マケインわーるど   作:einan

30 / 34
文芸部と届いた知らせ

 

 体育祭から二週間。

 最近は行事も落ち着いて妙な現象も起こらず、俺は小鞠を()でている姫宮さんと文芸部室で適当に雑談をしていた。

 

「冬休みはね、千早と遊ぶ約束もできたんだ。うんと可愛いお洋服を()(つくろ)ってくるから、温水君は楽しみにしててね」

「俺に見せる前提なの。……そろそろファッションに気の利いたことを言いたいな」

「いいの、それも温水君だなーって思ってきたから。でも遠慮だけはしない方が嬉しいなって」

 

 俺たちの会話内容を気にせずスマホを(いじ)る小鞠。こうしてダラダラしていると、幼馴染というより家族のようである。

 陽キャは人によって適切な距離感を使いこなすらしいけど、これでいいのかな。

 

「部活もないし、各々好きに過ごすのはいいんじゃないかな。俺も冬休みは親戚がいる東京の方に行くし」

「え。温水君、東京に行くんだ。……いいなー」

 

 お土産のハードルが上がる気配を感じる。

 姫宮さんの末っ子ムーブをいなしつつ、俺は誰かが電気ストーブの上に置いている焼けてない焼き芋を眺めていた。

 

「すみません、委員会の仕事で遅れてしまいました。……あら」

「わにゃっ!!?」

 

 遅れて入室してきた千早さん。

 そして何かに驚いた小鞠の声に部室にいる全員の注目が向く。

 手から落とした小鞠のスマホが、部室のテーブルの中央まで滑っていった。

 

 なになに、【『あやかし喫茶のほっこり事件帳』書籍(しょせき)()に関するご相談】……?

 

 息を呑む俺たち。これはもしかすると、もしかするのだろうか。

 ──文芸部、飛躍の(きざ)しである。

 

 

          ◇

 

 

 『あやかし喫茶のほっこり事件帳』

 

 小鞠が『文豪(ぶんごう)になろう』に投稿している唯一の長期連載で、小鞠はこの一本を初投稿時からすさまじい頻度で更新している。

 

 今回のメールは、なんとその作品の商業化への打診である。

 零細(れいさい)の出版社ではあるが、実在する部署と担当者で、詐欺メールとかではないようだ。(千早さん調べ)

 書籍化にあたって変更する点などは多々あるだろうが、良さげな話のように思える。

 

「プロになるってことだよね。うわぁ、小鞠ちゃんが遠くに行っちゃうみたい。発売されたら十冊くらい買おっかな。部費もめいっぱい使っちゃって──」

 

 あまりのことに姫宮さんまで慌てている。

 ちょっと待って。俺がこっそり購入票に忍ばせた姉モノのラノベは却下されたのに、その部費の使い道は納得いかないぞ。

 

「といってもまだ打診だよね。発売されてもそこからが大変らしいし」

「そうですね。一巻が発売されても、それっきりということは可能性としてありえます」

「大事なのは……重版(じゅうはん)だ」

「売れ行きが好調で重版が決定し、そこから続巻という流れが一般的ですね」

「そう。俺たち読者は発売日をこまめにチェックして、重版がかかるように即購入するフットワークが求められているんだ」

 

 千早さんとダブルで解説を進める。しかしあやかし系なんてマイナーなジャンルで、いざ出版となると上手くいくのだろうか。

 そしてこういう話は内密に進めるべきらしいなのに、開始十秒で俺たちが知ってしまった。

 

「千早さん、記憶を消す方法ってないかな」

「さすがにまだそこまで都合がいいものは……」

 

 千早さんは頬に手をあてて(あき)れた顔をしている。そうだよな、さすがに彼女に頼りすぎである。

 俺たちは顔を突き合わせて相談し、書籍化の打診を喜びつつも小鞠のプレッシャーにならないようにしようと決めた。

 

「ひ、ひそひそ話に、なってないぞ」

「でも真面目な話……受けるのか?」

 

 すっかり小鞠が受ける前提でリアクションをしていたが、そうとも限らないよな。

 小鞠は意外な質問がきたという表情をしている。

 

「え……?」

「だって玉木先輩は受験で忙しいし。小鞠まで忙しくなったら、なかなか予定が合わなくなるかもしれないだろ。断るのも全然悪いことじゃないと思うけど」

「ねぇ温水君、さっきからネガティブなことばっかり言ってない」

 

 姫宮さんに肩を叩かれ、千早さんにぷにっと頬っぺたを引っぱられて(たしな)められる。

 

「ぐ、愚問(ぐもん)。う、うまくいったら、部員を増やすのも、か、解決する」

 

 そうだ。文芸部から商業作家が出たとなれば──

 来年度に間に合うかはともかく、宣伝効果としては非常に大きい。

 

「や、やってみたい。た、玉木さんに、心配かけない……私に、なる」

 

 ぎゅっと拳を握りしめ、控えめな小鞠の決意宣言。

 それを祝う満場の拍手で、この場は締めくくられた。

 

 

          ◇

 

 

 その日の部活を終えて、いつものように千早さんと下校をする準備をする。

 

「和彦さーん、帰りますよ」

「ああ、今行くよ」

 

 挨拶をして、一足先に部室を出た。

 同じように帰宅する他の生徒が、自転車に乗って俺たちの横を通り過ぎていく。

 

「──今日はえらいドタバタだったな」

「ですね。小鞠さんが混乱しないよう、ガントチャートで作業量をある程度まとめておきます」

 

 今の段階でそんなことが出来るものなのか。

 感心していると、千早さんが少しもごもごしながら口を開いた。

 

「あ、あの、和彦さん……話は変わりますが」

 

 小鞠の様子をぼんやり思い返していた俺は、もたれかかってくる千早さんの穏やかな感触で現実に引き戻される。

 

「あとひと月で、クリスマスですね」

 

 ──クリスマスか。

 実は俺の誕生日も近いのだけれど、わざわざ言うのも恥ずかしい。

 なんか話し方がぎこちないけど、クリスマスの話題が彼女から出たということはこの後のことも予想ができる。

 

「……光希と焼塩のことか」

「え、えっと──はい! もちろんそうです」

 

 綾野と友達に戻れたからといって、こんなふうに動く真意はわからない。

 だけど彼女なりに思うところがあっての行動なのは、なんとなく伝わってくる。

 

「あの二人の煮え切れなさはなかなかだけど、流石にクリスマスイブの夜くらいは……」

 

 ……何も考えてなさそうだな。光希のそういうイベントへの()頓着(とんちゃく)さには困り者だ。

 焼塩も自分からは言いださないだろうし。

 

「有効と考えられる作戦はいくつかありますが、シンプルなのが一番かなと」

「じゃあ前の作戦でいこうか。四人で集まって、千早さんと俺が抜け出す感じで」

 

 そう伝えて返事を待つ。

 二人の距離を(うれ)う千早さんの伏し目がちなまなざしは、一層美人に感じてしまう。

 制服の袖から伸びる手首が、少しだけ冷たそうだった。

 いけない。彼女のそういうとこに()かれて友達でいるわけではないと自戒する。

 

「つまり……?」

 

 こっちから誘うのが珍しいからか、千早さんは首をかしげる。

 その角度に合わせて彼女の可愛さが不意に増していった。

 

「く、クリスマスイブの夜、一緒に遊ぼう。都合がいい場所も、俺が探してくるよ」

「──わかりました。クリスマスイブのデート、楽しみにしていますね」

 

 ぱっとおでこを輝かせて張り切る千早さん。意気込みは十分だ。

 

「で、デートじゃないだろ? あくまで素直になれない二人を、援護する口実というか」

「ふふ、そうでした」

 

 まったく千早さんはしょうがない人だな。

 ルンと上機嫌に早足になった彼女に、遅れてついていく。

 

 煮え切らないあいつらを()きつける算段は、これが初めてじゃない。

 でもやる度に千早さんと二人きりで遊ぶ回数が増えているのはどうだかな……

 まるで浮気をしている気分だ。

 

 

          ◇

 

 

 ──そんなこんなで翌週の文芸部室。

 お茶うけに加えて、千早さんにより程よくブラックサンダーが積まれていた。

 

「糖分さえあれば、頭は回ります。お煎餅(せんべい)もありますよ」

 

 部誌のノルマからも自由になった小鞠は、千早さんの手からちりめんせんべいをポリポリと食べさせられていた。

 

「ノルマなしは羨ましいな……小鞠、今からでも俺と立場を入れ替えてくれ」

「お、お前。なんで文芸部に入ったんだ……?」

「いや、執筆するのは嫌いじゃないんだ。ただ文字数という型にはまらないのも、時には必要だと思う」

「た、沢山書いた分、温水の文章、ま、マシになってきてる」

「ほんとか? 気づかないうちに進歩していたなら……いやなにその表情。俺おだてられてる?」

 

 ニヤリと小鞠に様子見の笑みで誤魔化される。

 文芸部の部室の片隅にはこいつの特設作業スペースが設けられたが、それ以外で俺たちが出来ることは少ない。

 当初の衝撃も薄れ、打ち合わせ用の原稿とにらめっこする小鞠が珍しくなくなってきた頃。

 作業用に髪を後ろでまとめていた姫宮さんからあることが伝えられる。

 

「あ、そうだ温水君。明日のボランティア、杏菜も来るって」

 

 ──きっと聞き間違いだ。ふて寝しよう。

 

 

          ◇

 

 

 ある土曜日。

 ボーイスカウトのバザーが行われる公民館で、白玉さんに呼ばれたボランティアに参加する。俺だけで乗り切るつもりだったのに、まさかあの二人が参加するとは。

 

「私は久しぶりに参加するなー。温水君は小学生の時から経験があるんだっけ」

「申し訳程度にね……」

 

 俺のこれまでの人生エピソードは、もうだいぶ彼女に(つつ)抜けだ。

 華やかに輝いているのに、姫宮さんはするりと素朴な公民館に溶け込んでいく。

 

「お手伝いに来てくれたのはいいのですが、杏菜ちゃんにこんな華やかな子まで。はわわわわ」

「白玉さんですね! いつも私の幼馴染がお世話になってます」

「いえいえ。お世話になっているのは私の方といいますか──」

 

 ぐるぐるとした目で白玉さんが何かを言っている。

 お酒を飲んでいるわけではなさそうだが、この人の話は話半分で聞くくらいが丁度いい。

 

「慈善活動に、普段の投稿とはちょっと違う優しげな一面……うん、アリだね」

 

 髪をかき上げて、ゆったりと腰かけるのは八奈見杏菜。

 高校に入って、多少は女子と話せるようになった自信を粉砕した張本人だ。

 クラスメイトではあるけど、これまでの女子へ接した経験値が通じず、最も行動が読めないタイプといっていい。

 姫宮さんの親友とだけあって文句なしの一軍女子である。

 

 うわ、こっちに来た。

 千早さんとは違い話の前置きが多いが、要するにこういうことが言いたいらしい。

 

「君の冴えない──じゃなくて。地味──でもなくて。とにかく、温水君のそういうのが華恋ちゃんに移っている気がするの。華恋ちゃんってほんとはもっとキラキラしてるんだからね」

 

 ──さっそく言葉を選ぶのを諦められてる。

 

「八奈見さん……結構俺に対して辛らつだよね」

「……君が私をぞんざいに扱うからですけど」

 

 そうかな。目には目を的なやつか。だってバカップルの惚気(のろけ)に付き合いたくはないし。

 あと姫宮さんがああなった原因みたいなものだから……

 八奈見さん次第では、姫宮さんはもっと正統派の美少女のままだったと思うんだ。

 

 正直幼馴染プレイは楽しいけど、数年後彼女の黒歴史にならないかが気がかりである。

 

「俺とのことが聞きたいなら、姫宮ちゃんに直接聞けばよくないか」

「華恋ちゃん意外と秘密主義なんだよ。だからこれは実地調査ってやつです」

 

 姫宮さんが秘密主義。そんなイメージはないけどな。

 親友といえど理解度はこちらが上かと張り合いつつ、近況を話していると白玉さんが興味深くこちらを観察していた。

 

「う、うーん? 若者の心境がわかりません……教師としてこれは深刻なのでは」

 

 眉間にしわを寄せて悩んでいる白玉さん。この人、悩む姿もあざといな。

 

 

          ◇

 

 

 今日は広場の出店の一つを回す人手が足りないらしい。他の子が飯ごうで炊いたご飯に、カレーをよそって提供してほしいとのことだ。

 布巾を頭に巻いて準備をしていると、八奈見さんがカレーをお行儀よく食べていた。

 ありふれた食べ物だけど、彼女の見た目のよさと雰囲気でいい絵になっている。

 

「八奈見さん……一応売り物だから、ほどほどにね」

「お金は払ってるよ。これからお客さんに出すんだから、味は確かめておいた方がいいでしょ」

 

 なるほど。手伝いで来ているのに意識が高いな。

 姫宮さんの方を見てみると、ちびっこスカウトたちに引っ張りだこである。あれは当分帰って来れないのでは。

 

「──具をもっと増やしてもいいんじゃないかな」

 

 ……八奈見さん、ダメ出しした? いや完食しているし、気のせいか。

 気を取り直した俺は淡々とカレーをつぎ始めて、八奈見さんに会計をしてもらう。

 開始したばかりなのに、まばらにお客さんが訪れてきていた。

 

「温水君。それお願い」

「はい。ああ八奈見さん、お釣りの予備はこっち」

「ん、ありがと」

「温水君、この子はルー少なめにして欲しいんだって」

「わかった。気をつけるよ」

 

 八奈見さんは看板娘みたいに、お客さん相手にはぴったり笑顔を合わせ出店を回してくれている。

 一時はどんな会話になるかと思ったけど、仕事がほどほどに忙しくて助かった。

 

 

          ◇

 

 

 午後の途中で店番は交代し、俺たちは班ごとに分かれてバザー内で募金活動の呼びかけをする。

 都会的な私服に、キャップひとつでアウトドア感を出している姫宮さんたちはやけに眩しかった。

 

 公民館内を歩き回っているとすれ違うが、俺が引率している班と活気も違う気がする。しばらくして広場から離れた目立たない場所で小休止をとった。

 

「つかれたー」「れたー」「アイス食べたい」「あっちにあったよ」

 

 寒いのにアイスとは。小学生ってこんな感じだったっけ。

 はたして賄賂を贈るべきなのだろうか……

 

 

          ◇

 

 

 ──バザーは滞りなく進行し、余った時間でロープ結びを練習している子供たちを見守る。

 もうふた結びくらいしか覚えていないなと考えていたら、白玉さんが声をかけてきた。

 

「……温水くん、黄昏れていますねぇ。そういう境地になるのは、まだ早いですよ」

「少し考え事をしていただけですよ」

 

 そして俺のエネルギー残量は、この程度が平常運転です。

 

「悩み事ですか。身近には居ませんが、私も温水君の担任のようなものです。よければ聞きますよ」

 

 おっとりとした声色に、自然と心のガードが緩む。悩み事か。こういうのはなくても適当に合わせるものだと学んだ。

 少しためらった後、小鞠が出版に向けて頑張っている姿にふと触れてみる。

 

「俺の周り、結構しっかりしてる人が多くて」

「そ、そうですか? えへへ……」

 

 なぜか和らげに照れる白玉さん。あなたはちょっと違うような。

 

「──それに影響されたというか。将来のこととかを考えると、逆に今の時間が惜しくなってきました」

 

 (がら)じゃなかったはずなのに、このぬるま湯のような関係が続いて欲しいと期待してしまう。

 環境や相手次第でいくらでも変わるものを、俺は欲張り過ぎていないだろうか。

 

「……戸惑っているんですね。新しい温水君の気持ちですから。恥ずかしがらず、突き放さず。上手く付き合ってあげてくださいね」

 

 そういうものなのかな。

 

 向こうで姫宮さんに何かを掲げながら、きゃいきゃいとはしゃぐ八奈見さんの姿。

 周りにいる無邪気な子供たちが、物語の始まりのように思えた。

 

「──バニラ&チョコ&ラムレーズンって感じでね、これは三つに見えるかもしれないけど、実は一個のアイスクリームなの」

「杏菜……お腹冷えちゃうよ」

「華恋ちゃん?! さすらないでいいから!」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。