マケインわーるど   作:einan

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白玉(しらたま)リコと不発弾

 

「それで、光希さんと檸檬さんったらおかしいんですよ。妙に波長が合っているのは変わらないんです」

「因果関係以外は、ほとんど一緒なのは確かだよね」

 

 定番の情報交換を通学路でしていると、千早さんはふと立ち止まった。

 

「こちらの世界での私は、やっぱり全部手に入れているんですね」

「……そうだね。全部だ」

「温水さん。私は自分で言うのもなんですけど、光希さんとのこと振り切れてたと思ってたんですよ」

 

 この世界の朝雲さんは、彼氏と親友。どちらも両取りしたと言っていいだろう。

 ──だからといって、千早さんがこれから先何かを望むことを辞めないで欲しい。これが懸命に打ち込む彼女に励まされた、俺の一方的な我儘(わがまま)だったとしても。

 

「温水さんと関わって、普通の良識を身に着けて……そういう感情を理解してきたつもりでした」

 

 千早さんは、まるで郷愁(きょうしゅう)に浸るような表情で声を転がした。

 

「この体験をするのが、今の私で良かったとは感じます。それでもなかなか──くるものがありますね」

「千早さん。無理はしないで、いっそ俺が代わりに……」

「まあ、光希さんにいつもより遠慮せず檸檬さんを独占できるのは悪くありませんが」

「……そっち?」

 

 先輩方に実例がある分、百合の可能性が頭をよぎる。

 俺は千早さんの友達で、自分で言うのもなんだが濃い付き合い……のはずだ。しかし、親しくなればなるほど、彼女の芯に踏み込むのを躊躇(ためら)ってしまうことがある。

 (たくま)しく振舞うのも、物思いにふけるのも。その資格があるのは、結局本人だけなのだろうか。

 

 

          ◇

 

 

 翌日の昼休み。

 学校に持ち込んでしまったラノベを机の中から取り出していると、同じクラスの八奈見さんが、すちゃっと空いていた俺の席の後ろで仁王(におう)()ちをしていた。

 

「温水君。ちょっと今、朝雲さんに連絡してみてよ。ここで」

「うん? わかったよ」

 

 スマホを手に取り、ピン止めしていた千早さんとのチャットを開いた。

 それを八奈見さんは覗いてくるが、LINEのトーク画面には簡易的なやりとりと、2:47:10という音声通話の履歴(りれき)だけ。

 うん。何も不都合なことは書いていないな。

 

 そう思い確かめた八奈見さんの目は……黒く。そう、とても黒かった。シーンとした教室に、爽やかな圧力だけが俺の肩にのしかかっている。

 姫宮さんはハラハラと心配そうに俺と八奈見さんを交互に見ていて、今にも仲裁(ちゅうさい)に入りそうだ。

 なにこのプレッシャー。

 

 

          ◇

 

 

 ……放課後の部活は、今日はないみたいだ。

 普段より空いた時間に浮足立っていると、駅前ですれ違う白い髪。

 なじみ深い髪色なのに、酒の匂いなんてかけらも(ただよ)ってこない清楚な佇まいは──

 

「そうだ、リコちゃんだ」

 

 思い出した瞬間ぱっと声に出る。

 以前酔った白玉みのりさんが、自慢げに写真を見せて来ただけだが、その(はかな)げな雰囲気と甘え上手そうな外見は頭に入っている。

 もちろん佳樹が生来持つ魅力には敵わないが、この子も十二分に妹力は高い。

 確かツワブキ志望ってことだったけど、うまくいっていればもうすぐ新一年生ってことになるのかな。

 

「ツワブキの先輩……ですよね。どうしてあなたが、私のことを知っているんですか?」

 

 意外と迂闊(うかつ)だったか、明らかに距離を取られている冷たい目線。

 こっちの世界でも白玉みのりさんとは以前から知り合いだろうし、辻褄を合わせていこう。

 

「君のお姉さんとはたまたま話す機会があったんだ」

「へー……」

 

 不審者を見る目つきで、白玉リコちゃんは小首をかしげるように傾いた。可愛い。

 

「ご飯を食べることもあって、その時に写真を見せてもらったというか」

「ふーん……」

 

 少し納得したのか、リコちゃんは()り子のように逆方向へ傾いた。可愛い。

 

「別に用がある訳じゃないんだ。じゃあね」

「……待ってください。あなたのお名前、聞いてもいいですか。不審な人に一方的に知られているのは、少し不安です」

 

 早々に立ち去りかけたところを、彼女に呼び止められる。

 

「いや、不審者じゃないんだ。思わず声に出ただけで──」

「じゃあ不審者先輩、身分(みぶん)証明書(しょうめいしょ)はありますか。学生証とか、パスポートとか」

「えっと……はい。パスポートは家に帰ればあるよ。中学生の時、海外旅行に行ったのがあって」

 

 俺はそそくさと学生証を差し出した。

 パスポートは市役所に母さんたちと行って、結局駅前の旅券センターで発行してもらったのを覚えている。

 

 (いさぎよ)い俺の行動と説明に疑いは晴れたのか、リコちゃんは素敵な笑みで生徒手帳を返してくれた。

 豊橋駅前の改札近くで、華奢(きゃしゃ)な彼女に両手を握られる……。

 

「温水先輩、ありがとうございます」

 

 

          ◇

 

 

 ──そして一足早く高校二年生になった俺は、こちらの文芸部の新勧シーズンに突入していた。

 新入生オリエンテーションの部活紹介は交通事故のような有様だったので、新入部員の見学人数に期待できるかは怪しい。

 しかし、希望を捨ててはいけないのだ。

 

 見学会初日、責任のある立場にソワソワしていると、部室の扉がコンコンとノックされる。

 

「お邪魔していいでしょうか。白玉リコ、新一年生。入部希望です」

 

 これは……有望そうな新入部員だ。

 いきなりの入部希望に、小鞠が紙の王冠をもって立ち上がり、八奈見さんと共に喜んだ。

 

 

          ◇

 

 

 焦ってミスマッチがあってはいけない。形式的に入部動機を聞いてみる。

 

「人の(えん)……ですかね。温水先輩と会った瞬間にこれだ、と思いました。ツワブキでは部長さんだったこともすぐに知ったんです。人を()き付ける不思議な方ですね」

「いやぁ、それほどでもないから」

 

 こちらが彼女に話しかけてるのに、逆に接待トークをされてる気分だ。

 質問項目と回答が、最初から決まっているタイプのやつ。

 

「私は小説を書いた経験はありません。でも部長さんと会っていい機会だと思って、()()()()()してみたくなりました」

「その気持ちは勿論歓迎するよ。うちは(せき)さえ置いてくれれば自由なペースで活動してくれていいから」

「こ、これ……い、今まで、皆で書いた部誌」

 

 逃してはなるまいと、小鞠と八奈見さんも余所(よそ)いきの振る舞いだ。

 リコちゃん──改め、正式に後輩となった白玉さんは、無事入部届を提出し、見学のお土産として亀最中を抱えて退出していった。

 快く彼女を見送っていると、ロッカーからミシリと強めの音が鳴る。

 

「温水君。抜け駆けは禁止なんだけど。意味はわかってるよね」

「ああ、うん。わかってるよ」

 

 当然初耳である。この世界の八奈見さんと俺、ほんとにどういう関係なんだ。

 八奈見さんは口元だけ笑って、ふぅとため息をついた。

 

「私のニュアンスが伝わってなかったかな……。まあ私も満足サイズって書いてた商品のニュアンスを読み違えたことがあるから、気持ちはわかるよ」

 

 満足サイズ……? 八奈見さんのニュアンスとやらはともかく、結果を見れば新入生を一人確保できたんだ。

 もっと()めたたえてもいいんだぞ。部長業ってこんなに厳しいんだっけ。

 

「温水君。白玉ちゃんはいい子だったけど、うまい話には裏があるんだからね。油断してるとうちのお父さんみたいにパクリといかれちゃうよ」

「白玉さんは部活動に興味を持ってきてくれたんだし、そんな邪険にしなくても」

 

 だけど特殊な状況で新しい人間関係を作り過ぎるのもよくないよな。

 深入りするのは控えよう──

 

 

          ◇

 

 

 ……その約一月後。成田空港発、エア タヒチ ヌイの直行(ちょっこう)便(びん)

 俺は飛行機に乗っていた。搭乗チェックは終わり、あとは出発を待つだけだ。

 低いエンジン音の振動が伝わってきている窓際(まどぎわ)の席で、背もたれに身を預けていると、何やら隣人の気配がした。

 これからの快適な空の旅のためにも、静かで素敵な同乗者を求めたいところだが──

 

「な……」

 

 ……まさかの知人の顔だ。

 

「何やってるんですかぁ!!」

 

 ブンブンと腕を振って、若干興奮気味な千早さんに、俺はいきなり頭をペシリとはたかれた。

 彼女がこういう風に取り乱すなんて珍しい。ガチャガチャと()()げカバンから、電源コードらしきものがはみ出している。

 

「和彦さん。必要なのは報告と、連絡と」

「……相談です」

 

 ──だから昨日の寝る前に、千早さんにLINEを送ったじゃないか。

 『明日からタヒチに行くからその日の予定は参加できないや』って。

 

 

          ◇

 

 

 離陸前の多言語なアナウンスが耳の奥を通り過ぎる。

 よほど焦って()たのか、彼女の髪は(ひと)(ふさ)だけ外側にぴょこんと跳ねていた。

 ゼリー飲料を飲みながら、千早さんは落ち着きなく視線を(めぐ)らせる。

 

「和彦さんは呑気すぎます! もっと危機感をもってください。海外ですよ、海外。何が起きるかもよく確かめず、安易に渡航をするのはいけません」

「千早さん、名字で呼ばないと」

「はぁ……色々と吹っ飛びました」

 

 それで心配で着いてきてくれたのかな。

 ……でも、友達とはいえそこまで面倒を見られなくて構わないことを伝える。

 

「知り合いの先生の結婚式に招待されただけだって。朝雲さんを呼ぶほどの事じゃないだろ? 両親も、お世話になった人なら行ってきなさいって送り出してくれたから」

 

 お世話になったかは非常に怪しいが、白玉みのりさんを祝福しに行きたい気持ちはある。

 千早さんは、俺の話を聞いて(いぶか)しげに唇を湿らせた。

 

「結婚式を海外でですか。温水さん、一つ質問します。この飛行機のチケットは貰ったんですか?」

「ああ。白玉リコちゃんの友達の分がキャンセルになったから、代わりに誘われたんだ」

「……妹の友達を含めた、全員分を招待する旅費なんてあるわけないじゃないですか。この招待、明らかに不自然ですよ」

 

 言われてみればそうなのか……?

 飛行機のシートベルトをかっちりとはめた千早さんは、おでこに人差し指をあてながら考えている。

 

「あまりにも急すぎたので、今回はあまり下調べができていません。杞憂(きゆう)ならいいのですけれど」

 

 ……滞在するホテルのことなら知ってるぞ。雰囲気があってよさそうな所なんだ。

 浮かれていると思われたせいか、俺は無邪気な白い目で彼女に見つめられているけど。こういうのも悪くはない。

 

 しかし千早さん、よく予定を合わせられたよな……

 そうして俺たちはお揃いのアイマスクを付けて、少しばかり窮屈(きゅうくつ)なエコノミークラスの機体で寄り添って夜を過ごす。

 

 接触する長い綺麗な髪のことは、もちろん意識から外れて

 ……

 ………くれなかった。

 

 

          ◇

 

 

 ──果てしないフライトが明け、空港のゲートに到着する。

 千早さんとは入国審査の時に離れてしまったので、保安検査場で受け取った荷物を携え先に外に出た。

 すぐに追いかけるって言ってたけど、なんではぐれて別々になったんだろう。

 案内表示に混乱しながらも、ゲートの向こう側でプラカードを胸の高さに掲げている白玉さんを見つける。

 

「待っていましたよ……部長さん。来てくれて、私とても嬉しいです」

 

 純粋で守ってあげたくなるような、別の世界とはいえ初めて出来た後輩。

 異国の(よそお)いに身を包み、ティアレの花輪(レイ)を首にかけた彼女に──俺はじっとりと、絡みとられるように迎え入れられた。

 

 

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