マケインわーるど   作:einan

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朝雲千早(あさぐもちはや)と三度目の平静

 

 それからは騒々(そうぞう)しい毎日だった。トントン拍子に朝雲さん、綾野、焼塩の三人が通っていた塾のクラスに通うことになり。放課後は一気に忙しくなった。

 二人で行った時期外れの部活見学には玉木部長、月之木先輩、志喜屋さん、小鞠がいて。勢いに押されるまま歓迎された。

 

 雑多な毎日にも慣れてきた頃合いに。昼休みの非常階段に、姫宮さんが現れて……

 そしてすぐ別の世界に入れ替わりで飛ばされたんだよな──

 

 

          ◇

 

 

〈八奈見杏菜との場合〉

 

 

 アスファルトの照り返しがやけに強く、白く(かす)んだ空の下。

 ──道端でポロポロと泣きながら、自分の手作りらしき弁当を(ほお)()っているクラスメイトの姿を、俺は見なかったフリでやり過ごすべきだった。

 ゆるふわの髪をへこませながら話す、八奈見さんのぼやきは止まらない。

 

「あのね(きみ)。こっちの私は、まあ負けたんだろうね。人生そういうこともあるよ」

 

 その勝ちもまぐれ勝ちなのではないかと、ここ数日で薄々感じたのは早計(そうけい)だろうか。

 八奈見さんは悔しそうに涙声を震わせた。

 

「負けた私が距離を取るのはもちろんわかるよぉ?。でもこの私は……勝ってるから。勝った私が引き下がる道理は、ないよね」

 

 その心意気はどうなんだろう──

 確かなのは、涙も引っ込む押しの強さが彼女にはあるということだ。

 

「隙あらば邪魔してやるんだよ。何度だってね」

「そっか。解説してくれてありがとう。じゃあ、そろそろ帰っても大丈夫かな……?」

 

 姫宮さんが幸せにしているのを祝福する心は、現実を見ると棚に上げてしまったようで。

 まるで一昔前のテンプレヒロインみたいな行動に、俺はなぜか感動していた。

 

 

          ◇

 

 

 昼休みの校舎裏は、風もなくひっそりとしている。自販機が固い音を立てた。

 

「あーあーあー。温水君、もう私、恋人がやるフルコースを見せつけられてます。しかも食べられません」

「それはそうだろ。八奈見さん、休んだ方がいいよ」

「シロツメクサの指輪、はめてくれてたんだよね。あの約束があったから、草介は私を選んでくれたんじゃなかったのかな……私の将来の夢……」

「八奈見さんの将来の夢って」

「……お嫁さん」

 

 おっと、存外家庭的である。八奈見さんはがっくりと(うな)()れた。

 袴田と姫宮さんはこの後下校してボウリングデートに向かうらしい。

 八奈見さんはあまりの敗北感に泣き切った後、妙にさっぱり満ち足りた様子だが妨害は続けるようだ。

 学校と違って誰かと遊んでいる口実は必要とのことなので、また()り出されるのかな。

 

「温水君。君も一応だけど、男子なんだよ。私はこっちでも男の影がない清い身でいたいんです。誰か心当たりないかな」

 

 ……め、面倒な。更に誰か連れて来いということか。

 

「わかった。別の人が居ればいいのかな。光希を呼ぶよ」

「……女子も呼んで?」

 

 八奈見さんはむすっと不機嫌になりつつ、注文が多い。

 状況的に八奈見さんとも姫宮さんとも関りがない女子……? 図書委員のあの娘でいっか。たまに話すけど、断らなくて流されてくれそうだったし。

 

 しかし付き合っている場面をわざわざ見に行くなんて、高度な自爆ではないだろうか。メンタルに優しくないぞ──

 

 

          ◇

 

 

〈焼塩檸檬との場合〉

 

 

「ぬっくんは夢でもあんまり変わらないなー」

 

 二度目の入れ替わり世界。

 焼塩は現実感がない現象に行動が大胆になっているのか、俺の耳をひたすらに伸ばしていた。

 

「違うんだ焼塩。これは別の世界線というやつで」

「別の世界線……?」

 

 細かい説明がいらない程度に信用してもらえてるのか、焼塩は(すみ)やかに事情を()み込んでくれた。

 

「付き合ってる人が違う世界、か。まぁチハちゃん美人だもんね。光希とそうなっても私は納得するよ」

 

 口ではそう言っているが、表情からして()ねているのがわかりやすいな……。

 

「光希が彼氏じゃないんだよね。他に私が変わっているところはある?」

「こっちでも焼塩が元気で、明るいのは変わらないんだけど……ああそういえば、部活には入ってた。文芸部と陸上部」

 

 陸上はともかく、焼塩が書く文章はあんまり想像できないな。

 焼塩は少し考え込むようにアンニュイな空気をまとっていた。

 

「……行った方が、いいのかな」

「特に抵抗(ていこう)がないなら、行った方がいいと思う。いきなり休んでも心配かけるだろうし。昔は陸上部だったんならそっちの勝手はわかるんじゃないか」

 

 焼塩が元陸上部なのはあえて触れなかったけど、わざわざ避けることでもなかった。

 俺が知っている焼塩は、塾で光希と並んで机に向かっている姿くらいで、部活動なんて正直ピンとこない。

 

「ぬっくんも来ようよ」

「……女子陸上部なんだろ。無茶は言わないでくれ」

「私のマネージャーとか言えば、なんとかなるでしょ!」

 

 逃げ道を(ふさ)ぐように、焼塩が上目遣いで見上げてくる。

 (だま)されないぞ。彼氏にもこうやっておねだりをしているんだ。俺は光希じゃないので、通ると思ったら大間違い──

 

 しかし朝の通学路で制服姿で言い合っている俺たち。周囲の目を感じる。

 

「……顧問の人が良いっていったらね」

 

 着地点としては妥当なところだろう。

 だいたい女子だけの部活にそんな許可が出るわけないよな。

 

 

          ◇

 

 

「温水君、ハードルの片づけもお願い。その次はドリンク補充ね。わからなかったら私に聞いていいから」

 

 ──この場にいるのを許された俺は、明らかに場違いのまま無心で言われた通り動いていた。

 先輩らしき人たちは、見ているだけでわかるほど全員ストイックで。

 あちこちで飛び()う掛け声。そして、不届き者の監視とかだろうか。顧問の人がボードにカリカリとペンを走らせるたび、気が気じゃない。

 その日は肉体労働の連続で、焼塩の様子を伺う間もなく疲労困憊(こんぱい)だった。

 

「相変わらずだね。ぬっくんも、偶にはそれくらい動いた方がいいよ」

 

 連れてきた張本人は、悪びれる様子もなくそう言う。

 照明が落ちかけたグラウンドで、練習が終わっても部活仲間と話をしていた焼塩の声はどこか懐かしそうだ。

 

「ぬっくんは私が引退した理由、知ってたっけ」

「光希……いや、綾野か。綾野と一緒に居たいから、部活を辞めたんじゃないのか」

「うん、それもあるから部分点だね。ちょっと当たってて……」

 

 焼塩は体を冷やさないよう羽織(はお)ったジャージの袖を、行き場を失ったみたいに掴んだ。

 

「ちょっとだけ、外れ」

 

 

          ◇

 

 

 そんな感じで、まあ色々とあったよな……。

 二度あることは三度あるとはいえ、また早々来ることはないだろう。

 新入部員の勧誘準備や、小鞠の書籍化が落ち着くまでは控えて欲しいところだ。

 ──そう思っていた俺を嘲笑(あざわら)うかのように、あの摩訶不思議な感覚は眠っていた俺に再び訪れてしまった。

 

 

          ◇

 

 

 春先の鳥の声が遠くから聞こえてくる中、寝起きの俺はまだ頭が朦朧(もうろう)としている。

 ……これ、次の相手は誰なんだろう。

 入れ替わる相手は、観測している限り俺ともう一人いるんだ。

 

 佳樹をはじめとしていくつか候補をあげていると、タイミングよく鳴ったモーニングコール。

 番号が映る手慣れた相手に、驚愕(きょうがく)よりも安心感が勝る。

 

「ヒトマルニーニーマル。和彦さん、ミッションの調子はどうですか」

「……順調そのものかな」

 

 透明感のある親しげな声を確認して、俺は手短に通話を切った。心に余裕をもって起き上がり朝の準備を整える。

 ふう。今回はきっと余裕だな──。

 

 

          ◇

 

 

 ファミレスで、待ち合わせをしていた千早さんと向かい合う。

 店内には開店直後特有の人入(ひとい)りがあり、注文を取る店員さんの声が控えめに重なっていた。

 

「そういうことで。今回入れ替わる相手は私だったみたいですね」

「千早さんで良かったよ。全部把握してるし、頼もしい」

 

 スープとサラダバーを一通り確保してから、彼女と席に戻った。

 

「以前のこちらの世界での立ち回りに(なら)って、バラさず波風立てないようにしましょうか。そういうわけでお願いしますね──温水さん」

「いや千早さんから名前で呼ばれないの、普通に寂しいんだけど」

「……それくらい我慢してください」

 

 ちらりとそっぽを向く千早さん。仕方ない。彼女の呼び方に合わせていこう。

 

「しかし、時間軸も違うのは本当なんですね。こちらではもう四月に入ろうとしています」

 

 千早さんはツウと少し考え込むような表情を浮かべた。

 確かに、気温差で季節がずれているのはなんとなくわかる。

 

「検証したいことが山ほどあるんだよね。朝雲さんは遠慮しなくていいよ」

 

 これまで知ってはいれど、実際に体験するのは初めての状況。

 彼女の好奇心が刺激されないはずがない。俺は腕を組んで、意味ありげに一拍置いて続ける。

 

「俺も少しばかり、やることがあってね」

 

 前例がある以上、戻れるかの心配はしていない。この世界でしか出来ないことが俺にもあるんだ。

 千早さんは(あき)れたように、テーブルに肘をついたまま目を細めた。

 

「温水さん、新刊を読みすぎては後が辛くなるだけですよー」

 

 だって続きが気になるし……せめて一番盛り上がっている刊だけでも読みたい。

 そういえば小鞠のために、こっちの小鞠の小説も目を通しておきたいな。

 内容とかがきっかけで、小鞠の役に立つかもしれないし。

 

 

          ◇

 

 

 いくら未来の新刊に夢中になろうと、学校や部活をサボるわけにはいかない。

 放課後に、内装を見渡しながら俺は文芸部室で短編を執筆(しっぴつ)していた。

 そういえばこちらでは下っ端の一部員ではなく、部長なんだよな。

 

 ──湯呑(ゆのみ)の中身が減っていたから、部員全員分のお茶を淹れ直して来た。

 ……やってることがあんまり変わっていないのは気のせいだ。

 

「……ほほぅ」

 

 久しぶりに会うが、俺を一瞥(いちべつ)して八奈見さんは一言呟く。

 

「女だね」

 

 くるりと(くし)を回しながら、口元に砂糖とあんこの粒をつけている彼女は断定形で言い切った。

 

「今日の温水君は軽く余裕があるじゃん? 男の子の雰囲気が変わるのは、よその女を意識した時って相場が決まってるんだよ」

「根拠が雑過ぎないかな」

 

 八奈見さんは答えず、串先で机を軽く叩いた。

 

「いい感じになったなって思ってた男の子。それが他の女子を意識してカッコよくなってたことが分かった瞬間ね。ふっと目の前が(むな)しくなるんだよね」

 

 ……そうか。貴重な体験談ありがとう。

 

「気のせいじゃないかな。八奈見さん、俺女の子の友達って少ないし」

 

 八奈見さんは小鞠を引き寄せて、こちらに聞こえる声量でこそこそ話をしている。

 どうやら小鞠を味方につけたらしい。

 

「……見て見て小鞠ちゃん。あれが外に女をつくり始めた男の言い訳だよ。こういう男に引っかかったら苦労するからね」

「お、(おう)(じょう)しろ」

 

 椅子越しに(かしま)しい青と赤。距離をじりじりと詰められている。

 しかし俺の雰囲気が変わったのは確かなわけなので。実は八奈見さんは鋭いのでは──?

 

「さあ白状していいよ温水君、一体どんな気の迷いを──」

 

 意外なピンチに、狙い()ましたかの如く部室の扉を半開きに開けて千早さんが足を踏み入れた。

 八奈見さんと小鞠に詰められている俺の姿に、千早さんも困惑(こんわく)しているのか視線を漂わせている。

 

「え、えーっとぉ」

 

 千早さんは躊躇(ためら)いながら小首を傾げた。

 光で照らされる眉の動きや唇の形の仕草は、無意識のうちに整っていて凛々しい。

 

「温水さんを、迎えにきちゃいました……?」

「朝雲さん。わざわざ来てくれてありがとう。別に俺たち、そんなに親しくないのにね」

 

 俺は千早さんと絶妙な距離感を演じて、皆の前から離脱することに成功した。

 後ろから背中に突き刺されるような気配は感じるが、人の(かん)()りなど七十五日である──

 

 

「や、八奈見。あれ、女か」

「ちょーっとシャレにならない可能性が出てきたね……小鞠ちゃん、一旦ステイで」

 

 

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