ヨーロッパ風のものになっている。親切設計だ。

 

「さて……ここからどうするか」

 

 異世界転移したからといって浮かれてばかりもいられない。既に俺がチート持ちで、この世界が何の苦難(くなん)もなく全肯定ハッピーエンドな世界ならば問題ないのだが、そうとは限らない。

 

 異世界転移者が複数いて敵対するパターン、最初は能力が開花(かいか)しなくて不遇(ふぐう)な扱いを受けるパターン、何の知識もない転移者が利用されてしまうパターンなど、異世界は奥が深いのだ。

 

 まずは慎重に情報収集だな……

 

「ひ、人を探して……とにかく敵対の意思を見せないように……」

 

 誤解から処刑なんてことになったらたまらない。──段々心細くなってきた。

 おそるおそる通路を進んでいると、扉の向こう側から(かす)かに人の話し声が聞こえてきた。耳を()ます。ここは一体どういう世界なんだ――?

 

「シルヴィア・ルクゼード(じょう)。私は貴方との婚約を破棄(はき)する!」

 

 ……まさかの異世界婚約破棄ものだった。となると婚約破棄されたシルヴィア・ルクゼード嬢が、ここから新天地で更にハイスペックな結婚相手に見初(みそ)められるのが王道なのだけど──なんかこの名前聞いたことあるような気が……

 

「あ、あう……」

 

 そうだ、小鞠(こまり)だ。俺と同じ文芸部に所属している小動物系女子、小鞠(こまり)知花(ちか)。彼女が執筆(しっぴつ)している『婚約破棄は(たか)らかに!』の主人公の名前が確かそんな感じだった。

 

 ──口ごもっていたけど今反応していた声、小鞠だよな? あいつもこの世界に来ていたのか……いや、俺はオマケで主役はあいつか? 作者だしな。

 

「シルヴィア、言い訳なら修道院(しゅうどういん)で聞こう。婚約破棄の手続きは済んでいるから、荷物をまとめて──」

 

 そう、これは第1話の印象的なシーン。セカンドライフに向けて綿密(めんみつ)なフラグ管理をしていたシルヴィア嬢が、予定にない行動をするギュスター第一王子に(あわ)てて強引にルート修正をするシーンで……

 

「君のアンヌ男爵(だんしゃく)令嬢に対する非道(ひどう)は──」

 

 ……あれ、修正されないぞ。気になって扉をコッソリと開ける。部屋の中には怒気(どき)を放っているイケメンな雰囲気の貴公子(きこうし)と、高そうなドレスに身を包んでいる小鞠がいた。……やっぱりあいつがシルヴィア嬢の役になっているのか。

 

 小鞠は肩を縮こまらせ、今にも部屋から消えてしまいそうな雰囲気だ。視線を伏せているのか、扉の隙間から(のぞ)いている俺に気づく様子もない。

 おい、しっかりしろ。お前が書いたキャラクターだろ。こういうのは原作のセリフをそのまま言えば、原作の通り乗り切れるはずだ。

 

「ままま、まっ…………そ、そつ………………いべ……」

 

 ──ダメっぽい。さっきからギュスター王子の剣幕(けんまく)が凄いし、王子の後ろにお付きっぽい人たちも何人か控えている。無理もないか。

 見てるだけの俺ですらちょっと怖い。本物のシルヴィア嬢は強かったんだな……

 そんなことを言っている場合ではない。ここでは小鞠のいつものチャット打ちもできないんだし、何とかしなければ。俺は扉を3回ノックし部屋に入る。

 

「ぬ、温水(ぬくみず)!?」

 

「何者だ! 許可もなく部屋に入ってくるなど無礼(ぶれい)であろう!!」

 

「……し、失礼いたしました。わ、私はお嬢様の付き人でして……廊下(ろうか)に控えておりましたところ、何やらただ事ではないご様子。お嬢様の身に何かあったのではないかと、部屋に入らせていただきました」

 

 今着ている服はよく見ると使用人っぽい服だったし、どうにかなってくれ。小鞠は俺の目線で察したのか、コクコクと(うなず)く。

 ギュスター王子は(いぶか)しげに俺のことを(にら)んできた。

 

「……ルクゼード家の使用人は全員公爵家(こうしゃくけ)の屋敷に帰っているはずだが?」

「私はシルヴィア様個人に付き従っているものでして──」

「ふん、そうか。まあいい」

 

 どうにかなった。勢い任せにとにかく口を回す。

 

「ギュスター王子。シルヴィア様は罪を認めております。ですがこのような場ではなく、公正な場で裁かれることを望んでおられるご様子。王立魔法学園の卒業パーティーにて、厳正(げんせい)な審判を行っていただきたく存じます」

「な、何? 流石に衆目(しゅうもく)のもと婚約破棄など……そもそも既に婚約は破棄済みで……だが、それを望んでいるのか? シルヴィア」

 

 よかった。修正力でもあるのか、原作の流れに合流できそうだ。俺とギュスター王子二人の視線が小鞠に注がれる。

 あとはあいつが頷きでもすれば、シルヴィア嬢こと小鞠知花は、隣国の王太子フィリップの婚約者として、公爵領を経営するセカンドライフを送ることができるはずだ。……頼むぞ。

 

 以前小鞠が言っていたことを思い出す。

 

『す、好きなモノ、書くのが一番』

 

 ──この世界はあいつの好きなもので溢れている。そこで過ごせるならばきっと幸せになれるはずだ。

 小鞠は注目されて居心地(いごこち)が悪そうな様子だが、落ち着いてはいるようだ。問題ない。彼女は意を決したのか、なんとギュスター王子に対してしっかりと目線を合わせ、その口を開いた。

 

「──い、いえ、さ、最初はそのようなこ、ことも考えておりましたが……や、やはり家の名誉を考えると、内々(ないない)で処理するべき、でしょう。お、おとなしく、田舎の修道院に入りたいと、思います」

 

 そう告げる彼女の表情は、色んなものが混じっているようで俺にはよくわからなかったが──はっきりと自分の意志を、目の前の王子に伝えていた。

 

 よくやった。これでパーティーに……って、修道院?

 

 

『シルヴィア・ルクゼード(とその付き人)──修道院に幽閉(ゆうへい)

 

 

          ◇

 

 

 馬車に揺られている俺と小鞠。ここに乗っているのは俺たち二人だけだ。

 こんなものは初めて乗ったけど……出来(でき)があまりよくないのか、さっきから少し尻が痛い。

 同じく尻を痛そうにしている小鞠に、俺は質問をする。

 

「なあ……ここって小鞠が書いてる小説の世界だよな。なんで今俺たちは修道院に向かっているんだ? 学園の卒業パーティーに出席しないとフィリップに会えないはずだよな。作者にしかわからない裏ルートでもあるのか?」

「ち、違う」

 

 違うらしい。

 

「ぬ、温水はわかってない。げ、現実と小説は、別。必ずしも主人公になりたいわけじゃ、ない……」

 

 言われてみればわからなくもない。つまり小鞠は小説の通りになりたいわけではないので、正反対の修道院ルートを選んだということか。

 

「なるほど、そういうことか……え、それじゃあ何のひねりもなく、ただこのまま修道院に行くだけ? 俺も?」

「お、お前は私個人の付き人、らしいからな……い、一蓮(いちれん)托生(たくしょう)だ。ふひひ」

 

 最悪だこいつ、俺を巻き込みやがった。せっかくの異世界転移が道連(みちづ)れにされて一生修道院生活なんて冗談じゃない。帰りたい。

 他に誰かこの世界に来ていないのか? 佳樹(かじゅ)に会いたい。(いと)しの妹の味噌汁が無性(むしょう)に飲みたくなってきた──

 

 慌てふためく俺を見て、小鞠はのんきに笑っている。こいつ、今の状況わかっているんだろうな……?

 

 

          ◇

 

 

 ──気が付くと見慣れた我が家のベットの上にいた。トントントンと台所で佳樹が晩御飯を作っている音が聞こえる。

 

 ……何だったんだこれ

 

 

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