マケインわーるど   作:einan

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志喜屋(しきや)夢子(ゆめこ)とクラスマッチ

 

 三月の上旬(じょうじゅん)(ほど)よい気温と日差しが降り注ぐ中、我らがツワブキ高校ではクラスマッチが開催されていた。

 ソフトボール、サッカー、バスケットボールなど──様々な球技がクラス対抗ゲームとして、ツワブキのグラウンドや体育館で行われている。

 

 俺が出場する種目はソフトバレーボールだ。必ずどれか一つの種目を選んで出場しなければいけない決まりなのである。

 この義務運動システム……廃止(はいし)にならないかな。運動部メンバーだけの大会とかにした方が盛り上がるんじゃないか……?

 

「考えても仕方がないか」

 

 試合開始の時刻まではまだ時間がある。今のうちに各階の水道水のコンディションを確認しておこう。クラスマッチの開催日は全生徒が運動する関係上、水の消費量がかなり増える。

 その影響は言うまでもないが──それに加えて混雑(こんざつ)による、新たな水飲み場スポットの生成といった要素も考慮(こうりょ)しなければならない。理想の蛇口(じゃぐち)は、環境によって大いに左右(さゆう)されるのだ。

 

「ん……」

 

 そんなことを考えていると、1人足をダランと伸ばして、()べたに座っている志喜屋(しきや)先輩を見かけた。向こうもこっちに気づいたのか軽く手を振っているので、同じように振り返す。

 

 志喜屋(しきや)夢子(ゆめこ)。派手な見た目の(しかばね)系ギャルで、彼女の生態はおそらく変温動物のそれに近い。あれはまた日光浴をしてエネルギーを充填(じゅうてん)しているんだろうな……

 

 挨拶(あいさつ)も終わったので本来の目的である水道水を味わっていると、背後に人の気配。志喜屋さんがノッソリとこちらに近づいてきた。

 

「水……飲んでる……の……?」

「は、はい」

「クラスマッチ……準備……万端」

「水分補給(ほきゅう)は大事ですからね。先輩も気をつけてください」

 

 この人はただでさえ色々とひ(よわ)だからな……心配になる。

 

「クラスマッチ……君は……何に出るの……?」

「ソフトバレーですね。先輩は何に出るんですか?」

「私も……同じ……」

 

 へえ、志喜屋さんもソフトバレーなのか。ということは一応ライバルチームということになるな。

 一旦会話が途切(とぎ)れて、お互い棒立ちの状態で少しの間見つめ合う。学年が違う先輩の体操着姿を見ることはあまりないので、ちょっとドキドキしてしまう。

 

「応援……行く……試合……いつ始まる……?」

 

 ……? クラスマッチは最初、同じ学年同士で試合が行われる。志喜屋さんは同じ競技のよしみで、その試合を応援してくれるということだろうか。その気持ちはありがたいのだが──

 

「いや、先輩にそこまでしていただくほどじゃ……嬉しいんですけど、今回は遠慮(えんりょ)しておきます」

「……嬉しい……のに……なぜ……?」

「──ウチのクラスはその、部員の人数比的に他の競技に力を入れていて……運動ができる人は(ほとん)どそっちに集まっているので、ソフトバレーのチームはなんというか、そこまで強いわけじゃなくて……俺も他のメンバーのやる気も微妙で」

「……」

「勝ち目はかなり薄いですし、見ててあまり面白いものでもないと思います。そんな試合をわざわざ応援してもらうのは……」

 

 流石に申し訳ない。あとこの人に──試合に負けるところを、なんとなく見られたくない。そんな言い訳をしていると、志喜屋さんはズイっと一歩、距離を縮めてきた。俺の心臓に悪いので勘弁してほしい。

 

「関係……ない」

「え?」

「それは……関係……ないよ……?」

 

 生徒会メンバーの前で、学校行事に積極的じゃない発言はマズかったか──?

 相変わらず志喜屋さんは無表情だが……(まと)っているオーラが少し変わっている気がする。俺はそれに気圧(けお)されて、思わず後ずさる。

 

「応援……行くね」

「へ? ──わ、わかりました」

「何時……?」

「じゅ、十時三十分頃です」

把握(はあく)した……」

 

 結局時間を教えてしまった。──志喜屋さんの腕の振り方とか重心(じゅうしん)の雰囲気的に、怒っているわけではなさそうだが……

 

「私の……試合は……十時くらいから……よろしく」

 

 これは交換条件として、先輩のチームも応援しろということだろうか。志喜屋さんはそう言ったっきり、フラフラと東の方を彷徨(さまよ)ったかと思うと、曲がり角の向こうへ消えていった──

 

 

          ◇

 

 

 既に十時を経過し、体育館で火蓋(ひぶた)が切られているクラスマッチソフトバレー第四試合。

 現在のスコアは11-14で、志喜屋さんのチームがリードしている。先に十五点取った方の勝ちなので、あと一点で勝負が決まる形だ。

 

 しかし、あれはいいのか……?

 志喜屋さんがスポーツに耐えられるイメージは全くなかったが、コートの片隅(かたすみ)で動く気配すらない。その代わり、チームメイトである先輩ギャルたちが縦横(じゅうおう)無尽(むじん)に動いて得点を稼いでいる。志喜屋さんが動くのは、ローテーションの時だけだ。

 

 でも先輩、サーブだけはちゃんと入れてるんだよな……感心していると、このマッチポイントの場面で、志喜屋さんにサーブのターンが回ってきた。

 

夢子(ゆめこ)、頑張ってー!」

「ゆっくりでいいからねー!」

 

 先輩ギャルたちの声援が聞こえる。俺の声はそこにはない。

 そう、俺はまだ応援らしい応援ができていないのである。全然面識(めんしき)のない先輩女子たちで結成されているこのチームを大々(だいだい)的に応援するのは、俺にはハードルが高かった……

 

 試合の順番待ちをしていますよーというような立ち位置で、遠巻きに見ているだけである。一応約束っぽいことをした以上、このままではいけない。

 ──志喜屋さんがサーブ位置に立つ。チャンスはもう、ここしか残っていない可能性が高い。俺は心のどこかにあるはずの勇気を振り(しぼ)った。

 

「な、ないすさーぶ」

 

 ……名指しで応援する勇気までは出てこなかった。それ以前に声が果てしなく小さい。こんなんじゃ応援になるわけないな──

 しかし、俺がそう言った瞬間──こちらからは後ろ姿しか見えない先輩が……(かす)かに、笑ってくれた気がした。

 

 彼女は綺麗に山なりのサーブを入れ、その試合は志喜屋さんたちのチームが勝利した。

 

 

          ◇

 

 

 ……さて、とうとう1-Cのソフトバレーの試合が始まる。対戦相手は1-Bだ。

 志喜屋さんは宣言(せんげん)通り応援に来てくれたのか、見やすそうな場所で観戦している。俺がそちらの方を見ると、両手をグッと握ってアピールしてきた。

 

 彼女はそのポーズを取ったまま動かない。……あれが先輩なりの応援ということだろうか。とりあえず会釈(えしゃく)をして、対戦相手の方を向く。

 

『関係……ないよ……?』

 

 ──そんなことを志喜屋さんは言っていた。関係がない。つまり勝つ可能性がどれくらいあるのかは関係なくて、全力で戦う精神こそが重要……みたいな感じだろうか。クラスマッチは予選で敗退するとわりと(ひま)になれるのもあって、全然考えてなかったな。

 

 でも、今は違う。先輩の気持ちに応えるためにも、俺はこの試合に勝ちに行くのだ──

 

「やるだけやってみるか」

 

 ……後で知ったことだが、1-Bのソフトバレーチームはその半数が現役バレー部員だったらしい。我ら1-Cはものの見事に惨敗(ざんぱい)した。

 ──パワーバランスおかしくない?

 

 

          ◇

 

 

 結局暇になった。まあ元々そういう感じだったし……次にチェックする予定の水飲み場のことでも考えて切り替えよう。そうしていると、志喜屋さんが声をかけてきた。

 

温水(ぬくみず)君……頑張った」

「ま、まあ……そうですかね」

 

 志喜屋さんはそう言ってくれるが、俺の方は若干気まずい。上手い返しが思いつかないでいると、彼女はゆったりとした動作で、俺の頭に手を伸ばしてきた。

 

「頑張ったから……()める……」

 

 ──!? 先輩の小さな手のひらが、俺の頭を()でる。必然的に距離も近づくので、先輩の匂いが俺の鼻孔(びこう)をくすぐってくる。体操服やゼッケンを着ているせいか、以前とはまた違った(かお)りだ。

 ……意識するのはやめよう。それよりもこの場所は体育館の近くだ。人通りも当然あるので、周囲の人たちの注目を集める。は、恥ずかしい──

 

「先輩、な、なにやってるんですか。やめてくださいよ」

「……」

 

 俺は拒否(きょひ)するが、志喜屋さんはそれに構わず、どこか満足そうな雰囲気を(かも)し出している。か細い彼女の手を無理やり払いのけるわけにもいかない。

 所詮(しょせん)俺は予選に敗退した身。このまま勝者である先輩にオモチャにされてしまうしかないのか……?

 

 

 

 ──この奇妙な時間は、偶然エナジーバーを(くわ)えながら通りがかった八奈見(やなみ)が俺と志喜屋さんを発見することで終了した。

 サンキュー八奈見。今度適当なお菓子でも部室に買っていきます……

 

 

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