マケインわーるど   作:einan

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文芸部と過ぎていく日々

      

 あれからいくつか週を繰り返していき、とある日のツワブキ高校。

 校舎の隅の冷えた空気に(くすのき)の香りが混じる頃、俺は図書室に小鞠が使っていた資料を代わりに返却しに向かっていた。

 怪しい資料はひとつもない。作品の参考になる寺社仏閣や歴史の資料──概ね健全だ。

 

「少し重たそうですね。よければ手伝います」

 

 ありがたい。そう思い意識を向けると、そこにあったのは緩くねじられて()われた小さなお団子。

 生徒会の天愛星さんが何冊かを几帳面に手に取っていた。

 

「なんですか、気の抜けたような顔をして」

「ありがとう……って、言っていいのかな」

「要注意人物ですが、あなたもツワブキの生徒であることに変わりはありませんから。必要ならば手は貸しますよ」

 

 運ぶついでに生徒会に任されていた校則改定のアンケートや、校内報の進み具合の確認をされる。さてはこちらが本題だな。

 毎度のことながら部内の不純性交友にも言及されるが、恥ずかしがりながら月之木先輩と志喜屋先輩の睦言(むつごと)を語る姿に、こっちまでなんか恥ずかしくなる。

 

「たかが一部活に拘り過ぎだと思うかもしれませんが、文芸部は部全体が乱れすぎています。生徒会として監督は続けるべきなんです」

 

 わかるぞ。目の敵にされてはいるが、文芸部の風紀にはこちらも疑問に思っている。

 先輩方の百合の絡みは目の保養にはなるのだが、せめて校外でやるべきだ。

 

「そうだよね。ちょっとしたことでも真面目に取り組むのは、天愛星さんの良いところだと思うよ」

 

 好感度が低いわけではないし、自分なりに天愛星さんに対して思っていることを伝えた。

 

「……手慣れている」

 

 天愛星さんの瞳が、むっとしたように細くなる。

 

「随分、女性への褒め言葉がすらすらと出てくるものですね」

 

 そうかな。姫宮さんとの特訓の成果が出ているのかもしれない。照れるな……

 

「な、名前呼びもそうですが、それだけで懐柔(かいじゅう)されるほど私は無知ではありません。甘く見ないでくだしゃい」

「……いま噛んだよね」

「……噛みましたね」

 

 律義に自己申告する天愛星さん。

 このなんとも言えない空気は、資料を図書館のカウンターに積み重ねるまで続いていた。

 

 

          ◇

 

 

 昼過ぎのポツポツとした賑わいが響いている、1-Dの教室。

 各々が休み時間を過ごしていくなか、俺は光希と試験勉強をしていた。

 明日は休日を一日潰した塾の模試があるんだ。貴重な休みを費やして、悪い結果だったらたまったもんじゃない。

 

 シャープペンシルを粛々(しゅくしゅく)と走らせていく。直前の勉強量は誤差に感じることもあるけど、やらないならやらないで座りが悪い。

 そして集中力が落ちてきた頃を見計らったのか、光希が話しかけてきた。

 

「突然だが、将来の明るい話でもしようか。そうだな。例えばシェアハウスとか」 

 

 先輩たちが部活を引退したことも関係して、ちょっとだけ今の時間をセンチメンタルに思ってしまったことは光希に話してある。

 その内気にならなくなることだろうに、光希は将来の話をして明るくしようとしてくれたのかな。

 

「シェアハウスか」

「将来二人で住んだら東京でも家賃を節約できるし、名案だと思わないか」

 

 こいつ、焼塩とシェアハウスをするつもりか。惚気(のろけ)を聞かされる身になって欲しい。

 しかし焼塩の一人暮らしなど、古今東西あらゆるトラブルが降りかかりそうな気がしてならないので、光希がついてるなら安心だな。

 

「そういうわけで和彦、物件の好みはあるのか?」

 

 光希はどこか弾んだ様子で眉を寄せてキメ顔をする。

 ……!? 話を聞いていなかった。これ、俺と光希の話だったのか……。

 

「地元から離れるつもりはないって。妹が寂しがるし」

「進路のことは聞いているが、将来のことを早々に決めなくともいいんじゃないか」

 

 ついさっきまで将来上京する物件について語っていたはずの光希は、眼鏡をクイと掛けなおした。

 この男の舌、二枚ある。

 

「檸檬と朝雲さんがそういう話をしていたから、俺たちがそうなるのもおかしくはないと思ってな」

 

 千早さんと焼塩のシェアハウス。

 すごくいい匂いがする家になりそうだけど、流石に幻想が過ぎるだろうか。

 

「やらないよ。うん、でも……確かに楽しそうだよね」

 

 今の交友関係を一部保ったまま、大学も、その先も。

 いつか終わりが来るとしても、出来る限り引き延ばしていく。

 ──それはとても、甘美な誘いだと思った。

 

 

          ◇

 

 

 ギギッ、と少し立て付けの悪い扉をスライドさせると、そこは放課後の理科準備室。長い棚に試験官とフラスコが隙間なく並べられている。

 待ち合わせていた彼女以外、そこには誰も居ない。薬品のかすかな残り香らしきものが鼻先をつつく。

 

「千早さん、用事は終わったかな。そろそろ部活に……」

「お疲れ様です和彦さん。うーん、もう少しなんですけど。今回はこれで試してみましょうか」

 

 ニットセーターの袖口から、白いシャツの端をふわりとのぞかせていた彼女はすぐ側で声を掛けてくる。

 聴こえてくる声色からして、また千早さんの気まぐれかな。

 

「和彦さーん。見てください」

「どうしたの千早さん」

「これ、どうですか」

 

 千早さんが戸棚を開き、そこからぱっと猫耳を取り出して装着した。

 理科準備室になんて物を隠しているんだ。素晴らしいぞ。

 

「すごく可愛いけど、ここで着ける目的を聞こうか」

「差別化です。私はデザイン思考的に物事を進めていますが、強みを活かした開拓も無視できません」

 

 頭の回転が良すぎて、千早さんの理屈が一般人の俺には理解できない時がある。

 わからないが、彼女が楽しそうなので良いんだと微笑んだ。

 

「この際、呼び方もいつもと変えてみましょうか。和彦君。和彦……カズくん? なんだかお姉さんになった気分ですね」

 

 猫耳お姉ちゃん……? 垂れ耳で小首を傾げ、(すく)い上げるように視線を寄せてくる彼女に対し、ふと暗い欲望が湧き上がってくる。

 

「千早さん」

「どうですかカズ君。似合うと──」

「にゃん、って言ってくれないかな」

 

 千早さんのこれまでの寛容さからして、これくらいは許してくれるはずだ──

 これは弟のおねだりだし。どこか(にぶ)っている気がする判断力。

 親しい友達とのじゃれ合いを兼ねて強く推していると、千早さんは表情を逡巡(しゅんじゅん)させながらも、ほのかに頬を赤らめていった。

 

「も、もう。カズ君ったら。……一度だけですよ?」

 

 ……千早さんと充実した時間を過ごした。

 

 

          ◇

 

 

 色々あったが遅ればせながら一人で部室に向かっていると、途中の廊下で見知った先輩とすれ違う。

 頼りがいのある健康的な体躯(たいく)。玉木先輩だ。

 

「温水か。なんだか久しぶりな気がするな」

「実際久しぶりですよ。たまには部室に顔を出していきませんか。小鞠、頑張ってますよ」

 

 小鞠は最近、文芸部を引退した玉木先輩との関わりが減ってきている。

 『あの二人の仲をもっと何とかしよう』と月之木先輩から秘かに指示がされているのだ。

 

「いや、やめとくよ。受験で忙しいのに、あんまりOBとして干渉するわけにもいかないし」

 

 非常にまともな発言である。OGからの干渉も防いでくれないだろうか。

 そう発言した玉木先輩は、自分の腰に手を当てて語りを続ける。

 

「それに温水。この状況は、ラノベポイントが高い」

「ポイント、ですか」

「ああ、なかなかじっくり会えない時間が愛を育むんだ。『迷宮と鍵と冥土さん』でもそんな展開はあった」

「あの四巻の学園逃亡シーンですね。だけど美柚(みゆ)ちゃんは活発系お嬢様っ娘で小鞠とはちょっと違うような」

「温水、そこから先は戦争が始まってしまうぞ」

 

 そうだった。美柚ちゃんの解釈は個人差が出やすいのだ。

 ヒラヒラと肩から上を仰ぎながら、玉木先輩は話を続ける。

 

「冗談は置いといて、受験生の身でフラフラしてたら小鞠ちゃんも集中できないだろ。彼女が安心して執筆できるように余裕をもつのも、彼氏の務めってやつだ」

 

 玉木先輩は名古屋の大学を受ける予定で志望校と学部も決まっている。

 先輩の志望校は成績や模試の判定からしてかなり余裕があるようなのに、受験勉強に励んでいるのはそういうことだったのか。

 

 せめて部内での近況くらいはと小鞠についての会話をしていたけど、玉木先輩はつい口が滑ったように思いを吐露(とろ)した。

 

「──それに書籍化には、少し複雑な感情もあるし」

 

 ……高校三年間、先輩は少なくない時間を小説活動に割いていたらしいけど。

 趣味と割り切っている印象だった。

 

「おっと温水、これは絶対内緒にしててくれ。信頼してるぞ」

 

 玉木先輩による年上と身長差を活かした壁ドン。一部の女子が歓喜してしまいます。

 

 だけど小鞠と同じ学校にいられるのは、もうあと何ヶ月しかないのに。 

 当人同士で納得がいってる関係に、口を出すのは野暮なのかな。

 静かな迷いを抱えたまま俺は、玉木先輩がその同級生であろう男女の集まりに混ざっていくのを見送ることになる。

 

 

          ◇

 

 

 閑散(かんさん)とした文芸部室まで、かすかにすり抜けるように吹奏楽部の演奏が届いてきている。

 そんな中、俺は部室で小鞠と姫宮さんと机を並べていた。

 

「出版社の人とオンラインで顔合わせをするのは、十二月十一日だ。打ち合わせもあるだろうし、それまでにできる限り練習をするぞ」

「うん、私たちが編集者役ってことだよね。たーっぷり練習しよ、知花ちゃん」

「わ、私、お前たちに、予定話してない」

「ああ、小鞠は何も話していない。ただ俺たちがなんとなく事情を知っているだけで」

「ど、どうせ、朝雲から聞いただけだろ。あいつ、ちょくちょく情報の出どころ、あ、怪しいぞ。ほ、法律に、ふれてる」

 

 なんてことを言うんだ。女の子ならいつのまにか身近な人物の情報は知ってて当然だろう。

 小鞠にそういう女子力はまだ早いのかと考えながら、台本に合わせて進行できるようにぱらぱらと(ページ)を確認した。

 想定される質問を暗記しつつ、執筆活動や要望をわかりやすく伝えるパターンを増やすことを重視した形のようだ。

 

 あとで見返せるように機材で録画の準備をする。

 この機材、俺たちの方も録画しているけど小鞠だけでいいのではないだろうか。

 ……構わなくてもいいかと、早速練習を始めた。

 

 最初は姫宮さんが役をやるようで、クラシックの(げん)が細く響くように切り替わるbgm。普段とは違う雰囲気を出しているのに全然演技に見えない。

 

「──今回、事前にお伝えしていた通りタイトルを変更したいと考えているのですが、久遠うさぎ先生からご希望はありますか?」

「あ、あの、それは……」

「──なければ、こちらで決めたタイトル候補がいくつかありますので、そちらに」

「えっと、あ、あります。い、今、出します」

 

 多少は慣れている俺たち相手でも、(かしこ)まった形式だとまた違うようで。

 なかなか用意した文章通りとはいかないみたいだ。

 

 小説家って気難しい人が多そうだし、編集者の人が上手く対応できないかな……

 千早さんが衣装の一環として用意していたメガネを、光希の真似でくいっと上げる。

 小鞠の受け答えは多少は改善したけど一朝一夕で万全とはいかず。

 

 次回へ向けて姫宮さんと小鞠は満足げな意気込みだった。

 彼女たちとのハイタッチに参加しつつも、部活を終えた俺はいつも通り──帰宅して佳樹と一緒にすやすやと寝た。

 

 

          ◇

 

 

 

 人は眠っている時に過去(かこ)(むかし)の記憶の整理をしているというけど、はっきりと実感するのは久しぶりである。

 これは──ツワブキの合格者向け入学説明会の記憶だ。

 

 志望校や入試結果を聞くほどの知り合いはいなかったので、現地ではじめて同じ学校に通うことがわかった人もいて。

 綾野は同級生でツワブキに通う生徒が物珍しかったのか、塾で会う時よりも多めに話しかけてきた。

 

 行事のパンフレットが詰まった鞄を片手に帰ろうとしていると、外の渡り廊下でフラついている生徒とぶつかる。 

 

「あ、すみません。邪魔だったかな」

「いえ、私としたことが迂闊(うかつ)でした」

 

 さっと床でスカートを整えた子は確か──朝雲さん、だっけ。

 通っていた塾でトップクラスの成績で、高嶺の花といっていい優等生だ。噂だけは聞いたことがあったけど、この人もツワブキに通うのか。

 

「温水さん……ですね」

「俺のこと知ってたんだ」

「私、一度見た方は早々忘れませんから。ぶつかってしまいすみません」

 

 汚れを払って、朝雲さんは(やわ)らげに受け答えをする。

 知られていたことを驚く間もなく、朝雲さんは突拍子もないことを言いだした。

 

「温水さん。入学説明会で、友達は出来ましたか?」

 

 いきなり友達の有無(うむ)を聞いてきたぞ。失礼だなこの人……できてはいないけど。

 佳樹に色よい報告はしておきたかったから、気まずさを覚えつつ答える。

 

「そんな急にできるものでもないんじゃないかな。同じクラスになった人とかと自然に……」

「SNSなどで入学前から友達を作るのは、いまどき珍しくありませんよ。クラスに入ったら、既に自分以外の大半が顔見知りなんてことも──そこに入り込んでいけるのは、一部のコミュニケーション能力が(ひい)でた方のみです」

 

 残酷な真実を告げるような口ぶりで話を続ける朝雲さん。

 俺、高校生になってもぼっちなのか。

 SNSとかよくわからないし、それなら仕方ないよな……。

 佳樹に対しての言い訳ができて安心していると、朝雲さんはぺこりと頭を下げる。

 

「ごめんなさい、偉そうなことをいってしまいましたが、私もそのようなツールには疎いんです」

「つまり朝雲さんはコミュ力でやっていける側ってことかな」

「違いますよ。……だから不安なんです。温水さんが、私の高校での初めてのお友達になってくれたら嬉しいです」

 

 建前を装っているように見えて、彼女はどこかぎこちなかった。

 つまりこれはあれだな。彼女が塾では一人だった俺を憐れんで、親切で声をかけてくれた……そんなところだろう。

 釈然としないけど、目の前の朝雲さんは何故か届かないものに向けて背伸びをしているみたいで──

 

 ──諦めているのに、諦めていないみたいだ。

 (さくら)()う通路の下、やけに印象に残る。

 

「そういうことなら。よろしく朝雲さん」

「はい。ではこれで……契約締結(ていけつ)ということで」

 

 深く考えずに手をとったら、理知的な輝きが彼女の(ひたい)にやどった。

 契約って話しただけで成立するものなんだ。心当たりは特にないのに。

 

「あ、朝雲さん? 契約って」

「温水さん。あなたが困っている時は、私が助けてあげます。その代わり私が困っている時は、あなたが助けてくださいね」

 

 がっしりと手を握り、思惑を含んだ笑みを浮かべる朝雲さん。友達ってそういうものだっけ……

 しかし過程はともかく、幸先のいいスタートが切れたことは間違いないはずだ。

 

 

 そう小さく安堵していた、ツワブキ入学前の春。

 

 

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